2 / 72
1章 新しい縁
2.新しい婚約
しおりを挟む
新しい婚約の話が出た後にトラヴィスは何度も父と言い合っていた。
ノックをするタイミングを逃したライラは扉の前で父と兄の会話を聞き入っていた。
「何故、父上は伯父上に何も言わないのです。あなただって知っているでしょう。ライラが世間から何といわれているか」
ライラが婚約破棄されたことは既に知れ渡っていた。
噂の内容はこうだ。
地味で令嬢であったが冷たい娘であった。
まるで雪の女王に心を奪われた氷姫ではないか。
お茶会ではアメリーに冷たく、いつもアメリーは傷ついていた。
そこをクライドが慰めて、二人はいずれひかれあうようになった。
ついにクライドが我慢できずに婚約破棄を言い渡した。
先日、侍女に無理言って噂を教えてもらった内容である。
聞いた時には唖然とした。
確かに表情は出にくいと自覚していたが、冷淡と世間から思われるとは。
アメリーに非難がいかないようにする為の作り話だというのはすぐにわかった。
アメリーと出会ったお茶会に関してはだいたいがアメリー自身か取り巻きが主催しているものであり、口裏はすでに合わされているだろう。
元婚約者も噂に付き合わされている。
あの時可哀そうなくらい縮こまっていた理由がようやくわかった。
トラヴィスはそこも腹を立てていた。
「まるでライラに問題があったかのような言いよう。ほんっとうに私は腹が立ちました。本家はライラに何か恨みでもあるのですかっ!」
このままでは兄が高血圧になってしまいそうだ。
ライラはトラヴィスの健康の方が気になってしまう。
決めていたことにライラは深呼吸をして勇気をもって中へ入った。
「お父様、私は決めました」
この1週間考えて、ようやく結論を出した。
「クロード・アルベル様に嫁ぎます」
その言葉に兄は口を信じられないとライラを見つめた。
「わかった。ただちに陛下と公爵に伝えよう」
父はこくりと頷いた。
「父上! ライラは良いのか? 遠い国なのだぞ」
「はい、わかっています」
ライラは困ったように微笑んだ。
父と兄、兄嫁とも会えなくなるのは寂しいが、このままだと噂がどんどん変な方向へと変わっていくだろう。
友人たちの手紙の内容をみると噂を信じている訳ではないが、アメリーの噂を否定しづらく居心地が悪そうにしている。
このままアメリーを虐めた令嬢として噂され続けるのであれば遠くへいこう。丁度、公国の縁談もあることだし。
自分がいなくなれば噂もそのうち途絶えてくれる。
ライラは法律上でスワロウテイル公爵家令嬢となった。そして、皇帝の命令により公国へ嫁ぐことになった。
婚約が決まってからライラは皇帝と伯父である公爵に挨拶をした。
北の守りである公国に嫁ぐことはいずれクリスサアム帝国の未来に繋がることを重々教え込まれ、必要な知識を身に着ける為家庭教師をつけられた。
リド=ベル一族は、元帝国の地方貴族であった。何度か皇女の降嫁を繰り返すうちに皇帝家の親族扱いとなり、何百年もの間に北の荒れた土地を守護していたことから大公となり、ついに北の領地は大公が治める公国として認められるようになった。
大公自身の公領地の全権利、数に限りがあるが侯爵までの爵位授与権は認められている。
クロードは現大公の異母弟であり元は存在自体認められない私生児であった。
生まれてすぐに修道院に預けられたが、仲間と共に修道院を抜け出し傭兵となり戦に参加した。
功績を残し、アルベル領の吹雪の原因である魔物退治を成し遂げた。
その後出自が判明して、現大公の弟と認められることになった。彼の叔父、当時のアルベル辺境伯が後見となり、辺境伯の爵位を譲ることになった。
北の異民族から国を守り、それ以外にも悩みの種であった魔物の討伐隊の編成も行い、必要に応じて傭兵も利用し公国内で上位に入る程荒れた領地の治安は数年の間に改善されていった。
こんなすごい人が自分の夫になるのかとライラは首を傾げた。
英雄であれば自分がわざわざ嫁がずとも多くの令嬢が彼の妻の座を狙ったのではないか?
肖像画をみるとかなりの美丈夫でだ。金の髪に青い色の瞳が印象的である。
授業が終わった後は義理の姉リザと共にお買い物であった。
「冬は絶対寒いもの、必要よ」
そう彼女が示したのは、毛皮の婦人用外套だった。帝都は暖かい土地で、寒い時期は長くない。雪もあまり降らないので暖房用の衣装は品薄であった。
リザが注文したい毛皮は在庫がなく手に入るまで時間がかかるようだ。
「何とか手に入らない? 出発するときは春といってもまだ寒いと思うの」
アルベル辺境は春でも雪が降るという。
「公都にも店舗があります。もし宜しければライラ様が公都に到着したとき、宿泊ホテルに届けるよう手配しましょう」
「うーん、そうねぇ……その場しのぎのものを買うよりは、そっちの方がいいのかしら」
直で触って自分で購入したかったリザとしては残念な気持ちである。
「ライラ、ごめんなさいね。もし気に喰わなかったら新しいのを送るから」
「いえ、私は十分ですよ」
ライラは首を振った。冬用・夏用の新しいドレスも何着か見てもらえた。装飾品についてももう10種類も購入されていた。
「とりあえずこれくらいで」
まだ足りないとリザは残念に感じていた。
「十分ですよ。リザ様、ありがとうございます」
「ライラはいつも私に気を遣ってくれるから、もっと色々してあげたいのよ」
トラヴィスの妻になったリザは嫁いですぐに亡くなったライラの母の役割である伯爵家の女主人を務めた。ライラは彼女の仕事がスムーズにいくようにと配慮を心がけ、リザはおおいに助かった。何よりも自分の味方を一番にしてくれるライラは可愛い妹であった。
「社交界でお兄様も、お姉様も、私のせいで肩身狭いのではないでしょうか」
本家のアメリーの為の噂は思った以上に都中へ広まり、今では悪役令嬢ライラというレッテルを貼られている。
いじめたという証言はお茶会だけにとどまらず、社交界でもアメリーに恥をかかせた、学園でアメリーに嫌がらせをしたとか範囲が広がってしまっていた。
ライラの兄嫁であるリザが社交界でどういう立場になっているか不安になってしまう。
トラヴィスの怒りも同時に心配だった。この前、トラヴィスが主催者のリクエストのピアノを無視したと聞いた。
「何とか噂を訂正しようと思ってもうまくいかないのが悔しいというのはあるけど、ライラが悪いわけじゃないわ」
「本家の訪問を兄が拒否したとか。本家と折り合いが悪くなったら」
「大丈夫よ。お義父様が代わりに面倒なことはやってくれているし、未来の公爵様はトラヴィス様と私の友人よ。代替わりになったら、いろいろやってみるわ」
にこりとリザは笑いライラの髪を撫でた。艶やかな黒髪はリザのお気に入りなのである。
「ごめんなさい。社交界で守ってあげられなくて……」
「義姉さま」
「嫌になったらいつでも帰ってもいいのよ。先代辺境伯夫人は嫌気さして公都の実家にほとんど過ごしていたというし。必要なら公都でマンションを買うわ。公国に別荘があってもいいし」
ライラは首を横にふる。
「私は大丈夫です。どうか、リザ義姉様はご自身のことを考えてください」
彼女の言葉にリザはしばらく沈黙して、困ったように笑った。
思えばライラは買い物中にいつも休憩場所を確認して手配していた。
「ライラは本当に、私をよく見てくれるのね」
まだライラにも、父にも伝えていないことであるがリザは妊娠していた。トラヴィスとはそろそろ話す頃合いではないかと話し合っている最中だった。
「私は別に……」
リザが現れた時のトラヴィスの反応で何となくライラは察しただけである。間違っているかもしれないと口にはできなかった。
ライラが良い子であるのをリザは誰よりも知っている。
未来の伯爵夫人としてうまくいかずに落ち込んでいる時、トラヴィスも忙しい時にライラは暖かいお茶を届けてくれてフルートを奏でリザの心を慰めてくれた。
傍にいて欲しいと思った時はライラはちょこんとリザの隣に座り本を読んだり話し相手をしてくれた。
リザとトラヴィスが仲たがいした時はライラが頑張って誤解を解き仲を取り持ってくれていた。
いつも気を遣う義妹にリザは救われ、いずれは彼女も報われて欲しいと願うようになった。
「ライラ、私の可愛い妹。あなたはいつだってここに帰ってきていいのよ」
リザはライラに伝えた。
◆◆◆
北のリド=ベルは長い冬を超え、ようやく春の時期が訪れようとしていた。
冬が超えるということは異民族との攻防も再開されることだろう。
アルベル辺境伯家ではリド=ベル公国内の北端に位置する領地を任されていた。最も激しい戦地になりえる場所、砦の責任者であったクロードは戦備えで忙しかった。
「クロ」
端正な顔立ちの青年がクロードに声をかけた。
名前はオズワルド、クロードの古くからの友人で部下であった。誰もいない時は昔のように親しく愛称で呼び合っている。
「北の様子をみてきたけど、まだ動く様子はなさそうだよ」
「そうか」
温かくなるとリド=ベル公国の領地を求めて異民族が押し寄せてくる。魔物の動きにも注意しないといけない為、砦の守りは春になれば一層気を引き締めなければならない。
「丁度良かった。花嫁を迎える時間はありそうだね」
オズワルドはにこにこと笑った。彼の最近の関心事はクロードの結婚相手である。
「ああ、そういえばアメリーという名だったけ?」
「アメリー嬢ではなく、ライラ嬢ですよ。ちゃんと手紙読みましたか?」
確か結婚相手が変更になった内容を一緒に確認したはずだ。
「まぁ、どちらでも同じだろう。クリスサアム皇帝と兄が勝手に進めた結婚で俺の意見など一切入ってこない」
クロードとしては自分の知らないところで勝手に話が進み、勝手に結婚相手が代わってしまったのだから。
「とはいえ、あなたの妻になる女性です。良いですか。くれぐれも冷たくせず大事にするのです」
「そんな余裕が俺にあるのかぁ? 北の異民族が動く気配がなくても気を配らなければならないし、魔物の出没率も予想通りとは限らないし、討伐隊の編成も見直さないといけないし」
「北の異民族に関しては僕が目を光らせておくから。君は新婚なんだからライラ嬢の相手をしっかりしなければならないよ」
「はいはい」とクロードは部下から呼ばれているからとそちらの方へと向かった。
まさかこのまま仕事に逃げ込む気ではないかとオズワルドは心配になってくる。彼女が来る前に色々教えておかなければならないのに逃げだしてしまう。
確かにアルベル領は大公家の中で最も北の異民族との抗争が激化しやすい場所である。元々リド=ベル公国自体、未開の土地で魔物に荒らされるだけの荒野だった。
特にこのアルベル辺境は北の異民族が押し寄せやすい場所で危険地帯上位にランクインするが、クロードが責任者になってから北の異民族をうまく抑え込めている。魔物の被害も激減しており、昔に比べるとだいぶ治安がよくなってきている。
クロードの先代の時はほとんど休む暇もなく、先代辺境伯夫婦生活は冷めたものだった。
今なら夫婦生活の時間はとれるだろう。
「折角、知っている令嬢が嫁いでくるから冷めた夫婦生活は送って欲しくない」
オズワルドはぽつりと零し、もう一度周辺の様子を見に行っておこうと馬の準備をさせた。
ノックをするタイミングを逃したライラは扉の前で父と兄の会話を聞き入っていた。
「何故、父上は伯父上に何も言わないのです。あなただって知っているでしょう。ライラが世間から何といわれているか」
ライラが婚約破棄されたことは既に知れ渡っていた。
噂の内容はこうだ。
地味で令嬢であったが冷たい娘であった。
まるで雪の女王に心を奪われた氷姫ではないか。
お茶会ではアメリーに冷たく、いつもアメリーは傷ついていた。
そこをクライドが慰めて、二人はいずれひかれあうようになった。
ついにクライドが我慢できずに婚約破棄を言い渡した。
先日、侍女に無理言って噂を教えてもらった内容である。
聞いた時には唖然とした。
確かに表情は出にくいと自覚していたが、冷淡と世間から思われるとは。
アメリーに非難がいかないようにする為の作り話だというのはすぐにわかった。
アメリーと出会ったお茶会に関してはだいたいがアメリー自身か取り巻きが主催しているものであり、口裏はすでに合わされているだろう。
元婚約者も噂に付き合わされている。
あの時可哀そうなくらい縮こまっていた理由がようやくわかった。
トラヴィスはそこも腹を立てていた。
「まるでライラに問題があったかのような言いよう。ほんっとうに私は腹が立ちました。本家はライラに何か恨みでもあるのですかっ!」
このままでは兄が高血圧になってしまいそうだ。
ライラはトラヴィスの健康の方が気になってしまう。
決めていたことにライラは深呼吸をして勇気をもって中へ入った。
「お父様、私は決めました」
この1週間考えて、ようやく結論を出した。
「クロード・アルベル様に嫁ぎます」
その言葉に兄は口を信じられないとライラを見つめた。
「わかった。ただちに陛下と公爵に伝えよう」
父はこくりと頷いた。
「父上! ライラは良いのか? 遠い国なのだぞ」
「はい、わかっています」
ライラは困ったように微笑んだ。
父と兄、兄嫁とも会えなくなるのは寂しいが、このままだと噂がどんどん変な方向へと変わっていくだろう。
友人たちの手紙の内容をみると噂を信じている訳ではないが、アメリーの噂を否定しづらく居心地が悪そうにしている。
このままアメリーを虐めた令嬢として噂され続けるのであれば遠くへいこう。丁度、公国の縁談もあることだし。
自分がいなくなれば噂もそのうち途絶えてくれる。
ライラは法律上でスワロウテイル公爵家令嬢となった。そして、皇帝の命令により公国へ嫁ぐことになった。
婚約が決まってからライラは皇帝と伯父である公爵に挨拶をした。
北の守りである公国に嫁ぐことはいずれクリスサアム帝国の未来に繋がることを重々教え込まれ、必要な知識を身に着ける為家庭教師をつけられた。
リド=ベル一族は、元帝国の地方貴族であった。何度か皇女の降嫁を繰り返すうちに皇帝家の親族扱いとなり、何百年もの間に北の荒れた土地を守護していたことから大公となり、ついに北の領地は大公が治める公国として認められるようになった。
大公自身の公領地の全権利、数に限りがあるが侯爵までの爵位授与権は認められている。
クロードは現大公の異母弟であり元は存在自体認められない私生児であった。
生まれてすぐに修道院に預けられたが、仲間と共に修道院を抜け出し傭兵となり戦に参加した。
功績を残し、アルベル領の吹雪の原因である魔物退治を成し遂げた。
その後出自が判明して、現大公の弟と認められることになった。彼の叔父、当時のアルベル辺境伯が後見となり、辺境伯の爵位を譲ることになった。
北の異民族から国を守り、それ以外にも悩みの種であった魔物の討伐隊の編成も行い、必要に応じて傭兵も利用し公国内で上位に入る程荒れた領地の治安は数年の間に改善されていった。
こんなすごい人が自分の夫になるのかとライラは首を傾げた。
英雄であれば自分がわざわざ嫁がずとも多くの令嬢が彼の妻の座を狙ったのではないか?
肖像画をみるとかなりの美丈夫でだ。金の髪に青い色の瞳が印象的である。
授業が終わった後は義理の姉リザと共にお買い物であった。
「冬は絶対寒いもの、必要よ」
そう彼女が示したのは、毛皮の婦人用外套だった。帝都は暖かい土地で、寒い時期は長くない。雪もあまり降らないので暖房用の衣装は品薄であった。
リザが注文したい毛皮は在庫がなく手に入るまで時間がかかるようだ。
「何とか手に入らない? 出発するときは春といってもまだ寒いと思うの」
アルベル辺境は春でも雪が降るという。
「公都にも店舗があります。もし宜しければライラ様が公都に到着したとき、宿泊ホテルに届けるよう手配しましょう」
「うーん、そうねぇ……その場しのぎのものを買うよりは、そっちの方がいいのかしら」
直で触って自分で購入したかったリザとしては残念な気持ちである。
「ライラ、ごめんなさいね。もし気に喰わなかったら新しいのを送るから」
「いえ、私は十分ですよ」
ライラは首を振った。冬用・夏用の新しいドレスも何着か見てもらえた。装飾品についてももう10種類も購入されていた。
「とりあえずこれくらいで」
まだ足りないとリザは残念に感じていた。
「十分ですよ。リザ様、ありがとうございます」
「ライラはいつも私に気を遣ってくれるから、もっと色々してあげたいのよ」
トラヴィスの妻になったリザは嫁いですぐに亡くなったライラの母の役割である伯爵家の女主人を務めた。ライラは彼女の仕事がスムーズにいくようにと配慮を心がけ、リザはおおいに助かった。何よりも自分の味方を一番にしてくれるライラは可愛い妹であった。
「社交界でお兄様も、お姉様も、私のせいで肩身狭いのではないでしょうか」
本家のアメリーの為の噂は思った以上に都中へ広まり、今では悪役令嬢ライラというレッテルを貼られている。
いじめたという証言はお茶会だけにとどまらず、社交界でもアメリーに恥をかかせた、学園でアメリーに嫌がらせをしたとか範囲が広がってしまっていた。
ライラの兄嫁であるリザが社交界でどういう立場になっているか不安になってしまう。
トラヴィスの怒りも同時に心配だった。この前、トラヴィスが主催者のリクエストのピアノを無視したと聞いた。
「何とか噂を訂正しようと思ってもうまくいかないのが悔しいというのはあるけど、ライラが悪いわけじゃないわ」
「本家の訪問を兄が拒否したとか。本家と折り合いが悪くなったら」
「大丈夫よ。お義父様が代わりに面倒なことはやってくれているし、未来の公爵様はトラヴィス様と私の友人よ。代替わりになったら、いろいろやってみるわ」
にこりとリザは笑いライラの髪を撫でた。艶やかな黒髪はリザのお気に入りなのである。
「ごめんなさい。社交界で守ってあげられなくて……」
「義姉さま」
「嫌になったらいつでも帰ってもいいのよ。先代辺境伯夫人は嫌気さして公都の実家にほとんど過ごしていたというし。必要なら公都でマンションを買うわ。公国に別荘があってもいいし」
ライラは首を横にふる。
「私は大丈夫です。どうか、リザ義姉様はご自身のことを考えてください」
彼女の言葉にリザはしばらく沈黙して、困ったように笑った。
思えばライラは買い物中にいつも休憩場所を確認して手配していた。
「ライラは本当に、私をよく見てくれるのね」
まだライラにも、父にも伝えていないことであるがリザは妊娠していた。トラヴィスとはそろそろ話す頃合いではないかと話し合っている最中だった。
「私は別に……」
リザが現れた時のトラヴィスの反応で何となくライラは察しただけである。間違っているかもしれないと口にはできなかった。
ライラが良い子であるのをリザは誰よりも知っている。
未来の伯爵夫人としてうまくいかずに落ち込んでいる時、トラヴィスも忙しい時にライラは暖かいお茶を届けてくれてフルートを奏でリザの心を慰めてくれた。
傍にいて欲しいと思った時はライラはちょこんとリザの隣に座り本を読んだり話し相手をしてくれた。
リザとトラヴィスが仲たがいした時はライラが頑張って誤解を解き仲を取り持ってくれていた。
いつも気を遣う義妹にリザは救われ、いずれは彼女も報われて欲しいと願うようになった。
「ライラ、私の可愛い妹。あなたはいつだってここに帰ってきていいのよ」
リザはライラに伝えた。
◆◆◆
北のリド=ベルは長い冬を超え、ようやく春の時期が訪れようとしていた。
冬が超えるということは異民族との攻防も再開されることだろう。
アルベル辺境伯家ではリド=ベル公国内の北端に位置する領地を任されていた。最も激しい戦地になりえる場所、砦の責任者であったクロードは戦備えで忙しかった。
「クロ」
端正な顔立ちの青年がクロードに声をかけた。
名前はオズワルド、クロードの古くからの友人で部下であった。誰もいない時は昔のように親しく愛称で呼び合っている。
「北の様子をみてきたけど、まだ動く様子はなさそうだよ」
「そうか」
温かくなるとリド=ベル公国の領地を求めて異民族が押し寄せてくる。魔物の動きにも注意しないといけない為、砦の守りは春になれば一層気を引き締めなければならない。
「丁度良かった。花嫁を迎える時間はありそうだね」
オズワルドはにこにこと笑った。彼の最近の関心事はクロードの結婚相手である。
「ああ、そういえばアメリーという名だったけ?」
「アメリー嬢ではなく、ライラ嬢ですよ。ちゃんと手紙読みましたか?」
確か結婚相手が変更になった内容を一緒に確認したはずだ。
「まぁ、どちらでも同じだろう。クリスサアム皇帝と兄が勝手に進めた結婚で俺の意見など一切入ってこない」
クロードとしては自分の知らないところで勝手に話が進み、勝手に結婚相手が代わってしまったのだから。
「とはいえ、あなたの妻になる女性です。良いですか。くれぐれも冷たくせず大事にするのです」
「そんな余裕が俺にあるのかぁ? 北の異民族が動く気配がなくても気を配らなければならないし、魔物の出没率も予想通りとは限らないし、討伐隊の編成も見直さないといけないし」
「北の異民族に関しては僕が目を光らせておくから。君は新婚なんだからライラ嬢の相手をしっかりしなければならないよ」
「はいはい」とクロードは部下から呼ばれているからとそちらの方へと向かった。
まさかこのまま仕事に逃げ込む気ではないかとオズワルドは心配になってくる。彼女が来る前に色々教えておかなければならないのに逃げだしてしまう。
確かにアルベル領は大公家の中で最も北の異民族との抗争が激化しやすい場所である。元々リド=ベル公国自体、未開の土地で魔物に荒らされるだけの荒野だった。
特にこのアルベル辺境は北の異民族が押し寄せやすい場所で危険地帯上位にランクインするが、クロードが責任者になってから北の異民族をうまく抑え込めている。魔物の被害も激減しており、昔に比べるとだいぶ治安がよくなってきている。
クロードの先代の時はほとんど休む暇もなく、先代辺境伯夫婦生活は冷めたものだった。
今なら夫婦生活の時間はとれるだろう。
「折角、知っている令嬢が嫁いでくるから冷めた夫婦生活は送って欲しくない」
オズワルドはぽつりと零し、もう一度周辺の様子を見に行っておこうと馬の準備をさせた。
0
あなたにおすすめの小説
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!
さくら
恋愛
王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。
――でも、リリアナは泣き崩れなかった。
「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」
庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。
「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」
絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。
「俺は、君を守るために剣を振るう」
寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。
灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる