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本編 第一部
11 夫との会話
色々とクリスに任せて、男爵家の館の一室でヴィヴィアはケイトからの報告を受けた。
「それで男爵はどうなったの?」
クリスの処断は尤もであり、裁判でも同じ結果になるだろう。
死刑にならなかっただけ温情だと思う。
それを理解できない男爵はあろうことかクリスの挑発に乗りわずかな希望のために決闘に応じた。
「旦那様にこてんぱんに負けてボロボロ状態で騎士らに引きずられる形で刑務所へ搬送されました」
確かにクリスは文武優れて、隣国、異民族との紛争に活躍した英雄だ。
対してロズモンド男爵に武勇は聞かない。
幼少期クリスとは勉学も武芸も一緒に励んだ仲とはいえ、ロズモンド男爵は長らく領地経営ばかりしていて武芸を嗜んでいたか疑わしい。
「あれだけのハンデを与えながらも負けた男爵がみっともなかったです。でも、自業自得ですね」
クリスが与えられたハンデは、片手しか使えないことと男爵が指定した範囲しか動けないこと。
その範囲は、男爵が木刀で土に描いたものでクリスが一歩も動けず、振り返ることもできなかったようだ。
そこまでしても勝てなかったのか。
ヴィヴィアは呆れた。
まぁ、経歴からあまり同情はできない。
元は男爵は騎士になることを夢みていたが、学友に負けてからふてくされてノートンの実家に引きこもっていたのだっけ。
お行儀のよい管理をしていればよかったが、悪政で領民を苦しめていた。
同情する価値もない。
「大人しく裁判を受けていればよかったのに」
そうすればこんな恥などかかずに済んだ。
勝てば減罪してもらえるという餌につられてしまって。
こんこん
ノックの音がしてヴィヴィアとケイトは扉の方を見た。
「ヴィヴィア、クリスです。入ってもいいですか?」
ケイトに扉を開けるように伝え、クリスは姿を現した。
心なしかすっきりした顔である。
「何かいいことでもありましたか?」
向かいの席に腰掛けるクリスにヴィヴィアが尋ねる。
クリスは笑った。
はじめて出会った時と変わらない爽やかな笑顔、完璧な美貌がさらに際立つ。
世の淑女たちが熱をあげるのはわかる。
小説のヴィヴィアも契約結婚とはいえ、勘違いしてしまうのはわかる。
だが、クリスの心は他の女性に向かい、ヴィヴィアの心は荒み悪女の姿を隠さなくなる。
いや、元からヴィヴィアは悪女だったのか。
悪女であればクリスは契約結婚を彼女に求めなかったはずだ。
クリスの態度が彼女を追い詰めた。
そう考えたらヴィヴィアはこの顔に騙されるものかと表情を引き締める。
「ええ、ロズモンド男爵に制裁を加えられましたから」
よほど自分を騙したことに腹を立てていたのだろう。
「今回は残念でございました」
「何に? 君も殴りたかったのですか?」
何を言い出すのかとヴィヴィアは首を傾げた。
「ロズモンド男爵の裏切りです。閣下の大事な学友だったと伺っています」
「別に。彼をそこまで大事に思っていません。何かと小賢しい部分があり、両親も厄介で距離を置いていました」
クリスも首を傾げる。
何故残念に思われたか理解できていなかった。
「申し訳ありません」
ヴィヴィアは頭を下げた。
「今回、私の行動で閣下に手間を取らせてしまい」
「君が謝る必要はありません」
クリスはヴィヴィアの言葉を遮った。
「謝るのは私の方です。私の男爵への監督不行き届きが招いたことです。私も何かしらの処分を受けるべきでしょう」
「閣下のせいではありません。悪いのはロズモンド男爵です!」
ヴィヴィアの言葉にクリスは目を細めた。
「これからノートンはどうなりますか?」
ロズモンド男爵一家は刑務所入りしてこの領地を管理する者は不在である。
「私の部下を代理で派遣します。君が気にしているロズモンド孤児院の院長、スタッフも変える予定です」
ローザも最低限の金銭と荷物を持たせて追放刑になった。虐待に加担したスタッフも同様である。
花組の孤児からは不満が感じられたが、そうした教育を受け認識を歪められてしまった。孤児に罪はなく、歪めさせた大人が悪いのだ。
歪められた認識は直していくしかない。時間がかかるが。
「男爵夫人はどうなりますか?」
ふと気になる女性の姿。
実家はなく、不正をしていた領地経営者の妻の居場所はどうなるのか。
「しばらくは修道院で療養させます」
回復したとはいえまだまだ治癒魔術が必要なようである。長く与えられた毒で傷ついた体を完璧に戻すのは難しくても生活に困らないようにするつもりだ。
「そのまま修道女になることを望んでいました」
「そうですか」
彼女の結婚生活は苦痛だっただろう。むしろここではないどこかで過ごす方がいいかもしれない。
「男爵夫人はあなたに感謝していました」
「わ、私?」
「あなたに救われたと」
「私は何もしてません。閣下が呼んでくださった治癒魔術師のおかげでしょう」
何もしていない訳ではないのだが。
「ところで何故あのメイドが毒を持っていたのに気づいたのですか?」
「え、えーと。何かあやしいなーって」
嘘は言っていない。
実際怪しいと思ったから。
はじめに会った時に彼女から毒の気配がした。
説明しづらいが、ヴィヴィアは無能力者ではなかった。
毒魔術。
それが彼女の魔術の特性だった。
禍々しい能力に父母は嫌い、隠すように命じた。
それでもヴィヴィアは何か役に立てないかと自分の能力を研究していた。
毒魔術は、単純に毒を操るだけのものではない。
毒を解析し、必要な解毒法を理解し誘導する。
理解度が高ければ、材料が揃えば解毒剤を作ることもできる。
それ以外に直接体に作用することができた。
肝臓にバフをかけて毒を無毒化し、腎臓から排泄することを促す。
毒自身にも魔術で毒効能を弱らせることが可能だ。
毒に対してだけの能力。
毒で相手を苦しめることも、毒から救うこともできる。
ただし、限界があった。
不可逆の肝不全腎不全に至り機能が全くなされていない場合は助けられない。
ロズモンド男爵夫人の肝臓も腎臓も、機能が落ちていたがまだ動いているのが感じられた。
ギリギリ生かすこと、治癒魔術師に任せるまでに夫人の体をもたせられただけである。
治癒魔術が使えたら、もっと早く夫人を楽にできただろう。
無能力者!
家族から言われた言葉を思い出しヴィヴィアの表情が曇る。
「ヴィヴィア、あなたのおかげです」
クリスはヴィヴィアの手を握った。
「私の怠慢によりロズモンド男爵の過ちが長いこと続いていました。あなたが視察に来てくれたから悪事が白日の下になりました。そうでなかったら私が気づくまで多くの領民、子供たちが捨てられ続けていたでしょう」
「いえ、私は自分が行きたいようにしていただけで、閣下が私の自由を許してくれたおかげです」
それにしても。
ヴィヴィアは自分の左手を見つめた。
向かいに座るクリスが優しく握り続けている。おまけにクリスの美しくも優しい眼差しもついてくる。
お、落ち着かない。
「閣下、そろそろ手を」
ヴィヴィアの声を聞いてもクリスはぎゅうと握り締めた。
「その閣下というのは、……前は名前を呼んでいたのに他人行儀では」
「いいえ、私は自分の立場を自認して自惚れない為に改めただけです」
「自惚れ?」
「私たちは契約結婚。閣下が王太子に疑われない為の措置、お飾りの夫人です」
ちらちらとヴィヴィアは自分の左手を見つめた。クリスの手が一向に離れる様子がない。
「契約でもあなたは私の妻です。誰でしょう、あなたをお飾りとよんだのは」
クリスの顔は変わらず笑顔のままだが、ヴィヴィアは怖いと感じた。
手を引っ込めたくても難しかった。
「それで男爵はどうなったの?」
クリスの処断は尤もであり、裁判でも同じ結果になるだろう。
死刑にならなかっただけ温情だと思う。
それを理解できない男爵はあろうことかクリスの挑発に乗りわずかな希望のために決闘に応じた。
「旦那様にこてんぱんに負けてボロボロ状態で騎士らに引きずられる形で刑務所へ搬送されました」
確かにクリスは文武優れて、隣国、異民族との紛争に活躍した英雄だ。
対してロズモンド男爵に武勇は聞かない。
幼少期クリスとは勉学も武芸も一緒に励んだ仲とはいえ、ロズモンド男爵は長らく領地経営ばかりしていて武芸を嗜んでいたか疑わしい。
「あれだけのハンデを与えながらも負けた男爵がみっともなかったです。でも、自業自得ですね」
クリスが与えられたハンデは、片手しか使えないことと男爵が指定した範囲しか動けないこと。
その範囲は、男爵が木刀で土に描いたものでクリスが一歩も動けず、振り返ることもできなかったようだ。
そこまでしても勝てなかったのか。
ヴィヴィアは呆れた。
まぁ、経歴からあまり同情はできない。
元は男爵は騎士になることを夢みていたが、学友に負けてからふてくされてノートンの実家に引きこもっていたのだっけ。
お行儀のよい管理をしていればよかったが、悪政で領民を苦しめていた。
同情する価値もない。
「大人しく裁判を受けていればよかったのに」
そうすればこんな恥などかかずに済んだ。
勝てば減罪してもらえるという餌につられてしまって。
こんこん
ノックの音がしてヴィヴィアとケイトは扉の方を見た。
「ヴィヴィア、クリスです。入ってもいいですか?」
ケイトに扉を開けるように伝え、クリスは姿を現した。
心なしかすっきりした顔である。
「何かいいことでもありましたか?」
向かいの席に腰掛けるクリスにヴィヴィアが尋ねる。
クリスは笑った。
はじめて出会った時と変わらない爽やかな笑顔、完璧な美貌がさらに際立つ。
世の淑女たちが熱をあげるのはわかる。
小説のヴィヴィアも契約結婚とはいえ、勘違いしてしまうのはわかる。
だが、クリスの心は他の女性に向かい、ヴィヴィアの心は荒み悪女の姿を隠さなくなる。
いや、元からヴィヴィアは悪女だったのか。
悪女であればクリスは契約結婚を彼女に求めなかったはずだ。
クリスの態度が彼女を追い詰めた。
そう考えたらヴィヴィアはこの顔に騙されるものかと表情を引き締める。
「ええ、ロズモンド男爵に制裁を加えられましたから」
よほど自分を騙したことに腹を立てていたのだろう。
「今回は残念でございました」
「何に? 君も殴りたかったのですか?」
何を言い出すのかとヴィヴィアは首を傾げた。
「ロズモンド男爵の裏切りです。閣下の大事な学友だったと伺っています」
「別に。彼をそこまで大事に思っていません。何かと小賢しい部分があり、両親も厄介で距離を置いていました」
クリスも首を傾げる。
何故残念に思われたか理解できていなかった。
「申し訳ありません」
ヴィヴィアは頭を下げた。
「今回、私の行動で閣下に手間を取らせてしまい」
「君が謝る必要はありません」
クリスはヴィヴィアの言葉を遮った。
「謝るのは私の方です。私の男爵への監督不行き届きが招いたことです。私も何かしらの処分を受けるべきでしょう」
「閣下のせいではありません。悪いのはロズモンド男爵です!」
ヴィヴィアの言葉にクリスは目を細めた。
「これからノートンはどうなりますか?」
ロズモンド男爵一家は刑務所入りしてこの領地を管理する者は不在である。
「私の部下を代理で派遣します。君が気にしているロズモンド孤児院の院長、スタッフも変える予定です」
ローザも最低限の金銭と荷物を持たせて追放刑になった。虐待に加担したスタッフも同様である。
花組の孤児からは不満が感じられたが、そうした教育を受け認識を歪められてしまった。孤児に罪はなく、歪めさせた大人が悪いのだ。
歪められた認識は直していくしかない。時間がかかるが。
「男爵夫人はどうなりますか?」
ふと気になる女性の姿。
実家はなく、不正をしていた領地経営者の妻の居場所はどうなるのか。
「しばらくは修道院で療養させます」
回復したとはいえまだまだ治癒魔術が必要なようである。長く与えられた毒で傷ついた体を完璧に戻すのは難しくても生活に困らないようにするつもりだ。
「そのまま修道女になることを望んでいました」
「そうですか」
彼女の結婚生活は苦痛だっただろう。むしろここではないどこかで過ごす方がいいかもしれない。
「男爵夫人はあなたに感謝していました」
「わ、私?」
「あなたに救われたと」
「私は何もしてません。閣下が呼んでくださった治癒魔術師のおかげでしょう」
何もしていない訳ではないのだが。
「ところで何故あのメイドが毒を持っていたのに気づいたのですか?」
「え、えーと。何かあやしいなーって」
嘘は言っていない。
実際怪しいと思ったから。
はじめに会った時に彼女から毒の気配がした。
説明しづらいが、ヴィヴィアは無能力者ではなかった。
毒魔術。
それが彼女の魔術の特性だった。
禍々しい能力に父母は嫌い、隠すように命じた。
それでもヴィヴィアは何か役に立てないかと自分の能力を研究していた。
毒魔術は、単純に毒を操るだけのものではない。
毒を解析し、必要な解毒法を理解し誘導する。
理解度が高ければ、材料が揃えば解毒剤を作ることもできる。
それ以外に直接体に作用することができた。
肝臓にバフをかけて毒を無毒化し、腎臓から排泄することを促す。
毒自身にも魔術で毒効能を弱らせることが可能だ。
毒に対してだけの能力。
毒で相手を苦しめることも、毒から救うこともできる。
ただし、限界があった。
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治癒魔術が使えたら、もっと早く夫人を楽にできただろう。
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クリスはヴィヴィアの手を握った。
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「いえ、私は自分が行きたいようにしていただけで、閣下が私の自由を許してくれたおかげです」
それにしても。
ヴィヴィアは自分の左手を見つめた。
向かいに座るクリスが優しく握り続けている。おまけにクリスの美しくも優しい眼差しもついてくる。
お、落ち着かない。
「閣下、そろそろ手を」
ヴィヴィアの声を聞いてもクリスはぎゅうと握り締めた。
「その閣下というのは、……前は名前を呼んでいたのに他人行儀では」
「いいえ、私は自分の立場を自認して自惚れない為に改めただけです」
「自惚れ?」
「私たちは契約結婚。閣下が王太子に疑われない為の措置、お飾りの夫人です」
ちらちらとヴィヴィアは自分の左手を見つめた。クリスの手が一向に離れる様子がない。
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