【完結】元罪人は聖女のことが気になって仕方がない

ariya

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本編

10 火の神のたもと

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 レンジュたちがやってきたのはホノカ村という土地であった。
 村から見上げると見事な火山がありその周囲を森で固めてある。

 神話によるとこの土地は人がはじめて火を使ったとされる。
 叡智と火の神であるマコモ神が人に教えたとされる。年に一度、火を教えてくれた神に感謝をこめ祭りを開くとされる。

「みてみたいなぁ」

 レンジュはぽつりと呟いた。

「またその時期に来ればいいだろう」

 ラーフがそう言うとレンジュはきょとんとした。そしてしばらくしてそうだねと微笑んだ。
 げしっとギーラがラーフの足を蹴る。それにラーフがなんだよと睨むと別にとギーラは素知らぬ顔をした。

「ここは全然平和だな」

 疫病も蔓延していないし、水や食物が不足しているという風には見えなかった。
 悪魔による瘴気の被害を受けていないようである。

「それはそうですよ」

 村の長がにこにこ笑いながら説明した。救世の聖女が村にやってきたと聞き早速出迎え、もてなしているところであった。

「定期的に儀式を行っています。火の神マコラ様より加護が得られるようにと」
「どんな儀式なのです」

 レンジュの問いに村の長は笑顔を絶やさずにいった。
 本来は滅多に口にできないことであるが、救世の神より力を与えられた聖女であるということで特別に話そうとした。

「十年に一度、生贄を捧げるのです」

 それを聞き、レンジュから笑顔が消えた。
 この国では珍しいことではなかった。何か不幸が起きれば、神や魔物の仕業と考え生贄を差出し懇願する。ラーフの故郷でも同様のことはあった。

 この土地はかつて火山の噴火の被害に苦しんでいた。
 噴火の前触れはマコラ神から与えられた知恵でだいたい予測は可能であった。
 その為、多くの人が死ぬということは少ない。

 しかし、被害を受けた後の土地を再度人が住めるようにならすには時間が必要であった。
 その間、穀物を実らすのは不可能である。生贄を差し出すようになってから、噴火にまで至らなくなったという。
 今まで十年おきで起きていたというのに、生贄を始めてからは二百年は無事であるとのことだ。
 これは神の供物として捧げたおかげで噴火を抑えてもらっているのだろうと解釈し、村の人々は十年おきに山へ生贄を捧げるようになったという。

「贄にされたのは」
「くじで決めています。贄に選ばれた家で最も幼い子を捧げる」
「最近行った儀式はいつでしょうか」
「かれこれ八年前でしたかな。その時は確か三歳の子です」

 それを聞きレンジュは悲しげにうつむいた。

「レンジュ様、どこかお加減が悪いのですか?」

 ギーラは心配そうにレンジュを覗き込んだ。レンジュは苦笑いして首を横に振った。レンジュはじっと村長を見つめていった。

「その、贄にされた場所へ行くことはできますか?」

 水色の澄んだ瞳で見つめられ、村長は思わず身震いした。

「さすが聖女様。息をのむほどの澄んだ瞳をなされている。しかし、いったい儀式の場に何の為に?」

 村長が言うにはあそこはかなり足場が悪く、獣も出るため儀式が行われる以外は滅多に近づこうとはしなかった。

「村の為に贄となった子たちへ祈りを捧げたいのです」

 レンジュはそう答えた。それを聞き村長はわかりましたと言った。

「聖女様に慰めてもらえれば子たちも喜びましょう。そして、救世神は我らが崇拝するマコラ神と親しき神。きっとマコラ神も喜んでくださりましょう」

 そういうや村長はさっそく山の中の儀式の場を説明した。レンジュは早速そこへ行くこととした。

「おい」
「二人はここにいていいよ。用事がすんだら戻ってくるから」

 レンジュがそういうとラーフはふざけるなといった。

「長が言っていただろう。足場が悪く、獣が出ると。そんなところへお前を一人行かせられるか」

 自分も行くと告げるラーフにレンジュは笑った。

   ◇◇◇

 山の中、入口付近はある程度舗装されていたが、儀式の場が近づくにつれ獣道に近い道となっていた。
 ギーラはレンジュが疲れていないかとあれこれ気を配っていた。レンジュはそんなに心配することないと笑っていた。

 ラーフはちらりとギーラの表情を見た。
 その中にわずかに疲労がみてとれた。
 以前レンジュが寝込んでいた程ではなかったが、時折見せる表情が気になってしまう。

「お前は残ってもよかったんだぞ」

 ただ儀式の場へ行ってレンジュが贄になった子への祈りをささげ終わったらすぐに戻るつもりであった。
 ギーラを気を使うつもりで言ったつもりであったが、ギーラはきっとラーフを睨みつけた。
 その表情はお前一人にレンジュ様を任せておけないというものであった。
 出会った当初に比べるとラーフに対する不信感は薄らいでいるが、まだ信用しきっていないようである。

「そんな邪険にしなくてもいいだろう。俺たちが不仲だとあいつも困るだろうし」

 ラーフはちらりと目の前で懸命に前に進む少女を見つめた。
 どうやら彼女は目の前の道に健闘しており、後ろの会話を気にしていないようであった。

 ラーフを旅の供に選んだのはレンジュ自身であった。
 元から供にしていたギーラがこれでは彼女はどうしていいかわからなくなる。
 むろんギーラもそれを理解しているため不必要な争いは避けていた。
 だが、時折こうしてギーラはまだ拭えきれない不信感をラーフにぶつけることがあった。

「何故、お前はレンジュ様の供になることをよしとした。命を救ってくれたからか?」

 それを言われラーフは複雑な表情を浮かべた。
 そうだと言えれば簡単なものなのだが。
 はじめは頼んでもないのに勝手に助けたレンジュを偽善のお嬢さんと反発していた。
 気のりしないまま世間知らずのお嬢さんの旅の供をさせられているという気持ちを持っていた。
 だが、レンジュの一面をみてラーフは反発することをやめた。

 悪魔によってばらまかれた瘴気を浄化することはたやすいことでなかった。
 それを綺麗に消せるわけではなかった。人々が苦しめられている瘴気も、病気も自身の中にとりいれ、それを自分の病という形に変換させるというものだった。
 自分の治癒能力がおいつくまで彼女はその病に苦しみ続けなければならなかった。

 自分を傷つけても、苦しめても目の前の人間の苦痛を取り除こうとする行動力はどこからきているのだとラーフは疑問に思った。
 レンジュは自分からその原動力を語った。
 まだ自分が聖女になる前の救えなかった弟への自責の念からだという。

 後で手に入れた力で救えたかもしれない唯一の肉親を救えなかったという苦痛は彼女にとって強い痕として残っていた。
 少しでも多くの人を救いたい。弟を救えなかった分、出来る限りの人を。

 レンジュはそう自身に言い聞かせ、救世の力を使い続けるのだ。己の寿命を縮めているかもしれないというのに。
 その姿を見せつけられたラーフはレンジュに何も言えなかった。

 そして小さな身体に触れた時、言い難い衝動にかられた。この少女を守りたいといつの間にか思うようになってしまった。それに気付いた時、ラーフは心からレンジュの思うままの生き方を手伝い、レンジュを守ろうと考えた。

「……」

 そこまで思いを馳せていたがラーフはそれをギーラに言うつもりはなかった。

「じゃあ、お前はなんであいつを守ろうと考えているんだ?」

 それを言われギーラは切なげな表情を浮かべた。
 それにラーフは首を傾げた。普段の彼ならば「お前には関係ない!」と切れるであろうに。

「昔、瘴気に呑まれた妹をレンジュ様はその身を以て救ってくださった」

 答えないと思っていたラーフは思わず驚いた。
 ギーラが言うには瘴気に呑まれた者の末路は悲惨であった。
 悪魔とほぼ同様の存在となり、人とは逸してしまった。
 悪魔そのものになるといっても過言ではない。
 その者を見捨てるしか方法はなかった。
 それをレンジュが身を削ってまで救ったと考えると、ギーラにとってレンジュは救いの女神にみえたことだろう。
 レンジュを崇拝するギーラの気持ちはわからなくもなかった。
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