世界を、倍の広さにするために~男装令嬢の結婚までのものがたり

西瓜すいか

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4 ドレスを着たくない理由

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「とうとう父上も気が付いてしまったか」
 エッジウェア伯との面会を終えて帰宅後、ガラティーンは、椅子にどかりと腰かけて、艶やかに輝く金の髪をかき上げる。
「ガラティーン様、お行儀悪いですよ!」
 乳母のマーサの娘、リンダがきっ、と睨む。子供のころからずっと一緒に育ってきているので、二人は気安い間柄だ。
「エッジウェア伯め。よくも父上に余計な知恵を付けたな」
 ため息をついて憎たらしげに文句を言うガラティーンにリンダは反論する。
「こちらとしてはエッジウェア伯にどれだけ感謝しても感謝しきれませんよ!私たちは、旦那様にどうやって話を切り出そうかと悩んでいたんです」
「私はこのままでよかったんだけど。父上のように出仕して、武官になりたい」
「まあ、確かにガラティーン様はとても素敵な紳士でいらっしゃる」
 リンダは首をかしげながらため息をつく。
「ですけれど、さすがに出仕するとなると」
「わかっているよ。結局は隠し切れないと思うんだよね」
 ガラティーンはジャケットとシャツを脱ぎ、胸にしっかりと巻いてある布をほどく。
「まあ、胸も苦しいからなあ。潮時だったのかな…でもコルセットは苦しいから嫌いだ…」
 胸を抑えつけた布をとった後に、胸にパウダーをはたいてから今度はゆったりと抑える胸当てをつける。
「胸の下、こんな時期でも汗疹ができそうだよ…」
「ガラティーン様、お胸大きくていらっしゃいますものねえ」
「背も大きいしね。ああ、ほどほどが良かったな」
 ガラティーンは着替えてからも、結局はシャツとトラウザーズ姿である。
「もっと小柄だったら、もっと早くに諦めて女らしくしていたかもね。ああでも、今の私がドレスなんか着ても、女装にしか見えないだろうしな…」
「そんなことないんですけどねえ。背は大きくていらっしゃるけど」
 ぶつぶつと文句を言い続けるガラティーンを見ながら、リンダは横に首を振る。
「いや、そこなんだよ!こんな大きい女いないよ。化粧もしたくない。もう明日が嫌でしょうがないよ…」
「国王陛下の奥様は大柄らしいですけどねえ」
「大陸の、プロイセン出身の姫だろう?あちらはこちらより大柄な方が多いと聞くけど」
 ガラティーンはリンダと会話をしながら伸びをする。
「気晴らしにピアノを弾くよ。夕食になったら呼んでおくれ」
「わかりました」
 リンダは部屋を辞して、急に入ったとは言え喜ばしい仕事、ガラティーンの社交界デビューの準備を再確認しに行った。

 ガラティーンは女性らしいとされることが嫌いなわけではないのだ。外向きのこと――ドレスを着ることが好きではないだけなのだ。ただ、その「ドレスを着ること」を必要以上に忌避しているのだ。
 ガラティーンの顔立ちは叔父であるダニエルの娘と言っても誰も疑わないほど、彼女の父方の特徴を受け継いだような顔立ちをしている。白に近いような金の髪にくりっとした緑の瞳。そして弓のような形の眉毛だった。背も高く、肩幅も広い。
 細くて小柄なリンダからすれば憧れでしかないすべてが、ガラティーンからしたら男性である父、そして叔父にそっくりだということで、どこか、女性のものを身につけることに忌避感もしくは劣等感があるようだった。
 子供のころから着ていないから、慣れないものに手を出したくないということと、普段より動きにくいものを拒否しているのと、自分が似合わないと思い込んでいる――そこまで考えてリンダはため息をついた。
 大柄と言っても、ガラティーンよりも大柄な男性は少なくはない。恵まれた体格の男性と並べば社交界中の注目を、良い意味で浴びるだろう。
 リンダは、子供のころからガラティーンと一緒に育ってきているのもあり、自分がガラティーンに対して甘いというのはわかっていた。リンダは、ガラティーンが幸せな生き方――女性が必ずしもドレスを着なくてもよい世界――というのがうまく見つけられないだろうかと考えていた。
 それでもガラティーンの社交界デビューの準備は胸が躍る。自分の自慢のお嬢様を見せびらかしてやりたいのだ。
 ダニエルの職場にはガラティーンよりもずっと大柄な男性がそろっているはずだ。別にダニエルの職場でなくても良い。ガラティーンのことをすべて受け入れてくれるような心の広い、そして大柄な男性に巡り合えるようにとリンダは期待しながら、翌日の外出の準備を行っていた。

 その後食事と湯あみを済ませたガラティーンは、もう寝るとリンダに伝えてさっそくベッドに横になる。
「嫌だ嫌だと思ってばかりいては仕方がないが」と思いながらため息をつく。
「父上の希望通りに私が結婚をして子供を産み、その子を時代のラトフォード伯にする、か…」
 声に出さずに、唇だけでつぶやく。
「なぜ父上は自分で結婚して、その子に継がせてくれないのだ」
 これは声に出す。そして深いため息をつく。
「くそったれ。やってらんねえよ」
 子供のころからダニエルについて兵舎に通っていたガラティーンは、汚い言葉もしっかり使えるようになっていた。
 翌日はエッジウェア伯の手配した服飾店と宝飾店、化粧品店を回ることになっている。疲労困憊するのが目に見えているので、ガラティーンは目を閉じて深く呼吸をした。
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