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ariya

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ファンタジー

日巫女

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和風ファンタジーです。昔、小説家になろうに載せていました。
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 世界から日の光が消えてから何年の時が経つであろうか。
 突如、世界から太陽神・天照の消息が不明となった。
 多くの神が天照を捜すが、まったく見つかる気配がない。
 その為世界に作物は実らなってしまった。人々は日がなくても育つ植物と獣肉で糧を得るしかなかった。食物問題もさることながら、人々にとって最も困ることは闇の世界である。闇に包まれた世界は闇の者が好む世界。人にあらざる怖ろしき鬼たちが跋扈して、人々を襲った。
 人々がそんな闇から解放されるのは月の照る夜のみ。人々はひたすら月を崇めた。
 そして月夜の晩以外は外を出歩かなくなった。
 出歩くことができる人は巫女と防人のみである。
 巫女は強い光の力を持つ唯一の人である。つまり闇に棲む鬼たちに対抗できる存在。だが、同時にその血肉は鬼にとって極上のもの。
 鬼に対抗できる力を持つと同時に、鬼につけ狙われる性質を持っていた。
 巫女の力だけではどうすることもできない。故に防人という存在がある。防人は契約を結んだ巫女を守る存在である。彼らは神の加護を得た霊剣を所持し、それにより鬼を倒す。
 巫女と防人たちは鬼を退治しながら闇とかした世界の治安を守るように義務づけられたのである。
 そしてもうひとつ、彼らには大事な役目がある。
 それは行方を失った太陽神・天照を見つけ出すこと。
 世界に日を取り戻させることである。


   ◇   ◇   ◇

 まだ月の出ない昼、深い闇夜の中激しい剣げきの音が響いた。
「うぉぉぉぉっ!」
 男の唸り声と共に振り払われた大剣によって巨大な鬼は倒れる。
「今だ! 鈴妹(すずめ)!!」
 鈴妹と呼ばれた少女は頷く。そして手に持った幾重にも連なった鈴を鳴らす。その度に鈴についていた五色の布が翻る。

「カけまくもオオき イザナギオオカミ ツクシのヒュウガのタチバナのヲドのアハギハラに……カシコみカシコみもモウす」

 鈴を強く一斉に鳴らすと倒れた巨大鬼がすぅっと闇の中で溶けて行った。
「終わった!」
 鈴妹はほっと安心した。大剣を持っていた男は背に担ぎ、鈴妹の方へ近づく。そしてごつと頭を小突いた。
「あいた!」
「最後のは『モウす』じゃなくて『マヲす』だろ。あれだけ」
「細かいことはいいじゃない。ちゃんと通じれば問題ないんだから。時雨のいけず!」
 鈴妹はいーっとさせた。
「今のは下級の鬼だったからそんな適等な詞(ことば)でも祓うことができたんだ。だが、上級の鬼はそうはいかない。いつ遭遇するとも知れないんだからちゃんと発音は……」
「はいはい、わかっていますよ」
 そう言い鈴妹はつんとそっぽ向いた。
 鈴妹は光の力を持つ巫女である。そして時雨と呼ばれた大剣の男は鈴妹と契約した防人であった。
 二人は旅をしながら世界の治安を守る義務を負っていた。
「さて、ついでにここの結界も強化してあげましょう」
 二人がいた村の出入り口に貼られている札はすでに期限が切れていた。この札は村を闇の鬼から守る結界の役目を果たしている。
 だが、期限が切れれば結界は弱まってしまう。だから定期的に巫女が更新してあげなければならないのである。
 鈴妹は手に持つ鈴をしゃらりと鳴らし、詞を紡ぐ。するとぼろぼろだった札は真新しくなり、新たな結界で村を覆う。
 これでしばらくは安心だろう。
 一部始終見ていた村長はほっと安堵した。
「ありがとうございます。巫女様、防人様。これでしばらくは鬼に怯えずにすみます」
「いいえ、これが私の役目ですから」
 鈴妹はにこりと笑った。
「ささやかながら宴の準備をしております。お二方、どうか来ていただきたい」
 そう言われ断る理由もないと鈴妹は嬉しげに応じる。
「早く行きましょう。時雨!」
「ちょっと待て。今の札の更新をもう一度やれ」
 発音が気にくわなかったようである。それに鈴妹はいーっとさせた。
「きちんと更新できているんだからいいでしょ! 私先行っちゃうからね」
 そう言い鈴妹は村長に誘われるまま中へ入って行った。
 その後を見つめ、時雨ははぁっと溜息をついた。
「可愛くない。昔はあんなに可愛かったのに」
 目を閉ざすと幼い頃の鈴妹の姿が移る。光の力を見出され、神宮にて修行を積まされる彼女は本当に愛らしかった。
 純粋無垢な魂を持ち清らかな声を持つ少女である。その為、巫女として才能は誰よりもずば抜けていた。
 唯一の難点は発音が下手だということである。発音さえしっかりすれば大巫女たちに劣らぬ力を発揮できるだろうに。今頃は日巫女に昇進しても良いはずなのに、今だに彼女の地位は小巫、見習い巫女の立場である。同期の者は既に花巫まであがっているというのに。
 巫女にも地位というものがある。
 上の地位から順に大巫女、日巫女、星巫女、花巫、小巫である。
 つまり今の鈴妹はまだ一番下に位置する。こうして旅をすることも特例中の特例である。
 基本的に世界の治安と太陽神捜索の旅が可能なのは花巫からである。
 発音以外は遜色のない彼女だから師は旅をしながら経験を積むのがよいという判断で特別に許可したというのだ。
 勿論、万が一の為に時雨という腕利きの防人と契約を交わしている。
 以前までは日巫女の防人を勤めていた彼としては小巫のお守などもっての他と断りたいところであった。しかし、同郷の鈴妹だと知り渋々契約を交わすこととなった。
 時雨が防人になったから鈴妹は精進するどころかすっかり甘え、発音も適等にしたままであった。旅をして一ヵ月、彼女の発音が良くなる気配はなかった。そもそも彼女自身苦労しようとする気配がなかったのだ。
「全く人の苦労もしらないで」

「あの、防人様」

 声をかけられ、時雨は剣の柄に手をかける。それに女はびくっとした。
 美しい女であった。村の娘であろうか。
 美しい袿から薫るのは伽羅の香である。そんな高価なものを身につけるとは恐らく村で一番地位のある家の娘、村長の子なのだろう。
「も、申し訳ありません。時雨様の世話をするように言われてきました。湯の準備もできていますので、早く中へ」
「………そうだな」
 一瞬で風が薙ぎ、女の腰に時雨の抜いた大剣の刃が襲う。あまりの衝撃に娘は呻きながら飛ばされて行った。
「な、何故」
「猿芝居はやめろ。高価な香を使って誤魔化しているようだが、俺の鼻は誤魔化せない。お前の体から酷い血の匂いがする」
 そういうと娘はけたたたと笑った。
「あの小娘巫女には勿体ないねぇ、あんた。素敵だよ。ますます気にいった」
 娘は立ちあがり、闇の中に溶ける。溶けたと思うと体から無数の手が出て来て、小さい口は大きな牙が飛び出す。
 女の上半身は人であるが、下半身は足の長い巨大蜘蛛である。
「しかも、女郎蜘蛛か。ここに蔓延っている鬼の頭、といったところか」
 結界の札の期限が切れ更新されることのなかった村は鬼たちに喰い荒らされてしまったようだ。この村にいるのははじめから鬼しかいない。おそらく更新に来た巫女たちは全てこの鬼に喰われてしまったのだろう。
「ふふ、本当に良い男だね。早く食べたくてうずうずしちゃう」
「俺よりも巫女の血肉の方が最上級に美味なんじゃないのか?」
「ああ、そうだね。だけど、あの小娘はまだまだだ。半熟の青くささしかない。だから部下の蜘蛛どもにくれてやる」
 そう言うと時雨は険しい表情になる。
「やれやれ……だからあれだけ発音はしっかりやれと言ったのに」
 札を直す時にきちんとした発音をしていればこの鬼たちは人の姿を保っていられなかっただろう。
「まぁ、過ぎたことを愚痴ってもしょうがない。ここをさくっとやって、我儘巫女を迎えに行くか」
 あれでも契約を交わした巫女である。防人として守る義務がある。
「いいや。あんたはここで私に喰われるのさ」
 時雨は大剣を構えようとしたが、思った以上に重いのにはっとした。大剣にべったりと蜘蛛の糸がひっついている。そして足元にも蜘蛛の糸が絡まっている。
「今頃気づいたかい。もうあんたは私の巣の中にいるのさ」
 鬼女はくけけと笑って、ゆっくりと時雨に近づく。時雨が剣を振ろうとも怖くないと言っているのだ。
「鬼め!」
 時雨は歯軋りし鬼女を睨みつけた。

   ◇   ◇   ◇


「ん」
 目を覚ますと鈴妹は灯りのつかない真っ暗闇の部屋の中にいた。どうしてこんなところに、と鈴妹は体を起こそうとするが体の自由がきかない。
 首を傾げ、闇に目が慣れると自分の体は蜘蛛の糸に括りつけられて身動きひとつできない状態であった。
「な、なんで」
 何とか抜け出そうとしてもべったりとつく蜘蛛の糸はなかなか外れない。
「お目ざめですか? 巫女様」
「あなたは……っひ」
 村長の声がすると思い見るとそこには巨大蜘蛛がにやにやと笑い鈴妹の姿を楽しんでいた。
「お、鬼だったのね」
「今頃気づきましたか。幼い巫女様」
 巨大蜘蛛は巣の上に足をつけるように鈴妹を捕える糸にどんと数本の足を添える。大きく揺れるがそれでも蜘蛛の糸は微動だにしない。
「近くで見るとますます美しい。良い匂いだ」
 蜘蛛の口から大きな赤い舌が出て来てちろりと鈴妹の肌に這う。
 その気持ち悪さといったら。
 鈴妹は眉を顰め耐えた。
「おお、その顔。ますます良い」
「馬鹿にしないでっ。あなたなんか私の詞ことばでっ!……カけまくも……もがっ」
 そう言い詞を紡ごうとするが、鈴妹の口に布を詰め込まれる。
「あなたの未熟な詞では私たちを祓うことはできませんが、少々耳触りなので封じさせていただきますね」
 蜘蛛はくつくつと笑い、鈴妹の首筋に舌を這わす。喉にちろりと濡れたものが這い鈴妹はびくりと震えた。
(私の詞が未熟?)
「助かりましたよ。あなたの未熟な詞で札が更新されたおかげで我々の正体はばれずにすんだ。しかも、あなたが未熟な者だから姫はあなたよりもあの防人の方に興味を持ち、巫女の血肉は私が貰い受けることになった」
「んーっ!」
 舌がそろそろと下の方へ這い下り、鎖骨の窪みを楽しむようになぞる。
 その度に鈴妹はびくびくと震えた。
(私の詞が未熟……きちんと発音できたら、こんなことには?)
 いつも口やかましく発音がどうのと説教を垂れる時雨をうるさいと一蹴してきた鈴妹。それは誤りであったのだと気付いた時はもう遅かった。
 自分はこんな鬼の手にかかり、今嬲りものにされようとする。
 時雨に助けを求めたくても既に時雨はこの鬼の主に喰われたという。
 それを聞き、鈴妹の瞳から涙が零れる。
(ごめんなさい。時雨……私、甘えていた。ちゃんと発音をうまくできればこんなことには)
 思い出すのは古き日々。
 巫女の素質を見出され、故郷を離れ無理やり神宮へ連れて来られた時のことである。知らない人たち、厳しい修行……父母への恋しい想いは日に日に募るばかりである。
 苦しくて泣きそうになった時に、桜の花をひと房鈴妹の元へ届けてくれた者がいた。それは鈴妹の同郷で鈴妹よりも二年前にこの神宮へやってきた時雨であった。
 彼は神の力を宿す霊剣に選ばれ、神宮の隣の修験洞に引きとられたそうだ。そこで防人になるべく修行を積んでいたという。
 その時時雨はこういった。
「泣くな。俺が防人になって、お前を守ってやる」
 だから共にこの世界を守ろう。この世界に日を取り戻させよう。
 そうすれば役目は終わる。故郷へ帰れるのだ。
(ごめんなさい、時雨……。私、嬉しかったの。ずっと一人であの神宮で修行を積み知らない防人と真っ暗な世界を旅しなければならないのが怖くて、あなたが防人になってくれると知ってとても嬉しかった)
 だから甘えてしまって、巫女として精進を怠ってしまった。何もかも時雨がいればなんとかなる。そう思っていたから。
 自分の未熟さ、愚かさに気づいてももう遅い。
 時雨は自分のせいで鬼に殺され、今自分も鬼に喰われようとしている。
(自業自得ね)
 泣きながら鈴妹は諦めた。
 目を閉ざし、鬼の大きな牙が自分の肌に喰い込むのを待つ。

 びしゃ。

 生温かな水が自分にかかり、鈴妹ははっとした。目を開くと目の前の鬼は大きな剣に貫かれ、震えている。
 鬼が崩れた先に見えたのは大剣を持つ防人の姿だった。
(時雨……)
 時雨だ。自分の年上の同郷、自分の防人。
 彼の姿を見て鈴妹は心より安堵した。
 しかし、すぐにそれは心配の色に変わる。時雨の体は血で濡れ、衣は引裂かれ、その場所から露になる肌に無残な傷痕があった。そこから未だに血が流れている。頭にも負傷を負ったのかだらりと頬に血が滴り落ちている。息も耐え耐えで苦しそうである。
 だが、彼は大剣を構え、自分に向う大きな蜘蛛を睨みつけた。
「貴様、俺の巫女に指一本触れるな」
「何故、主は既に姫によって喰われているはず」
 それに時雨は憮然と言い放った。自分があのような鬼女にやられると思われているなど心外である。
「誰があんな女に……剣なら喰らわせたがな」
「おのれ! よくも姫を!! わしが主を喰ってやる」
 遅いかかってくる大きな蜘蛛に時雨は大きく剣を振るう。その時に光るのは霊剣の力。天の神の力を宿した光の力である。
 巫女は自身の体に光の力を宿し詞によってその力を発動させる。対して防人は霊具を振るうことで、霊具に宿る光りの力を発動させることができる。巫女に比べると劣る光の力であるが、鬼に攻撃するときは絶大な力を発揮する。
 その光の力を全身に帯びた鬼は驚愕した表情を露にしながら震えた。
「何故、お前ほどの防人が……あんな半端な巫女の」
 それだけ霊剣を使いこなすことができるなら、巫女なしでも十分鬼を退治できるではないか。むしろその力を持つならば大巫女の防人になってもおかしくないはずである。
「鬼が俺の巫女を半端と言うな。確かに未熟で半端だ。発音も悪くて仕方ない。だがな……」
 そう言いまた剣を大きく持ちあげる。まだかすかに残る光の力が鬼に振りかかる。
「俺の巫女は鈴妹だ」

   ◇   ◇   ◇

「カけまくもカシコき イザナギノオオカミ ツクシのヒュウガのタチバナのオドノ」
「『ヲドノ』だ」
「……ヲドノのアハギバラに ミソぎハラへタマいしトキに」
「ミソぎハラへタマ『ひ』しトキに」
「……」
 ひとつひとつ訂正を強要してくる時雨の言葉に鈴妹は眉を顰めながらも何とか正確な発音を紡いでいく。
 ぼろぼろの体で横になるけが人に刃向う気など起きなかった。そもそもこうなってしまったのは自分の発音の悪さのせいなのだ。ここは素直に従うしかない。
「カシコみカシコみも…………マヲす!」
「よし」
 ようやく及第点をもらい鈴妹は大きく息を吐いた。
 これでここで退治された鬼たちはさらなる闇の世界へ還るであろう。同時に血で穢れたこの場も清められ、数年後には元に戻るであろう。だが、ここに人が棲むことはもうない。ここに棲んでいた人々はすでに鬼の手にかかったのだから。
「日のない闇の世界でなければこんなことにならなかったのに」
 鈴女があたりを見れば、田畑だった土地がみえる。日があった時代には米や野菜が多く実ったのだろう。だが、それはすでに過去のもので田畑だったものは荒れ野と化してしまった。
「早く日を世界に取り戻さなきゃ……」
「ああ、その為にいなくなった天照を見つけなければならない」
 包帯だらけの時雨の方へ近づき鈴妹はその場に膝をつき俯いた。
「時雨、私……がんばる。ちゃんと巫女として勤めるよ。だから……」

 私の防人でいて。

「あた」
 時雨は鈴妹の頭にかるくげんこつを喰らわせた。
「俺は今までもこれからもお前の防人だ」
「うん、ありがとう。私、あなたの巫女として恥ずかしくないようになる。頑張って精進するね」
「そうか。なら一日詞の練習百回だ」
「ひゃ!」
 その数字に鈴妹は驚愕した。確かに発音が未だに悪い鈴妹には練習は必要であろう。だが、いくら何でも百は多すぎる。
「そんなに詞を紡ぐと喉がからからになる」
「今、俺の巫女として恥ずかしくないようになるって言っただろう。だったらまずは発音を正確に紡げるように努力するんだな」
 意地悪気に笑う時雨に鈴妹は涙ながらに訴える。何とか十回にしてもらえないかと交渉するもそれは却下とされた。
「しばらく、ここで休むから。その間しっかり練習しろ。ああ、ずるはよくないからな」
「うぅ……」
 項垂れる鈴妹を見て時雨は優しく笑った。

 闇の世界が急にほのかに明るくなる。ふと上を見ると十六夜の月が空に浮かんだのだ。
 夜になった。日のない世界の人にとって外で活動できる短い時間。
 しかし、人はそれでも日を求める。温かく地を照らすあの気高い日の光を。
 だからこそ、巫女・鈴妹と防人・時雨の旅はまだまだ続くのだ。
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