【完結】元罪人は聖女のことが気になって仕方がない

ariya

文字の大きさ
43 / 52
本編

40 ギーラと聖女

しおりを挟む
 魔王が世界に現れて百年の時が経とうとしていた。
 その時から世界のあちこちに悪魔が出没するようになり、瘴気がばらまかれ病魔に苦しむ人々が後を絶たなかった。
 悪魔によって汚された大地から実りは得られず、水の中に住む魚も腐り食べられる状況ではなかった。

 問題はそれだけではない。
 瘴気に中てられた者の中には正気を失い体が別のものに変化することもあった。
 鋭い牙をもち目は充血し、人の食べ物では満足できないようになってしまう。彼らの食を満たすのは人の血肉であった。
 世界には人食い鬼というものも存在するが、まさか無害と思っていた人まで人を襲い食う化け物になろうなんて想像できなかった。

 ここまで酷い例はまだ数例のみであるが、確かに厄介なものとして存在していた。
 こうして人であったのに人を襲う者になったことを瘴気に呑まれると表現した。

 そしてギーラの一族にとって不名誉なことが起きた。
 ギーラの妹・セーラが瘴気に呑まれてしまったのだ。
 彼女は一族の女子供を殺し村を飛び出してしまった。
 追いかけた戦士たちもセーラによって食われてしまった。

 これ以上汚点を残すわけにはいかない。

 ギーラは妹討伐に自身も参加しようとした。一族の者たちはギーラを止めた。
 いくらセーラが正気を失ったとはいえ、兄が妹を殺すなど悲劇でしかない。

 ギーラが村人と言い争っている時、村へ現れたのはまだ幼さの残る少女であった。
 少女は空色の澄んだ瞳でギーラを見つめた。
 ギーラはその美しい瞳に思わず目を奪われてしまった。
 それが聖女となって間もないレンジュであった。
 2年前に聖女となったばかりのまだ14歳の少女と聞くが、体が小さく10歳以下の幼女と感じた。
 こんな幼女が村まで供をつけずにやってくるなど何と不用心だと村人は強く注意した。
 これがギーラとレンジュの最初の出会いであった。

「私もつれて行ってください」

 瘴気に呑まれた一族の娘を処分するために戦士たちが出ようとするなか外から来たレンジュはそう嘆願した。
 村人たちはさすがに何かあれば大変だとレンジュの願いを聞こうとしなかった。
 村人に止められたが、こっそり村から出ようとしたギーラへレンジュは願い出る。
 ギーラはレンジュを足手まといだとあしらった。こっそりと出ようとしたのに騒がられて面倒だとギーラはいらだっていた。

「連れて行って!」

 レンジュはギーラにしがみつき、叫んだ。

「危なくなったら助けなくていいから」

 自己責任でよいとまでいう少女にギーラはついに折れて連れて行くこととなった。

 そして変わり果てた妹を発見した。
 すでに数人の戦士が妹を退治しようとしたが、狂気に包まれた妹は強く戦士たちを倒しその血肉をむさぼっていた。
 美しかった翠色の髪は逆毛立ち、華奢な体から獣の匂いがした。
 ギーラを目の前にし妹はにたぁっと笑った。
 すでに目の前にいる男が兄であることも忘れてしまったのだ。

「哀れな……何故誇り高いデーヴァ一族の娘が瘴気に呑まれるのだ」

 一刻も早く妹を退治しなければならない。そして恥を雪がなければならなかった。

「いけない! 妹を殺してはいけない」

 レンジュはそう叫んだ。突然の言葉にギーラはあきれ果てた。

「何を言うんだ。こんな姿になっては退治するほかない」

 そういいギーラは妹へ襲い掛かった。
 妹は早く動きギーラの槍をかわしギーラの首に手をかけた。
 強い力で首をしめられギーラは苦悶の表情を浮かべた。
 足に力を入れ、妹の腹に思いきしって蹴りを入れる。
 その衝撃に妹は転がりのたうち回った。
 ギーラはそれに槍を構え妹に向けおろした。

「ダメ!」

 レンジュは妹を抱きしめギーラの槍から守った。そのはずみにレンジュの左肩はギーラの槍の刃で抉られる。
 ぼたぼたと雪の上にレンジュの血が染まっていく。

 余計なことをしてくれる。

 ギーラはレンジュの行動を激しく憤った。

「馬鹿者! 死にたいのか」
「妹殺しをさせるわけにはいかない!」
「何を……瘴気に呑まれ化け物と化した妹のせいで一族は汚された。それを雪ぐ為にこの私がなんとかしなければ」

 デーヴァ一族は人の中では最も神に近い一族とされていた。
 天人を祖に持つデーヴァ一族はこの世の叡智を身に着ける為、厳しい修行に耐え続ける。それが何よりもの誇りであった。

 その一族から瘴気に呑まれ欲望のまま人の血肉をむさぼる化け物になった者が出た。
 それがどれだけ天に対する恥であろうか。
 現に妹はレンジュの腕にかみついて血を吸いだそうとしていた。

 なんという一族の恥。

 ギーラはその恥を雪がなければならない。
 そう語るがレンジュは頑なに譲らずギーラを睨んだ。

「本当に、本当にあなたは妹を殺すことをよいことと思っているの? それであなたは救われるの?」

 その言葉にギーラはイラついた。

 妹を殺すことを本当によいとしているかだと。
 そんなの思っているわけないだろう。

 妹を殺したくないという気持ちはあった。
 だが、このままでは妹は多くの人を傷つけて行くだろう。

「知った口をきくな。よそ者め! お前にはできるのか。この汚名を雪ぐことが」
「汚名なんて知らない!」

 レンジュはぷいっとそっぽを向いた。そして目を閉ざしすぅっと息を吸った。その瞬間レンジュから白い光が溢れだした。

「なんだ、これは……」

 とても温かい光に思わずギーラは感動を覚えてしまった。
 妹の体から大量の瘴気が溢れだした。
 黒い靄が大量に現れては少女の光に包み込まれていく。
 すべての靄がなくなった瞬間、少女の光は消えた。

「お前は……」
「私はレンジュ。救世神より力を与えられ、世界を救うように使命づけられた者」

 少女レンジュがそう名乗り少女を横たわらせた。

「……ん」

 少女は目を覚まし慌てだした。

「兄様」
「ララ! わかるのか」

 ギーラは正気を取り戻した妹に歩みよりその顔を覗き込んだ。
 それは間違いなく妹のララの表情であった。
 ララは目から大粒の涙を流した。

「私、ひどいことをしてしまった」
「……お前のせいではない」

 そう言われララはにこりと微笑んだ。

「ありがとう」

 そういい瞼を閉ざし息を吸う。
 それは吐かれることがなかった。
 ララの呼吸が止まってしまったのだ。

 そして肉体は徐々に崩れていき、塵のように粉々になり消えて行った。
 残されたのはララの衣服だけであった。

「ララ、何故だ」
「……」

 確かにララは正気に戻ったはずだ。なのに、何故肉体が消えてしまったのだ。
 理解できないとギーラはレンジュの胸倉を掴んだ。

「お前は救世神の聖女であろう。妹は浄化されたのだろう」
「はい」
「何故妹は死んだ!」
「私の力も限度があります。腐った大地・水を浄化することはできます。瘴気によって病を得た者を治癒することはできます」

 だが、瘴気に呑まれ悪魔と同等の者になった者の命を救うことはできない。

「体も、心も、命の全てを瘴気の飲み込まれてしまったから、できるのは死ぬ直前に元の人の心を取り戻してさしあげること」
「この無能者め。何が聖女だ!」

 そういいギーラはレンジュを投げ捨てた。ギーラはララの衣服を持ちその場を去ろうとした。

「あぐっ」

 苦しそうに呻くレンジュの声にギーラは大げさな奴めと睨みつけた。
 その瞬間レンジュの異変に慌てた。
 レンジュの顔は真っ青で体中に酷い汗をまとわせていた。
 まるで瘴気によって病を得た者のように。

「おい……」
「大丈夫。休めば戻ります」

 心配しないでとレンジュは笑った。

「どういうことだ」
「私の力は、瘴気を体の中にとりこみ病へと置換させ自分の体力で治癒させるんです」
「妹の瘴気が、こうさせたのか?」

 レンジュは苦しげに笑った。
 触れれば手足は冷たくじわりと湿っていた。
 そして頬と胸は信じられない程の熱さであった。
 手から触れる脈拍は信じられない程弱かった。
 酷い病に冒されている状況であることはいやでも伝わってくる。
 この雪の中、放置してしまえばレンジュは弱って死んでしまうだろう。

「何故……妹は、浄化せず私が殺せば良かった。お前は力を使わず楽できただろう」

 どうせ死ぬ運命だったのだから。

 レンジュは悲し気に笑い、首を横に振った。

「……妹さんの心をあなたの元へ返したかった」

 レンジュは笑った。その笑顔がとても儚く綺麗で、ギーラの心を強く揺り動かせた。
 この時からギーラはレンジュの為に、レンジュの役目の為に働こうと誓った。彼女の望みをかなえる為。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ

タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。 灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。 だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。 ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。 婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。 嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。 その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。 翌朝、追放の命が下る。 砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。 ――“真実を映す者、偽りを滅ぼす” 彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。 地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

処理中です...