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20 デビュタント・ボール(4)

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 アルジャーノンがガラティーンの手を取ってダンスに誘った時、ガラティーンはこの日一番の微笑みを浮かべていた。アルジャーノンはその笑顔を見て、彼女の笑顔は5月の薔薇のようだと思った。
「久しぶりだね、アル」
 デビュタントの女性という仮面を外し、叔父についてきていたガラの顔に戻ってガラティーンはアルジャーノンに微笑みかける。アルジャーノンには、ガラティーンのその姿はその姿は何かの女神のように輝いて見えたのだ。
「あれ以来、どうしても話しづらくなってしまった」
「私のせいかい?」
 ガラティーンは楽しそうに笑いながらステップを踏む。
 ずっと気になっていた女性が自分の手の中にいるといっても過言ではない状況で、本人としては決して奥手ではないつもりだったアルジャーノンだが、ガラティーンに何を伝えればいいのかわからなくなってしまった。
「求婚してくれたのは、本気なの」
 ガラティーンはさすがに緊張したが、持ち前の率直さでアルジャーノンに確認を取った。
「本気だ」
 アルジャーノンはガラティーンの言葉を、食い気味に返答する。
「本当はダンスの後に言おうと思っていたけれど、順番を間違えた……」
 格好悪い、と軽く下を向いたら、ガラティーンの白い胸元が見えて、アルジャーノンは顔を赤くする。
 それに気づいたガラティーンは、うふ、と小さく声を出して笑う。
「君は、これが好き?」
 ガラティーンが、自分の胸のことを指しているのでアルジャーノンは返答に一瞬間が空いた。
「それも好きだ。その持ち主の、君が好きだから」
 最初に求婚をしてしまったので半ばヤケになってきたアルジャーノンは、つい先刻まで照れまくっていた彼と同じ人間には思えないくらいに開き直る。
「あの時に、君に恋に落ちたんだと思う」
 それまでは普通に仲間だったものね、とガラティーンはうなずく。
「でも私は――君の望むようなことはできないと思うけど」
 特別なことはできないよ、とガラティーンはささやく。さすがに声を潜めないと、いくらあいまいに話していても気がひける内容だった。
「それは、俺が教えるから」
 ガラティーンは、急に強気になってきたようなアルジャーノンに驚きの目を向ける。
「俺の、これからの全部の『初めて』を君にあげる。だから君も」
「私は」
 ガラティーンは深く息を吸う。これだけは聞いておこうと思ったことをアルジャーノンに告げる。
「結婚した後、トラウザーズを履いていても気にしない?」
「それで、君が君らしくいられるなら」
「嬉しい!」
 アルジャーノンは、また花のように笑うガラティーンを見て「自分がこの顔をさせた」と思って嬉しくなる。しかし、トラウザーズ姿でいられるのが嬉しいのかと思うと少し複雑になる。しかし、今後は自分と結婚をすることが嬉しいと思ってもらえるように努力をすればいいだけだ、と思いなおす。
「求婚は本気だから」
 アルジャーノンはガラティーンの緑の瞳を見つめる。
「また君に会いに行く。クーパー殿にもきちんと話をするから」
「ありがとう。待ってるよ、だんな様」
 明るく笑ったままのガラティーンを見て、アルジャーノンは胸を熱くする。そして彼女のたわわな乳房が自分の背中に押し付けられた時のことも思い出して、ほかのところも熱くなってくるような気がして、慌てて気を逸らそうとする。
 落ち着け。まだ本当に結婚が決まったわけじゃない。
 そう、アルジャーノンは自分に言い聞かせる。
「あの」
「なに?」
 金の髪を揺らしてガラティーンが返事をする。
「他の奴からの求婚は、断ってくれる…?」
「もちろん!」
 その言葉を聞いてアルジャーノンがほっとしたのもつかの間。
「最初に申し込んでくれた君が優先だって言っておくよ」
「…ありがとう」
 それでは相手も断られた気にならないだろうなあ、と、アルジャーノンは不安になった。
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