メジロとチワ

ariya

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2 湯茶本舗

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 珂縞一族が滅んで5年の月日が流れた。
 ここは温泉が多く貿易盛んな街・湯府である。
 街の一角、茶屋にて、琵琶の音が鳴り響く。
 茶屋の中のお座敷で盲目の少女が琵琶をかき鳴らしているのである。

「チワちゃん、今日は明るいのにしておくれよ」

 茶屋のなじみ客は少女に声をかけ、少女はにこりと笑った。彼女はこの茶屋で面倒をみてもらう代わりに琵琶を鳴らし、客人をもてなす。
 目は見えなくとも、慣れた弦の使い方は見事なもので誰もが一度は足を止めて耳を傾けようとした。

「へぇ、盲目というがなかなか綺麗な娘じゃないか」

 新規の客がチワに声をかける。その声音は下品なものであった。
 見かけない顔であり旅行中の侍のようだ。富貴嶋の勢力が玖邦に拡大したときより、この港町は物見遊山目的で本邦から訪れる者が増えた。温泉も多く、住みやすい気候で有名でそのままここに根付こうとする者も珍しくない。

「おい、娘。今宵わしの宿に来い」

 琵琶の曲の準備をしていたチワは困ったように笑った。

「愛いの。ほれ、琵琶はいいからこっちへ来て酒の相手をせい」

 男に手を掴まれそうになるが、すぐに別の力で払われた。

「すみません。お客様、この子はそういうつもりで店に出しているわけじゃないんですよ」

 チワの前にささっと男が前に出る。目つきの悪い三白眼の男である。成人男性より少し背の低い小柄な男であった。
 腰に湯茶本舗と刺繍が入った前掛けをしている。この茶屋の店員であった。

「よっ、遅かったじゃないか。メジロ」
「チワちゃんに変な男が触っちゃっただろ」

 ぶーぶーと文句と応援の声が店中に響いた。

「うるせぇよ。俺は厨専門なの」

 店に出ていた小僧が声をかけてきてから店に出てくるのは結構早かった方である。文句を言われる筋合いはない。

「このチビめ。目つきも悪いし客に対して何だその態度は」
「すみません。目つきは生まれつきなもんで、客商売には向いていないから厨担当なんですわ」

 もぐもぐと作っていただんごを口に頬張る。

「おいおい、俺の団子がまだ来ていないのに何食べているんだ」

 やじをとばす男はそこまで怒っていない。メジロのいつもの行為を楽しんでる風であった。

「小僧がきなこまぶして果実添えている最中なんでちょっと待っててください。新茶と共にご提供しますんで」

 メジロはもぐもぐごくんと団子を飲み込んでそういった。

「ふざけるな、このチビがぁ!! 私は本邦の富貴嶋にお仕えする者だぞ」

 侍は腹を立て刀を抜く。その瞬間、メジロは男の腕を掴み、強くひねった。

「あががが、痛いっ!!」
「すみません、お客さん。うちは抜刀禁止なんです。とみきしまのお侍様であっても、店内の治安を荒らすようでは出禁ですね」

 そういい侍を店の外へと投げ飛ばした。

「くそ、覚えてろよ!」

 侍は捨て台詞を吐き茶屋を後にする。その後に出るのは拍手喝采であった。

「ひゅーひゅー、富貴嶋が相手でも態度変えないメジロ格好いいぜ」
「目つき悪くて態度最悪だけどな」
「チワちゃんを守ってくれるなら何でもいいぜ。あ、わらび餅追加ね」

 調子のよい声援にメジロははぁっとため息をついた。

「メジロ」

 ちょんちょんと後ろからメジロの裾の一部を引っ張る。チワである。

「ありがとう。でも、さっきのお侍さん、良かったのかな。後でお店に迷惑がかかるんじゃないの?」
「そんなのを気にすんなよ」

 メジロははぁっとため息をついた。

「ほら、そろそろ休憩。飯ができているから来い」

 そういいながらメジロはチワの手をとり奥へとひっこめた。

「メジロの奴、あれでチワちゃんにまだ手を出していないんだって」
「手を出したら俺が許さん。せめて客接遇が良くなっていないとチワちゃんを任せられん!」

 二人の仲を応援しているのか、邪魔したいのか、とにかくこの茶屋の名物をみては客は楽しんでいた。そして富貴嶋の領地からやってきた旅行者が横柄な態度をとって、メジロにぎゃふんとされる様子はみてて爽快であった。

「でもさっきの大丈夫かな。富貴嶋のお偉いさんだったら」
「はぁ、何言ってんだよ。湯縞様は富貴嶋に負けたわけじゃない。富貴嶋を離れられる。富貴嶋であっても湯府での横暴が許されるとかねぇよ!!」

 お茶のおかわりを小僧に注文しながら客人の会話の熱はあがっていく。
 玖邦五家のひとつ湯縞家は、富貴嶋でも強く出れない相手であった。兵力は強く、富もある。元は荒れ果てた火山地を温泉街として整備し、港を作り大陸・本邦との交易を盛んにさせ莫大な富を手に入れた商売人の面を持っていた。
 玖邦の最強派閥の一つに数えられており、富貴嶋でもこの家に手を出すのはまずいと遠慮されている。
 実は富貴嶋はさらにまずい一族・縞音家を強く恐れていた。戦国最強の戦闘一族である。
 湯縞家はこの縞音家からの脅威の良い防波堤になってくれていた。
 湯縞家棟梁はそれを見越してあえて損のない条約を結んで傘下に入っているのだ。

 この戦国の時を忘れさせてくれる、のどかな街でメジロとチワは生活していた。

「チワちゃん。大丈夫ー?」

 湯茶本舗の主人、お六は食事中のチワに後ろから抱き着いた。チワは驚きながらも「おはようございます」と笑顔で挨拶した。

「お六さん、私は大丈夫です。メジロが助けてくれたので………ですが、お店に迷惑がかかるかも」
「んもう、そんなこと気にしちゃダメ。私はチワちゃんが一番大事なんだから」

 お六は盲目のチワを引き取って娘以上に可愛がっていた。

「お六さん、最近起きるの遅いですよ。ほら、しじみ汁」

 どうせ夜遅くまで飲んでいたのだろうと言わんばかりに準備されている。
 お六は30歳の女性であるが、元は六蜜と呼ばれる遊女であった。色街の蜜太夫と呼ばれていたが、金持ちの旦那に買われ今は未亡人となり夫の資産の一つの茶屋を営んでいる。

「はー、塩がしみるー。メジロは本当にもう少し愛想よければもてるのに」

 気が利くのに不愛想なので、目つきも三白眼で悪いので女性たちには人気はなかった。

「興味ないです」

 ため息まじりでメジロはチワをちらりとみる。彼女は盲目であるが、生活に慣れており一人で食事をとるのはできる。盆の上に載せた食器がだいたい位置が決まっているので大きな火傷をせずに過ごせていた。

「メジロさん、わらび餅が切れています」

 店番の坊主のかん太はメジロに声をかける。

 色街で生まれた子で、流行り病にかかった時に治療を受けさせず捨てられた。
 そこをお六が引き取り看病しそのまま自分の世話役として置かせている。
 メジロと違い愛想がいいしこまわりが聞きよく動くのでチワと並んだ店の顔としている。

「材料が切れたから無理って言っておけ。団子とやせうまなら新しく用意できるとも言っておけ」

 わらび餅は一番の人気作であった。すぐに売り切れてしまう。
 材料の在庫を増やしていくべきだろうが、作るのに手間がかかるので決めた量以上のものを作る気がない。

「うーん、わらび餅………メジロならばびゅんと山まで走って取りに行けるじゃない?」
「作るのが手間なんです」

 お六の問いにメジロはばっさりと答える。

「そんなに言うなら厨番を増やしてください。爺ちゃんがいなくて俺の負担が増えているんすよ」
「あー、そのうちねー」

 お六はあさってを向けながらあははと笑った。

「おじいちゃん、なかなかよくならないんですね、ぎっくり腰」
「まぁね。お年だしぃ」

 お六は首を傾げながら心配するチワに気にしないでと伝えた。

「そのうち元気になって戻ってくるから」
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