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1章 新しい縁
2.新しい婚約
新しい婚約の話が出た後にトラヴィスは何度も父と言い合っていた。
ノックをするタイミングを逃したライラは扉の前で父と兄の会話を聞き入っていた。
「何故、父上は伯父上に何も言わないのです。あなただって知っているでしょう。ライラが世間から何といわれているか」
ライラが婚約破棄されたことは既に知れ渡っていた。
噂の内容はこうだ。
地味で令嬢であったが冷たい娘であった。
まるで雪の女王に心を奪われた氷姫ではないか。
お茶会ではアメリーに冷たく、いつもアメリーは傷ついていた。
そこをクライドが慰めて、二人はいずれひかれあうようになった。
ついにクライドが我慢できずに婚約破棄を言い渡した。
先日、侍女に無理言って噂を教えてもらった内容である。
聞いた時には唖然とした。
確かに表情は出にくいと自覚していたが、冷淡と世間から思われるとは。
アメリーに非難がいかないようにする為の作り話だというのはすぐにわかった。
アメリーと出会ったお茶会に関してはだいたいがアメリー自身か取り巻きが主催しているものであり、口裏はすでに合わされているだろう。
元婚約者も噂に付き合わされている。
あの時可哀そうなくらい縮こまっていた理由がようやくわかった。
トラヴィスはそこも腹を立てていた。
「まるでライラに問題があったかのような言いよう。ほんっとうに私は腹が立ちました。本家はライラに何か恨みでもあるのですかっ!」
このままでは兄が高血圧になってしまいそうだ。
ライラはトラヴィスの健康の方が気になってしまう。
決めていたことにライラは深呼吸をして勇気をもって中へ入った。
「お父様、私は決めました」
この1週間考えて、ようやく結論を出した。
「クロード・アルベル様に嫁ぎます」
その言葉に兄は口を信じられないとライラを見つめた。
「わかった。ただちに陛下と公爵に伝えよう」
父はこくりと頷いた。
「父上! ライラは良いのか? 遠い国なのだぞ」
「はい、わかっています」
ライラは困ったように微笑んだ。
父と兄、兄嫁とも会えなくなるのは寂しいが、このままだと噂がどんどん変な方向へと変わっていくだろう。
友人たちの手紙の内容をみると噂を信じている訳ではないが、アメリーの噂を否定しづらく居心地が悪そうにしている。
このままアメリーを虐めた令嬢として噂され続けるのであれば遠くへいこう。丁度、公国の縁談もあることだし。
自分がいなくなれば噂もそのうち途絶えてくれる。
ライラは法律上でスワロウテイル公爵家令嬢となった。そして、皇帝の命令により公国へ嫁ぐことになった。
婚約が決まってからライラは皇帝と伯父である公爵に挨拶をした。
北の守りである公国に嫁ぐことはいずれクリスサアム帝国の未来に繋がることを重々教え込まれ、必要な知識を身に着ける為家庭教師をつけられた。
リド=ベル一族は、元帝国の地方貴族であった。何度か皇女の降嫁を繰り返すうちに皇帝家の親族扱いとなり、何百年もの間に北の荒れた土地を守護していたことから大公となり、ついに北の領地は大公が治める公国として認められるようになった。
大公自身の公領地の全権利、数に限りがあるが侯爵までの爵位授与権は認められている。
クロードは現大公の異母弟であり元は存在自体認められない私生児であった。
生まれてすぐに修道院に預けられたが、仲間と共に修道院を抜け出し傭兵となり戦に参加した。
功績を残し、アルベル領の吹雪の原因である魔物退治を成し遂げた。
その後出自が判明して、現大公の弟と認められることになった。彼の叔父、当時のアルベル辺境伯が後見となり、辺境伯の爵位を譲ることになった。
北の異民族から国を守り、それ以外にも悩みの種であった魔物の討伐隊の編成も行い、必要に応じて傭兵も利用し公国内で上位に入る程荒れた領地の治安は数年の間に改善されていった。
こんなすごい人が自分の夫になるのかとライラは首を傾げた。
英雄であれば自分がわざわざ嫁がずとも多くの令嬢が彼の妻の座を狙ったのではないか?
肖像画をみるとかなりの美丈夫でだ。金の髪に青い色の瞳が印象的である。
授業が終わった後は義理の姉リザと共にお買い物であった。
「冬は絶対寒いもの、必要よ」
そう彼女が示したのは、毛皮の婦人用外套だった。帝都は暖かい土地で、寒い時期は長くない。雪もあまり降らないので暖房用の衣装は品薄であった。
リザが注文したい毛皮は在庫がなく手に入るまで時間がかかるようだ。
「何とか手に入らない? 出発するときは春といってもまだ寒いと思うの」
アルベル辺境は春でも雪が降るという。
「公都にも店舗があります。もし宜しければライラ様が公都に到着したとき、宿泊ホテルに届けるよう手配しましょう」
「うーん、そうねぇ……その場しのぎのものを買うよりは、そっちの方がいいのかしら」
直で触って自分で購入したかったリザとしては残念な気持ちである。
「ライラ、ごめんなさいね。もし気に喰わなかったら新しいのを送るから」
「いえ、私は十分ですよ」
ライラは首を振った。冬用・夏用の新しいドレスも何着か見てもらえた。装飾品についてももう10種類も購入されていた。
「とりあえずこれくらいで」
まだ足りないとリザは残念に感じていた。
「十分ですよ。リザ様、ありがとうございます」
「ライラはいつも私に気を遣ってくれるから、もっと色々してあげたいのよ」
トラヴィスの妻になったリザは嫁いですぐに亡くなったライラの母の役割である伯爵家の女主人を務めた。ライラは彼女の仕事がスムーズにいくようにと配慮を心がけ、リザはおおいに助かった。何よりも自分の味方を一番にしてくれるライラは可愛い妹であった。
「社交界でお兄様も、お姉様も、私のせいで肩身狭いのではないでしょうか」
本家のアメリーの為の噂は思った以上に都中へ広まり、今では悪役令嬢ライラというレッテルを貼られている。
いじめたという証言はお茶会だけにとどまらず、社交界でもアメリーに恥をかかせた、学園でアメリーに嫌がらせをしたとか範囲が広がってしまっていた。
ライラの兄嫁であるリザが社交界でどういう立場になっているか不安になってしまう。
トラヴィスの怒りも同時に心配だった。この前、トラヴィスが主催者のリクエストのピアノを無視したと聞いた。
「何とか噂を訂正しようと思ってもうまくいかないのが悔しいというのはあるけど、ライラが悪いわけじゃないわ」
「本家の訪問を兄が拒否したとか。本家と折り合いが悪くなったら」
「大丈夫よ。お義父様が代わりに面倒なことはやってくれているし、未来の公爵様はトラヴィス様と私の友人よ。代替わりになったら、いろいろやってみるわ」
にこりとリザは笑いライラの髪を撫でた。艶やかな黒髪はリザのお気に入りなのである。
「ごめんなさい。社交界で守ってあげられなくて……」
「義姉さま」
「嫌になったらいつでも帰ってもいいのよ。先代辺境伯夫人は嫌気さして公都の実家にほとんど過ごしていたというし。必要なら公都でマンションを買うわ。公国に別荘があってもいいし」
ライラは首を横にふる。
「私は大丈夫です。どうか、リザ義姉様はご自身のことを考えてください」
彼女の言葉にリザはしばらく沈黙して、困ったように笑った。
思えばライラは買い物中にいつも休憩場所を確認して手配していた。
「ライラは本当に、私をよく見てくれるのね」
まだライラにも、父にも伝えていないことであるがリザは妊娠していた。トラヴィスとはそろそろ話す頃合いではないかと話し合っている最中だった。
「私は別に……」
リザが現れた時のトラヴィスの反応で何となくライラは察しただけである。間違っているかもしれないと口にはできなかった。
ライラが良い子であるのをリザは誰よりも知っている。
未来の伯爵夫人としてうまくいかずに落ち込んでいる時、トラヴィスも忙しい時にライラは暖かいお茶を届けてくれてフルートを奏でリザの心を慰めてくれた。
傍にいて欲しいと思った時はライラはちょこんとリザの隣に座り本を読んだり話し相手をしてくれた。
リザとトラヴィスが仲たがいした時はライラが頑張って誤解を解き仲を取り持ってくれていた。
いつも気を遣う義妹にリザは救われ、いずれは彼女も報われて欲しいと願うようになった。
「ライラ、私の可愛い妹。あなたはいつだってここに帰ってきていいのよ」
リザはライラに伝えた。
◆◆◆
北のリド=ベルは長い冬を超え、ようやく春の時期が訪れようとしていた。
冬が超えるということは異民族との攻防も再開されることだろう。
アルベル辺境伯家ではリド=ベル公国内の北端に位置する領地を任されていた。最も激しい戦地になりえる場所、砦の責任者であったクロードは戦備えで忙しかった。
「クロ」
端正な顔立ちの青年がクロードに声をかけた。
名前はオズワルド、クロードの古くからの友人で部下であった。誰もいない時は昔のように親しく愛称で呼び合っている。
「北の様子をみてきたけど、まだ動く様子はなさそうだよ」
「そうか」
温かくなるとリド=ベル公国の領地を求めて異民族が押し寄せてくる。魔物の動きにも注意しないといけない為、砦の守りは春になれば一層気を引き締めなければならない。
「丁度良かった。花嫁を迎える時間はありそうだね」
オズワルドはにこにこと笑った。彼の最近の関心事はクロードの結婚相手である。
「ああ、そういえばアメリーという名だったけ?」
「アメリー嬢ではなく、ライラ嬢ですよ。ちゃんと手紙読みましたか?」
確か結婚相手が変更になった内容を一緒に確認したはずだ。
「まぁ、どちらでも同じだろう。クリスサアム皇帝と兄が勝手に進めた結婚で俺の意見など一切入ってこない」
クロードとしては自分の知らないところで勝手に話が進み、勝手に結婚相手が代わってしまったのだから。
「とはいえ、あなたの妻になる女性です。良いですか。くれぐれも冷たくせず大事にするのです」
「そんな余裕が俺にあるのかぁ? 北の異民族が動く気配がなくても気を配らなければならないし、魔物の出没率も予想通りとは限らないし、討伐隊の編成も見直さないといけないし」
「北の異民族に関しては僕が目を光らせておくから。君は新婚なんだからライラ嬢の相手をしっかりしなければならないよ」
「はいはい」とクロードは部下から呼ばれているからとそちらの方へと向かった。
まさかこのまま仕事に逃げ込む気ではないかとオズワルドは心配になってくる。彼女が来る前に色々教えておかなければならないのに逃げだしてしまう。
確かにアルベル領は大公家の中で最も北の異民族との抗争が激化しやすい場所である。元々リド=ベル公国自体、未開の土地で魔物に荒らされるだけの荒野だった。
特にこのアルベル辺境は北の異民族が押し寄せやすい場所で危険地帯上位にランクインするが、クロードが責任者になってから北の異民族をうまく抑え込めている。魔物の被害も激減しており、昔に比べるとだいぶ治安がよくなってきている。
クロードの先代の時はほとんど休む暇もなく、先代辺境伯夫婦生活は冷めたものだった。
今なら夫婦生活の時間はとれるだろう。
「折角、知っている令嬢が嫁いでくるから冷めた夫婦生活は送って欲しくない」
オズワルドはぽつりと零し、もう一度周辺の様子を見に行っておこうと馬の準備をさせた。
ノックをするタイミングを逃したライラは扉の前で父と兄の会話を聞き入っていた。
「何故、父上は伯父上に何も言わないのです。あなただって知っているでしょう。ライラが世間から何といわれているか」
ライラが婚約破棄されたことは既に知れ渡っていた。
噂の内容はこうだ。
地味で令嬢であったが冷たい娘であった。
まるで雪の女王に心を奪われた氷姫ではないか。
お茶会ではアメリーに冷たく、いつもアメリーは傷ついていた。
そこをクライドが慰めて、二人はいずれひかれあうようになった。
ついにクライドが我慢できずに婚約破棄を言い渡した。
先日、侍女に無理言って噂を教えてもらった内容である。
聞いた時には唖然とした。
確かに表情は出にくいと自覚していたが、冷淡と世間から思われるとは。
アメリーに非難がいかないようにする為の作り話だというのはすぐにわかった。
アメリーと出会ったお茶会に関してはだいたいがアメリー自身か取り巻きが主催しているものであり、口裏はすでに合わされているだろう。
元婚約者も噂に付き合わされている。
あの時可哀そうなくらい縮こまっていた理由がようやくわかった。
トラヴィスはそこも腹を立てていた。
「まるでライラに問題があったかのような言いよう。ほんっとうに私は腹が立ちました。本家はライラに何か恨みでもあるのですかっ!」
このままでは兄が高血圧になってしまいそうだ。
ライラはトラヴィスの健康の方が気になってしまう。
決めていたことにライラは深呼吸をして勇気をもって中へ入った。
「お父様、私は決めました」
この1週間考えて、ようやく結論を出した。
「クロード・アルベル様に嫁ぎます」
その言葉に兄は口を信じられないとライラを見つめた。
「わかった。ただちに陛下と公爵に伝えよう」
父はこくりと頷いた。
「父上! ライラは良いのか? 遠い国なのだぞ」
「はい、わかっています」
ライラは困ったように微笑んだ。
父と兄、兄嫁とも会えなくなるのは寂しいが、このままだと噂がどんどん変な方向へと変わっていくだろう。
友人たちの手紙の内容をみると噂を信じている訳ではないが、アメリーの噂を否定しづらく居心地が悪そうにしている。
このままアメリーを虐めた令嬢として噂され続けるのであれば遠くへいこう。丁度、公国の縁談もあることだし。
自分がいなくなれば噂もそのうち途絶えてくれる。
ライラは法律上でスワロウテイル公爵家令嬢となった。そして、皇帝の命令により公国へ嫁ぐことになった。
婚約が決まってからライラは皇帝と伯父である公爵に挨拶をした。
北の守りである公国に嫁ぐことはいずれクリスサアム帝国の未来に繋がることを重々教え込まれ、必要な知識を身に着ける為家庭教師をつけられた。
リド=ベル一族は、元帝国の地方貴族であった。何度か皇女の降嫁を繰り返すうちに皇帝家の親族扱いとなり、何百年もの間に北の荒れた土地を守護していたことから大公となり、ついに北の領地は大公が治める公国として認められるようになった。
大公自身の公領地の全権利、数に限りがあるが侯爵までの爵位授与権は認められている。
クロードは現大公の異母弟であり元は存在自体認められない私生児であった。
生まれてすぐに修道院に預けられたが、仲間と共に修道院を抜け出し傭兵となり戦に参加した。
功績を残し、アルベル領の吹雪の原因である魔物退治を成し遂げた。
その後出自が判明して、現大公の弟と認められることになった。彼の叔父、当時のアルベル辺境伯が後見となり、辺境伯の爵位を譲ることになった。
北の異民族から国を守り、それ以外にも悩みの種であった魔物の討伐隊の編成も行い、必要に応じて傭兵も利用し公国内で上位に入る程荒れた領地の治安は数年の間に改善されていった。
こんなすごい人が自分の夫になるのかとライラは首を傾げた。
英雄であれば自分がわざわざ嫁がずとも多くの令嬢が彼の妻の座を狙ったのではないか?
肖像画をみるとかなりの美丈夫でだ。金の髪に青い色の瞳が印象的である。
授業が終わった後は義理の姉リザと共にお買い物であった。
「冬は絶対寒いもの、必要よ」
そう彼女が示したのは、毛皮の婦人用外套だった。帝都は暖かい土地で、寒い時期は長くない。雪もあまり降らないので暖房用の衣装は品薄であった。
リザが注文したい毛皮は在庫がなく手に入るまで時間がかかるようだ。
「何とか手に入らない? 出発するときは春といってもまだ寒いと思うの」
アルベル辺境は春でも雪が降るという。
「公都にも店舗があります。もし宜しければライラ様が公都に到着したとき、宿泊ホテルに届けるよう手配しましょう」
「うーん、そうねぇ……その場しのぎのものを買うよりは、そっちの方がいいのかしら」
直で触って自分で購入したかったリザとしては残念な気持ちである。
「ライラ、ごめんなさいね。もし気に喰わなかったら新しいのを送るから」
「いえ、私は十分ですよ」
ライラは首を振った。冬用・夏用の新しいドレスも何着か見てもらえた。装飾品についてももう10種類も購入されていた。
「とりあえずこれくらいで」
まだ足りないとリザは残念に感じていた。
「十分ですよ。リザ様、ありがとうございます」
「ライラはいつも私に気を遣ってくれるから、もっと色々してあげたいのよ」
トラヴィスの妻になったリザは嫁いですぐに亡くなったライラの母の役割である伯爵家の女主人を務めた。ライラは彼女の仕事がスムーズにいくようにと配慮を心がけ、リザはおおいに助かった。何よりも自分の味方を一番にしてくれるライラは可愛い妹であった。
「社交界でお兄様も、お姉様も、私のせいで肩身狭いのではないでしょうか」
本家のアメリーの為の噂は思った以上に都中へ広まり、今では悪役令嬢ライラというレッテルを貼られている。
いじめたという証言はお茶会だけにとどまらず、社交界でもアメリーに恥をかかせた、学園でアメリーに嫌がらせをしたとか範囲が広がってしまっていた。
ライラの兄嫁であるリザが社交界でどういう立場になっているか不安になってしまう。
トラヴィスの怒りも同時に心配だった。この前、トラヴィスが主催者のリクエストのピアノを無視したと聞いた。
「何とか噂を訂正しようと思ってもうまくいかないのが悔しいというのはあるけど、ライラが悪いわけじゃないわ」
「本家の訪問を兄が拒否したとか。本家と折り合いが悪くなったら」
「大丈夫よ。お義父様が代わりに面倒なことはやってくれているし、未来の公爵様はトラヴィス様と私の友人よ。代替わりになったら、いろいろやってみるわ」
にこりとリザは笑いライラの髪を撫でた。艶やかな黒髪はリザのお気に入りなのである。
「ごめんなさい。社交界で守ってあげられなくて……」
「義姉さま」
「嫌になったらいつでも帰ってもいいのよ。先代辺境伯夫人は嫌気さして公都の実家にほとんど過ごしていたというし。必要なら公都でマンションを買うわ。公国に別荘があってもいいし」
ライラは首を横にふる。
「私は大丈夫です。どうか、リザ義姉様はご自身のことを考えてください」
彼女の言葉にリザはしばらく沈黙して、困ったように笑った。
思えばライラは買い物中にいつも休憩場所を確認して手配していた。
「ライラは本当に、私をよく見てくれるのね」
まだライラにも、父にも伝えていないことであるがリザは妊娠していた。トラヴィスとはそろそろ話す頃合いではないかと話し合っている最中だった。
「私は別に……」
リザが現れた時のトラヴィスの反応で何となくライラは察しただけである。間違っているかもしれないと口にはできなかった。
ライラが良い子であるのをリザは誰よりも知っている。
未来の伯爵夫人としてうまくいかずに落ち込んでいる時、トラヴィスも忙しい時にライラは暖かいお茶を届けてくれてフルートを奏でリザの心を慰めてくれた。
傍にいて欲しいと思った時はライラはちょこんとリザの隣に座り本を読んだり話し相手をしてくれた。
リザとトラヴィスが仲たがいした時はライラが頑張って誤解を解き仲を取り持ってくれていた。
いつも気を遣う義妹にリザは救われ、いずれは彼女も報われて欲しいと願うようになった。
「ライラ、私の可愛い妹。あなたはいつだってここに帰ってきていいのよ」
リザはライラに伝えた。
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北のリド=ベルは長い冬を超え、ようやく春の時期が訪れようとしていた。
冬が超えるということは異民族との攻防も再開されることだろう。
アルベル辺境伯家ではリド=ベル公国内の北端に位置する領地を任されていた。最も激しい戦地になりえる場所、砦の責任者であったクロードは戦備えで忙しかった。
「クロ」
端正な顔立ちの青年がクロードに声をかけた。
名前はオズワルド、クロードの古くからの友人で部下であった。誰もいない時は昔のように親しく愛称で呼び合っている。
「北の様子をみてきたけど、まだ動く様子はなさそうだよ」
「そうか」
温かくなるとリド=ベル公国の領地を求めて異民族が押し寄せてくる。魔物の動きにも注意しないといけない為、砦の守りは春になれば一層気を引き締めなければならない。
「丁度良かった。花嫁を迎える時間はありそうだね」
オズワルドはにこにこと笑った。彼の最近の関心事はクロードの結婚相手である。
「ああ、そういえばアメリーという名だったけ?」
「アメリー嬢ではなく、ライラ嬢ですよ。ちゃんと手紙読みましたか?」
確か結婚相手が変更になった内容を一緒に確認したはずだ。
「まぁ、どちらでも同じだろう。クリスサアム皇帝と兄が勝手に進めた結婚で俺の意見など一切入ってこない」
クロードとしては自分の知らないところで勝手に話が進み、勝手に結婚相手が代わってしまったのだから。
「とはいえ、あなたの妻になる女性です。良いですか。くれぐれも冷たくせず大事にするのです」
「そんな余裕が俺にあるのかぁ? 北の異民族が動く気配がなくても気を配らなければならないし、魔物の出没率も予想通りとは限らないし、討伐隊の編成も見直さないといけないし」
「北の異民族に関しては僕が目を光らせておくから。君は新婚なんだからライラ嬢の相手をしっかりしなければならないよ」
「はいはい」とクロードは部下から呼ばれているからとそちらの方へと向かった。
まさかこのまま仕事に逃げ込む気ではないかとオズワルドは心配になってくる。彼女が来る前に色々教えておかなければならないのに逃げだしてしまう。
確かにアルベル領は大公家の中で最も北の異民族との抗争が激化しやすい場所である。元々リド=ベル公国自体、未開の土地で魔物に荒らされるだけの荒野だった。
特にこのアルベル辺境は北の異民族が押し寄せやすい場所で危険地帯上位にランクインするが、クロードが責任者になってから北の異民族をうまく抑え込めている。魔物の被害も激減しており、昔に比べるとだいぶ治安がよくなってきている。
クロードの先代の時はほとんど休む暇もなく、先代辺境伯夫婦生活は冷めたものだった。
今なら夫婦生活の時間はとれるだろう。
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