押してだめなら、さらに押す!~森の薬師の恋物語

西瓜すいか

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4. 街でお買い物

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 街に着いてからは、エルフィはディートリッヒの腕をとり、そっと自分の手を添えながら歩く。エルフィは「思っていたよりも人が多いので、はぐれたなら困るなと思って」と言ったので、ディートリッヒはそれもそうだなとエルフィにされるままにしている。
 ディートリッヒはまず自分の持ってきた薬を卸しに馴染みの薬局へ向かった。もちろん隣でエルフィが腕をとっている姿のままだった。
 この街はそれなりに栄えていて、大通りも中心の一本だけではない。歩いて回れる範囲ではあるが、それぞれ薬屋街、道具屋街、生地屋街が少し離れてたところにあった。
 ディートリッヒはエルフィに街の中を案内しながら回るということにしていたので、まず一番通うことになる薬屋街も色々説明しながらエルフィを連れ歩く。

馴染みの薬局では、ディートリッヒは気にしていなかったがやり取りをしている店員も、そのほか顔見知りの店員もディートリッヒの隣にいるエルフィをチラチラ見て、ディートリッヒに彼女は恋人か、それとも妻かとでも聞きたげな目をしてくる。そんな店主や店員にエルフィは黙ったまま、いかにも幸せそうににっこりと笑って見せる。彼女は、ディートリッヒに自分のことを「居候」と言わせないようにするために小さな、しかし効果は高そうな努力をする。
 エルフィは、自分の見た目は悪くはないということをわかっていて、自分のできる範囲でその美しさを磨くようにしていた。化粧品も取り扱う商家の奉公先では女将にかわいがってもらっていたということもあり、同じくらいの稼ぎの奉公人の間では美容に気を遣う機会が多かったというのもある。ほんの少しだけ、普通の町娘よりは手がかかっているというのが目ざといものには見て取れるなりだった。
「ねえ、ディーター」
「何だい?」
 エルフィは、ディートリッヒに声をかける時には必ず彼の腕や背中に触れて、彼の耳元に自分の顔をなるべく近づけて、声を抑えて話すようにした。何もない間柄の男女としたら近すぎる距離、というのを心がける。
 エルフィは「何もないわけじゃないもんね」と心の中で舌を出す。助けてもらった時には服を脱がされて裸も見られ、その後も寒いというのを言い訳にして床を共にしている。共にしているだけと言っても信じる者も少なかろうが。
 外堀から攻める、と、今まで見て来た友人や同僚たちの手練手管を思い出しながら小さい努力を積み重ねていた。

 二人はディートリッヒの薬屋の用事を済ませた後に生地屋街に向かい、通りを流して歩いた後にエルフィが一人で思いついた店や屋台を覗き、必要なものをそろえてくるということにした。ディートリッヒは気にしないと言ってはいたが、エルフィとしては実際にいつまでもディートリッヒのものをすべて借りて過ごすわけにはなかなかいかない。それなりに自分の美意識と予算を擦り合わせて、衣類などもそろえたい。
 ディートリッヒは「ゆっくり見て来たらいい」と言ってはいたけれども実際はその後もまだディートリッヒ自身の買い物や用事もあるので、エルフィはなるべく急いで買い物を済ませようとまずリネンの生地を買いに行った。生地がたっぷりあれば服を作ることもできるからだ。

 エルフィがリネンを買っていたころ、ディートリッヒはぼんやりと生地屋街を行ったり来たりしていたが、そこに馴染みの薬屋の店員が追いかけて来てまでエルフィのことを聞きに来たので、その相手をしていた。
「おい、ディーター!あの金髪のきれいな子は誰だよ」
「ペーター。お前、それを聞きにここまで来たのか?」
 にやにやしている馴染みの薬屋の店員のペーターに、「エルフィって言うんだ」と彼女の名前を告げる。彼女から名前を言うなということは言われていないので、ディートリッヒは問題ないだろうと考える。
 エルフィの名前を聞いてにやにやしている薬屋の店員に、ディートリッヒはしみじみと続ける。
「彼女、きれいだよなあ……」
「お、ノロケか?」
 どことなく嬉しそうな顔のペーターにディートリッヒは首をかしげる。
「事実の確認だよ」
「それがノロケなんだよ」
 ディートリッヒはそんなものかと思い、ペーターに向かって頷く。
「最近一緒に暮らし始めたんだけど、すごくいい人なんだよ」
「一緒に住んでるのか!?」
「ああ」
 詳しい事情は省くと、確かに二人は一緒に暮らしているのだ。いつかエルフィは別の仕事を見つけて出ていてしまうかもしれないけれど、今のところはディートリッヒと一緒に暮らしてくれている。
 ディートリッヒとしてはエルフィの事情などをどこまで話していいのかも分からなかったので、まあ自分としては「このくらいは言ってもいいだろう」と思った、上っ面の話をする。それがどんな誤解を呼ぶかなどは、男女の仲についてぼんやりしているディートリッヒには考えが及ばない。
「ずっと一緒にいられたらいいのにな、とは思ってる」
「そうかあ!」
 ペーターは嬉しそうな顔をしてディートリッヒの肩を叩く。
 この薬屋の店員は、ディートリッヒが男ぶりのいい見た目とは中身は真逆で、男と女の性別と体の役割の違いなどのことも良くわかっていないのではないかというほどぼんやりとしていることは良く知っていた。
 まだディートリッヒがこの街で薬師として働き始めてすぐの数年前、市場で娘に言い寄られたことがあったときにもディートリッヒがあまりにもぼんやりしていて全く気付かないでいたのを彼が見かけたときに、「どうやって子供ができるかって知ってる?」とディートリッヒに思わず聞いてしまったことがあった。
「まさかキャベツから生まれるとか思ってないよね?」
「……僕の職業を何だと思っているんだ。陰茎を膣に入れて射精して、それが女性の中で実を結べば」
「どうやってその状態まで持っていくかはわかってる?」
「君ねえ……」
 あきれてものが言えない、とでも言いたそうな顔のディートリッヒを見て、ペーターはちゃんとわかっているか本当に不安になる。
「……大声では言えないが、経験は、あるので、その」
「童貞じゃないってことだよな?」
「どうしてこんな昼間からそんなことを」
 顔を赤くして慌てるディートリッヒにペーターはいい加減に謝る。しかし人好きのする態度が、人にそれを不快に思わせない。
「いや、悪い悪い。まだ若い薬師さんだけどそういうこともちゃんとわかってるのかなーって」
「薬師としての勉強もしたし、じ、実地の体験も、その」
 顔を赤くして下を向いてしまうディートリッヒま、当時はまだ20歳そこそこの若者だった。
「うん、悪かったよ。……また次もうちの店に来てくれよな」
「ああ、もちろんだ。こちらこそ、よろしくお願いしたい」
「よろしくな、ディーターさん。俺はペーターです」
「よろしく、ペーターさん」
 ペーターがそんな、数年前にディーターと話をするようになったきっかけを頭の隅で思い出していた時に、ペーターが気にしていた話題の人、エルフィがディートリッヒに向かってきたが、ペーターと話をしているので声をかけていいのかためらっている様子がうかがえる。
 ディートリッヒよりも視界が広いペーターは、エルフィに向かって会釈をする。そこでディートリッヒがエルフィに気づいて、彼女に自分から声をかける。
「リネンは十分買えましたか」
「ええ。……あの、こちらは?」
「薬屋のペーターです。さっきは奥にいたからご挨拶できなかったんですが」
「エルフィです」
 挨拶として頬にキスをしていたら、ディートリッヒが「おや」という顔をしているのにエルフィは気がついた。
 背の高いディートリッヒを見上げるように首を少し傾げて、可愛く見えるようにとエルフィはディートリッヒの背中に軽く触れる。子供っぽすぎて失敗したか、と思いつつも、ディートリッヒは少し嬉しそうな顔をして自分を見てくれた。エルフィも嬉しくなって微笑み返す。
「ディーター?」
「……いや、何でもない。ちょっと忘れていたことがあって」
 ペーターはニヤリとしてエルフィの手をとり、強く握る。
「エルフィさん、ディーターさんのことをよろしくお願いしますよ」
「え?ええ、もちろん」
 エルフィは詳しいことはよくわからないが、ペーターが自分の都合の良い方向に勘違いしているらしいことは気が付いて、そのままそれを受け流す。
「お邪魔して悪かった、エルフィさん」
「あら、とんでもない。私こそお話の邪魔してません?」
「いやいや大丈夫。じゃあディーター、エルフィさん、また」
「ああ、また」
「よろしくお願いします」
 ペーターが去った後に、ディートリッヒはエルフィの買った荷物を彼女から引き受ける。
「あ、ありがとうございます」
「他に買うものはないかい」
「ええと……ローズマリーが欲しいんですけど、お持ちでしょうか」
「ああ、乾燥したものでいいかい」
「もちろんです」
 薬師の彼が必要なものだとしたら追加で買うので、と言うエルフィに、畑にたくさん植わっているから大丈夫だとディートリッヒは微笑む。
「でも、あれはお仕事で使うものでしょう?」
「君が使う分が増えたって問題にはならないから大丈夫」
「それなら助かりますが……」
 そんなにお世話になっていいのかしら、と少し困ったような笑顔を見せたエルフィに、ディートリッヒは少し得意げな顔で話を続ける。
「化粧水などなら僕の方で準備ができるから」
「化粧水!」
 目をきらきらさせたエルフィにディートリッヒは目を細める。
「ハンドクリームも作ってあげられる」
「ディーターは薬師ですものね」
 でもそんなにしてもらっていいのかしら、と申し訳なさそうにしているエルフィにディートリッヒは微笑みかける。
「僕ができることならなんでもしてあげるから」
「……まあ!」
 エルフィが顔を赤くしているのを見て、周囲の通行人も「仲がよさそうでいいなあ」と思ったとか思わなかったとか。
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