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本編⑥ 影にひそむ女神
57 静かな雨の中
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ぱらぱらと雨が降り注ぐ。新しい呪いを探していたエレン王子は頬に触れた雨粒を拭きとった。
「エレン王子! 体が冷えます。早く建物内にお入りください」
道具を片付ける庭師にエレン王子は頷いた。皮膚病は治癒しているが、ストレスに弱い皮膚になっている。
体が冷え込む前にエレン王子は建物へと逃げていった。
渡り廊下を歩いていると、向こう側の廊下で兄のヴィクター王太子の姿があった。
ちょうど花姫の宮に入るところだ。
確か、ここのダフォディル宮、コレット・ウェルノヴァの宮であった。
気になったがエレン王子はそそくさと宮から離れた。
コレットは苦手なのである。
彼女をみていると嫌な思い出がよみがえってしまう。
病気が発症した直後、多くの悪意に晒されていたあの時を思い出してしまう。
「ヴィクター王太子殿下、ご機嫌麗しく」
突然の王太子の訪問にコレットは嬉しいと頬がほころんだ。
「わざわざいらっしゃらずとも呼んでいただければ本宮に向かいました」
ちょうど今日の授業は終わったところだとコレットは自室へと案内した。お互いソファに腰をかけ、侍女にお茶を持ってこさせる。
「それで何か御用でしょうか」
「以前、幼いころの私の面倒をみてくれた侍女の話をしたな」
急な話題にコレットは首を傾げて、すぐにああと頷いた。
「はい、覚えています。殿下がどこに隠れようとすぐに見つけてしまう侍女ね」
くすくすと笑った。
「何度か言おうと思ったが、その度に何か恐ろしいことが起きるのではないかと不安だった」
「まぁ、恐ろしいこととはどんなことでしょう。殿下が何を言おうと私は怒ったりなどしませんよ」
ヴィクター王太子はティーカップに触れつつも、すぐに元に戻した。口にしようと思ったが躊躇った。
「その侍女がそなたに似ていたのだ」
ヴィクター王太子の言葉に、コレットはしばらく沈黙した。二人が喋らない間、窓から雨の叩く音が聞こえる。
「私がそんな心狭い女にみえますか? 侍女に似ていると言われても怒りません。むしろ幼少時の殿下のおそばにいられたのではないかと考えて楽しいです」
くすくすと冗談めかしにコレットは笑った。
「その侍女は北の森の祠へ私を連れて行ってくれた。その祠には幸運の女神が眠っていると………だが、あれは」
「そんな女神が眠る祠があるのですか? 興味あります。是非案内していただけますか?」
ヴィクター王太子の言っていることははじめて聞いたと言わんばかりであった。くるくるとはぐらかされている心地がする。
ヴィクターはかたかたと震える手を押さえて、それでも今までの自分の姿を思い出し声にした。
「そういえば、そなたの挨拶で聞いたことがない言葉があったな」
「私が知らない挨拶でしょうか?」
「いや、知っているはずだ」
ヴィクター王太子はゆっくりとあいさつの言葉を述べる。
「ロマ神の加護があらんことを」
ロマ神はガラテア王国の国教の神である。
この国の住人であれば誰でも知っている言葉だ。山奥の、先住の神や妖精をまつる一族ではなければ誰でも日常で使う言葉。
メデアを信仰するアリーシャでも、花姫になった後は使う挨拶であった。
コレットの表情が固まった。
ヴィクター王太子はなおも続ける。
「一度は聞いてみたい。そなたならどのような声で言うのだろう。興味がある」
花姫であればこの程度の願いは叶えるだろう。王太子が願ったならそつなくこなせるはずだ。
「なんで、私がよそ者の名をそのように言わなければならないの?」
コレットの表情が急に変わる。
今までの柔らかい笑顔がどこにもなかった。そこには嫌悪と憎悪の感情が滲み出ていた。
「やはりあの女神の信徒か」
かつてティティスがこの国に脅威をもたらそうとしたときにメデアの祭祀は魔法使いと協力して封印することに成功した。封印場所についてはロマ教が協力してくれていた。
そしてティティスを信仰する一族はロマ教から迫害を受けることになる。メデアのような別の妖精、神を信仰する一族はロマ教と協力関係を結ぶことで迫害されず共存する形となった。
しかし、元からこの国の主として自負していた嫉妬深いティティスの信徒はロマ教が国教になることも許せず、対立し続け、迫害はまだ続いている。
ティティスの信徒を確認する一つとして利用されていたのが、ロマ神を讃える挨拶ができるかである。
王太子が今言った挨拶である。
最近では社会に順応するために言える信徒もいるというが、根っからの信徒、ティティスの魔法にどっぷりと漬かっている信徒は強い嫌悪感を示してしまう。
ヴィクター王太子はここ数日コレットが幼い時の侍女だったのではないかという疑問を抱くようになった。
あの狩猟祭の際に欲したコレットの声があの時の侍女の雰囲気に似ていた為である。
十年以上経過して姿形が変わらないのは異常である。もしかすると血の繋がった親子、姉妹だったという可能性はあるがどうしても同一じゃないかと思ってしまう。
その考えがより一層強くなってしまったのはダイヤモンドリリーのお茶会の時であった。
否定しようにも何度も元の疑問に戻ってしまう。
もし、同一であれば魔法で老化を防いでいる可能性がある。
そこまでして、王宮に取り入りヴィクター王太子に封印の瓶を触れさせたり、花姫に化けて再びヴィクター王太子の前に現れる。
女神ティティスの為にそこまでしているのであればヴィクター王太子の問いに引っかかるのではないかと考えた。
「まさか本当にこれで明確になるとは思わなかった」
ヴィクター王太子は深くため息をついた。
「それで私に何を言いに来たのですか?」
「何を企んでいるのか聞きに来た。もし、国に災いを成すことを企んでいるのであれば………」
「まぁ、酷い。そのような言い方をされては女神も悲しまれますよ」
コレットは心より傷ついたと目を伏せた。
この動作を見て一瞬悪いことをしてしまったのではないかとヴィクター王太子は思ってしまったが誤魔化されてはならないと心の中で叱咤した。
「あの女神は昔、国に混乱を与えた。滅びの危機すらあったのだぞ」
「あれは国の本来の姿に戻そうとしただけですわ」
「本来の姿?」
「ええ、元々はこの大地はティティスのものでした。でもモリナが連れて来た王とロマ教徒のせいで変えさせられた」
大昔、ガラテア王国の大地は荒れていた。魔物が徘徊し、人を苦しめる瘴気が蔓延している土地が点在していた。初代国王アラヴィンは遠い国からやってきて、春の妖精の娘・モリナと自分を養育したロマ教徒の魔法使いを連れて巡礼し、大地を人の住める場所へと変えていった。元からひっそりと棲んでいた人と国外から要人を集めて新たな国を建てた。
コレットの言う本来あるべき姿というのは初代国王が来る前の荒れた大地のことだ。人が棲むには厳しい世界。
「まるで人間にとって生きていけない土地にするのが良いと考えているようだな」
「そんなことはありません。人間がわが物顔で勝手に徘徊されなければ全く問題ありません」
女神ティティスの信徒はこれを最も理想の姿と信じていた。だから、危険思想とみなされている。
「そうであれば、私はそなたを許すわけにはいかない」
「許す?」
コレットは目を見開いてヴィクター王太子を睨んだ。信じられないと言わんばかりである。
「私はむしろお礼を言われてもいいと思っているのよ」
「何を言って」
「だってそうでしょ。幼い頃のあなたの願いを叶えてあげたじゃない」
その言葉にヴィクター王太子の表情が曇った。
「あなたの望み通りエリザベス王妃の一番にしてあげたわ」
「やめろ。あの時はどうかしていたんだ。いや、今までもそうだった………」
エレン王子をみて嫌悪感を強く抱いた。
そして、母が嫌う平民育ちのアリーシャを毛嫌いした。いくら粗相ばかりする娘であっても彼女を侮辱し暴力を振るうのは許しがたいことだ。なのに抵抗なく自分はそれを行ってしまった。
「まさか私のせいで自分はおかしくなったと思っているのですか? いいえ、あれはあなたの中に存在した悪意です。まぎれもなくあなたの感情でした。だってとてもすっきりしたでしょう? アリーシャ様に手を下した時のあなたはとても生き生きとしておりました。ああ、そうだ。エレン王子を化け物と呼ぶあなたはとても楽しそうでしたわね」
「やめてくれ!」
ヴィクター王太子は頭を抱えて俯いた。その姿をみてコレットは楽しそうに笑い、彼の元へと近づいた。そして耳元で囁く。
「まさか、自分がそんなことをしない人間だったとお思いですか? いいえ、あれもあなたの本当の姿です」
彼女の言葉が頭に響いた瞬間、ヴィクター王太子は大きな不安を感じた。
まるで深い暗闇の中、歩かされているような気分であった。
「エレン王子! 体が冷えます。早く建物内にお入りください」
道具を片付ける庭師にエレン王子は頷いた。皮膚病は治癒しているが、ストレスに弱い皮膚になっている。
体が冷え込む前にエレン王子は建物へと逃げていった。
渡り廊下を歩いていると、向こう側の廊下で兄のヴィクター王太子の姿があった。
ちょうど花姫の宮に入るところだ。
確か、ここのダフォディル宮、コレット・ウェルノヴァの宮であった。
気になったがエレン王子はそそくさと宮から離れた。
コレットは苦手なのである。
彼女をみていると嫌な思い出がよみがえってしまう。
病気が発症した直後、多くの悪意に晒されていたあの時を思い出してしまう。
「ヴィクター王太子殿下、ご機嫌麗しく」
突然の王太子の訪問にコレットは嬉しいと頬がほころんだ。
「わざわざいらっしゃらずとも呼んでいただければ本宮に向かいました」
ちょうど今日の授業は終わったところだとコレットは自室へと案内した。お互いソファに腰をかけ、侍女にお茶を持ってこさせる。
「それで何か御用でしょうか」
「以前、幼いころの私の面倒をみてくれた侍女の話をしたな」
急な話題にコレットは首を傾げて、すぐにああと頷いた。
「はい、覚えています。殿下がどこに隠れようとすぐに見つけてしまう侍女ね」
くすくすと笑った。
「何度か言おうと思ったが、その度に何か恐ろしいことが起きるのではないかと不安だった」
「まぁ、恐ろしいこととはどんなことでしょう。殿下が何を言おうと私は怒ったりなどしませんよ」
ヴィクター王太子はティーカップに触れつつも、すぐに元に戻した。口にしようと思ったが躊躇った。
「その侍女がそなたに似ていたのだ」
ヴィクター王太子の言葉に、コレットはしばらく沈黙した。二人が喋らない間、窓から雨の叩く音が聞こえる。
「私がそんな心狭い女にみえますか? 侍女に似ていると言われても怒りません。むしろ幼少時の殿下のおそばにいられたのではないかと考えて楽しいです」
くすくすと冗談めかしにコレットは笑った。
「その侍女は北の森の祠へ私を連れて行ってくれた。その祠には幸運の女神が眠っていると………だが、あれは」
「そんな女神が眠る祠があるのですか? 興味あります。是非案内していただけますか?」
ヴィクター王太子の言っていることははじめて聞いたと言わんばかりであった。くるくるとはぐらかされている心地がする。
ヴィクターはかたかたと震える手を押さえて、それでも今までの自分の姿を思い出し声にした。
「そういえば、そなたの挨拶で聞いたことがない言葉があったな」
「私が知らない挨拶でしょうか?」
「いや、知っているはずだ」
ヴィクター王太子はゆっくりとあいさつの言葉を述べる。
「ロマ神の加護があらんことを」
ロマ神はガラテア王国の国教の神である。
この国の住人であれば誰でも知っている言葉だ。山奥の、先住の神や妖精をまつる一族ではなければ誰でも日常で使う言葉。
メデアを信仰するアリーシャでも、花姫になった後は使う挨拶であった。
コレットの表情が固まった。
ヴィクター王太子はなおも続ける。
「一度は聞いてみたい。そなたならどのような声で言うのだろう。興味がある」
花姫であればこの程度の願いは叶えるだろう。王太子が願ったならそつなくこなせるはずだ。
「なんで、私がよそ者の名をそのように言わなければならないの?」
コレットの表情が急に変わる。
今までの柔らかい笑顔がどこにもなかった。そこには嫌悪と憎悪の感情が滲み出ていた。
「やはりあの女神の信徒か」
かつてティティスがこの国に脅威をもたらそうとしたときにメデアの祭祀は魔法使いと協力して封印することに成功した。封印場所についてはロマ教が協力してくれていた。
そしてティティスを信仰する一族はロマ教から迫害を受けることになる。メデアのような別の妖精、神を信仰する一族はロマ教と協力関係を結ぶことで迫害されず共存する形となった。
しかし、元からこの国の主として自負していた嫉妬深いティティスの信徒はロマ教が国教になることも許せず、対立し続け、迫害はまだ続いている。
ティティスの信徒を確認する一つとして利用されていたのが、ロマ神を讃える挨拶ができるかである。
王太子が今言った挨拶である。
最近では社会に順応するために言える信徒もいるというが、根っからの信徒、ティティスの魔法にどっぷりと漬かっている信徒は強い嫌悪感を示してしまう。
ヴィクター王太子はここ数日コレットが幼い時の侍女だったのではないかという疑問を抱くようになった。
あの狩猟祭の際に欲したコレットの声があの時の侍女の雰囲気に似ていた為である。
十年以上経過して姿形が変わらないのは異常である。もしかすると血の繋がった親子、姉妹だったという可能性はあるがどうしても同一じゃないかと思ってしまう。
その考えがより一層強くなってしまったのはダイヤモンドリリーのお茶会の時であった。
否定しようにも何度も元の疑問に戻ってしまう。
もし、同一であれば魔法で老化を防いでいる可能性がある。
そこまでして、王宮に取り入りヴィクター王太子に封印の瓶を触れさせたり、花姫に化けて再びヴィクター王太子の前に現れる。
女神ティティスの為にそこまでしているのであればヴィクター王太子の問いに引っかかるのではないかと考えた。
「まさか本当にこれで明確になるとは思わなかった」
ヴィクター王太子は深くため息をついた。
「それで私に何を言いに来たのですか?」
「何を企んでいるのか聞きに来た。もし、国に災いを成すことを企んでいるのであれば………」
「まぁ、酷い。そのような言い方をされては女神も悲しまれますよ」
コレットは心より傷ついたと目を伏せた。
この動作を見て一瞬悪いことをしてしまったのではないかとヴィクター王太子は思ってしまったが誤魔化されてはならないと心の中で叱咤した。
「あの女神は昔、国に混乱を与えた。滅びの危機すらあったのだぞ」
「あれは国の本来の姿に戻そうとしただけですわ」
「本来の姿?」
「ええ、元々はこの大地はティティスのものでした。でもモリナが連れて来た王とロマ教徒のせいで変えさせられた」
大昔、ガラテア王国の大地は荒れていた。魔物が徘徊し、人を苦しめる瘴気が蔓延している土地が点在していた。初代国王アラヴィンは遠い国からやってきて、春の妖精の娘・モリナと自分を養育したロマ教徒の魔法使いを連れて巡礼し、大地を人の住める場所へと変えていった。元からひっそりと棲んでいた人と国外から要人を集めて新たな国を建てた。
コレットの言う本来あるべき姿というのは初代国王が来る前の荒れた大地のことだ。人が棲むには厳しい世界。
「まるで人間にとって生きていけない土地にするのが良いと考えているようだな」
「そんなことはありません。人間がわが物顔で勝手に徘徊されなければ全く問題ありません」
女神ティティスの信徒はこれを最も理想の姿と信じていた。だから、危険思想とみなされている。
「そうであれば、私はそなたを許すわけにはいかない」
「許す?」
コレットは目を見開いてヴィクター王太子を睨んだ。信じられないと言わんばかりである。
「私はむしろお礼を言われてもいいと思っているのよ」
「何を言って」
「だってそうでしょ。幼い頃のあなたの願いを叶えてあげたじゃない」
その言葉にヴィクター王太子の表情が曇った。
「あなたの望み通りエリザベス王妃の一番にしてあげたわ」
「やめろ。あの時はどうかしていたんだ。いや、今までもそうだった………」
エレン王子をみて嫌悪感を強く抱いた。
そして、母が嫌う平民育ちのアリーシャを毛嫌いした。いくら粗相ばかりする娘であっても彼女を侮辱し暴力を振るうのは許しがたいことだ。なのに抵抗なく自分はそれを行ってしまった。
「まさか私のせいで自分はおかしくなったと思っているのですか? いいえ、あれはあなたの中に存在した悪意です。まぎれもなくあなたの感情でした。だってとてもすっきりしたでしょう? アリーシャ様に手を下した時のあなたはとても生き生きとしておりました。ああ、そうだ。エレン王子を化け物と呼ぶあなたはとても楽しそうでしたわね」
「やめてくれ!」
ヴィクター王太子は頭を抱えて俯いた。その姿をみてコレットは楽しそうに笑い、彼の元へと近づいた。そして耳元で囁く。
「まさか、自分がそんなことをしない人間だったとお思いですか? いいえ、あれもあなたの本当の姿です」
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