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本編⑦ 悪女がただの少女になるとき
63 呪いに呑まれて
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「私をあなどらないでちょうだい」
コレットは不敵に笑った。
確かにアリーシャが自分を捕える陣を発動できたのは意外だった。
エヴァの登場も予想していなかった。
それが敗因になりえたということは認めよう。
でも、エヴァの考えが間違っていると指摘した。
「ティティスの力が不完全でも、完全に力を取り戻せないという訳ではないのよ」
コレットの体は魔力を持ち生まれることができたティティスの分身である。
魔力を持つことでティティスだった時の記憶を取り戻せた。
記憶を取り戻したコレットは少しずつ自分の体を魔法で改造していった。
年月がいくら経とう老いることがないのはコレットの長年の努力の成果だった。
ただティティスの全盛期の力を手に入れるには器の質が足りていない。魔力も足りていない。
無理に力を手に入れようとすると肉体が崩れてしまう。
だからティティスは封印が解けた後は半分のみしか回収しなかった。
後の力は自分の手のうちにある魔法使いや魔力を持つ騎士たちに分散させ持たせていた。
ほとんどがティティスの信徒であった者たちだ。違う者もいる。ヴィクター王太子もティティスの力をほんのわずかに預けた先の一つである。
全ての力を体に取り込めば、コレットの体はもたない。だが、少しでも持てば十分である。
何故なら良質な肉体はすぐ近くにあるのだから。
コレットはアリーシャの方を見つめた。
あたりにどっと強い衝撃が走った。
あまりの圧迫感にヴィクター王太子、エレン王子は身を崩す。
アルバートは二人を支え、エヴァは一瞬で警戒し守りの魔法を唱えた。
ガラスの割れるような音と共にコレットを捕えた陣は壊されてしまった。
ゆらりと起き上がったコレットの髪はほどけ、風に揺れる。想像以上に長く美しい黒髪はまるで月の光をも飲み込む闇にもみえた。
黒と対照的な白い肌に、闇の中でじぃっとこちらを覗いているようにみえる金の瞳は恐ろしかった。
ぞっとするほどの美しさがそこにあった。
傍にいるだけで彼女に取り込まれそうになる。アルバートは怯えた。
これが呪いの女神、嫉妬深いティティスなのだと理解した。
茫然としたヴィクター王太子はするりと剣を落としてしまう。
エレン王子は兄の袖に強く手を掴み揺り動かすが恐怖のあまり声が出なかった。
「呆けてはいけない。気をしっかりと持て!」
エヴァの叱咤と共にアルバートははっと我に返った。
目の前で展開されているエヴァが防御の魔法を見てアルバートは助力した。それでも微々たるものだ。
エヴァの誤算だった。
ティティスは不完全だったと知り、そこからティティスの分身は力の受け皿としては不十分だと考えていた。
「むきゅー、これならイブも連れてくればよかった。後で一緒にメデアに叱られてもイブと一緒に来るべきだった」
自分の魔力の限界を悟った。
復活したティティスが相手になると自分は力不足である。
全く身動きがとれない。
「アリーシャ!!」
エヴァの守りの外にいるアリーシャに気づきアルバートは叫ぶ。
彼女はすでに手遅れだった。
無表情でじっとティティスを見つめて、瞳からぽろぽろと涙をこぼしている。
彼女の身は深い悲しみと苛立ち、憎しみに支配されていた。
幼い頃に母に暴力を振るわされる日々、花姫になれた後も待つのは侮蔑と嘲笑を受ける日々、その末で自分は命を落としてしまった。
どうして自分はこんな目に遭わなければならないのだと震えた。
「アリーシャ。こちらへおいで。あなたの望みを叶えてあげる」
ティティスは優しくアリーシャに声をかけた。
アリーシャはゆっくりとティティスの方へ近づく。
アルバートは必死にアリーシャを止めようとした。
エヴァの守りから出ようとするが、エヴァはそれを止めた。
少しでも守りからでればアルバートはティティスに呪い殺されてしまう。
ティティスの手の届く傍までアリーシャは近づき、女神はくすりと笑った。
早速アリーシャの体を自分のものにしてしまおうと考えていた先、頬に強い衝撃が走った。
アリーシャがティティスの頬を叩いたのだ。先ほどのお返しだと言わんばかりに。
自分に何が起きたのだとティティスは理解できなかった。
確かにティティスに心を支配されアリーシャは彼女の想い通りであったはずだ。
「あなたの思い通りにはならない。シオンを返して!」
アリーシャはきっとティティスを睨みつけた。
その時、彼女の胸につけられているペリドットのブローチが輝いているようにみえた。
些細なまじないの道具で特に気にしていなかったが、それをみてティティスは忌々し気に睨みつけた。
アリーシャの後ろに祭祀姿の男がいた。
実体はなく、うっすらと透けて見える。彼はアリーシャを守る為にアリーシャの肩に手をあててティティスを見下ろしていた。
その姿をみてエヴァは大きな声で呼ぶ。
「ローラン!!」
◇ ◇ ◇
ティティスに心を支配されそうになった時、アリーシャは深く悲しみ怒りで叫んだ。
何で自分がこんな目に遭わなければならないんだ。
思い出すだけで湧き上がる憎悪、ティティスに促されるまま何もかも嫌でたまらなくなる。
いっそ終わらせて欲しい。
そう思った先に胸元がぽうっと温かくなるのを感じた。そっと胸に手をあてるとそれはペリドットのブローチであった。
アリーシャの祖母がアリーシャの為に作ったブローチ。アリーシャの父が知り合いに頼んで加護を付与したブローチであった。
これに触れると心が少しだけ落ち着くような気がした。アリーシャはじっとブローチを見つめた。
「ねぇ、どうしてこんな私を守ろうとするのです? そんな姿になっても」
後ろから優しく肩に触れる男がいた。
振り返ると美しい男だった。雰囲気が少し父に似ているような気がした。
自分の存在に気づいてもらえて男は笑った。笑った姿も父に似ている。
でも、父ロヴェルではない。
アリーシャはわかっていた。彼が誰なのか。
ずっと雲の上の人と思っていたが、こんなに近くにいた。
「ローラン様、よね?」
そういうと男は否定しない。
「どうして死んだ後も私を守ってくれるのです。回帰前だって、逃げれば良かったのに」
呪いに侵されてアリーシャを助けようとしたのかアリーシャには理解できなかった。
「私のこと憎んでいたのですよね。父を奪った私を………なんでっ。今更そこまでして良い人ぶって勝手よ!」
怒りをその時男に向ける。
アリーシャが苦しい時、アリーシャを助けようとしなかった男である。
中途半端に手を差しだして、結局アリーシャを苦境からすくいあげようとしなかった。
それでも時々感じた彼の存在はアリーシャにとって救いであった。
彼を憎む気は起きないと思っていたが、こうして目の前に出てくると文句は意外にも出てきてしまう。
「僕を恨んでいいよ」
男はただそう言った。
自分の行為がこれでアリーシャへの罪滅ぼしになるとは思っていない。
ただそうしたかっただけだから気にしなくてもいい。
「本当は君の恨み言をずっと聞いてもいい。僕を嫌っても仕方ない。でも、君はこの世の全てを嫌ってはいけない」
彼はたどたどしくアリーシャに語りかけた。時間がないのだ。
「君の好きな者もその中にあるだろう。それだけは忘れてはならない」
アリーシャは男を見上げた。頭に浮かんだのはシオンである。
「シオンは、どこにいるの?」
「ティティスが作った呪いの空間の中にいる。酷く苦しみもがいている」
それを聞き胸が締め付けられそうになる。自分が苦しむよりもずっと辛い。
「シオンを助けたい。どうすればいいの?」
「まずはティティスに飲み込まれないことだ。君が飲み込まれれば全てが終わってしまう。シオンもずっと救われないままだ」
アリーシャはこくりと頷いた。
そしてティティスの力から抜け出してアリーシャはティティスの頬を叩いた。
コレットは不敵に笑った。
確かにアリーシャが自分を捕える陣を発動できたのは意外だった。
エヴァの登場も予想していなかった。
それが敗因になりえたということは認めよう。
でも、エヴァの考えが間違っていると指摘した。
「ティティスの力が不完全でも、完全に力を取り戻せないという訳ではないのよ」
コレットの体は魔力を持ち生まれることができたティティスの分身である。
魔力を持つことでティティスだった時の記憶を取り戻せた。
記憶を取り戻したコレットは少しずつ自分の体を魔法で改造していった。
年月がいくら経とう老いることがないのはコレットの長年の努力の成果だった。
ただティティスの全盛期の力を手に入れるには器の質が足りていない。魔力も足りていない。
無理に力を手に入れようとすると肉体が崩れてしまう。
だからティティスは封印が解けた後は半分のみしか回収しなかった。
後の力は自分の手のうちにある魔法使いや魔力を持つ騎士たちに分散させ持たせていた。
ほとんどがティティスの信徒であった者たちだ。違う者もいる。ヴィクター王太子もティティスの力をほんのわずかに預けた先の一つである。
全ての力を体に取り込めば、コレットの体はもたない。だが、少しでも持てば十分である。
何故なら良質な肉体はすぐ近くにあるのだから。
コレットはアリーシャの方を見つめた。
あたりにどっと強い衝撃が走った。
あまりの圧迫感にヴィクター王太子、エレン王子は身を崩す。
アルバートは二人を支え、エヴァは一瞬で警戒し守りの魔法を唱えた。
ガラスの割れるような音と共にコレットを捕えた陣は壊されてしまった。
ゆらりと起き上がったコレットの髪はほどけ、風に揺れる。想像以上に長く美しい黒髪はまるで月の光をも飲み込む闇にもみえた。
黒と対照的な白い肌に、闇の中でじぃっとこちらを覗いているようにみえる金の瞳は恐ろしかった。
ぞっとするほどの美しさがそこにあった。
傍にいるだけで彼女に取り込まれそうになる。アルバートは怯えた。
これが呪いの女神、嫉妬深いティティスなのだと理解した。
茫然としたヴィクター王太子はするりと剣を落としてしまう。
エレン王子は兄の袖に強く手を掴み揺り動かすが恐怖のあまり声が出なかった。
「呆けてはいけない。気をしっかりと持て!」
エヴァの叱咤と共にアルバートははっと我に返った。
目の前で展開されているエヴァが防御の魔法を見てアルバートは助力した。それでも微々たるものだ。
エヴァの誤算だった。
ティティスは不完全だったと知り、そこからティティスの分身は力の受け皿としては不十分だと考えていた。
「むきゅー、これならイブも連れてくればよかった。後で一緒にメデアに叱られてもイブと一緒に来るべきだった」
自分の魔力の限界を悟った。
復活したティティスが相手になると自分は力不足である。
全く身動きがとれない。
「アリーシャ!!」
エヴァの守りの外にいるアリーシャに気づきアルバートは叫ぶ。
彼女はすでに手遅れだった。
無表情でじっとティティスを見つめて、瞳からぽろぽろと涙をこぼしている。
彼女の身は深い悲しみと苛立ち、憎しみに支配されていた。
幼い頃に母に暴力を振るわされる日々、花姫になれた後も待つのは侮蔑と嘲笑を受ける日々、その末で自分は命を落としてしまった。
どうして自分はこんな目に遭わなければならないのだと震えた。
「アリーシャ。こちらへおいで。あなたの望みを叶えてあげる」
ティティスは優しくアリーシャに声をかけた。
アリーシャはゆっくりとティティスの方へ近づく。
アルバートは必死にアリーシャを止めようとした。
エヴァの守りから出ようとするが、エヴァはそれを止めた。
少しでも守りからでればアルバートはティティスに呪い殺されてしまう。
ティティスの手の届く傍までアリーシャは近づき、女神はくすりと笑った。
早速アリーシャの体を自分のものにしてしまおうと考えていた先、頬に強い衝撃が走った。
アリーシャがティティスの頬を叩いたのだ。先ほどのお返しだと言わんばかりに。
自分に何が起きたのだとティティスは理解できなかった。
確かにティティスに心を支配されアリーシャは彼女の想い通りであったはずだ。
「あなたの思い通りにはならない。シオンを返して!」
アリーシャはきっとティティスを睨みつけた。
その時、彼女の胸につけられているペリドットのブローチが輝いているようにみえた。
些細なまじないの道具で特に気にしていなかったが、それをみてティティスは忌々し気に睨みつけた。
アリーシャの後ろに祭祀姿の男がいた。
実体はなく、うっすらと透けて見える。彼はアリーシャを守る為にアリーシャの肩に手をあててティティスを見下ろしていた。
その姿をみてエヴァは大きな声で呼ぶ。
「ローラン!!」
◇ ◇ ◇
ティティスに心を支配されそうになった時、アリーシャは深く悲しみ怒りで叫んだ。
何で自分がこんな目に遭わなければならないんだ。
思い出すだけで湧き上がる憎悪、ティティスに促されるまま何もかも嫌でたまらなくなる。
いっそ終わらせて欲しい。
そう思った先に胸元がぽうっと温かくなるのを感じた。そっと胸に手をあてるとそれはペリドットのブローチであった。
アリーシャの祖母がアリーシャの為に作ったブローチ。アリーシャの父が知り合いに頼んで加護を付与したブローチであった。
これに触れると心が少しだけ落ち着くような気がした。アリーシャはじっとブローチを見つめた。
「ねぇ、どうしてこんな私を守ろうとするのです? そんな姿になっても」
後ろから優しく肩に触れる男がいた。
振り返ると美しい男だった。雰囲気が少し父に似ているような気がした。
自分の存在に気づいてもらえて男は笑った。笑った姿も父に似ている。
でも、父ロヴェルではない。
アリーシャはわかっていた。彼が誰なのか。
ずっと雲の上の人と思っていたが、こんなに近くにいた。
「ローラン様、よね?」
そういうと男は否定しない。
「どうして死んだ後も私を守ってくれるのです。回帰前だって、逃げれば良かったのに」
呪いに侵されてアリーシャを助けようとしたのかアリーシャには理解できなかった。
「私のこと憎んでいたのですよね。父を奪った私を………なんでっ。今更そこまでして良い人ぶって勝手よ!」
怒りをその時男に向ける。
アリーシャが苦しい時、アリーシャを助けようとしなかった男である。
中途半端に手を差しだして、結局アリーシャを苦境からすくいあげようとしなかった。
それでも時々感じた彼の存在はアリーシャにとって救いであった。
彼を憎む気は起きないと思っていたが、こうして目の前に出てくると文句は意外にも出てきてしまう。
「僕を恨んでいいよ」
男はただそう言った。
自分の行為がこれでアリーシャへの罪滅ぼしになるとは思っていない。
ただそうしたかっただけだから気にしなくてもいい。
「本当は君の恨み言をずっと聞いてもいい。僕を嫌っても仕方ない。でも、君はこの世の全てを嫌ってはいけない」
彼はたどたどしくアリーシャに語りかけた。時間がないのだ。
「君の好きな者もその中にあるだろう。それだけは忘れてはならない」
アリーシャは男を見上げた。頭に浮かんだのはシオンである。
「シオンは、どこにいるの?」
「ティティスが作った呪いの空間の中にいる。酷く苦しみもがいている」
それを聞き胸が締め付けられそうになる。自分が苦しむよりもずっと辛い。
「シオンを助けたい。どうすればいいの?」
「まずはティティスに飲み込まれないことだ。君が飲み込まれれば全てが終わってしまう。シオンもずっと救われないままだ」
アリーシャはこくりと頷いた。
そしてティティスの力から抜け出してアリーシャはティティスの頬を叩いた。
応援ありがとうございます!
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