みさご図書館物語

如月みさご

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静寂と寂寥

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 人は一日に三回幸せになれる

 そう私に仰った方がおりました。
 多くの方が一日に三度の食事をとります。美味しいものを口にすれば、身も心も満たされましょう。ただカロリーを摂取するためだけの行為では寂しいですものね。その言葉を聞いてから、できうる限り心を食に向け味わっていただくようになりました。
 心にも、体にも、美味しい三度のご飯。
 それが贅沢でない生活でありたいわね。
 と、みさご図書館の新刊「キュイジニア ポムとまんぷくダンジョン」を読みながら考えておりました。
 いつもの窓辺、いつものテーブル、いつものみさご図書館。
 窓の外は透明に過ぎ、雪に覆われ、高い木々から伸びたいくつもの枝が黒と白の袖を垂らしていました。
 風の無い森の果てに雪は音も無く、音を包み、音を凍らせて世界に降り続けています。雪たちが抱き締めていた音を解き放つのは春。命の声が世界を満たすまで、まだ少し。
 雪の白さは、白よりも眩しく、光より無に近い空白。光を見ているのか、雪を見ているのか、それとも無垢のキャンバスを目にしているのでしょうか。
 音も、色も、すべてを失くして森の微かな輪郭を残してそこにある景色。
 雪雲の遮る空から降る光は薄く、どこか暗い。
 窓辺にいるにはまだ本が読めましたので、館内の明かりは少しだけ。私は、この暗さが好きです。冬の暗さは物悲しくなるのですが、自分が好きな場所で、安心と共にあるときは、なんとも贅沢な悲しさと思えるのです。
 図書館の奥に目を向けました。
 立ち並ぶ本棚。広い広いみさご図書館。人の在るだけ、世界の続くだけ、物語が収められていく不思議な図書館。奥までは冬の明かりは届いていません。そして音もない。音を立てるのは、命をもっているのは私だけ。この鼓動が今、この世界にあるすべて。
 外には静寂、内には寂寥。
 冷たい空気と寂寥の中、私のかたちが浮かび上がる。
 冬が私の姿を描き出す。
 静寂にかき消されるような小さな命。
 この孤独が、生きている証。
「にゃあ」
 サン=テグジュペリさんの声です。いつの間にか後ろから足元まで近寄っておりました。
「あら、また執務室を抜け出してきたのですか。こちらはあなたには寒いでしょうに」
 茶虎色の猫さん、それがサン=テグジュペリさん。
 サン=テグジュペリさんは足音一つ立てず、寂寥の中を縫うように現れ、向かいの椅子に音も無く上りました。しなやかに、軽やかに、伸びて縮む不思議な体を使って。
「猫さんはどうしてそれほどに気配もなく動けるのでしょうか」
「なーお」
「もしかして、猫さんは無音を立ててあるいているのかもしれませんね」
「なー」
 実は私は、サン=テグジュペリさんのお返事の意味を知っておりましたが、聞いていないふりをしていました。
「なぁん」
「もう、わかりましたよ。今持ってまいりますからね」
 私は席を立ち、執務室から丸い猫さんベッドを運んで椅子に乗せました。サン=テグジュペリさんは一度ふわりと降りて、すぐに椅子に乗せたベッドにもぐりこみ、丸くなりました。私に一瞥すると(その程度の敬意はある模様)目を閉じてしまいました。
 みさご図書館はあまり寒くはありませんが、やはり床はサン=テグジュペリさんには少々冷たいようです。
 ではなぜ執務室から出てきたのかしら。
 などと思案を巡らせながら、もう一度雪景色に心を向けました。
 外には静寂、内には猫と私。

静寂と静寂 了
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