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後ろに下がればまだまだ逃げる余地は残されているが、状況的にこれ以上の後退が許されない孝雄実とマリアンは追い詰められていた。その時、孝雄実の足に土石が当たる感触が伝わる。この土石は通常の石とは異なり、若干赤味が混じっているのが特徴だった。その為、異世界人の彼でも見分ける事が可能と為っている。そこで彼は閃く。突然土石の破片を手に持つと例によって重装甲兵に向かって振り被り、力一杯投げ付ける。
混乱と焦りから来る思考停止に陥っていたマリアンは「無駄」と分ってもただ見る事しか出来なかった。
「ふふっ、悪足掻きですね」
敵指揮官は余裕で孝雄実の行為を笑う。ただ念には念を、兵士に防御の構えを取らせる。
兵士も既に勝利だけを見ていて指揮官の命令を余裕で実行する。
「いっけぇぇー!!」
孝雄実の声が全体に木霊し、今までにないほど力強い投球だった。マリアンは真横で見ていたが、信じられなかった。土石で投じられたそれは重装甲兵にとって鉄壁ともいうべき防御の構えに対し紙を貫くが如く、いとも容易く盾を貫通し兵士の鎧もぶち破り命を奪った。
「グッ、グェェ……」
孝雄実から見て真正面の兵士は盾を手放すと仰向けに倒れ込んだ。その光景に兵士に動揺が走る。
「や、やった……、倒したぞ! マリアン!!」
一方、孝雄実は相手を倒した事に喜びを感じていた。殺す事に喜びを見出したのではなく、単に困難な相手を倒したという気持ちから出た物だ。
「あ、ああ……、まさか本当に倒すとは……」
今度は違う意味で思考停止に陥るマリアンだった。まさか、あの孝雄実がやってのけるとは露ほど思わず、茫然と言う様な表情で心ここに在らずな口調で喜ぶ孝雄実に言葉を返した。
「なっ……」
それ以上に衝撃だったのは敵指揮官だった。あと少しで勝利に手が届いていたにも拘らず、一発逆転で勝利を逃した気分にさせられた。
「モリー隊長、どうしますか……?」
「ど、どうするだと……?」
指揮官モリーは米神に血管を浮かび上がらせ血走った眼で指示を仰ぐ兵士を睨み付ける。
彼は余裕の在る場合、上から指揮命令する分には非常に優れた指揮官であったが、予想し得ない状況や、危機的状況、突発的な事態に見舞われた瞬間一気に考えが纏まらなくなり兵士からすれば最悪な指揮官だった。
「孝雄実、もう一度行けるか?」
「ああ、何度でも行けるぜ!」
敵の混乱に乗じマリアンは素早く思考停止から回復し孝雄実に二回目を要求する。孝雄実は「待っていました!」と言わんばかりにすぐ投球モーションへと移る。敵はモリーの指示を待つまでも無く、先程よりもより硬い守りを築く。だが気持ちの乗った孝雄実の投球に抗する事は出来なかった。
「グワッ!?」
「ヒィィ!?」
今度こそ鉄壁な防御が展開出来たと考えた矢先、またしても味方の一人がやられ遂に一人の兵士の心が折れる。今迄帝国では最強の護り人と謳われた花形の兵種であり、彼等はその名に恥じぬ功績と実力を示してきた。しかし、この得体の知れない相手から放たれる攻撃は正しく恐怖に他ならなかった。
「と、突撃だ!」
「突撃!?」
モリーはとち狂ったように重装甲兵に下してはならない命令を発した。狼狽する兵士もその命令に彼等は落ち着きを取り戻し冷静な思考力が戻った。しかしモリーはとにかく突撃を命じるばかりで兵士の言葉は届かない。
「孝雄実、兎に角投げ続けてくれ!」
「分った!!」
だが彼の命令は正しかった。
ただ守りを固めつつ前進し二人を拘束するという当初の命令はすでに困難であり、一人一人削り取られ最悪撤退を考えなければならなくなる。ならば、肉薄し孝雄実に石を投げさせないようにすれば勝機があると考えたのだ。そしてマリアンが焦った様に、孝雄実に命じたのもそれを考えたからだった。兵士は守りこそ全てで肉薄するのはじっくりと相手の攻撃を凌いでからと思考が固まっていた結果、突撃命令が最悪な物に聞こえたのだ。
「いいから突撃しろ!! この場で盾を重ね防御に徹してもあの男に殺されるだけだぞ!! ならば肉薄し取り押さえる事ぐらい考えんか!!」
「っ!!」
その瞬間兵士の脳裏に電流が走る。まさしくその通りと、従来の思考のままではありえない命令こそ、今回の正解だと理解し、改めてモリーは見直される。
「よしっ、行くぞ!! 突撃だ!!」
「おうっ!」
防御を捨てた重装甲兵は槍を構えると出来る限り隊列を維持して距離を詰める。その急な行動にマリアンはすぐに投げる様孝雄実に指示を出す。それを受け彼は必死に土石を投げ、敵の数を削る。
「怯むな!! 着実に距離は縮まっている!! 仲間の屍を乗り越え命令を完了させるのだ!!」
モリーの威勢の良い声に部下に応える余裕はなかった。今迄は本当の意味で命を掛けた戦いを経験していない彼等にとって、一撃で命を奪われるなど初めての事であり必至だったのだ。対し恐れていた事が起こり状況は逆転したかのように思えるが内心の余裕は敵に軍配が上がっている。
互いに一勝一敗というところからあとはどちらが不安を払拭出来るかに掛かっている。
「マリアン、投げ易い石を探してくれ!」
「少し待っていろ!!」
「投げ易い石」と言っても小さすぎても大き過ぎても孝雄実は投げられなかった。「しっくりくる」感覚がなければ重装甲兵を倒すだけの破壊力を発揮出来ない。それを見ていたマリアンはハッキリとそれを理解していた。彼の言葉で彼女は周辺に目を向け彼が望む石を探す。
結局彼女が探せたのは三個に留まる。
「すまない、見付けられたのはこれだけだ」
「構わないぜ、これだけあれば!!」
必死で探していたからか、マリアンは目の前の重装甲兵の数に驚いた。ぎっしりと通路を埋め尽くしていた筈の敵兵が両手で数えられるだけに減少していたのだ。
「な、何が……」
皮肉にも近付くと言う行為が諸刃の剣と化していた。
孝雄実の遠距離攻撃を凌ぐ為には近付き自らの攻撃圏内に収めなければならない。だがその分孝雄実の投石の威力が強くなっていたのだった。その事で孝雄実の攻撃によって二人、三人と被害が増大していた。だからこそマリアンが持って来た三個の石で勝利を確信できたのだ。
「なっ、何だと……」
二人は短時間の間に二人から似た様な言葉を耳にする。だがショックは今回の方が大きいのは言うまでも無い。
孝雄実は愕然とする指揮官モリーの言葉で改めて自らの犯した事の重大さを知る。
「気にするな。お前は我が国を救ったのだ」
「俺が?」
「ああ、あの重装甲兵は我が国にとって難敵なのだ。それをお前が倒せると分り、さらにこうして全滅させる事が出来た。お前はリーンスロンド王国にとって英雄だ」
その言葉が孝雄実をどれほど命を奪った罪悪感から救ったのかは定かではない。しかし、彼女にとって紛れも無い真実であり、飾る事の無い心からの言葉だったのは彼女の目を見ていた孝雄実は直感で感じ取った。
だからと言って孝雄実はすんなりと彼女の言葉を受け入れ、自らの行為を正当化し受け入れるにはそれなりの時間が掛かる事と為る。
「英雄だとっ!? ふざけるな!!」
モリーは事態が収束した雰囲気を醸し出す二人に怒りを覚えた。
彼はハバスロット帝国内に於いて栄えある重装甲部隊の指揮官を任される、帝国軍人にとってエリートなのだ。それをこの様な事で全てブチ壊され、悪いのは全て目の前に居る二人だと決め付けた。
「ふざける? それはどう言う意味だ?」
「どう言う意味だと?」
「既にお前が指揮する部下は孝雄実がすべて倒した。お前一人で何が出来る?」
「何が? 確かに俺一人なら何も出来まい。だがっ!?」
その時、三人の居る土石で創られた巨大樹の空間が揺れ始めた。それに驚くモリーとマリアン、そして孝雄実は「あっ、揺れている」程度の感覚だったが、次第に天井部から破砕された粒子が落下し始め事態の深刻さを悟る。
「なっ、ドローム様!?」
モリーはこの現象が何かを知っていた。そして、この事が出来る唯一の者も。
「御苦労だった、モリー」
「ドローム様っ! まだ私がここに残されております!!」
「ああ、知っているぞ」
「ならばっ!!」
「お前は間違った」
「ま、間違った……?」
「そうだ。そこの二人はマルベールに我らが侵攻する事を恐れていた。つまり態々倒される事に加担し、兵を突っ込ませる事は下策だったのだ。お前は悠々と重装甲兵の利点を生かしておけば良かった」
声だけが聞こえる不気味な展開だが、次第に揺れが激しくなり、巨大樹に僅かな亀裂が入り始める。ただ彼等の会話によってその音は遮られ、まだマリアンと孝雄実は危機的状況である事に気付いていない。
「と、言う訳で信賞必罰! そこの二人と共に死ね!!」
ジューブ・ドロームの言葉と共に今居る空間が尋常ではないほど破壊され始める。
「くっ、所詮私も駒であったという事か……」
モリーは裏切られたと言うよりも使い捨て程度に見られていた事に絶望する。
「孝雄実、逃げるぞ!!」
「ああっ! だけど進路は?」
「たぶんこっちだ!」
少し上り坂と為っている通路を指示し、マリアンは移動し始める。しかし、その時モリーから待ったが掛かる。
「お前たちは死ぬつもりか?」
「死ぬ? 私達はマルベールに帰還するだけだ!!」
「ならば行き先は此方だ」
そう言って指差した方角は彼女たちが向かおうとした真逆だった。
「不思議か? ここは複数ある通路の中心部だ。そして、不審者を惑わす為全てが螺旋状の通路となっている。つまりお前たちが向かおうとしているのはドロームの居場所だ」
すでにモリーは上司ドロームを呼び捨てにしていた。それは長年尽くしてきた事の仕打ちがあまりにも酷過ぎた事と、それが起因して彼の中で何かが吹っ切れた。それが二人を生かして帰そうと言う奇天烈な発想へと繋がる。
「本当なのか?」
「この場で嘘を吐きお前たちを倒そうとしても全てあの男の功績として奪われるだけだ。ならば俺はそれに加担するつもりはない。まあ信じるかどうかはお前立ち次第だが」
その言葉にマリアンが掛ける言葉は無かった。絶望を知り、全てを悟った様な表情を見せられては「否」という選択肢は無かった。
「信じよう」
「ああ、もしそれで駄目でも俺を恨むなよ」
「大丈夫だ。今のお前が私達に虚偽のルートを述べるとは思っていない」
「そうか……」
「お前はどうする?」
「もう未練はない。このままここで朽ちるだけだ」
モリーの言葉にマリアンは納得する。
「分った。では行こう、孝雄実」
「えっ!? 良いのかよ」
「ああ、彼が決めた事だ。私達がどうこう出来るものではない」
「で、でも……」
この世界の常識を知らぬ孝雄実にとって二人の通じ合う何かを理解するにはまだまだ時間が必要だった。それを見たモリーは最後に言葉を孝雄実に掛ける。
「我が部隊を葬った男」
「俺?」
「ああ、そうだ。お前の名前は?」
「近藤孝雄実」
「近藤……、孝雄実……」
少し考えるモリーはある事を思い付く。
「近藤。もしお前に移動する自由が在るのならハバスロット帝国に来る事を勧める」
「何を馬鹿な事を言っている!」
「良いから聞け。確か、一度だけお前の名前を聞いた事が在るのだ」
マリアンは話を早く終わらせたかった。直感何か不味いと訴え掛けていたからだ。そしてそれは現実と為る。
「俺の名前を?」
「ああ、確か相田愛莉とか言うカガクシャという者がその名を口に出していたのを記憶している」
「っ!?」
そこで遂にこの空間が耐え切れなくなり天井が崩落を始める。マリアンは急ぎモリーが示した方角へと孝雄実の腕を引っ張り移動する。だが彼にとって衝撃の名がモリーの口から出た事で足が動かない。
「会いたければ早くこの場から立ち去れ!!」
「っ!?」
「そうだぞ、孝雄実! 速く移動するんだ!!」
「あ、ああ分った。その言葉にウソはないな?」
「ああ、これでも俺はハバスロット帝国軍人として死ぬつもりだ。この期に及んで嘘偽りを述べ我が死を穢したくはない」
そして限界ぎりぎりのところで二人は巨大樹の在った空間から脱した。モリーはそのまま圧死し、この空間を使用して両国を移動する事は出来なくなった。
混乱と焦りから来る思考停止に陥っていたマリアンは「無駄」と分ってもただ見る事しか出来なかった。
「ふふっ、悪足掻きですね」
敵指揮官は余裕で孝雄実の行為を笑う。ただ念には念を、兵士に防御の構えを取らせる。
兵士も既に勝利だけを見ていて指揮官の命令を余裕で実行する。
「いっけぇぇー!!」
孝雄実の声が全体に木霊し、今までにないほど力強い投球だった。マリアンは真横で見ていたが、信じられなかった。土石で投じられたそれは重装甲兵にとって鉄壁ともいうべき防御の構えに対し紙を貫くが如く、いとも容易く盾を貫通し兵士の鎧もぶち破り命を奪った。
「グッ、グェェ……」
孝雄実から見て真正面の兵士は盾を手放すと仰向けに倒れ込んだ。その光景に兵士に動揺が走る。
「や、やった……、倒したぞ! マリアン!!」
一方、孝雄実は相手を倒した事に喜びを感じていた。殺す事に喜びを見出したのではなく、単に困難な相手を倒したという気持ちから出た物だ。
「あ、ああ……、まさか本当に倒すとは……」
今度は違う意味で思考停止に陥るマリアンだった。まさか、あの孝雄実がやってのけるとは露ほど思わず、茫然と言う様な表情で心ここに在らずな口調で喜ぶ孝雄実に言葉を返した。
「なっ……」
それ以上に衝撃だったのは敵指揮官だった。あと少しで勝利に手が届いていたにも拘らず、一発逆転で勝利を逃した気分にさせられた。
「モリー隊長、どうしますか……?」
「ど、どうするだと……?」
指揮官モリーは米神に血管を浮かび上がらせ血走った眼で指示を仰ぐ兵士を睨み付ける。
彼は余裕の在る場合、上から指揮命令する分には非常に優れた指揮官であったが、予想し得ない状況や、危機的状況、突発的な事態に見舞われた瞬間一気に考えが纏まらなくなり兵士からすれば最悪な指揮官だった。
「孝雄実、もう一度行けるか?」
「ああ、何度でも行けるぜ!」
敵の混乱に乗じマリアンは素早く思考停止から回復し孝雄実に二回目を要求する。孝雄実は「待っていました!」と言わんばかりにすぐ投球モーションへと移る。敵はモリーの指示を待つまでも無く、先程よりもより硬い守りを築く。だが気持ちの乗った孝雄実の投球に抗する事は出来なかった。
「グワッ!?」
「ヒィィ!?」
今度こそ鉄壁な防御が展開出来たと考えた矢先、またしても味方の一人がやられ遂に一人の兵士の心が折れる。今迄帝国では最強の護り人と謳われた花形の兵種であり、彼等はその名に恥じぬ功績と実力を示してきた。しかし、この得体の知れない相手から放たれる攻撃は正しく恐怖に他ならなかった。
「と、突撃だ!」
「突撃!?」
モリーはとち狂ったように重装甲兵に下してはならない命令を発した。狼狽する兵士もその命令に彼等は落ち着きを取り戻し冷静な思考力が戻った。しかしモリーはとにかく突撃を命じるばかりで兵士の言葉は届かない。
「孝雄実、兎に角投げ続けてくれ!」
「分った!!」
だが彼の命令は正しかった。
ただ守りを固めつつ前進し二人を拘束するという当初の命令はすでに困難であり、一人一人削り取られ最悪撤退を考えなければならなくなる。ならば、肉薄し孝雄実に石を投げさせないようにすれば勝機があると考えたのだ。そしてマリアンが焦った様に、孝雄実に命じたのもそれを考えたからだった。兵士は守りこそ全てで肉薄するのはじっくりと相手の攻撃を凌いでからと思考が固まっていた結果、突撃命令が最悪な物に聞こえたのだ。
「いいから突撃しろ!! この場で盾を重ね防御に徹してもあの男に殺されるだけだぞ!! ならば肉薄し取り押さえる事ぐらい考えんか!!」
「っ!!」
その瞬間兵士の脳裏に電流が走る。まさしくその通りと、従来の思考のままではありえない命令こそ、今回の正解だと理解し、改めてモリーは見直される。
「よしっ、行くぞ!! 突撃だ!!」
「おうっ!」
防御を捨てた重装甲兵は槍を構えると出来る限り隊列を維持して距離を詰める。その急な行動にマリアンはすぐに投げる様孝雄実に指示を出す。それを受け彼は必死に土石を投げ、敵の数を削る。
「怯むな!! 着実に距離は縮まっている!! 仲間の屍を乗り越え命令を完了させるのだ!!」
モリーの威勢の良い声に部下に応える余裕はなかった。今迄は本当の意味で命を掛けた戦いを経験していない彼等にとって、一撃で命を奪われるなど初めての事であり必至だったのだ。対し恐れていた事が起こり状況は逆転したかのように思えるが内心の余裕は敵に軍配が上がっている。
互いに一勝一敗というところからあとはどちらが不安を払拭出来るかに掛かっている。
「マリアン、投げ易い石を探してくれ!」
「少し待っていろ!!」
「投げ易い石」と言っても小さすぎても大き過ぎても孝雄実は投げられなかった。「しっくりくる」感覚がなければ重装甲兵を倒すだけの破壊力を発揮出来ない。それを見ていたマリアンはハッキリとそれを理解していた。彼の言葉で彼女は周辺に目を向け彼が望む石を探す。
結局彼女が探せたのは三個に留まる。
「すまない、見付けられたのはこれだけだ」
「構わないぜ、これだけあれば!!」
必死で探していたからか、マリアンは目の前の重装甲兵の数に驚いた。ぎっしりと通路を埋め尽くしていた筈の敵兵が両手で数えられるだけに減少していたのだ。
「な、何が……」
皮肉にも近付くと言う行為が諸刃の剣と化していた。
孝雄実の遠距離攻撃を凌ぐ為には近付き自らの攻撃圏内に収めなければならない。だがその分孝雄実の投石の威力が強くなっていたのだった。その事で孝雄実の攻撃によって二人、三人と被害が増大していた。だからこそマリアンが持って来た三個の石で勝利を確信できたのだ。
「なっ、何だと……」
二人は短時間の間に二人から似た様な言葉を耳にする。だがショックは今回の方が大きいのは言うまでも無い。
孝雄実は愕然とする指揮官モリーの言葉で改めて自らの犯した事の重大さを知る。
「気にするな。お前は我が国を救ったのだ」
「俺が?」
「ああ、あの重装甲兵は我が国にとって難敵なのだ。それをお前が倒せると分り、さらにこうして全滅させる事が出来た。お前はリーンスロンド王国にとって英雄だ」
その言葉が孝雄実をどれほど命を奪った罪悪感から救ったのかは定かではない。しかし、彼女にとって紛れも無い真実であり、飾る事の無い心からの言葉だったのは彼女の目を見ていた孝雄実は直感で感じ取った。
だからと言って孝雄実はすんなりと彼女の言葉を受け入れ、自らの行為を正当化し受け入れるにはそれなりの時間が掛かる事と為る。
「英雄だとっ!? ふざけるな!!」
モリーは事態が収束した雰囲気を醸し出す二人に怒りを覚えた。
彼はハバスロット帝国内に於いて栄えある重装甲部隊の指揮官を任される、帝国軍人にとってエリートなのだ。それをこの様な事で全てブチ壊され、悪いのは全て目の前に居る二人だと決め付けた。
「ふざける? それはどう言う意味だ?」
「どう言う意味だと?」
「既にお前が指揮する部下は孝雄実がすべて倒した。お前一人で何が出来る?」
「何が? 確かに俺一人なら何も出来まい。だがっ!?」
その時、三人の居る土石で創られた巨大樹の空間が揺れ始めた。それに驚くモリーとマリアン、そして孝雄実は「あっ、揺れている」程度の感覚だったが、次第に天井部から破砕された粒子が落下し始め事態の深刻さを悟る。
「なっ、ドローム様!?」
モリーはこの現象が何かを知っていた。そして、この事が出来る唯一の者も。
「御苦労だった、モリー」
「ドローム様っ! まだ私がここに残されております!!」
「ああ、知っているぞ」
「ならばっ!!」
「お前は間違った」
「ま、間違った……?」
「そうだ。そこの二人はマルベールに我らが侵攻する事を恐れていた。つまり態々倒される事に加担し、兵を突っ込ませる事は下策だったのだ。お前は悠々と重装甲兵の利点を生かしておけば良かった」
声だけが聞こえる不気味な展開だが、次第に揺れが激しくなり、巨大樹に僅かな亀裂が入り始める。ただ彼等の会話によってその音は遮られ、まだマリアンと孝雄実は危機的状況である事に気付いていない。
「と、言う訳で信賞必罰! そこの二人と共に死ね!!」
ジューブ・ドロームの言葉と共に今居る空間が尋常ではないほど破壊され始める。
「くっ、所詮私も駒であったという事か……」
モリーは裏切られたと言うよりも使い捨て程度に見られていた事に絶望する。
「孝雄実、逃げるぞ!!」
「ああっ! だけど進路は?」
「たぶんこっちだ!」
少し上り坂と為っている通路を指示し、マリアンは移動し始める。しかし、その時モリーから待ったが掛かる。
「お前たちは死ぬつもりか?」
「死ぬ? 私達はマルベールに帰還するだけだ!!」
「ならば行き先は此方だ」
そう言って指差した方角は彼女たちが向かおうとした真逆だった。
「不思議か? ここは複数ある通路の中心部だ。そして、不審者を惑わす為全てが螺旋状の通路となっている。つまりお前たちが向かおうとしているのはドロームの居場所だ」
すでにモリーは上司ドロームを呼び捨てにしていた。それは長年尽くしてきた事の仕打ちがあまりにも酷過ぎた事と、それが起因して彼の中で何かが吹っ切れた。それが二人を生かして帰そうと言う奇天烈な発想へと繋がる。
「本当なのか?」
「この場で嘘を吐きお前たちを倒そうとしても全てあの男の功績として奪われるだけだ。ならば俺はそれに加担するつもりはない。まあ信じるかどうかはお前立ち次第だが」
その言葉にマリアンが掛ける言葉は無かった。絶望を知り、全てを悟った様な表情を見せられては「否」という選択肢は無かった。
「信じよう」
「ああ、もしそれで駄目でも俺を恨むなよ」
「大丈夫だ。今のお前が私達に虚偽のルートを述べるとは思っていない」
「そうか……」
「お前はどうする?」
「もう未練はない。このままここで朽ちるだけだ」
モリーの言葉にマリアンは納得する。
「分った。では行こう、孝雄実」
「えっ!? 良いのかよ」
「ああ、彼が決めた事だ。私達がどうこう出来るものではない」
「で、でも……」
この世界の常識を知らぬ孝雄実にとって二人の通じ合う何かを理解するにはまだまだ時間が必要だった。それを見たモリーは最後に言葉を孝雄実に掛ける。
「我が部隊を葬った男」
「俺?」
「ああ、そうだ。お前の名前は?」
「近藤孝雄実」
「近藤……、孝雄実……」
少し考えるモリーはある事を思い付く。
「近藤。もしお前に移動する自由が在るのならハバスロット帝国に来る事を勧める」
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「良いから聞け。確か、一度だけお前の名前を聞いた事が在るのだ」
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「俺の名前を?」
「ああ、確か相田愛莉とか言うカガクシャという者がその名を口に出していたのを記憶している」
「っ!?」
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「会いたければ早くこの場から立ち去れ!!」
「っ!?」
「そうだぞ、孝雄実! 速く移動するんだ!!」
「あ、ああ分った。その言葉にウソはないな?」
「ああ、これでも俺はハバスロット帝国軍人として死ぬつもりだ。この期に及んで嘘偽りを述べ我が死を穢したくはない」
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