【完結】ライラ~婚約破棄された令嬢は辺境へ嫁ぐ

ariya

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5章 大公視察

6 アメリー

 アメリー・スワロウテイルはスワロウテイル公爵家の令嬢であった。
 ライラの父に兄の末娘で父親のスワロウテイル公爵は一番に彼女を可愛がった。
 アメリーが生まれた間もなくスワロウテイル公爵夫人は亡くなったことも起因していたであろう。
 上の子供たちもほとんど成長しており、父親が年の離れた妹への溺愛を特に気に留めていなかった。

 もしかすると四女が存命であれば違ったかもしれない。
 三女のエレナとアメリーの間にもう四女の令嬢がいた。
 アメリーより三歳年上の令嬢であったが、八歳の頃熱病に罹り亡くなったそうだ。
 アメリーが五歳の頃で、娘を一人失ったショックもあったかスワロウテイル公爵は一層彼女を溺愛した。

 アメリーが望むものはどんなものでも用意していた。海の向こうの珍しい宝石であってもアメリーが望めば大枚はたき手に入れた。
 貿易業で財をなしたスワロウテイル公爵家だから可能である。
 スワロウテイル家の兄たちもアメリーのことが可愛いようで、彼らもできる限り彼女の願いを叶えてやった。

 おかげでアメリーは望めば手に入らないものはないと考えている節があった。
 少女たちのお茶会でも他の家の令嬢が持つリボンなど装飾をみては興味を持ち欲しがった。
 特注で作らせた唯一のものであると知れば、令嬢のものを強請る。

 令嬢は断ると、周りの令息から責められ奪われるようにアメリーに渡していた。
 アメリーは魅力的な令嬢であり数人の令息たちから気に入られ味方につけていた。

 令嬢は困り果てエレナ、アメリーの3番目の姉に泣きついた。
 他の姉たちは既に別の家に嫁いでおり、エレナのみ当時アメリーと同じ屋根の下に暮らす姉であった。
 エレナは将来皇太子妃になることが決まっており、多くの家門と繋がりを持っていた。
 令息たちもさすがにエレナには強く出られなかったようだ。

 エレナは姉としてアメリーを嗜めたが、アメリーは聞かず父親に泣きついた。
 姉にいじわるをされたと。

 スワロウテイル公爵はエレナを王立学園の学生寮へと放り込み、卒業まで館に戻ることは許さなかった。
 ほぼ同時期に、スワロウテイル公爵家嫡男もジェノバ聖国への留学が決まった。
 これでアメリーに直接苦言を言える令嬢はスワロウテイル公爵邸からいなくなってしまった。

 丁度その時にライラはアメリーと出会う。
 ライラは母の療養の為にイセナで滞在し、12歳になった頃母の病状が落ち着いたため一緒に帝都へと帰った。
 1年に2回あるスワロウテイル家門の集まりに参加していた。
 まだ12歳であるが、ライラも将来的に社交界参加の準備をしなければならない。

 練習の目的で母と共に家門の集まりに参加していた。昼間はお茶会、夜はささやかなパーティーである。
 お茶会のみ参加して後は父と兄に任せて帰宅する予定であった。
 
 ライラはスワロウテイル公爵とアメリーへ挨拶をする。その時のアメリーは噂通り可愛らしい少女であった。
 ハチミツ色の髪はふわふわとしていて、白磁のように透き通った肌、頬は赤く、唇は瑞々しい。
 数年後には大層の美女になることが予測され、ライラの前に挨拶する紳士はアメリーをほめそやした。
 確かに可愛らしいが妙に持ち上げすぎだなと感じた。
 
 ライラと母の順番になり、スワロウテイル公爵はライラの母の容態について尋ねた。

「イセナの温暖な気候のおかげでだいぶよくなりました。ご迷惑をおかけします」
「そうか。そなたも伯爵夫人としての自覚をもって、これからはしっかりと弟を支えるのだぞ」

 伯父の言葉にライラは少し嫌な気分になった。まるで母が好きでイセナに引きこもっていたかのような言い方に感じられた。
 となりのアメリーと目が合った。にこりと微笑まれライラは微笑み返す。
 ちらりと彼女の視線がライラの胸元へと移った。
 その時、ライラはアンバーのブローチをつけていた。ライラの友人が購入したシンプルなデザインである。

「お父さま、先ほどのお姉様は可哀そうだわ。あんな粗末なブローチをつけて参加するなんて」

 立ち去り際のアメリーの言葉にライラは眉をひそめた。
 いくら彼女の好みのものではなかったとはいえ、あのように言うのはどうかなと思う。

「ライラ、私は少し座っているからあなたはあちらの令嬢と話してきなさい」

 少し疲れた様子で母はお茶会が終わるまで椅子に腰をかけた。
 ライラは年の近い令嬢へ近づいた。彼女たちはライラよりも本家から遠い分家筋である。
 彼女たちは既に社交界デビューを果たしているようで、どんな衣装が今は流行っているかなど教えてくれた。

「そのブローチ可愛いわね」

 令嬢は褒めてくれてライラは嬉しそうに笑った。

「一見シンプルなデザインだけど、よくみたら縁の部分、細かい草を象っていて素敵よ」
「ありがとうございます」
「アメリー嬢がいるところでは隠した方がいいわよ」

 ひそひそと令嬢は耳打ちする。そこでアメリーが今まで幼い令嬢たちの間でどのように振る舞っているか知った。
 令嬢はライラがブローチを奪われるか心配してくれている。

「ご心配いりません。どうやら彼女には好みのものではなかったようです」

 それを聞き令嬢は小さくため息をついた。
 人がいる中で話しにくい内容になってきた為、令嬢は近くの庭を案内してくれた。何度か家門の集まりで令嬢は慣れたようにライラを連れ添った。

「あの子が社交界デビューするまでに婚約者を見つけた方がいいわよ。あの子より目立つドレスや装飾品なんてつけたら面倒くさいもの。相手もあの子が望むような者であったらとられるかもしれない」

 半ば一人の令嬢への愚痴である。あんなに幼いのに令嬢たちから随分と警戒されているようだ。

「私はもう相手が決まったから良いけど」

 あなたも気を付けてねと忠告される。

「いい加減、アメリー嬢に渡せよ!」

 少年の苛立った声が聞こえて来た。アメリーという言葉に嫌な予感がすると令嬢は元の場所へ戻るようにライラに声をかけた。
 しかし、女の子の鳴き声を聞き放っておけないとライラは声の方へと向かった。
 薔薇の壁で隠れていたが、池の近くにアメリーと取り巻きのような男の子が3人いた。彼らの前にはずっと幼い少女が青ざめていた。

「だって、これはお誕生日にもらった大事なものだもの」

 少女は小さいくまのぬいぐるみを必死に抱きしめた。帝都で人気のシリーズである。
 くまの柄と着ているドレスから限定商品というのがわかる。
 目には貴族の令嬢が好みそうな宝石をあしらっていた。さらに数が限られる代物だ。

「それをアメリーに見せびらかして性格悪いな」

 いらだった声に少女は縮こまった。よくみれば少女はアメリーより年下ではないか。
 自分より年上の男の子3人に囲まれて、さぞかし怖いだろう。
 アメリーは困ったように頬に手をあてて首を傾げた。

「私はちょっと見せてほしいといったのよ。それなのに私がとるように言うなんて」

 悲し気に言う言葉であった。男の子たちは一層少女を怒った。

「か、返してくださいね」

 少女は怯えながらぬいぐりみをアメリーに差し出した。

「きゃぁ、目のダイヤモンドがきらきらしていて綺麗! これ、1個しかない限定ものじゃないの」
「うん、お父様がお誕生日に頑張って手に入れたものです。ねぇ、そろそろ返してください」

 少女はアメリーに頼むが、男の子が少女の肩をどんとおした。少女は尻もちをついてアメリーを見上げる。

「ありがとう。大事にするね」

 アメリーはにこりと微笑んだ。

「え、見せるだけって」
「でも、これは1個しかない限定品でしょう。あなたから貰うしかないじゃないの」
「あげるなんて言ってません」

 少女は泣きながらアメリーからくまのぬいぐるみを返してもらうように願った。
 男の子たちがアメリーの前に立ちはだかって近づくことができない。

「馬鹿だな。大事なものなら持ってこなきゃいいだろう」
「持ってきたということはアメリーにあげるようなものだろう」

 少女は青ざめた。
 確かに先ほどの令嬢の言葉を聞けば、ぬいぐるみを持ち歩かなければ良かった。しかし、まだ小さな女の子にそれがわかるわけない。

「アメリー嬢」

 ライラはアメリーの方へ近づいた。警戒する男の子たちにライラは彼らの家がどこかを確認する。
 どれもライラの伯爵家よりも下の家門である。

「あなたたち、公爵様の姪であるライラの邪魔をするの?」

 彼らも貴族の子で、こういうお茶会を参加しているということは序列については教え込まれている。
 それくらいの分別があるのにずっと幼い少女をこのように追い詰めるのか。
 確か少女の家は準男爵家。だからといって子爵家の令息が強気に出るのは嘆かわしい。

「アメリー嬢、そのぬいぐるみはこの子の大事なもののようです。返してさしあげてください」
「えー、さっきその子が私にくれるって言ったのよ」
「私にはこの子は貸してあげていたようにみえました」

 でも、というアメリーに対してライラはさらに言った。

「アメリー嬢、あなたはこの子よりも年上のお姉さんでしょう。小さい女の子から大事なものを奪うことが淑女のなさることかしら」

「ひどいわ。ライラお姉様……ぐず」

 アメリーは涙をこぼして泣き出した。その姿は天使が涙をこぼしたかのように錯覚しそうになる。
 誰もが注目して、アメリーの涙に感化された男の子はライラの胸元からブローチを取り出した。

「アメリー様に何て酷いことを言うんだ。大事なものを奪われる悲しみを思い知れ」

 それを君たちが言うセリフだろうか。
 そういう前に男の子はブローチを池の方へと投げ入れた。

「あっ……」

 イセナの友人からもらった大事なものである。
 ライラは無意識にブローチに手を伸ばしたが届かずそのままどぼんと池の中へと沈んでしまった。
 池の中は濁っていて草がいっぱいでブローチを見つけるのは困難だ。
 諦めて上へあがろうとするが足に草がからみついて上へとあがれなかった。
 ライラは呼吸ができずに苦しんだ。夏の頃でも池の中はひどく冷たい。
 意識がぼうっとなった。

「ライラ!」

 目を覚ますと母親が泣きながらライラの名を呼んでいた。
 あの後、令嬢が心配して大人を池へと向かわせたようだ。
 ライラのことが心配になった母親がかけつけた頃に、ライラの姿はなく残された少女だけであった。
 少女は泣きながら池にライラが入ってあがってこないといいライラの母親は真っ青になり他の大人たちの制止を聞かず池へと飛び込んだ。
 病がちであったが幼少時はイセナで育った母は水の中でライラをすぐに見つけて引き上げた。
 びしょびしょの姿である。

 使用人たちの介護を受けた後、騒ぎを聞きつけた父親が二人をレジラエ伯爵家へ連れて帰った。この時ばかりは父親は夜のパーティーを不参加した。母の熱が再燃したから。

 その後、ライラの池に飛び込んだ事件はライラがブローチを落としてしまい拾おうとしたからと片付けられた。
 アメリーが既に手を回したようである。例の少女に脅しをかけていたのである。
 この真相は兄にも、父にも伝えていない。
 アメリーが関与していると知れば兄は黙っていないだろう。ややこしいことに巻き込まれるかもしれない。
 それ以上にライラには母親を失ったショックが大きすぎた。アメリーよりも自分を責めた。いくらブローチが大事なものでも、自分が無謀にも池に飛び込まなければ良かった。
 
 あの事件の後に起きたアメリー関連のことも語った。社交界で他の淑女とトラブルになった時、ライラはアメリーの不機嫌さが他令嬢に向かわないように前に出て軽く注意をした。時にはアメリーから悪者のように呼ばれてもライラはじっと耐えた。
 強く言い返すことも考えたが、その度に母のことを思い出してライラは耐え続けた。

「疲れているね。大丈夫?」

 社交界で出会ったクライド・アレキサンダーに声をかけられた。
 爵位を持たない文官であるが、真面目な性格で優しくライラを気にかけてくれていた。
 本や音楽の趣味も合い、好きな歌劇も一緒で彼とでかけるときは楽しかった。
 彼と過ごしているときがライラは苦しいことを忘れられた。
 伯爵家令嬢とは微妙な相手だと言われたが、それでもライラには十分だった。このまま彼と一緒になろう。

 彼との婚約式の日取りを相談し合っていた時、彼から婚約破棄の言葉がかけられた。
 そして数日後に彼とアメリーの婚約が発表され、アメリーの相手になる予定だったクロードの元へライラが代わりに嫁ぐこととなった。

 ◆◆◆

「アメリー嬢ははじめて出会った時から、人のものを欲しがる子でした。彼女はとても魅力的な少女のようで、彼女の父親も、兄も、同年代の男の子たちも彼女の望むものはできる限り与えていて……おかげでアメリー嬢は手に入らないものはないと思い込んでいる節があります。第三皇子の件もアビゲイル公女との婚約を知っていたとしても構わず皇子妃のようにふるまうかもしれません」

 アビゲイル公女を支える一門が帝都にいればいいのであるが、公国に親しくしている貴族で彼女の暴走を止められる家門はあるとは思えない。リド=ベル大公はアビゲイル公女を支えるには距離が遠い。

「せめて、兄と父にお願いしてみますが……お力になれるかはわかりません」

「婚約者……」

 クロードはぽつりとつぶやいた。

「そうか。そなたには私の前に婚約者がいたな」
「あ、でも……今こうしてクロード様に出会えて良かったと思います」

 オズワルドと再会した時を思い出した。クロードはライラが別の殿方と親し気にすると少しばかり拗ねた様子を見せる。
 もしかすると嫉妬しているのかもしれない。

「私の妻に来たのがライラで良かった」

 ライラの話を聞く前にリチャード大公から聞いたアメリーの行動の異常さに呆れた。
 自分でも結構非常識だと言われるが、アメリーに比べると自分はアルベル基準で常識的な分ましだろうと思った。

 アメリーの話を聞くと、クロードは苦手なタイプの令嬢だと実感した。とてもじゃないが、公都に滞在される別居生活でも耐えられる自信がない。

「あの、重たい話をしてすみません。さすがに池の事件については私の心に留めるべきだと思ったのですが……」

 アメリーのことを語る場合、ライラが何故そのように感じるようになったかの経緯を話さなければと口にしてしまった。

「重くない。それにお前は悪くないだろう」
「悪くない……ですが、もう少しうまくやっていれば母は熱病で倒れなかった」

 あの時、アメリーからぬいぐるみを奪われる少女をみてどうにかしたいと思った。
 アメリーの方が年上の淑女であると自覚を促せられればという軽率な考えが、あのような結果になってしまった。

「自分を責めるな」

 クロードはライラの髪を撫でライラの額に口づけをする。

「誰がライラを悪く言おうと、私はライラの味方であり続ける」

 ライラはクロードの肩に身を委ねていた。
 今の言葉を聞き言葉が安らいだ。
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