【完結】その悪女は笑わない

ariya

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本編③ 狩猟祭の事件

28 怪我と鹿

 アリアの残留思念を求めて落馬事故の現場でずっとアリーシャはあたりを触れ回った。
 やはり明確な物質がないと探るのは難しいのだろう。
 4時間程経過しても読み込むことはできなかった。

「まぁ、そう気を落とすな。具体的な物じゃない、曖昧な場所で読み込むのはかなり難易度が高いらしい」

 アルバートは特に期待していなかったという。もしかしたらと思ってアリーシャにサイコメトリーの方法を教え、試してみたが厳しかったようだ。

 アリーシャはふぅとため息をついて座り込んだ。少しだけ落胆してしまった。

 少しでもアリアの情報が手に入ると意気込んでいたというのに。

 ドロシーとしては魔法で読み込むことができなくて安心しているようであった。

「少し風が冷たくなってきました。戻りましょう」

 確かに日が傾いており、風が冷たく感じた。

「お前は先に戻れ。俺はもう少し周辺を探ってみる」

 アリーシャはドロシーに伴われて天幕の方へ戻っていった。ドロシーが淹れてくれたお茶を飲みながら、今からのスケジュールを確認する。

 確か晩餐会が開かれる予定である。
 国王・王妃は晩餐会で参加者を労う。当然、花姫はそれに参加しなければならない。
 このまま寝台で横になって休みたいところであるが、時間になったところでアリーシャは晩餐会の会場へと向かった。

 晩餐会では本日の捕らえた獲物の話題で持ち切りであった。
 大きな猪を狩ったとか、美しい鳥を捕まえたとか。

 相変わらずのローズマリーの太鼓持ちのコレットとクリスの話を他所にアリーシャは食事を口に運んだ。
 ローズマリーはちらちらとアリーシャを見つめていたが気にしない。

 今日の食事は獣肉が多めであった。
 普段は食べない肉類を上品に調理された食事にアリーシャは関心した。

 獣肉は特に珍しいとは感じていない。
 アリーシャの故郷であるメデア村は山の中にある村であり、狩猟も行われていた。魔法道具を使ってが主な方法であったが。

 焼いて塩を振る、似て調味料を足すだけの簡単なものだった。
 貴族出身の母はいつも嫌そうな顔をしながら食べていたのを思い出す。

 こんなにできるものなのね。

「皆さま、楽しんでおりますか?」

 王妃のエリザベスは花姫の席に近づき声をかけた。
 成人した王太子の母であるが、それを感じさせない程の若さと美しさを持ち社交界の憧れであった。

 他の花姫たちに倣い、アリーシャは挨拶をする。

 予想通り王妃はアリーシャを一瞥してすぐにローズマリーと左右を囲んでいるコレットとクリスの方へ視線を向けた。

 彼女はスプリング公爵家と同じ権力を持つ公爵家の出身で、尊い血筋というのを崇拝していることで有名である。
 その為王族の血筋を持つローズマリーこそ王妃に相応しいと口にはしないでも、態度でまるわかりであった。

 王妃に必死に媚を売っていた回帰前が今では懐かしい。何であんな無駄なことをしていたのだろう。
 
「早速成果をあげており優勝者が誰になるか楽しみだわ」

 話題は狩猟祭の各参加者の活躍である。

「王太子も今年こそは優勝をすると意気込んでいたわ」

 去年の優勝者は国王の従弟にあたるシェリル大公の騎士だったと思う。
 シェリル大公は北の国境付近の防衛を任されている為、家門の騎士に実力者が多い。
 今年シェリル大公は不参加になっていた為国王が残念がっていた。
 国境付近で敵国の怪しい動きを察知したと警戒態勢に入っているという。
 回帰前では知らなかったが、参加前にアルバートから聞かされた。

「ですが、王太子は早速美しい狼を捕えられたといいます」
「ローズマリー様が羨ましいですわ」

 ローズマリーはにこりと微笑むだけであった。
 今となっては彼女に同情してしまう。
 このまま順当に王太子妃になれば、あのヴィクター王太子を夫としなければならない。そしてこのエリザベス王妃を姑として相手しなければならない。

 一応ローズマリーの血筋が問題なく王太子にも、王妃にも気に入られているからアリーシャがわざわざ心配する必要はないか。

 晩餐会は始まってから随分時間が経ち、ちらほらと退場する者がみられた。
 王妃と花姫たちの会話は弾んでいるが、彼女らの会話に混じる気が起きずアリーシャは会釈して晩餐会を後にした。

 そういえばアルバートは戻ってきているだろうか。

 自分の天幕に戻る前、アリーシャは彼の元へ訪れることとした。アルバートの天幕まで行くと奥からシオンが現れた。

「アリーシャ様、御機嫌よう」

 少し驚いた様子であったが、すぐに姿勢をただしアリーシャに挨拶をする。

「ご機嫌よう。兄の天幕に何か御用ですか?」
「ええ、少しだけ。明日が早いので私はこれにて」

 あまり理由を言ってくれずシオンは立ち去っていった。アリーシャの目にとまった彼の胸元にはシャツが赤く汚れていた。
 アリーシャはアルバートの部下を押し切って彼の天幕へと入る。

「失礼します。アルバート様」

 中を覗くと彼の寝台の周りに血で汚れた布が大量に散乱していた。
 おびただしい血の量にアリーシャはさぁっと青ざめる。

「俺の許可なく入るなんて、礼儀がなっていないぞ」

 彼は呆れたようにアリーシャに注意した。だが今更のような気がしているので、それ以上のお小言は言わない。

「怪我でもしたの?」

 先ほど言いたいのを忘れてアルバートの様子をみる。先ほど見た時よりも顔色が白く、疲労感が見えた。

「鹿の角が脇腹に貫通した。言いふらすなよ」

 さらっと怖いことを言う。

 アリーシャたちと別れた後、アルバートは現場付近を捜索していた。
 その時に大きな鹿を丁度見つけて、折角だし仕留めてみようと試みた。
 動かなくなった鹿の回収をしようと思ったらまだ生きていたようで角がアルバートの脇腹に刺さった。

 アルバートとしては今回の怪我をあまり知られたくなかくアリーシャに何度も口を閉じるように繰り返した。
 アリア・クロックベル前侯爵夫人のことがあるため、変な噂が立てられるのは目に見えている。

「医者にはみせたの?」
「今診てもらった。口が堅い信用できる奴だ」

 今天幕から出てきたのは医者ではなくシオンだったと思う。

「シオンは医者だ。傷については凄腕のな」

 王族お抱えの医者を呼ぶよりは、シオンを呼んだ方が早いと判断した。
 シオンは処刑人であるが、多くの平民の病やけがを無償で診る医者でもあることを説明してアリーシャはへぇと感心した。

「あいつは治癒魔法も使えるし、思った通り傷は早めに閉じてくれた。まだ気を抜くと開きそうだが」

 彼はぽすんと寝台の上に身を投げて横になった。
 その時に眉を顰めていたのでまだ痛みはかなり残っているようだ。

「ねぇ、随分シオン様のことを知っているのね」

 前回の会話の時もジュノー教会に行っているということでシオンの名を出した。
 彼がそこを出入りしているというのを知っていたということになる。

「シオンとは同じ寄宿学校に通っていた時期があったんだ」

 予想外の事にアリーシャはさらに質問を重ねようとした。

「俺は疲れているんだ。お前のお喋りに付き合う余裕はない」

 けちだとアリーシャは不満げであった。
 だが、事実アルバートの傷は重傷だったと思う。
 晩餐会の間の短い時間でよくアルバートの治療をしたものだとシオンの能力を褒めてしまいたくなる。

「これからの予定だけど、やはりアリア様の情報は出てこなかった。ここで打ち切りにしてもいいと思っている」

 再度王宮内の呪い探索をしていく他ない。

「狩猟に関しては、さっき仕留めた鹿で勘弁してくれ」

 アルバートを傷つけた鹿はアリーシャに捧げる獲物だった。
 それなりの大きさなので、優勝は無理でも上位には入れるだろう。

「そんなこと別にいいわよ。早く良くなってね」

 内心意外に彼のことを労わる言葉を出せたのかと自分に関心した。
 この程度でアルバートとの冷えた仲をよくしようとは考えていない。アルバート自身も同じだろう。
 あくまで目的と目標が被っただけの協力関係である。

 それでも、回帰前にクロックベル侯爵家がアリーシャを見捨てたのは未だに覚えている。
 利用しようとしておだてて、価値がないと思えば放置する身勝手さを今も思い出せば腹が立つ。
 だが、いざ酷い怪我を目の前に負われると目覚めが悪く、鼻で笑う気は起きない。

 アルバートの天幕から出ると入れ違いに彼の部下と思われる騎士が会釈をした。
 そういえばこうして侯爵家の騎士と接触する機会はなかったなとアリーシャは思い出し挨拶をした。

「向こうにアルバート様が仕留めた鹿を置いていますよ。見に行かれますか?」
「私が?」

 何故と聞くと、例の鹿はアリーシャへ捧げる為に仕留めたというのだ。

「狩猟祭が終われば上等な防寒具にする予定です。アリーシャ様のですよ。楽しみにしていてくださいね」

 アリーシャは反応に困った。
 別に欲しいと言った覚えはない。
 だが、王宮を出る時にあった方が便利かもしれない。それならもらえるならもらっておこう。

 回帰前に自分が処刑される頃は今にも雪が降るのではないかと思う程の寒さだった。
 きっと王宮を出られる時は寒い季節になるだろう。
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