【完結】その悪女は笑わない

ariya

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本編⑥ 影にひそむ女神

59 真夜中の出来事

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 ウェルノヴァ伯爵邸から戻った後、アリーシャはしばらく休み体調を取り戻した。
 夜の身支度を済ませて、アリーシャは昼間のことを記録した。同時にアルバートに明日必ず来るようにという手紙を書き綴る。
 どうしても情報をの整理を急ぎたかった。

 結局シオンの行方はわからないままだ。

 アリーシャは落胆したが、今日の伯爵家訪問でコレットへの疑惑はますます強くなった。
 彼女からどうにか情報を引き出したい。
 アルバートと計画の相談をしたく、手紙は朝いちばんに届けてもらう予定だ。

「アリーシャ様、早くお休みになられてください」
「ありがとう。これが終わったら休むからあなたはもう休んで頂戴」

 アリーシャの言葉にドロシーにホットミルクを用意してから退室した。
 ホットミルクを飲みながらアリーシャは情報をできる限り書き続ける。
 ようやく終わったところで眠気が強くなってきた。


 こんこん。

 ノックの音がした。ドロシーが戻ってきたのだろうか。
 相手を確認してアリーシャは眉間に皺をよせた。

 何故、こんな夜にヴィクター王太子が訪問してきているのだ。

「殿下、お越しいただいて申し訳ありませんが今はとても会えるような恰好ではありません」

 決してこれは失礼ではない。
 まだ妃として定まっていない花姫の元へ夜更けに訪れるなど非常識だ。

「そなたに話したいことがある。開けて中に入れてもらえないか?」

 絶対嫌だ。

 アリーシャは断固拒否した。

「話であれば明日改めて本宮に伺います。今日はどうかお引き取りを」

 最後の部分をかなり強調した。さっさと帰れと本当は言いたいがぐっとこらえ、何とか丁寧な言葉を差し出す。

「そなたはシオン・シャーリーストーンと親しいと聞く」

 ヴィクター王太子の言葉にアリーシャはぴくりと反応した。
 何故ヴィクター王太子がアリーシャとシオンの仲を知っているのだろうか。どこかで話している場面を見られていたのかもしれない。

「彼の行方がわかったので一応伝えておこうと思ったのだ」

 アリーシャは彼の話を聞きたいと食いつくが、本宮でも話すのは憚れる為人気のない今を選んで来たという。
 ヴィクター王太子を部屋に入れたくないが、ずっと求めていた情報に喰いつき扉の鍵を開けてしまった。

「夜分遅くにすまない」
「それで、シオン様はどこにいるのですか?」
「北の森の祠で眠らされているのを発見した」

 北の森は確かに王宮内の北に存在する森である。
 王宮魔法使いたちが管理しており、王族でも滅多に足を踏み入れることがない。
 花姫のアリーシャには縁のない場所であった。

「何でそんなところに」
「酷い状態で、そなたの名を呼んでいた。あまり騒ぎにしたくなくこうして私が来たのだ」

 ヴィクター王太子はアリーシャの腕を取り言った。

「一刻を争う。急いできてくれ」
「今から? せめて侍女と一緒に」
「本当に危ない状態だ。間に合わないかもしれない。国の為に仕えていた一族の者の望みを叶えてやりたい」

 でも、とアリーシャは彼と一緒に北の森へ行くのを躊躇った。
 自分の部屋から少し歩いた部屋にドロシーの部屋がある。それほど時間はとらないからと言ってもヴィクター王太子は聞いてくれなかった。
 段々苛立った様子でヴィクター王太子はアリーシャの腕を引っ張った。

「いいから早く来い」

 その時の彼の表情をみて見慣れていた嫌悪の表情だとアリーシャは気づく。
 このまま彼に連れていかれればどうなるかわからない。

「いや、放して!」

 アリーシャは暴れて彼から逃れようとするが口を塞がれた。
 鼻と口を同時に塞がれて、苦しくもがく。
 シオンの名を聞いたからと扉を開けた自分の軽率さを恨んだ。

「アンジェリカ・アタック!!」

 ヴィクター王太子の後ろからどすっと衝撃と共にドロシーの叫び声が聞こえた。

「ぎゃぁぁぁぁっ!!」

 苦しそうに悲鳴をあげた王太子はぷつんと途切れたように倒れ込んだ。

「………危ないところでした。アンジェリカを預かっててよかったでした」

 ドロシーは脂汗をかきながらぎゅっとアンジェリカを抱きしめた。
 そういえば昨日、アンジェリカを預かりたいと言っていたのを思い出した。
 理由はエヴァから贈ってもらった護符を内に入れておきたいというのだ。

 その護符はティティスの呪いを強くはじく効果があるという。
 これによりさらにアンジェリカがパワーアップするとドロシーは嬉しそうにしていた。

 アンジェリカに入れず普通に持ち歩くだけでいいのでは。

 アリーシャはつっこみたかったが、ドロシーはあまりに楽しそうにしているので何も言わなかった。

「大丈夫か?」

 ぺたんとその場に座り込んだアリーシャにエレン王子が心配そうに覗き込んできた。
 何故彼がここにいるのだと聞く。

 本日の兄の様子が変なのが気になったという。昨日までヴィクター王太子と様子が随分と異なり、彼の声が嫌悪を示しており顔をみると自分が幼い時にみた兄の顔と一緒だった。

「久々に会ってだいぶましになったと思ったけど、コレットの宮から出た時からおかしくなっていた」

 真夜中に本宮を出るヴィクター王太子の姿をみてエレン王子は不安になり後を追いかけた。
 彼がカメリア宮へ入っていくので、何か嫌な予感がした。
 しかし、一人でヴィクター王太子に立ち向かう勇気がもてずドロシーを呼び今に至る。

「ダメでしょう。アリーシャ様。夜中に不審な男を中に入れてはいけません」

 ドロシーはぷんぷんと怒りアリーシャに説教した。
 王太子を不審な男と呼ぶ不敬はスルーされた。
 ちらりとヴィクター王太子をみる。先ほどのひどく歪んだ嫌悪の顔は消えていて疲れていたように眠りについていた。

「こういう状態の兄上を自由にさせたらろくでもないことになりそうだ」

 エレン王子はそういいながらドロシーと協力してヴィクター王太子を簀巻きにした。毛布と適当な紐でぐるぐるにする様子をアリーシャは距離を置いて眺める。

 哀れヴィクター王太子はくまのぬいぐるみにより撃退され、弟王子によって簀巻きにされてしまったのである。

「とりあえずアルバート様の助言を得ましょう」

 簀巻きにし終えたドロシーはそう提案した。
 アルバートを呼ぶとすると早くとも朝まで待つことになる。
 しかし、朝まで待つのはまずい。
 さすがに非常識な行為をしたとはいえ、この国の王太子である。
 花姫の部屋で簀巻きにされたとなると大事になってしまうだろう。

 へたすると不敬罪になる。

 アルバートを王宮に呼び寄せるには許可も必要だし、アリーシャにはその権限はない。

「こういう時、王子に生まれたの良かったと思うよ」

 エレン王子は火急の要件と騎士に命じてアルバートを王宮内へ呼び寄せることとした。

 そしてこれは同時期にクロックベル侯爵邸で起きた出来事である。

 屋敷に帰ったアルバートはあらかたの仕事を終わらせようやく就寝した。
 寝静まった夜にアルバートの部屋へ訪れる影があり、アルバートは眠りながらも気配を察知した。
 いつ起きるか、どう反撃しようかと考えている間に腹に衝撃が走る。

「おきろー、アルバート。急ぐのだ!!」

 エヴァはぽすぽすとアルバートの胸を叩いた。

「げほげほ、腹に乗るのはやめろ。とりあえず降りろ」

 無礼極まりない巫女に怒っても仕方ない。
 まずは穏便に腹から降りてもらうことを願った。
 治癒しているとはいえ、腹に衝撃が走ると痛い。

「で、何を急げと」
「ただちにアリーシャの元へいくのだ!」

 何故と首を傾げた。

「嫌な予感がする。このままだとアリーシャは単身でティティスに立ち向かうかもしれない。今のアリーシャでは回帰前と同じになってしまう」

 とにかく王宮へ急ぐのだと急かされ、アルバートは身支度を整える。

 今から王宮に行ったとしてどうやって中に入るか。

 すでに受付は終わっているので、夜間に王宮に入るにはかなりの時間を消費するだろう。
 顔なじみが当直をしてくれていればいいのだが。
 馬車に乗り移動中に王宮の騎士と遭遇し、エレン王子の許可を得ているのを知った。これで悩みが解消された。
 しかし、不安はつきない。
 エレン王子がこうしてアルバートを呼び寄せるというのは大事が起きたということだ。
 アルバートとエヴァは王宮へと急がせた。
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