【完結】よめかわ

ariya

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10 密通が知られた日

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 風早中納言と私が恋仲になって一年間誰にも知られずに過ごせていた。柚木もはじめは驚き私に思いとどまるように説得していたが私の意志の強さに折ればれないように二人の仲をとりもってくれた。

 しかし、私たちの仲はほどばくして周囲にばれてしまう。
 どこで嗅ぎつけられたのかはわからないが、あっというまに噂となり都中に広まってしまった。
 私は父と兄の前へ引きずり出される形で呼び出された。
 私と風早中納言との関係を問われると私は否定せず、兄はすぐに私の頬を叩いた。

「お前は何ということをしたんだ! 父上がお前の為にこの邸を与えかわかるか? この数年にわたり計画していたことを無駄にしてしまったのだぞ!!」

 兄の激昂に私はそのときようやく理解した。何故末姫の私がこのように立派な邸を与えられたか。この数年多くの公達からの恋文がこようと見向きもしなかった私に父も兄も何も言わなかったか。

 私は幼い東宮の妃として入内する予定だったのだ。
 今の帝には東宮を立てる為の相応の子供がいなかった。いや、いるにはいる。私の姉が生んだ親王である。病弱な親王が東宮位につけば兄の幼い姫が妃となる算段であった。しかし、かの親王は病弱で帝位につけるか怪しかった。
 そのため、帝の弟が東宮に立つことになるが年齢的に合う姫が私だけだったのだ。
 私は母の願い通り女御になるためにこの邸に主として招かれたのだ。

「お前も本来は目向きもされなかった末姫から姉と同じ女御としての幸せをつかめるところだったのだぞ」

 それを他の公達に、しかも親と子も年齢が離れている男にほだされるなど。

「正気の沙汰ではない。狂っている」

 兄はそう言い私を詰った。私はその言葉に甘んじ耐えようとした。

「お前のような小娘に手を出すなど風早中納言もかなりの色物だな」

 私はきっと兄を睨みつけた。

「風早中納言様を悪く言わないでください。彼はとても優しく私の何もかもを受け入れてくださりました」

 母から不出来と言われ折檻を受けて、そこまで教育されたのにできる歌や字は並程度。自分でも呆れるばかりであるが、風早中納言は愛らしいと褒め愛でてくれた。生まれて初めて褒めてくれた手に私は嬉しく何度涙がこぼれそうになったかわからない。

「一族の面汚しめ! 父上、早々に尼寺にでも追い出してしまいましょう」

 兄はそう父に提案した。ずっと事の次第をみていた父は静かに言った。

「もうよい。東雲よ。今回は諦めよう」
「しかし」
「鈴姫の成長を待ってもいいではないか」

 鈴姫の入内に相応しい年齢になるまで時間はかかる。それを兄は心から歯がゆく感じていた。
 兄は怒りが抑えられず部屋を飛び出した。
 静かになった部屋に私と父が残された。こうして父と二人で話すのは久しぶりであり、またことの内容は穏便に済ませられる内容ではなかった。

「私……、風早中納言様のことが好きです」

 私は恐縮しながらもそれを言った。

「そうか……、なら仕方ない」

 父は深くため息をついた。思ってもいない言葉に私は思わず目を丸くし父を見つめた。

「姫よ。昔の話をしようか」

 父が母と出会った話を。当時権力を握っていた大臣家の跡取りであった父は宮を正室に、身分高い姫を側室に迎えた。それにより他家と強いつながりを持ち、それらが生んだ娘は将来中宮として大事に育てられていた。父はそれにおおいに満足していたが、ある日中流貴族の姫であった母に出会った。若かった父は母に夢中になり、すぐに邸へと側室として招き入れた。しかし、母にとってそれは地獄であった。周りは大貴族出身の側室ばかりで妬みと嫌がらせを受ける日々についに心を病み邸を後にした。その後私を生んだという。

「あの時、姫の母を守るべきであった。しかし、できなかった」

 それをすれば側室たちの自尊心は傷つき一層当たりがひどくなるだろう。
 母を実家の邸に戻すことで事を納める他なかった。
 しかし、側室たちから受けた屈辱はかなりのものであり母は彼女らを見返す為に私に厳しい妃教育を施していた。

「お前を妃に据えるということも生前母と結んだ約束だ。あの時守れなかった分せめて願いだけでも叶えようと思った」

 ちょうど東宮についた帝の弟君に年齢的に合う姫は私しかいなかったのもある。そのため、父は母が病床についたころに白川邸を建てるように計画した。

「しかし、お前がまさか風早中納言になぁ」

 父は静かに落ち着いた口調で言い、私はますます恐縮してしまった。都からの中傷など気にしない。兄からの罵倒もある程度耐えれた。ただ、父のこの言葉は酷くこたえた。

「期待に反して申し訳ありません」
「いや、いいのだ。今度はお前を守ろう」

 母を守れなかった分、私を守ると父は言った。私はそれに涙を流し父の言葉に感謝した。
 しかし、この一件から風早中納言は私のもとへ来ることはなくなった。噂では病にかかったという。
 私は心配になり見舞いの文を出すが返事がかえってこなかった。代わりに風早の君が直接私を訪ねてきた。初めてであった風早の君の眼は冷たく鋭かった。これをみて私は彼に快く思われていないというのをよく理解した。考えなくてもわかることである。私と風早中納言との醜聞で風早の君にも色々影響を与えたことであろう。

「今後、父に会うことは許しません」

 それだけ言い風早の君は立ち去った。
 そしてほどなくして風早中納言が亡くなられたという話が耳に届けられた。
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