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孝雄実たちがバラムの村に辿り着き二日目を迎える。
彼等の任務はこの村を中心とした哨戒活動であり、十二名からなる部隊を六つに分け異常があれば即座に対応する事に在る。その為彼等は完全武装で此処へやって来ている。
「どうかしたの?」
「えっ、ああ……、いや何でもないよ」
昨日語られたエレオノーラの体験談に対しどう向き合えばよいか答えが出ない中、彼女と行動を共にする孝雄実は居心地の悪い思いだった。それを知らない彼女は孝雄実の煮え切らない態度に不満を抱く。
「それで何でも無いってね……」
「いや、本当に、さ……、何でもないんだ」
孝雄実にとって非常に重たい話であり、コーブから最後に「頼む」と言われた事も大きく影響している。二人は吊橋効果ともいえる環境下で出会い、その後一緒に暮らす事が決められた。それでも彼女の生い立ちを知らなかったから普通に接する事が出来た。だしかし今の孝雄実に彼女の人生はあまりに重く、大きく、受け止め切る覚悟が無い。
「ふぅ、まあいいわ。今は任務に集中しましょう」
「ああ……、ごめん……」
今まで見た事のない反応にエレオノーラに若干の戸惑いがあった。昨日の今日で明らかに態度が異なる為だ。藪を突いて蛇が出る程度なら容易く振り払えるが、それ以上の物が出ないとも限らず彼女は追及を諦めた。その後二人は無言で村を囲う柵の周りを歩く。一応周辺を警戒はしているがどうにも居心地の良い空気にはならない。それを示す様に二人の距離に開きがあった。
この距離間に気付いたのは隊の仲間たちだった。エリットは何がったのか、チャンス到来かと興味津々といったところ。大半が色恋沙汰に関心が有った。だが張本人たるコーブは心の中で謝罪と励ましの言葉を両者に送る。
「な、なあ……、エレオノーラ」
「なにかしら?」
声を掛けてもどこか余所余所しく、彼女は素っ気ない返事を返してしまう。だが、次の一言で彼女の騎士としての使命感が蘇る。
「あの人たちって何なんだ?」
「あの人たちって、……ッ!?」
ふと孝雄実が気付いた集団はボロボロの衣服とフラフラとした足取りで歩く者たちだった。その集団を見たエレオノーラは緊急事態だと悟った。
「不味い事になったわ……。孝雄実、すぐに村へ戻るわよ!」
「はっ!? おい、見回りはいいのかよ?」
「そんな場合じゃないのよ! いいから急いで戻るわよ!!」
孝雄実を残し彼女はあっと言う間に村の中へと戻るとすぐに関係者を集める。残された彼は彼女の後を追って戻るしかなかった。
「一体何なんだよ……」
孝雄実が村に戻ると騒然とした空気に変わっていた。鎧を纏った騎士が血相を変えて村へと戻り、必要な人間の召集を始めたとあっては争いの無い穏やかな村にとっては一大事だった。
「な、何だこれ……」
村の敷地へと入ると周囲を見回しながらゆっくりとした足取りに変わる。そうしているとエリットの声が彼の耳に届く。
「孝雄実! 何ぼさっとしてやがる! 急いで宿舎に来い!!」
「え?」
「ああもうっ! いいから来い!!」
「うわっ!?」
緊急事態だという認識の無い孝雄実に対し、エリットは彼の腕を掴むと引きずり出した。それに抗える心境でもない上に、状況を理解していない孝雄実は走るしかなかった。
「遅いぞ!」
「申し訳ありません!!」
兵士長コーブは孝雄実に向けて雷を落としたが、返事したのはエリットだった。孝雄実は彼に返事する余裕すらないほど頭が真っ白になり始めていた。
コーブを始め他の兵士たちは普段からは想像できない雰囲気を纏っていた。戦う為の心構えが出来ている者の相貌である。それに気圧された孝雄実は思わず唾を呑みこんだ。
エリットはすぐに用意を整える様、孝雄実に伝えると自らも完全武装の準備に取り掛かった。孝雄実も移動し易さを考慮した革製の鎧を着込むと席に着いた。
「隊長から完全武装で待機と命令が出た。隣の領地から難民が流入しているそうだ。我らはこの村に入ろうとする者どもを排除する」
コーブの言葉に孝雄実は衝撃を受けた。彼の言葉をそのまま受け取ると「逃れた人間を殺せ」と命じられている様に思えたからだ。
その感情はすぐ顔に表れる。
「近藤、何か疑問に思う事が有るのか?」
「えっ、はい……、その命令はここの領民ではない者は殺せと言う事ですか?」
「当然だ。我らはロットロン領の領民を守ることを第一に編成された部隊だ。その意味からバラムの村に群がる輩はたとえリーンスロンド王国の民であろうと排除する!」
コーブの強い発現には理由が有った。
領民は領主の所有物と考えられ、コーブを始めとした兵士たちは領主の配下である。その為財産を守る義務が生じる。この考えは貴族視点から考えられているコーブたち一般兵は領民から志願した者たちで構成され郷土を守るという意思が強かった。守るという点で一致した為、彼等は外敵と認識したのである。
他領から逃れた難民は領民が築き上げた財産を奪う可能性が高く、糧を得る手段が限りなく低い為犯罪へと手を染める者たちが多く出現する。ここでも領民を守らねばならないという気持ちが大きく表れ、統治者(領主)と考えが一致した結果すんなりと「排除」という言葉が受け入れられたのだ。物に溢れ食うに困らず、飲み水も豊富に存在し、学ぶ機会も奪われることなく、ごく当たり前に学校へと通っていた孝雄実にとってこの考えに到る経験が無い為、恐ろしさと戸惑いを覚えたのだ。
バラム村の領民も農作業などを諦め柵内へと戻り、大半は戸締りを行い家に閉じ籠った。これは逃散した者たちが略奪を企てるのではないか、という恐れからである。
その後、協議を終えたエレオノーラからの呼び出しで村長宅に移動する。そこには村長始め村の代表者とオリマッテ・ロットロンの指名でこの村を監督する貴族側の人間が揃っていた。
「恐らく大半の難民はハーシュへ向かう事になるでしょう。ですが、ごく少数はそれを諦め、略奪に走る可能性が高い。私達はその者たちから領民を守る」
エレオノーラは落ち着いた口調で話し、耳元で語られたかの様にスッと飛び込んだ。
「では旦那様への報告は私が務めます。よろしいですか、エレオノーラ殿?」
「ええ、任せたわ。私達は領民を守る事に徹します」
「皆様方、何卒お願い致します。我らも出来る限りの事は致します」
「ええ、その時はお願いするわ。ただし、暫く外出は控える様に」
「承知致しました。皆に申し伝えておきます」
その後、監督官は手紙を認めると自らハーシュへと赴いた。この場に居ても出来る事は限られる為、貴族家出身という事もある自身の証言を以て緊急事態だと知らせる役割を買ったのであった。
一方、エレオノーラ部隊の役割は簡単だった。難民から全てを守り抜く事である。
部隊を二つに分け、一方が警戒する間にもう一方が休息する日中の常時警戒へと移行した。
この判断は正しかった。
「隊長、あれを見て下さい!!」
エレオノーラ達が哨戒に出ているとき、難民の不法行為を目の当たりにした。
ドーソン男爵領を後にしてから何も食べていなかったのだろう、健やかに育った収穫間近の野菜類を貪り食べていたのだ。それは彼女たちが近付いても気付かないほど一心不乱に食べ続けていた。
「ふぅ……」
それを見たエレオノーラは馬上で深い溜息を吐く。これで彼等を殺す正当性を得てしまった事と、その様な状況に追い込んだ為政者に激しい怒りを抱き、それを抑え込んだからだ。
「必ず弱者から死んでゆくのね……」
何を思って口にしたのか定かではない。しかし、この言葉を聞いた人間は居なかった。
難民たちは家族と見られ、中でも子供たちは必死の思いで空腹を満たしている。その事に申し訳なさは在っても処刑しない訳にはいかない。そこで彼女は非情な命令を下す。
「苦しまない様に殺しなさい」
「はっ!」
エレオノーラはとても穏やかな口調で兵士に命じた。兵士たちも覚悟していた為、彼女の命令はすんなりと実行できた。だが此処に参加していた孝雄実だけは動かなかった。
「孝雄実、私は命じた筈よ」
「相手は子供も居るんだぜ?」
「関係ないわ。親が死ねば子供は食う為に物を奪うでしょう。最悪領民を殺してでもね。私達の使命はそんな者たちから領民を護ることよ」
「助ける事は出来ないのか?」
「出来ないわ」
この世界ではエレオノーラの言葉が正論で、孝雄実の常識からは大きく逸脱していた。そもそも生きて来た世界が異なる以上認識を共にすることは不可能だったが、ここまで考えが違うのかと孝雄実は思った。その一つに国家観が大きく異なっている事だ。
「同じ国民なのに?」
「国民? 確かに私達はリーンスロンド王国に属するけど領民は旦那様の所有物よ。たとえ女王陛下でも濫りに奪う事は出来ないのよ。もしそれを行えば主人のブラスト辺境伯様が家臣を集め報復に出る事だって有るわ」
この国の支配は複雑だった。
中央貴族とは王国開闢以来の家で固められ、元々が王家の家臣であった。そこで王国と名乗った以上箔付けの意味を込めて爵位を与え領地を持つ事の正当性を与えたに過ぎない。その後、王国の拡張に伴って周辺で名の有る豪族を下し、配下とする。その彼等にも一応の支配を王家が認めて爵位を与え、隷属する形をとった。
「それにね。全てを救う余裕なんてないのよ。今回は不問とするけど、次は殺しなさい」
「あ、ああ……」
その時の彼女の口調は非常に冷淡だった。子供を含め、無抵抗の人間を殺す瞬間を目の当たりにし、さらに彼女の言葉が追い打ちと為って孝雄実を襲う。
「隊長、終了しました」
「御苦労、では近くに穴を掘り埋葬しましょう。穴掘りは……、孝雄実一人で行いなさい」
「分りました……」
孝雄実は彼女の命令を素直に実行し、瞬く間に穴を掘り終え全員を驚かせたが、油を売っている時間が無い為処刑した七名を埋葬し移動する。幸いな事にこの日はこの者たち以外、村へ被害を齎す者がおらず日が沈み彼女達の役割は終了した。
「元気がないな」
食事終了後、宿舎へと戻った孝雄実は憔悴した表情で寝床に腰を下ろした。それを見たコーブが声を掛けた。
「ええ、まあ……」
「おそらく子供を含めた難民を殺すという事に抵抗が有ったのだろう。違うか?」
「ええ、まさかあそこまでするなんて……」
コーブは兵士と為って長い月日が経つ。その度に見てきた兵士の一人に状況が似ていたのだ。
「あそこまで、か。だけどな、難民はまっすぐハーシュへ赴けばロットロン領の領民として保護されるのだ。彼等はその救いの手が在ったにもかかわらず払い除けて領民たちが丹精込めて作った作物を奪い、食い尽くそうとした」
「だからと言って殺すんですか?」
「難民も仕方が無く作物に手を伸ばしたと思う。だが、あれはここの領民たちの財産だ。それは領主様の財産ともいえる。盗賊は何故捕まると処刑されるのか、それは物を奪い人までも奪うからだ。事情が異なるとはいえ、やる事は同じだ。然るべき報いを受ける」
孝雄実は彼の言葉を大人しく耳を傾け、それを受けてコーブは孝雄実の肩に手を置いた。
「仕方がないで済ませれば済ませるほど領民の思いは離れてしまう。俺達は彼らあってこそ生きて行ける。その者たちにそっぽを向かれれば生きていけなくなる。残酷の様に思えるが、これはロットロン領で生きる領民を守る事に繋がるのだ。直ぐに納得しろとは言わないが、受け入れろ。そして慣れるのだ」
それだけ述べるとコーブは孝雄実の下を去って行った。
その後、消灯時間と為ると兵士たちは一斉に眠りに就く。一方、衝撃を受けた孝雄実は昼間の光景が目に焼き付き眠れる状態ではなかった。
「駄目だ、眠れないや……」
寝付きの良さに関しては自信を持っていた孝雄実だが、この日は違った。そこで村の中を歩こうと宿舎を出る。真っ暗な村で灯りが灯されているのは村の入り口一か所であり、そこには村人の有志が警戒に当たっている。そこ以外は真っ暗闇の中に在り、空を見上げれば満天の星空が望めた。
「綺麗だな。こんなに多くの星は見た事がない」
心に刻まれた傷が洗われる様な気持になる中、静まり返る村の中で物音が聞こえた。
「んっ、この音は? たしか向こうは入口だよな……」
小さな物音でも大きく響くほど静かな村の中でも、目を覚ます程度のものではない。
この時気付いたのは孝雄実だけであり、急ぎ足で向かった彼は信じられない光景を目にする。
「あっ、嘘だろ! おい、大丈夫か!!」
下は十五歳から上は三十五歳までの男が警戒する入口は、四名からなる人員で昆番から毎日行われる様に為っていた。日中は兵士が夜は村人が、と役割分担する事で疲労軽減を目的としていた。だがそれが仇となってしまう。
「大丈夫ですか!」
「ううっ……」
四人は全員地面に倒れ、よく見ると頭から血を流していた。それに気付いた孝雄実はすぐ宿舎に戻り応援を呼んだ。
その騒動で漸く村も様子が怪しいと家の中で警戒するようになる。
「何が在った?」
「俺が村の中を歩いていると門番が倒れていました」
「これは襲われたってことだな。おい、誰か隊長に知らせろ!」
入口付近は多くの人間が集まり、夜とは思えぬ状況と為っていた。負傷者は素早くエレオノーラ隊が居た為治療が行われ、命は無事だった。あまりに入口に人が集まった為、村の中で人が居ない家々が出現したのだ。冷静に考えれば何故襲撃したのか、何故犯人は居なかったのか、考えればきりがない。
「どうなっているの?」
エレオノーラが到着すると説明を受けたコーブが要領良く説明する。そこで既に治療も終わっていると告げたところで建物が破壊される音が響き渡った。
「しまった」
夜は寝るものだと決め付けた先入観が原因だった。
だが追い詰められた者にとって常識など無い。むしろ如何に奪うか、というシンプルな問題を的確に解決する冴えた答えがこれだった。村人の家には食料が保管されている。それらをリスク少なく奪う為に入口へ人を集め、無人若しくは少数と為ったところで本命を戴く。これがまんまと成功し食料を手にした。
この報告は夜の間にハーシュへと届けられ、領主代理という立場にあったヘッケン・ポールトンの判断によりドーソン領を結ぶ街道封鎖が決定された。ロットロン領は準戦時体制に移行した瞬間だった。
彼等の任務はこの村を中心とした哨戒活動であり、十二名からなる部隊を六つに分け異常があれば即座に対応する事に在る。その為彼等は完全武装で此処へやって来ている。
「どうかしたの?」
「えっ、ああ……、いや何でもないよ」
昨日語られたエレオノーラの体験談に対しどう向き合えばよいか答えが出ない中、彼女と行動を共にする孝雄実は居心地の悪い思いだった。それを知らない彼女は孝雄実の煮え切らない態度に不満を抱く。
「それで何でも無いってね……」
「いや、本当に、さ……、何でもないんだ」
孝雄実にとって非常に重たい話であり、コーブから最後に「頼む」と言われた事も大きく影響している。二人は吊橋効果ともいえる環境下で出会い、その後一緒に暮らす事が決められた。それでも彼女の生い立ちを知らなかったから普通に接する事が出来た。だしかし今の孝雄実に彼女の人生はあまりに重く、大きく、受け止め切る覚悟が無い。
「ふぅ、まあいいわ。今は任務に集中しましょう」
「ああ……、ごめん……」
今まで見た事のない反応にエレオノーラに若干の戸惑いがあった。昨日の今日で明らかに態度が異なる為だ。藪を突いて蛇が出る程度なら容易く振り払えるが、それ以上の物が出ないとも限らず彼女は追及を諦めた。その後二人は無言で村を囲う柵の周りを歩く。一応周辺を警戒はしているがどうにも居心地の良い空気にはならない。それを示す様に二人の距離に開きがあった。
この距離間に気付いたのは隊の仲間たちだった。エリットは何がったのか、チャンス到来かと興味津々といったところ。大半が色恋沙汰に関心が有った。だが張本人たるコーブは心の中で謝罪と励ましの言葉を両者に送る。
「な、なあ……、エレオノーラ」
「なにかしら?」
声を掛けてもどこか余所余所しく、彼女は素っ気ない返事を返してしまう。だが、次の一言で彼女の騎士としての使命感が蘇る。
「あの人たちって何なんだ?」
「あの人たちって、……ッ!?」
ふと孝雄実が気付いた集団はボロボロの衣服とフラフラとした足取りで歩く者たちだった。その集団を見たエレオノーラは緊急事態だと悟った。
「不味い事になったわ……。孝雄実、すぐに村へ戻るわよ!」
「はっ!? おい、見回りはいいのかよ?」
「そんな場合じゃないのよ! いいから急いで戻るわよ!!」
孝雄実を残し彼女はあっと言う間に村の中へと戻るとすぐに関係者を集める。残された彼は彼女の後を追って戻るしかなかった。
「一体何なんだよ……」
孝雄実が村に戻ると騒然とした空気に変わっていた。鎧を纏った騎士が血相を変えて村へと戻り、必要な人間の召集を始めたとあっては争いの無い穏やかな村にとっては一大事だった。
「な、何だこれ……」
村の敷地へと入ると周囲を見回しながらゆっくりとした足取りに変わる。そうしているとエリットの声が彼の耳に届く。
「孝雄実! 何ぼさっとしてやがる! 急いで宿舎に来い!!」
「え?」
「ああもうっ! いいから来い!!」
「うわっ!?」
緊急事態だという認識の無い孝雄実に対し、エリットは彼の腕を掴むと引きずり出した。それに抗える心境でもない上に、状況を理解していない孝雄実は走るしかなかった。
「遅いぞ!」
「申し訳ありません!!」
兵士長コーブは孝雄実に向けて雷を落としたが、返事したのはエリットだった。孝雄実は彼に返事する余裕すらないほど頭が真っ白になり始めていた。
コーブを始め他の兵士たちは普段からは想像できない雰囲気を纏っていた。戦う為の心構えが出来ている者の相貌である。それに気圧された孝雄実は思わず唾を呑みこんだ。
エリットはすぐに用意を整える様、孝雄実に伝えると自らも完全武装の準備に取り掛かった。孝雄実も移動し易さを考慮した革製の鎧を着込むと席に着いた。
「隊長から完全武装で待機と命令が出た。隣の領地から難民が流入しているそうだ。我らはこの村に入ろうとする者どもを排除する」
コーブの言葉に孝雄実は衝撃を受けた。彼の言葉をそのまま受け取ると「逃れた人間を殺せ」と命じられている様に思えたからだ。
その感情はすぐ顔に表れる。
「近藤、何か疑問に思う事が有るのか?」
「えっ、はい……、その命令はここの領民ではない者は殺せと言う事ですか?」
「当然だ。我らはロットロン領の領民を守ることを第一に編成された部隊だ。その意味からバラムの村に群がる輩はたとえリーンスロンド王国の民であろうと排除する!」
コーブの強い発現には理由が有った。
領民は領主の所有物と考えられ、コーブを始めとした兵士たちは領主の配下である。その為財産を守る義務が生じる。この考えは貴族視点から考えられているコーブたち一般兵は領民から志願した者たちで構成され郷土を守るという意思が強かった。守るという点で一致した為、彼等は外敵と認識したのである。
他領から逃れた難民は領民が築き上げた財産を奪う可能性が高く、糧を得る手段が限りなく低い為犯罪へと手を染める者たちが多く出現する。ここでも領民を守らねばならないという気持ちが大きく表れ、統治者(領主)と考えが一致した結果すんなりと「排除」という言葉が受け入れられたのだ。物に溢れ食うに困らず、飲み水も豊富に存在し、学ぶ機会も奪われることなく、ごく当たり前に学校へと通っていた孝雄実にとってこの考えに到る経験が無い為、恐ろしさと戸惑いを覚えたのだ。
バラム村の領民も農作業などを諦め柵内へと戻り、大半は戸締りを行い家に閉じ籠った。これは逃散した者たちが略奪を企てるのではないか、という恐れからである。
その後、協議を終えたエレオノーラからの呼び出しで村長宅に移動する。そこには村長始め村の代表者とオリマッテ・ロットロンの指名でこの村を監督する貴族側の人間が揃っていた。
「恐らく大半の難民はハーシュへ向かう事になるでしょう。ですが、ごく少数はそれを諦め、略奪に走る可能性が高い。私達はその者たちから領民を守る」
エレオノーラは落ち着いた口調で話し、耳元で語られたかの様にスッと飛び込んだ。
「では旦那様への報告は私が務めます。よろしいですか、エレオノーラ殿?」
「ええ、任せたわ。私達は領民を守る事に徹します」
「皆様方、何卒お願い致します。我らも出来る限りの事は致します」
「ええ、その時はお願いするわ。ただし、暫く外出は控える様に」
「承知致しました。皆に申し伝えておきます」
その後、監督官は手紙を認めると自らハーシュへと赴いた。この場に居ても出来る事は限られる為、貴族家出身という事もある自身の証言を以て緊急事態だと知らせる役割を買ったのであった。
一方、エレオノーラ部隊の役割は簡単だった。難民から全てを守り抜く事である。
部隊を二つに分け、一方が警戒する間にもう一方が休息する日中の常時警戒へと移行した。
この判断は正しかった。
「隊長、あれを見て下さい!!」
エレオノーラ達が哨戒に出ているとき、難民の不法行為を目の当たりにした。
ドーソン男爵領を後にしてから何も食べていなかったのだろう、健やかに育った収穫間近の野菜類を貪り食べていたのだ。それは彼女たちが近付いても気付かないほど一心不乱に食べ続けていた。
「ふぅ……」
それを見たエレオノーラは馬上で深い溜息を吐く。これで彼等を殺す正当性を得てしまった事と、その様な状況に追い込んだ為政者に激しい怒りを抱き、それを抑え込んだからだ。
「必ず弱者から死んでゆくのね……」
何を思って口にしたのか定かではない。しかし、この言葉を聞いた人間は居なかった。
難民たちは家族と見られ、中でも子供たちは必死の思いで空腹を満たしている。その事に申し訳なさは在っても処刑しない訳にはいかない。そこで彼女は非情な命令を下す。
「苦しまない様に殺しなさい」
「はっ!」
エレオノーラはとても穏やかな口調で兵士に命じた。兵士たちも覚悟していた為、彼女の命令はすんなりと実行できた。だが此処に参加していた孝雄実だけは動かなかった。
「孝雄実、私は命じた筈よ」
「相手は子供も居るんだぜ?」
「関係ないわ。親が死ねば子供は食う為に物を奪うでしょう。最悪領民を殺してでもね。私達の使命はそんな者たちから領民を護ることよ」
「助ける事は出来ないのか?」
「出来ないわ」
この世界ではエレオノーラの言葉が正論で、孝雄実の常識からは大きく逸脱していた。そもそも生きて来た世界が異なる以上認識を共にすることは不可能だったが、ここまで考えが違うのかと孝雄実は思った。その一つに国家観が大きく異なっている事だ。
「同じ国民なのに?」
「国民? 確かに私達はリーンスロンド王国に属するけど領民は旦那様の所有物よ。たとえ女王陛下でも濫りに奪う事は出来ないのよ。もしそれを行えば主人のブラスト辺境伯様が家臣を集め報復に出る事だって有るわ」
この国の支配は複雑だった。
中央貴族とは王国開闢以来の家で固められ、元々が王家の家臣であった。そこで王国と名乗った以上箔付けの意味を込めて爵位を与え領地を持つ事の正当性を与えたに過ぎない。その後、王国の拡張に伴って周辺で名の有る豪族を下し、配下とする。その彼等にも一応の支配を王家が認めて爵位を与え、隷属する形をとった。
「それにね。全てを救う余裕なんてないのよ。今回は不問とするけど、次は殺しなさい」
「あ、ああ……」
その時の彼女の口調は非常に冷淡だった。子供を含め、無抵抗の人間を殺す瞬間を目の当たりにし、さらに彼女の言葉が追い打ちと為って孝雄実を襲う。
「隊長、終了しました」
「御苦労、では近くに穴を掘り埋葬しましょう。穴掘りは……、孝雄実一人で行いなさい」
「分りました……」
孝雄実は彼女の命令を素直に実行し、瞬く間に穴を掘り終え全員を驚かせたが、油を売っている時間が無い為処刑した七名を埋葬し移動する。幸いな事にこの日はこの者たち以外、村へ被害を齎す者がおらず日が沈み彼女達の役割は終了した。
「元気がないな」
食事終了後、宿舎へと戻った孝雄実は憔悴した表情で寝床に腰を下ろした。それを見たコーブが声を掛けた。
「ええ、まあ……」
「おそらく子供を含めた難民を殺すという事に抵抗が有ったのだろう。違うか?」
「ええ、まさかあそこまでするなんて……」
コーブは兵士と為って長い月日が経つ。その度に見てきた兵士の一人に状況が似ていたのだ。
「あそこまで、か。だけどな、難民はまっすぐハーシュへ赴けばロットロン領の領民として保護されるのだ。彼等はその救いの手が在ったにもかかわらず払い除けて領民たちが丹精込めて作った作物を奪い、食い尽くそうとした」
「だからと言って殺すんですか?」
「難民も仕方が無く作物に手を伸ばしたと思う。だが、あれはここの領民たちの財産だ。それは領主様の財産ともいえる。盗賊は何故捕まると処刑されるのか、それは物を奪い人までも奪うからだ。事情が異なるとはいえ、やる事は同じだ。然るべき報いを受ける」
孝雄実は彼の言葉を大人しく耳を傾け、それを受けてコーブは孝雄実の肩に手を置いた。
「仕方がないで済ませれば済ませるほど領民の思いは離れてしまう。俺達は彼らあってこそ生きて行ける。その者たちにそっぽを向かれれば生きていけなくなる。残酷の様に思えるが、これはロットロン領で生きる領民を守る事に繋がるのだ。直ぐに納得しろとは言わないが、受け入れろ。そして慣れるのだ」
それだけ述べるとコーブは孝雄実の下を去って行った。
その後、消灯時間と為ると兵士たちは一斉に眠りに就く。一方、衝撃を受けた孝雄実は昼間の光景が目に焼き付き眠れる状態ではなかった。
「駄目だ、眠れないや……」
寝付きの良さに関しては自信を持っていた孝雄実だが、この日は違った。そこで村の中を歩こうと宿舎を出る。真っ暗な村で灯りが灯されているのは村の入り口一か所であり、そこには村人の有志が警戒に当たっている。そこ以外は真っ暗闇の中に在り、空を見上げれば満天の星空が望めた。
「綺麗だな。こんなに多くの星は見た事がない」
心に刻まれた傷が洗われる様な気持になる中、静まり返る村の中で物音が聞こえた。
「んっ、この音は? たしか向こうは入口だよな……」
小さな物音でも大きく響くほど静かな村の中でも、目を覚ます程度のものではない。
この時気付いたのは孝雄実だけであり、急ぎ足で向かった彼は信じられない光景を目にする。
「あっ、嘘だろ! おい、大丈夫か!!」
下は十五歳から上は三十五歳までの男が警戒する入口は、四名からなる人員で昆番から毎日行われる様に為っていた。日中は兵士が夜は村人が、と役割分担する事で疲労軽減を目的としていた。だがそれが仇となってしまう。
「大丈夫ですか!」
「ううっ……」
四人は全員地面に倒れ、よく見ると頭から血を流していた。それに気付いた孝雄実はすぐ宿舎に戻り応援を呼んだ。
その騒動で漸く村も様子が怪しいと家の中で警戒するようになる。
「何が在った?」
「俺が村の中を歩いていると門番が倒れていました」
「これは襲われたってことだな。おい、誰か隊長に知らせろ!」
入口付近は多くの人間が集まり、夜とは思えぬ状況と為っていた。負傷者は素早くエレオノーラ隊が居た為治療が行われ、命は無事だった。あまりに入口に人が集まった為、村の中で人が居ない家々が出現したのだ。冷静に考えれば何故襲撃したのか、何故犯人は居なかったのか、考えればきりがない。
「どうなっているの?」
エレオノーラが到着すると説明を受けたコーブが要領良く説明する。そこで既に治療も終わっていると告げたところで建物が破壊される音が響き渡った。
「しまった」
夜は寝るものだと決め付けた先入観が原因だった。
だが追い詰められた者にとって常識など無い。むしろ如何に奪うか、というシンプルな問題を的確に解決する冴えた答えがこれだった。村人の家には食料が保管されている。それらをリスク少なく奪う為に入口へ人を集め、無人若しくは少数と為ったところで本命を戴く。これがまんまと成功し食料を手にした。
この報告は夜の間にハーシュへと届けられ、領主代理という立場にあったヘッケン・ポールトンの判断によりドーソン領を結ぶ街道封鎖が決定された。ロットロン領は準戦時体制に移行した瞬間だった。
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