ものがたり

ariya

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ファンタジー

異世界転生の逆戻り

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 私の名前はヒサメ。
 元々は異世界転生者だったのだけど、特に能力が定着しなかったしお家騒動も婚約破棄も無縁な平凡な家庭で過ごしていた。
 特に不満なんかなかったのだけど元々ある私の特技を神様に見初められた。
 その能力は映像記憶である。一度見た情報を一枚の写真として頭の中に記憶する能力である。昔は教科書丸暗記してテストに望んだことがありカンニング疑惑を持たれたこともあった。
 その能力を買い神様は異世界図書館へ就職させて彼らでは管理するには膨大になってしまった情報の管理を任された。ここには神様たちが各々管理している世界に転生させた人たちのデータが保管されている。本という形でまとめられた情報を定期的にチェックして補修・保管していく仕事である。神様がどこにあったかわからなくなった情報の本をヒサメが探してお届けする。
 元は天使たちの仕事だったらしいけど、どこに何があるかわからなくなってきた為映像記憶を持つヒサメを呼んだのである。
 私の仕事はここの仕事に満足していた。元々小説を読むのが好きなので、異世界図書館にある情報はひとつの物語として楽しんでいた。当の本人たちはそれどころではないだろうが。異世界に転生・転移した者たちは神様から与えられた能力を使い世界を救ったり、時にはお家騒動や婚約破棄などのトラブルに巻き込まれ知恵を振り絞り解決していったり。少しご都合主義な面もあるが、転生先の過程では本を定期的に購入する経済的余裕はなかったのでヒサメは楽しませてもらっていた。
「ヒサメ、この情報をすぐに本にしてもらえないかい?」
 図書館に訪れたのはルカ・メルリンであった。彼は元々ヒサメの転生先の世界の魔法使いであったが、父親は神様だったらしくヒサメとほぼ同時期に神様の世界へと移り住むようになった。仕事の内容は指定された世界の監視役で、それを記録していく。
「ルカ様、私は今こちらの整理で忙しいのです。本にするのであればメティー様に依頼した方がいいですよ」
 何度目になるかわからないのだが、この男は何故かヒサメに依頼してくるのだ。ヒサメも一応本にする仕事を任されているが、どちらかというと本を整理する仕事の方が向いていた。
「僕はヒサメに本にしてもらいたいんだけど……ほらほら君が気になっていた例の令嬢の物語がどうなったか早く知りたいだろう」
「大丈夫です。本になるまで待つくらいの余裕はありますので」
 ヒサメは今の仕事から手を放すつもりはなかった。
「あ、こらルカ様。またヒサメの邪魔をして」
 奥で本にする作業をしていたメティーが飛び出してきた。
「情報なら、封筒に詰めて投入箱に入れてくださいと何度も言っているでしょう。あと、データ記入の項目漏れはありませんでしたか? この前も年月が書かれていなかったので結局部下に世界周りさせて確認したのですからね」
 前々からの不満をここぞとぶつけてくる。
「えー、そうだったかな?」
「あ、これも記載漏れあるじゃないですか? そこの机できちんと書いておいてくださいね」
 そういいながらメティーは作業部屋へと入っていった。
「やれやれ、しょうがないな」
 ルカはにこにこ笑いながら机につき、備え付けのペンで情報記載をしていった。
「そういえばヒサメ、聞いてないかい? 最近、転生者たちが行方不明になっているのを」
「そうなのですか? 誘拐でもあったのでしょうか」
 彼らの物語の一部と捉えていたがどうやら違うらしい。世界から転生者が姿を消した事件が続いているらしい。あちこちの世界で。神様たちは天使たちを使い、探し回ったが彼らが見つかることがなかった。
「元の世界に戻ったんじゃないかなと言われているんだ」
「え? でも、彼らは」
 異世界に来る前に何かしらの事故や病気で亡くなっている。神様はそれを不憫に感じ、あるいは試練とし彼らを己の管理している世界へと転生させたのだ。
「どこ探してもいないのであれば、確認してみた方がいいという判断になってね。ボクはしばらくその元の世界とやらに出張することにしたんだ。しばらく会えなくなるけど、寂しがらないでおくれよ」
 ルカはヒサメを後ろからぎゅーと抱きしめた。まるで恋人の抱擁のように。
 全く恋人でもない男に抱きしめられても困る。
「ちょっとやめてくださいよ。仕事の邪魔ですよ」
「ヒサメは冷たいな」
 くすんと嘆くルカは再度現れたメティーに追い出されそのまま出張に出かけた。
 それから半年たつがルカが図書館を訪れることはなかった。
「出張、というから1カ月で戻ってくると思ったのですが」
「まぁ、いいのではないの? おかげで静かで仕事がはかどるから」
 メティーは特に気にしていないようだった。ヒサメも来られると仕事の邪魔になるからありがたかったのだが、こうも音沙汰がないと無事なのだろうかと不安になる。
 向こうの世界にはトラックがある。もしかして事故にあってしまったのではないかと新しい転生者の情報を確認していた。ルカは元は管理する神様の血筋である。転生するかはわからないが、今のところ彼と思われる物語は見当たらない。
「ヒサメ様ー」
 図書館に小さな天使がふわふわと宙を舞いながら現れた。小さいまんまるとしたほっぺの少年天使である。
「神様が呼んでいるの」
 呼び出しのお迎えにヒサメは首を傾げた。一体何の用だろうか。もしかするとこの前有給の見直しを願書にしたためたのでまずかったのだろうか。
 不安になりながら神様のいる部屋へと向かった。てっきり自分の世界の神様が待っていると思えば、他の世界の神様たちがずらっと並んでいた。他にもいたと思うが、部屋には20神がいる。
 挨拶をするとそう固くならなくてよいと言われ、椅子に座らされた。
「ほうほう、お前がヒサメか。本当に転生者の情報を全て記憶しているのか?」
「はい。まだ本棚にしまっていないものは確認途中ですが本棚に並んだ内容は全て網羅しています」
 そういうと神様がいくつか質問してきた。それは転生者についての質問である。それぞれ違う物語の転生者で記録時期もばらばらであった。中には転生者の元の世界での履歴書も質問された。
 ヒサメは映像に留めた記憶を確認して答えていく。
 30個程の質問で「もういいだろう」と終了になった。
 一体何なんだろうか。もしかすると自分の能力を不審がってテストをしているのだろうか。間違っていたら人間の癖に神様の図書館に居座ってといびられるのではないかと不安になった。
「なるほど、これなら問題ないだろう」
 神様たちはこくこくと頷いていた。
「ヒサメよ。元の世界に戻り、異世界転生者たちを捕まえてくれないか」
 突然の指令にヒサメは困惑した。
「それはどういう意味でしょうか?」
「実はな、異世界転生者たちが姿を消したのだ」
 以前ルカが教えてくれた情報を思い出す。
 神様たちは見つからない転生者たちに不審がり、ルカ・メルリンを元の世界へ派遣した。そして元の世界では大混乱であった。それは異世界転生者たちがどういう経緯か、元の世界に戻り能力を使いめちゃくちゃにしているというのだ。強盗まがいのことをしているものもいるという。
「それは犯罪では」
「ああ、しかも元の世界の神がかんかんに怒っている」
「あれが怒ると面倒くさい」
 元の世界、ヒサメの前世の世界の神とはどんなものなのだろうか。
「生きた災害のようなものだしな。今まで不遇な死を迎えた人間たちが新しい希望の中でいきられるのであればとわしらが自分の世界へ連れて行くのを容認してくれていたが次からはできないかも」
「そもそも元はあやつの世界の住人なのになぁ」
「しっ、それを言うと面倒な能力をつけたわしらのせいだとますます怒り出す」
 ちょっと不満げな声も聞こえてくる。
「それで私が何故元の世界へ?」
「うむ、今ルカ・メルリンが彼らの捕縛をしようとしている。元の世界の姿も、能力もばらばらで簡単にはいかないようだ。しかし、お前は全ての転生者たちのデータを頭の中にインプットしている。ルカと協力して転生者たちを何とかしてほしい」
 だからルカはなかなか戻ってこれなかったのか。調査の為元の世界に行ったが、転生者が能力を使い世界をめちゃくちゃにしているのでそのまま捕縛の命令を受けていたようだ。
「でもどうして転生者たちが反社会的な行為をしているのでしょうか」
 転生者の適正は不遇な死だけではなく、性格による適正もある。元々悪さはできない善良な性格か、生真面目すぎる性格か。神様が自分の世界に連れてきても大丈夫と判断された者が多い。
 おかげで世界の問題点を解決しゆがみを修正され、世界の維持に役立っている。
 元々神様たちが異世界転生者たちを呼び込むようになったのは元の世界で流行ったスーパーヒーローに夢中になったためである。確か異星からやってきた臆病な少年は地球で強い力を持つようになりそれを悪用せず愛する者を守る為に使ったという。強い力というのも異星から来たから地球の重力ではすごい力を発揮できるようになったとかだったと思う。
 神様たちは試しに一人を転生させてみて、能力を与えてみると思った以上に定着して彼は世界の為に戦ってくれた。次に能力もちではない者を呼び込んだら、今度は早くに世界に馴染み世界のゆがみ修正に尽力してくれた。本人たちはそのつもりはないが結果的にはそうなった。神様たちはその為どんどん元の世界の人間を転生者として採用し続けたのである。
「おそらくリリスの仕業だろう」
「リリス?」
「人を惑わす悪魔、お前の世界の聖者を誑かす悪魔と同類だ」
 リリスは色んな世界を移動することができ、強い誘惑の能力を持っている。そして聖者や勇者を誑かしてゆがみを与えるのが好きな厄介者であった。500年前に封印していたはずであるが、気づけば封印は解かれてしまっていた。
「そうだそうだ。リリスのせいだ。そうじゃないと私の勇者があんなことをするはずがない」
 むきーと怒る女神の耳が響き渡り、耳がきんきんとする。
「というわけでヒサメ。転生者たちを捕まえて、目を覚まさせてそれぞれの神の世界へ戻してやってくれ」
「でも、元はその世界の住人なのでそのままでも良いのでは」
「いや、もう転生者の魂は別世界のものになっている。元の世界では既に死んだものと登録されているのに、生きられてはバランスが崩れてしまう」
 数人程度であれば支障は出ないだろうが、かなりの人数が元の世界に戻ってしまったら地球という世界は調和できずにパンクして崩壊してしまう。
「実際、災害がいたるところで発生している。早く何とかしろと地球の神からの声が毎日届いている」
 神様たちではどうすることもできないことに果たして自分がどこまでできるのだろうか。
「自信がありませんし、それに私まで異世界に行ったらよくないのでは」
「既に地球の神と話をつけている。そこは何とか補正できるようだ。幸いなことにまだお前さんの体は生きていたようだ」
「え、私、まだ生きていたのですか?」
「ほんとちょっと遅かったら死んでいたが、地球の神が急いで延命して今は目覚めるのを待つだけにしてくれている」
 しかし、自分はこの体になって20年は経過している。20年も眠っていた体で動かなかった体でルカと一緒に問題にあたれるのだろうか。
「ヒサメよ。お前に拒否権はない。すぐに行け」
 なかなか頷こうとしないヒサメにしびれを切らし奥にいた神がせっついてきた。
「少し待ってください。あまりの情報量にさすがに混乱しているのですよ」
 いくら何でもひどくないか。ヒサメの意見も聞いて欲しい。いや、神様だからヒサメの意見など聞く必要がないのか。
「もちろんただとは言わない。ヒサメの今の家族に十分な補償を与えるし、成功した暁には元の世界の人間としてよみがえらせてもいいし、図書館の管理職のヒサメに戻るのもいい」
 悪くない条件であろうと言われてもヒサメはなかなか首を縦に触れなかった。いろいろ不安がある。
「仕方ない」
 そういい神様が手をかざしてヒサメはふっと足元がなくなる感覚を覚えた。気づけば辺りは真っ暗で、神様たちの姿は消えていた。
 強制的にヒサメを元の世界に戻し任務に当たらせようとしているのだ。
 なんと無慈悲な神様たちなのだ。
 ヒサメは嘆きながら悪態をついた。
 ぱちりと目を開くと真っ白な天井がみえる。随分と懐かしい作りの天井である。周りをみると自分は病室で寝かされていた。
「ああ、時島さんっ」
 ラウンドに来ていた看護師が歓喜の声をあげた。
「待って、起きちゃだめよ。あなたは3年眠っていたのだから」
 そういい看護師は起き上がろうとするヒサメを押さえつけた。
 彼女の呼び方でヒサメは思い出した。古い、奥の方に眠りもう開けることはないだろうと諦めていた記憶。自分の名前は時島氷雨であった。
 中学2年の夏に、自殺を図ろうとした女性を止めたはずみに代わりに川に落ちて死んでしまった。そして異世界の神様に拾われ、平凡な一般家庭の娘として転生したのだ。その後特に何もなかったため元から持っていた記憶力をいかし神様たちの異世界図書館に働くことになった。
「少ししたらご家族さんが来られるわ。あ、私は今日の担当の看護師の井上よ。そしてこちらがあなたの主治医」
 病室に訪れた医者に気づいてヒサメは挨拶をした。
「ああ、そのままでいいよ」
 聞き覚えのある声でありヒサメはひくりと唇を動かした。
「何でここにいるの、です?」
 そう口にしたかったが、喉の奥がうまく動かずにひゅーっとした空気の音だけであった。
「やぁ、主治医の名鈴(なすず)だ。しばらく経過をみてリハビリを開始しようね」
 軽い調子でいう男は名鈴流果というらしいが、どうみてもルカ・メイリンであった。
 これからこの男と一緒にこの世界の問題事を片付けないといけないのかとヒサメは深くため息をついた。

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