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5 女の買物

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 この日、エッジウェア伯ハーバート・ハリスが彼の娘のコーネリアのために準備をしたのと同じ服飾店などを訪問することになったガラティーンは、出かけるのにふさわしい衣類がないということで、男性の衣類のままで服飾店を訪問することとなった。
 店側は男装している彼女の事情を含みおかれていたらしく、何も言わずに迎え入れてくれたのが救いでもあったが、余計に居心地の悪さも感じてしまう。
「お嬢様は背が高くていらっしゃるから、すっきりとしたシルエットがお似合いかも。胸の下で切り替えを入れてここからスカートにしてしまえば、ほら、コルセットもいらないでしょう。ギリシャ神話の女神様のようですわ」
 ドレスメーカーのマダム、ヴァレリーはざっくりとデザイン画を描き、布をガラティーンの体に当ててイメージを伝えてくる。
「まあ流行りの形ではないですけどね…」
 ガラティーンには、なるべく苦しくないものを、というリクエストを聞いてくれたマダム・ヴァレリーこそが女神に思える。
「まずはドレスに慣れていただくところからですからね」
 マダムは頬に手を当てて首をかしげる。
「姿勢も良いし、お胸も大きくていらっしゃるから、コルセットで締めないでもごまかしがきくかも…でもバッスルはお邪魔かしら…」
「失礼ながら、お嬢様にはバッスルは無理だと思いますわ、マダム」
 リンダが口をはさむ。
「……やっぱり?」
 比較的小柄なマダムはその言葉を聞いて首をかしげる。ガラティーンは、彼女くらい小さい女性ならそういう仕草はかわいく見えてうらやましいな、と思った。
「流行遅れでもなんでもいいから、デビュタント・ボールもこの形にしてくれないか。私にはコルセットもバッスルも全てが無理だよ」
 げんなりした顔でガラティーンはドレスメーカーのマダム、ヴァレリーにいかにも辛そうな口調で頼み込む。
「……そうですわね、無理をして体調を悪くしてもいけませんね。今時は、思った時に気絶をするのが淑女の技術の一つっていう時代でもありませんし」
「ありがとうマダム。あなたこそ私の女神だ」
 ガラティーンは、ぱっと花の開いたような笑顔を見せ、ヴァレリーの手を取る。
「…ガラティーン様」
 リンダが軽く咳ばらいをする。マダムは目をぱちくりさせているが、これは素敵なお嬢様だわ、と笑ってくれた。

 ガラティーンは…というよりもリンダと、エッジウェア伯側から着いて来ているレディスメイドがガラティーンのドレスを数着手配し、宝飾店と化粧品店も周り、とりあえず一通り「女」の恰好ができる買い物を済ませた。その間中ガラティーンは、いかにも「女性の買い物に付き合わされてうんざりしている男性」のようだった。
「ガラティーン様、もう少しです。あとは香水ですよ」
 あとは香水、というときにガラティーンは顔を真っ青にしてリンダに訴える。
「私はあの合成香水というのはとても苦手だ。正直言って頭が痛くなる」
「でも淑女のたしなみとして」
「無理だよ!」
 ガラティーンはうなり声を上げながら頭を抱える。
「そんなにお嫌ですか」
「嫌というより、体調が悪くなるんだ。化粧だってそうだよ、今日行った『アデライデ』のは大丈夫だったけど、たまにリンダの化粧品の匂いでもダメな時はある」
「そんなに!?では、私の化粧品もガラティーン様の大丈夫な匂いのものに変えますよ」
「いや、自分が使わなければそこまでは…でも自分で使うものは本当にちゃんと選ばせてほしい。そうしないと私は倒れてしまうよ」
 考えただけでしんどい、というような顔つきになっているので、リンダは助け船を出す。
「香水は後にしますか?」
「いや、今でいいよ。今大丈夫なものならきっといつでも大丈夫だろうから」
 ため息をつき上を向くガラティーンの姿は、どこから見ても立派な紳士だった。ただし、買い物に飽き飽きしているときの。
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