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王都にある白美宮玉座の間に於いて、ドーソン男爵家廃絶と討伐令をヘインゼン公爵フロランス侯爵の連名で求めた会議が女王臨席の下で開催されていた。
すでに理由説明が行われる前から出席者に対しては情報が与えられ、反対意見が出ない様根回しが為されていた。その為、理由説明を終えたヘインゼンは女王に対しすぐさま許可を求めた。
「いいでしょう。そなた等が求める廃絶と討伐令の両方を認めます」
「有り難き幸せ!!」
両名は女王の真正面で片膝を着き、深々と頭を下げた。それと同時に立ち並ぶ重臣たちは様々な思いでこの茶番劇を眺めていた。その中でも財務大臣ロッタロック侯爵は苦虫を噛み潰した表情でこの光景を眺めている。
(迂闊だった。ここまで迅速な行動に出るとは……、それに……)
ロッタロックは本来なら南部守りの要として要塞群に鎮座する存在だった彼を忌々しげに見つめる。
(何故フロランス侯爵が帰還している!!)
ヘインゼンとの間で予算折衝を行った際、確かに部隊編成に介入する事と軍事予算増額を認めた。 だがそこに彼が関わるなどロッタロックは思いもしなかった。彼の意図は明白であった。部隊編成に口を挟むことで、自らの派閥に属する人間を噛ませドーソン男爵領に影響力を持たせる事だった。 しかしフロランス侯爵が帰還した結果、つい先ほど配られた部隊編制を見せら自らの意見が全く反映されていない事に愕然としたのは言うまでもない。
これ約束は部隊の編成権を有するフロランス不在が前提であり、戻った今と為っては何を言っても意味が無い。
(これではただ予算増額を認めただけではないか!!)
ロッタロックは今尚続く女王の言葉など耳に入らず、拳を握りしめ己の不甲斐無さを悔やむ。
(仕方がない、この後直接願い出てみるとするか……)
この瞬時に切り替え新たな方策を導き出す性格こそロッタロックの特徴であり、今の地位に就かせる原動力だった。そうして様々な予測を行う中、女王の話が終わると解散が宣言され、女王が退出すると出席者はそれぞれに動き出す。
(おっと、早速フロランス侯爵に声を掛けなければ!)
「フロランス卿! 申し訳ありませんが少しお話、よろしいですかな?」
「んっ、ヘインゼン卿」
「ああ、私は後で構わんよ」
「申し訳ございません、ではフロランス卿をお借り致します」
ヘインゼンと会話するフロランスに声を掛け、ヘインゼンの許可を得ると別室へ案内する。そこはロッタロックが良く使用する談話室だった。良くも悪くも防諜に優れた機能が盛り込まれた一室だった。彼は先にフロランスを入室させ、自らは貴重な風石をセットして情報漏れを防ぐ。
「お忙しい所申し訳ありませんな、フロランス卿。ささっ、此方へ」
「こうして話すのは久しぶりですな」
「ええ、卿が最前線で頑張って下さるお陰で王国は平和なのです。その点に於いて深く感謝申し上げますぞ!」
フロランスはロッタロックを好きではないが嫌いにもなれなかった。感謝の言葉に別の感情は籠められておらず、気持のよい言葉と受け取れるからだ。
「その言葉有り難く受け取りましょう」
「さて、お忙しい中でありましょう。本題に入らせて頂いても?」
「お願いする」
「では、早速……、オホンッ、フロランス卿にお願いがあります。我が派閥から一部隊を討伐隊に参加する事を認めて頂きたいのです」
「卿の派閥から?」
「ええ、王国騎士団だけで編成された事は理解しております。ですが、ユーラカル子爵家にドーソン男爵家から嫁いだ者がおりまして、その息子が廃絶に際する最期を見届けたいとの事なのです」
家同士の繋がりは過去を遡ればどこにでも繋がると言われるのが貴族社会だ。フロランス侯爵家も相当遡ればドーソン男爵家と僅かなりとも関係のある人間が必ず居る。
「しかし、すでに編成は決定しているのだが……」
王国騎士団と各貴族が持つ部隊を混合させる事は指揮命令を分ける事と為り好ましくないとフロランスは考えている。また、貴族の部隊は必ず身分を持ち出して様々な事に介入する為正直遠慮したいと思った。
「御安心くだされ。子爵には王国騎士団の傘下に加わり、指揮命令に従うように言い聞かせてあります。フロランス卿が不安に思う事にはなりませんぞ」
「ふむ、物資に関しては?」
「別に準備させてあります」
「……分りました。それならば参加を認めましょう。それでは直ちに再編成致します」
「おおっ、感謝いたしますぞ!! では私もこれからユーラカル子爵にお知らせ致します。フロランス卿がお認めに為ったと聞けば大層喜ばれましょう!!」
二人の密談は良い雰囲気のまま終了を迎え、フロランスはその足でヘインゼン公爵の執務室へと向かった。
「なるほど、ロッタロック卿からな……」
「ああ、此方の命令系統に加わる事と物資も向こう持ちである事の確約は得た」
「ふむ……、まあ卿が認めたなら私の出る幕ではないが……」
「何か不安でもあるのか?」
「うーむ、何故討伐部隊に参加したがるのか……」
「それはドーソン男爵から嫁いだ人間が居ると」
「それだと大半の貴族が言い出すぞ」
「つまり別にあると言う事か?」
「あると言うべきだが……、まあ問題行動さえ起こさなければ良いとしよう」
「ふむ、気になるかな……。一応警戒する様に申し付けておこう」
ヘインゼンとしても軍の内部まで網羅しているわけではなく、信用しているフロランスが決めた事に異を唱える事はしないが、拭えない不安はしこりと為って残る。
「では、俺は討伐部隊の幹部たちと顔合わせして来る」
「ああ、頼んだぞ」
「その言葉を彼等に伝えておこう」
フロランスはヘインゼンと分かれると再び場所を移し討伐部隊の幹部と顔合わせを行った。
「敬礼!!」
フロランスが入室すると一斉に立ち上がり、一糸乱れぬ敬礼を見せる。それに答礼し着席し、全員も席に着く。この統一感に心地よさをフロランスは感じる。
「閣下、御無沙汰致しております!!」
「ああ、久しいな。お前たちの元気な顔を見て安心した。さて早速だが一つ注文が入った。ロッタロック財務大臣からユーラカル子爵の私設部隊を加えて貰いたいとの事だ。向こうは此方の部隊に加わる事に納得している。物資も向こうが用意する為、迷惑は掛からないとの事だ」
フロランスの言葉に室内はざわめく。ここに居る者も貴族家出身で固めているが、騎士の称号を持つ者が大半を占めている。最高位は男爵と子爵家から来る部隊と見比べると格下であり、領地を持つ貴族からすると騎士は吹いて飛ぶ地位だった。その為、私設部隊との共同は勘弁して欲しいというのが一致した気持ちだった。
「安心しろ。お前たちの不安を払拭する為に俺の部隊からも出す。総勢二千百名からなる討伐部隊だ」
その言葉に一同は納得して頷いた。
「と、言う訳でコーンスッド」
「はっ! 謹んで拝命致します!!」
フロランスに付き従って入室した男こそ、討伐部隊に参加する指揮官はコーンスッド子爵家の当主であり、フロランス侯爵家の派閥に属する軍人家系であった。元々彼は後継ぎではなく、身一つで家を立ち上げなくては為らない立場だった。そこで彼は持ち前の身体能力と格闘能力に状況判断力など戦闘に於ける能力が卓越し、フロランス侯爵に認められ行動を共にした結果、実家と同格の子爵位を得るまでになった。これこそロッタロックに対抗するフロランスの秘密兵器だった。
「では細部はお前たちに任せる。特にアプロット、俺を満足させる手腕を期待する」
「お任せ下さい、必ずや閣下のご期待に応えて見せます!!」
暫く彼等と会話を楽しんだ後、久し振りに我が家へ移動する。そこでは再開を待ち侘びていた彼の妻や子供たちの出迎えを受け、帰ったのだと実感する。だがこの中に討伐部隊に加わっているサラとマリアンの二人は居なかった。彼女達はすでに王都を出発し、合流地点へと移動を開始していたのであった。
一方、現場は日を追う毎に危機感が増していた。
ロットロン男爵領とドーソン男爵領を結ぶ街道に部隊を配置して封鎖した。その結果、境界線上に於いてドーソン男爵領から逃れようとする領民が群がっていた。だが領内に於ける略奪が起こった以上、手を緩めることは出来ない。
「解ったか、難民がどれほど危険であるかを? 一歩間違えば我らが死ぬ事だってあるのだ」
「はい……」
二日前、村で襲撃を受け負傷した者は四名の村民だった。幸いにも軽傷で、相手に彼等を殺す意図はないと判断された。その反面、二つの民家を破壊され、物資を奪われた。すでにエレオノーラの部隊から捜索隊六名を選出し、小隊として行動させている。
「まっすぐハーシュへ赴いていればこの様な事には為らなかったのに……」
「そうですね……」
一方的に難民を拒絶する事はしないと知り幾分心に余裕が出来た孝雄実はコーブに対し素直に受け答えができた。
「すぐに慣れろとは言わんが、心構えだけはしっかりと頼むぞ」
「はい」
封鎖が始まり三日目が経過した。
この頃になるとロットロン領側の封鎖は完全な物になる。これはヘッケン・ポールトンの手腕によるもので、オリマッテ・ロットロン不在の中で誰もが感心するほどの手際だった。だがその事で境界は不満を抱いた人が群がり非常に危険な状態だった。
だが封鎖と言っても全ての進入を禁止しているわけではなく、兵士の監視下でハーシュへ移動する手筈が整っていた。それでも兵士数が少なく、移動出来る難民は限られる為に不満は募る一方であった。
「なあ頼む、食糧と水を分けてくれ!!」
「私は構いませんから子供だけでもハーシュへお連れ下さい!!」
数日待たされて漸く移動出来る難民たちは心よりも実情に我慢の限界を迎えていた。人間飲み食い出来なければ死を迎える。しかし兵士たちは彼等に手を差し伸べる事はしない。全ては領主の財産であり、領民でもない者に分け与える事は富の流出であると分り易い表現で理解していたからだ。子連れの場合、自らは犠牲になっても子供だけは生かそうと必死の思いで願い出る。しかし子供だけを保護すれば何れ限界を迎えるのは目に見えている為決して受け入れはしなかった。
「駄目だ! 食料と水はハーシュで手続きを終えてから! 子供だけでは生活が出来ない為受け入れない!!」
兵士たちも生活が懸かっている以上必死の思いで難民を押し留めていた。それを後方でエレオノーラと救援として駆け付けたウォーレンが眺めていた。
「これは不味いわね」
「ああ、そろそろ彼等も我慢の限界だろう……」
「受け入れはどうなっているの?」
「ヘッケン殿も必死に行っているが、数が多いらしい。この街道だけではなく、全三経路でハーシュへ流れ込んでいるらしいのだ。それに、各所で略奪が始まっている。部隊を動員しているが、とても間に合わん……」
軍隊というものは非常に金が掛かってしまう。その為常備軍は騎士三十名と兵士百名が良いところである。だがこの規模は子爵家に相当する為、いかにオリマッテが恵まれた境遇にあり、更なる発展に尽力しているかが窺える。そして各街道封鎖に動員出来たのが五十名だった。ハーシュや危険の少ない農村では兵士の募集を始めているところだった。その為に漏れが生じ略奪が行われてしまったのだ。
「でもこのままでは」
「ああ、何れ戦闘になる。しかし……」
「追い込まれた人間は何でもするわね」
「ああ、旦那様とロドム隊長不在の中、ヘッケン殿に頼る他ない。エレオノーラ、一応戦闘準備だけは整えておいてくれ」
「分ったわ!」
長年の勘からウォーレンはこの場所が今直ぐにでも爆発すると予想した。難民が理性を保ち、罪を犯さない状態であれば問題ない。しかし、その僅かな一線を越えた瞬間、抑えている兵士たちが彼等を殺さなければならなくなる。
「時間の問題か……。早くして下さい、ヘッケン殿……」
この願いが届いたのか、他の場所では徐々に臨時兵士たちが到着し、ハーシュまでの監視活動に充てられる者も増えて流れ始めた。ところがこのバラスの村はハーシュから見て最も離れた南西に位置している為援軍を送るのに時間が掛かってしまう。
そのタイムラグが問題を起こす。
「もう待っていられるか!!」
一人の難民が声を上げ、近くに落ちていた小石を拾い上げ兵士たちに投げ付ける。兵士たちは革製の鎧を身に着け、多少守る事は出来るが頭には被り物が無かった。彼等は手で頭を守りつつ距離を取る。それを見た難民側は数名が投石を始め、後に続くよう声が上がり好機と見て次々と投石が始まった。
「なっ!? 何て事だ……、総員出来る限り堪えよ!! 命令あるまで手出し禁止だ!!」
この場ではウォーレンが最高指揮官として指示を出している。彼の命令に一応従っているが、堪える事も困難なほど小石は飛来し続けている。
「ウォーレン、どうするの?」
「ここで難民を処刑すれば夥しい数を殺める事と為る。この村の為にもそれは避けたい」
「だからと言ってこれでは兵士たちが持たないわ!!」
「分っている。しかしだな……」
こうしている間にも投石は着実に二人の下へも飛来し始めていた。
「イタッ!?」
「くっ、下がるぞ。総員下がれ!!」
ウォーレンの大きな声が必死に防ぐ兵士たちを後退させる。そこで何とか投石が届かない距離まで下がったが、農地の一部が踏み荒らされてしまった。
「くそ、これでは言い訳のしようが無い」
心底悔やむウォーレンだが、エレオノーラと共に部隊の再編成を行い再度来るであろう投石に備える。そんなときだった。孝雄実の目に数人の不審な男が難民に混じっていたのが映り込んだ。
「エ、エレオノーラ」
「何よ。どうしたの?」
「あのさ、あそこに居る男、難民を煽ってないか?」
「煽っている?」
「ああ、あとあそことあっちも」
孝雄実が指差す方向を彼女が見ると確かに自らの窮状を声高らかに述べると、周囲の難民に相手を攻撃するよう仕向ける言葉が発せられていた。
「た、確かに」
「近藤の言う通りだな」
「つまりあの人たちを潰せばこの事態は収まるんじゃないかな?」
エレオノーラとウォーレンは顔を見合わせ考える。二人も好き好んで人を殺したいとは思っていない。彼等も受け入れ、時間が経てばロットロン男爵家の立派な財産として機能するからだ。
「よし、あの者たちを殺そう」
「でもどうするのよ。あいつ等難民の後ろに隠れて弓だと狙えないわ」
大声を張り上げているのは全部で四名確認出来た。彼等は前に難民を押しやり、自らは後方で声を張り上げて難民を煽り、怒りの矛先を孝雄実達に仕向けていた。その為、ウォーレンは孝雄実が指摘した男たちの殺害を提案したが、此方側の攻撃が難民によって防がれる状況を創り出していた。
「な、なら俺がやるよ!」
一瞬戸惑った孝雄実だが、決意の籠った瞳で二人に言い放った。
すでに理由説明が行われる前から出席者に対しては情報が与えられ、反対意見が出ない様根回しが為されていた。その為、理由説明を終えたヘインゼンは女王に対しすぐさま許可を求めた。
「いいでしょう。そなた等が求める廃絶と討伐令の両方を認めます」
「有り難き幸せ!!」
両名は女王の真正面で片膝を着き、深々と頭を下げた。それと同時に立ち並ぶ重臣たちは様々な思いでこの茶番劇を眺めていた。その中でも財務大臣ロッタロック侯爵は苦虫を噛み潰した表情でこの光景を眺めている。
(迂闊だった。ここまで迅速な行動に出るとは……、それに……)
ロッタロックは本来なら南部守りの要として要塞群に鎮座する存在だった彼を忌々しげに見つめる。
(何故フロランス侯爵が帰還している!!)
ヘインゼンとの間で予算折衝を行った際、確かに部隊編成に介入する事と軍事予算増額を認めた。 だがそこに彼が関わるなどロッタロックは思いもしなかった。彼の意図は明白であった。部隊編成に口を挟むことで、自らの派閥に属する人間を噛ませドーソン男爵領に影響力を持たせる事だった。 しかしフロランス侯爵が帰還した結果、つい先ほど配られた部隊編制を見せら自らの意見が全く反映されていない事に愕然としたのは言うまでもない。
これ約束は部隊の編成権を有するフロランス不在が前提であり、戻った今と為っては何を言っても意味が無い。
(これではただ予算増額を認めただけではないか!!)
ロッタロックは今尚続く女王の言葉など耳に入らず、拳を握りしめ己の不甲斐無さを悔やむ。
(仕方がない、この後直接願い出てみるとするか……)
この瞬時に切り替え新たな方策を導き出す性格こそロッタロックの特徴であり、今の地位に就かせる原動力だった。そうして様々な予測を行う中、女王の話が終わると解散が宣言され、女王が退出すると出席者はそれぞれに動き出す。
(おっと、早速フロランス侯爵に声を掛けなければ!)
「フロランス卿! 申し訳ありませんが少しお話、よろしいですかな?」
「んっ、ヘインゼン卿」
「ああ、私は後で構わんよ」
「申し訳ございません、ではフロランス卿をお借り致します」
ヘインゼンと会話するフロランスに声を掛け、ヘインゼンの許可を得ると別室へ案内する。そこはロッタロックが良く使用する談話室だった。良くも悪くも防諜に優れた機能が盛り込まれた一室だった。彼は先にフロランスを入室させ、自らは貴重な風石をセットして情報漏れを防ぐ。
「お忙しい所申し訳ありませんな、フロランス卿。ささっ、此方へ」
「こうして話すのは久しぶりですな」
「ええ、卿が最前線で頑張って下さるお陰で王国は平和なのです。その点に於いて深く感謝申し上げますぞ!」
フロランスはロッタロックを好きではないが嫌いにもなれなかった。感謝の言葉に別の感情は籠められておらず、気持のよい言葉と受け取れるからだ。
「その言葉有り難く受け取りましょう」
「さて、お忙しい中でありましょう。本題に入らせて頂いても?」
「お願いする」
「では、早速……、オホンッ、フロランス卿にお願いがあります。我が派閥から一部隊を討伐隊に参加する事を認めて頂きたいのです」
「卿の派閥から?」
「ええ、王国騎士団だけで編成された事は理解しております。ですが、ユーラカル子爵家にドーソン男爵家から嫁いだ者がおりまして、その息子が廃絶に際する最期を見届けたいとの事なのです」
家同士の繋がりは過去を遡ればどこにでも繋がると言われるのが貴族社会だ。フロランス侯爵家も相当遡ればドーソン男爵家と僅かなりとも関係のある人間が必ず居る。
「しかし、すでに編成は決定しているのだが……」
王国騎士団と各貴族が持つ部隊を混合させる事は指揮命令を分ける事と為り好ましくないとフロランスは考えている。また、貴族の部隊は必ず身分を持ち出して様々な事に介入する為正直遠慮したいと思った。
「御安心くだされ。子爵には王国騎士団の傘下に加わり、指揮命令に従うように言い聞かせてあります。フロランス卿が不安に思う事にはなりませんぞ」
「ふむ、物資に関しては?」
「別に準備させてあります」
「……分りました。それならば参加を認めましょう。それでは直ちに再編成致します」
「おおっ、感謝いたしますぞ!! では私もこれからユーラカル子爵にお知らせ致します。フロランス卿がお認めに為ったと聞けば大層喜ばれましょう!!」
二人の密談は良い雰囲気のまま終了を迎え、フロランスはその足でヘインゼン公爵の執務室へと向かった。
「なるほど、ロッタロック卿からな……」
「ああ、此方の命令系統に加わる事と物資も向こう持ちである事の確約は得た」
「ふむ……、まあ卿が認めたなら私の出る幕ではないが……」
「何か不安でもあるのか?」
「うーむ、何故討伐部隊に参加したがるのか……」
「それはドーソン男爵から嫁いだ人間が居ると」
「それだと大半の貴族が言い出すぞ」
「つまり別にあると言う事か?」
「あると言うべきだが……、まあ問題行動さえ起こさなければ良いとしよう」
「ふむ、気になるかな……。一応警戒する様に申し付けておこう」
ヘインゼンとしても軍の内部まで網羅しているわけではなく、信用しているフロランスが決めた事に異を唱える事はしないが、拭えない不安はしこりと為って残る。
「では、俺は討伐部隊の幹部たちと顔合わせして来る」
「ああ、頼んだぞ」
「その言葉を彼等に伝えておこう」
フロランスはヘインゼンと分かれると再び場所を移し討伐部隊の幹部と顔合わせを行った。
「敬礼!!」
フロランスが入室すると一斉に立ち上がり、一糸乱れぬ敬礼を見せる。それに答礼し着席し、全員も席に着く。この統一感に心地よさをフロランスは感じる。
「閣下、御無沙汰致しております!!」
「ああ、久しいな。お前たちの元気な顔を見て安心した。さて早速だが一つ注文が入った。ロッタロック財務大臣からユーラカル子爵の私設部隊を加えて貰いたいとの事だ。向こうは此方の部隊に加わる事に納得している。物資も向こうが用意する為、迷惑は掛からないとの事だ」
フロランスの言葉に室内はざわめく。ここに居る者も貴族家出身で固めているが、騎士の称号を持つ者が大半を占めている。最高位は男爵と子爵家から来る部隊と見比べると格下であり、領地を持つ貴族からすると騎士は吹いて飛ぶ地位だった。その為、私設部隊との共同は勘弁して欲しいというのが一致した気持ちだった。
「安心しろ。お前たちの不安を払拭する為に俺の部隊からも出す。総勢二千百名からなる討伐部隊だ」
その言葉に一同は納得して頷いた。
「と、言う訳でコーンスッド」
「はっ! 謹んで拝命致します!!」
フロランスに付き従って入室した男こそ、討伐部隊に参加する指揮官はコーンスッド子爵家の当主であり、フロランス侯爵家の派閥に属する軍人家系であった。元々彼は後継ぎではなく、身一つで家を立ち上げなくては為らない立場だった。そこで彼は持ち前の身体能力と格闘能力に状況判断力など戦闘に於ける能力が卓越し、フロランス侯爵に認められ行動を共にした結果、実家と同格の子爵位を得るまでになった。これこそロッタロックに対抗するフロランスの秘密兵器だった。
「では細部はお前たちに任せる。特にアプロット、俺を満足させる手腕を期待する」
「お任せ下さい、必ずや閣下のご期待に応えて見せます!!」
暫く彼等と会話を楽しんだ後、久し振りに我が家へ移動する。そこでは再開を待ち侘びていた彼の妻や子供たちの出迎えを受け、帰ったのだと実感する。だがこの中に討伐部隊に加わっているサラとマリアンの二人は居なかった。彼女達はすでに王都を出発し、合流地点へと移動を開始していたのであった。
一方、現場は日を追う毎に危機感が増していた。
ロットロン男爵領とドーソン男爵領を結ぶ街道に部隊を配置して封鎖した。その結果、境界線上に於いてドーソン男爵領から逃れようとする領民が群がっていた。だが領内に於ける略奪が起こった以上、手を緩めることは出来ない。
「解ったか、難民がどれほど危険であるかを? 一歩間違えば我らが死ぬ事だってあるのだ」
「はい……」
二日前、村で襲撃を受け負傷した者は四名の村民だった。幸いにも軽傷で、相手に彼等を殺す意図はないと判断された。その反面、二つの民家を破壊され、物資を奪われた。すでにエレオノーラの部隊から捜索隊六名を選出し、小隊として行動させている。
「まっすぐハーシュへ赴いていればこの様な事には為らなかったのに……」
「そうですね……」
一方的に難民を拒絶する事はしないと知り幾分心に余裕が出来た孝雄実はコーブに対し素直に受け答えができた。
「すぐに慣れろとは言わんが、心構えだけはしっかりと頼むぞ」
「はい」
封鎖が始まり三日目が経過した。
この頃になるとロットロン領側の封鎖は完全な物になる。これはヘッケン・ポールトンの手腕によるもので、オリマッテ・ロットロン不在の中で誰もが感心するほどの手際だった。だがその事で境界は不満を抱いた人が群がり非常に危険な状態だった。
だが封鎖と言っても全ての進入を禁止しているわけではなく、兵士の監視下でハーシュへ移動する手筈が整っていた。それでも兵士数が少なく、移動出来る難民は限られる為に不満は募る一方であった。
「なあ頼む、食糧と水を分けてくれ!!」
「私は構いませんから子供だけでもハーシュへお連れ下さい!!」
数日待たされて漸く移動出来る難民たちは心よりも実情に我慢の限界を迎えていた。人間飲み食い出来なければ死を迎える。しかし兵士たちは彼等に手を差し伸べる事はしない。全ては領主の財産であり、領民でもない者に分け与える事は富の流出であると分り易い表現で理解していたからだ。子連れの場合、自らは犠牲になっても子供だけは生かそうと必死の思いで願い出る。しかし子供だけを保護すれば何れ限界を迎えるのは目に見えている為決して受け入れはしなかった。
「駄目だ! 食料と水はハーシュで手続きを終えてから! 子供だけでは生活が出来ない為受け入れない!!」
兵士たちも生活が懸かっている以上必死の思いで難民を押し留めていた。それを後方でエレオノーラと救援として駆け付けたウォーレンが眺めていた。
「これは不味いわね」
「ああ、そろそろ彼等も我慢の限界だろう……」
「受け入れはどうなっているの?」
「ヘッケン殿も必死に行っているが、数が多いらしい。この街道だけではなく、全三経路でハーシュへ流れ込んでいるらしいのだ。それに、各所で略奪が始まっている。部隊を動員しているが、とても間に合わん……」
軍隊というものは非常に金が掛かってしまう。その為常備軍は騎士三十名と兵士百名が良いところである。だがこの規模は子爵家に相当する為、いかにオリマッテが恵まれた境遇にあり、更なる発展に尽力しているかが窺える。そして各街道封鎖に動員出来たのが五十名だった。ハーシュや危険の少ない農村では兵士の募集を始めているところだった。その為に漏れが生じ略奪が行われてしまったのだ。
「でもこのままでは」
「ああ、何れ戦闘になる。しかし……」
「追い込まれた人間は何でもするわね」
「ああ、旦那様とロドム隊長不在の中、ヘッケン殿に頼る他ない。エレオノーラ、一応戦闘準備だけは整えておいてくれ」
「分ったわ!」
長年の勘からウォーレンはこの場所が今直ぐにでも爆発すると予想した。難民が理性を保ち、罪を犯さない状態であれば問題ない。しかし、その僅かな一線を越えた瞬間、抑えている兵士たちが彼等を殺さなければならなくなる。
「時間の問題か……。早くして下さい、ヘッケン殿……」
この願いが届いたのか、他の場所では徐々に臨時兵士たちが到着し、ハーシュまでの監視活動に充てられる者も増えて流れ始めた。ところがこのバラスの村はハーシュから見て最も離れた南西に位置している為援軍を送るのに時間が掛かってしまう。
そのタイムラグが問題を起こす。
「もう待っていられるか!!」
一人の難民が声を上げ、近くに落ちていた小石を拾い上げ兵士たちに投げ付ける。兵士たちは革製の鎧を身に着け、多少守る事は出来るが頭には被り物が無かった。彼等は手で頭を守りつつ距離を取る。それを見た難民側は数名が投石を始め、後に続くよう声が上がり好機と見て次々と投石が始まった。
「なっ!? 何て事だ……、総員出来る限り堪えよ!! 命令あるまで手出し禁止だ!!」
この場ではウォーレンが最高指揮官として指示を出している。彼の命令に一応従っているが、堪える事も困難なほど小石は飛来し続けている。
「ウォーレン、どうするの?」
「ここで難民を処刑すれば夥しい数を殺める事と為る。この村の為にもそれは避けたい」
「だからと言ってこれでは兵士たちが持たないわ!!」
「分っている。しかしだな……」
こうしている間にも投石は着実に二人の下へも飛来し始めていた。
「イタッ!?」
「くっ、下がるぞ。総員下がれ!!」
ウォーレンの大きな声が必死に防ぐ兵士たちを後退させる。そこで何とか投石が届かない距離まで下がったが、農地の一部が踏み荒らされてしまった。
「くそ、これでは言い訳のしようが無い」
心底悔やむウォーレンだが、エレオノーラと共に部隊の再編成を行い再度来るであろう投石に備える。そんなときだった。孝雄実の目に数人の不審な男が難民に混じっていたのが映り込んだ。
「エ、エレオノーラ」
「何よ。どうしたの?」
「あのさ、あそこに居る男、難民を煽ってないか?」
「煽っている?」
「ああ、あとあそことあっちも」
孝雄実が指差す方向を彼女が見ると確かに自らの窮状を声高らかに述べると、周囲の難民に相手を攻撃するよう仕向ける言葉が発せられていた。
「た、確かに」
「近藤の言う通りだな」
「つまりあの人たちを潰せばこの事態は収まるんじゃないかな?」
エレオノーラとウォーレンは顔を見合わせ考える。二人も好き好んで人を殺したいとは思っていない。彼等も受け入れ、時間が経てばロットロン男爵家の立派な財産として機能するからだ。
「よし、あの者たちを殺そう」
「でもどうするのよ。あいつ等難民の後ろに隠れて弓だと狙えないわ」
大声を張り上げているのは全部で四名確認出来た。彼等は前に難民を押しやり、自らは後方で声を張り上げて難民を煽り、怒りの矛先を孝雄実達に仕向けていた。その為、ウォーレンは孝雄実が指摘した男たちの殺害を提案したが、此方側の攻撃が難民によって防がれる状況を創り出していた。
「な、なら俺がやるよ!」
一瞬戸惑った孝雄実だが、決意の籠った瞳で二人に言い放った。
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