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17 デビュタント・ボール(1)

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 とうとうデビュタント・ボールの夜がやってきた。着飾った紳士淑女たちの間と、白いイブニングドレスを着た少女たちが、国王夫妻に礼をして、背中を向けずに下がっていく。
 母方の祖母と一緒にガラティーンは国王夫妻の前に進み、カーテシーを行う。舞踏会の前には、母方の祖母マデリーンは「どうなることかとハラハラしていたんだけど、あなたがちゃんとこの日を迎えられて良かった」と半泣きでガラティーンのドレス姿を見ていた。
 ガラティーンのドレスは純白ではなくアイボリーがかっており、袖にたっぷりドレープがとられている。レースや刺しゅうなどやフリルなどのないドレスは作れないかとドレスメーカーのマダム・ヴァレリーに泣きついたガラティーンだったが、さすがにないものは作れないとヴァレリーに説得をされて、その裾に植物の柄の刺繍が施されていた。マデリーンはガラティーンのドレスの出来にも満足そうに頷いていた。
 ガラティーンのドレスは流行の形ではなかったけれども、大陸から入ってきたアール・ヌーヴォーを意識しているというのが刺繍や髪飾りに見えていたので、母方の祖母にも褒められた、ということでガラティーンは安心していた。
 ガラティーンはこの祖母の姿を見て、大柄な自分と体格が似ているので少し安心した。父方以外にも母方から受け継いでいる何かがあるというのがやはりうれしかったのだ。

 ガラティーンは父や祖母に連れられて周囲とあいさつをしてまわることになっていたが、最初はほぼ部隊の顔なじみとの挨拶だった。
 ダニエルは、アルジャーノンとの約束を守って、彼をガラティーンと最初に挨拶をさせる。もともとは知り合いなので挨拶も形程度に、とてもおざなりな紹介になっている。
「アル」
「やあ」
「やあじゃないだろう」
 さすがにダニエルがガラティーンをたしなめるが、ガラティーンは「だってねえ」と笑う。
「久しぶり」
「ほんとにね。ハリーにもアルを誘ってきてくれるように頼んだのに、どうして来てくれなかったの」
「いや…」
 ダニエルにも、アルジャーノンがガラティーンに見とれているというのが明らかにわかるので、ダニエルは「自分からダンスしたいと言い出したんだろうが」とアルジャーノンをつつく。
「あっ」
「…大丈夫?」
 アルジャーノンはガラティーンの手を取って、手の甲にキスをする。
「ガラティーン嬢、私と結婚してくれませんか」
「えっ」
 ガラティーンもアルジャーノンもダニエルもマデリーンも、目を丸くする。
「いや、あの」
「構わないけど」
 ガラティーンも適当に返事をしてしまう。
「構わないの!?」
 最初に正気を取り返したのは年の功か、マデリーンだった。
「あなた、結婚を申し込む前に何か言うことがあったのではなくて?」
 マデリーンはアルジャーノンに向かって念のための確認をする。
「あっ」
 アルジャーノンは自分が間違えて、というよりも順番を間違えて言ってしまったことに気が付いた。
「結婚もなんですけど」
「そうなの!?」
 マデリーンはさらに目を見開く。ダニエルは自分の部下が何を言い出したのか理解したくない、というような顔になっている。
「あなたね、まずはダンスを申し込むところから始めた方がいいのではない?」
「……大丈夫か、アル」
 ダニエルはアルジャーノンに声をかける。自分の副官がこんなところを見せるような男だとは思っていなかったので、自分のことは棚に上げてとても面白くなってきたのだ。しかし彼がいきなり求婚をしたのは自分の大事な「娘」だ。結婚をするにあたっての難題というのはぱっとは思い当たらない。アルはいいやつだと思うが、彼がガラティーンにとって最善かというのはガラティーンにしかわからない。
 どんどんアルの顔が赤くなって、彼は口元を手で隠してしまう。
「失礼しました。あの……ガラティーン嬢にダンスを申し込みます」
 マデリーンは満足そうに微笑んで、最初のワルツの項目に彼の名前を書こうとして手が止まる。
「そういえばあなた、お名前は?」
「アルジャーノン・ラッセルと申します。ホルボーン子爵で、オルドウィッチ伯の次男です」
「ありがとうございます。私はガラティーンの母方の祖母の、マデリーン・バーナードと申します」
「ケンジントン候の...」
「そうですよ。ホルボーン子爵のおじい様には夫が良くしていただいていました」
 マデリーンは満足気に微笑んで、アルジャーノンの名前をダンスカードに書き込む。
「まずはダンスからですよ。いいですね」
 アルジャーノンはマデリーンに対して「はいっ」といい返事をするが、それを聞いていたガラティーンがどことなく気まずくなる。
「じゃあ次に行くぞ」
「またね、だんな様」
 適当に返事をしていただけと思われていたガラティーンは、案外ちゃんと話を聞いていたらしい挨拶をする。しかしアルジャーノンにはガラティーンは冗談を言っているようにしか思えなかった。
 デビュタント・ボールではいろいろな相手に挨拶をして回るものだというのはわかっていても、ガラティーンが自分から離れていく、金色の蝶のようなガラティーンに対してアルジャーノンは、いつか自分は彼女の隣に立てるのだろうか?と一人寂しく思っていた。
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