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22 アルでいいじゃないですか?
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さすがにデビュタント・ボールの当日にガラティーンに求婚をしてきたのはアルジャーノンだけだった。
もうアルでいいですよ、いいじゃないですか、ねえと言いつのるガラティーンに、ダニエルとマデリーンはなぜそんなにアルジャーノンがいいのかと問い詰める。
「もう少し考えてもいいんじゃないか。お前、前だってそんなにアルと仲が良かったわけでもないだろう」
「まあそうなんですけど」
仲が良かったのは確かに別の仲間たちだった。
「でも、アルは私がトラウザーズはいていても気にしないって」
「そこなの!?」
「そこです」
ダニエルとマデリーンは顔を見合わせた。
「ホルボーン子爵ねえ…オルドウィッチ伯爵家と縁づいて悪いことはないでしょうけど」
「まあでも、もっといい相手がいるかもしれないから」
「アルじゃダメですか?」
「ダメじゃないんだが」
ガラティーンは、ダニエルならむしろ副官についているアルジャーノンを薦めてくれるかと期待していたのだ。
「ただ、もう少し考えてもいいんじゃないかと」
「ふふ。ダニエル殿も花嫁の父の顔だわねえ」
マデリーンはダニエルを見て苦笑する。
「まあ今日の明日で決めなくてもいいと思うわ。正式にお話いただけるのなら、そこまで待てばいいのではないかしら」
マデリーンの言葉に、ダニエルもガラティーンもうなずく。それは否定はしない。
ガラティーンは少なからず、いままで男――少年として暮らしてきたところでいきなり求婚をされて、高揚をしていたようだった。しかし、よくよく考えてみたらアルジャーノン本人が良くても、彼の兄のオルドウィッチ伯がどう思うかもまだわからないのだ。
ガラティーンの人生は今まで「やりたくないこと」からなるべく逃げ続けてきたものだった。そのことにふと気が付き、今後、自分はどうしていくことになるのかと、うっすらとした不安が彼女の頭の中に、霧のように漂ってきた。
ダニエルとガラティーンは自宅に戻り、マデリーンはケンジントン侯爵家へと戻った。
自宅に戻った二人を家令と使用人たちが迎える。
「おかえりなさいませ」
「遅くまですまなかったな」
「ありがとうね」
にこにこしているガラティーンを見て、家令たちは一安心をする。彼女のデビューは上手くいったようだった。
二人はお互いの部屋に戻り、就寝の準備に入る。
「ああ、案外楽しかった!」
ガラティーンは、侍女のリンダに朗らかに報告をする。
「それは何よりです」
「ずっと踊ってきたからね、いい運動になったよ」
ガラティーンのドレスを脱がせているリンダは思わず吹き出してしまう。
「運動ですか!」
「運動だねえ」
ガラティーンは嬉しそうに笑っている。
「父上もね、コーネリアと普通に踊っていたんだよ」
「普通に踊る」
リンダは驚いて、鸚鵡返しにこたえる。
「びっくりだろう?」
「ええ、ええ、本当に」
「詳しくは明日、みんなに報告するからね」
「お待ちしてますわ!」
リンダは力強く返事をする。あのダニエルが身内や付き合いの長い使用人以外の女性と普通に踊っていたなんて聞いたら、家令は泣いて喜んだりしそうなくらいだ。
「お嬢様自身はいかがでした?」
「ふふふ」
よくぞ聞いてくれた、というような笑い方をするので、リンダも嬉しくなる。
「良いことありましたね?」
「ああ。求婚された!」
リンダは一瞬動きが止まる。そして自分の耳を疑う。
「求婚」
またリンダは鸚鵡返しをする。
「うん、求婚」
リンダは求婚をされて喜ぶガラティーンを見て、自分はガラティーンが求婚をされて喜ぶとは思っていなかったんだな、ということに気が付いた。
「お嬢様が喜んでいるのは、私もとても嬉しいです」
「リンダが喜んでくれるなら、私も嬉しいよ」
「ちなみにお相手は?」
「父上の副官の、アル。アルジャーノン・ラッセル。ホルボーン子爵で、オルドウィッチ伯爵家の」
ああ、とリンダはうなずく。
「ダニエル様を訪問されたこともある方ですわね。お名前に聞き覚えがあります」
「そうなんだ。知らなかったなあ」
「ダニエル様のお仕事のことでいらっしゃったりしていたら、お嬢様は知らないこともあるでしょうね」
「そうだね」
自分が「顔を出せ」と言っても来なかったのに仕事だとやはり違うのだな、とガラティーンは少しもやっとした。そのことに気が付いたガラティーンは少し眉を寄せる。そしてそれを見たリンダが、ガラティーンの胸の内に気づく。
「妬いていらっしゃる?」
「いや、仕事だと顔を出すんだなと」
「まあ、仕事ですからねえ」
リンダは苦笑した。話ながらもドレスを片づける手を止めないリンダの後ろ姿を見ながら、ガラティーンはとりとめもなくデビュタント・ガラでの話をし続ける。
「お嬢様が楽しんで帰ってきたようで、本当に何よりです」
リンダの心の底からその言葉が出る。
「湯の準備もできていますよ」
「ありがとう」
その間もずっとガラティーンは話を続ける。アルジャーノンに求婚をされたこと、ダニエルとコーネリアのダンスのこと、アルジャーノンとのダンスのこと、トミーとのダンスのこと、そしてまたアルジャーノンに求婚をされたこと。一つの話が終わるとまたアルジャーノンの話に戻る。そしてまた別の話に移り、そしてまたアルジャーノンの話に戻る。結局ガラティーンは、湯あみをしている間中ずっとリンダに話しかけていたのだ。
「お嬢様は、ホルボーン子爵のことを好きになったんですねえ」
しみじみとした口調でリンダがこぼした言葉に、ガラティーンは話をぴたりと止める。
「好きになった?」
「ように思えますけど」
「……今は、アルのことで頭がいっぱいになってる」
「そういうのは、恋に落ちたっていうことなんじゃないかなあと思いますよ」
「求婚されて、浮かれているだけかと思っていた」
「浮かれるくらいには好きっていうことじゃないですか」
そうなのか?と納得がいかないような顔つきのガラティーンを見て、リンダは楽しそうに笑う。
「ガラティーン様は、ご令嬢たちのほうが好きなのかと思っていました」
「うん、まあ、女の子は好きだけど」
コーネリアや、彼女を通じて知り合った令嬢たちの顔を思い浮かべる。
「女の子はキラキラしていて好きだけど……」
「今のお嬢様もキラキラしていますよ」
「本当!?」
声を上げたガラティーンの頬が紅潮している。
「ふふ、頬が赤くなってますよ」
リンダが軽くガラティーンの頬をつつく。
「今回ね、私にも女の子らしいところはあったんだなと思って、少し嬉しかったんだ」
ガラティーンはようやく、彼女が本当に話したかったと思われる、彼女の心の奥の奥にある言葉を紡ぎだした。
「やっぱりレースとか、長いドレスとかは得意じゃない。大柄だから似合う気もしない。だけど自分の姿を見て喜んでくれる人がいると、こういう恰好をしても大丈夫なんだってちょっと安心するし……そういう恰好をしたかいもあるなあと」
リンダはぽつぽつと語るガラティーンの髪を梳るのを一度止める。
「やっぱり、みんなみたいな女の子にはなれないと思う。だけどたまには、許されるならだけど、綺麗な恰好をするのも悪くないなって思ったんだ。おいしいとこ取りだけしようとしていることはわかっているんだけれど」
だけど、アルは私がトラウザーズを履いていてもいいって言ってくれたんだ、と小さく付け加える。
「……それが許されるなら、そうしていいんですよ、お嬢様」
リンダはガラティーンの髪を撫でる。
「私には、お嬢様が綺麗になることを怖がるのとかはよくわかりません。だけど、たまにはいいかなって思ってくれただけでも、嬉しい」
そうかな、と下を向いて、小さい声でつぶやくガラティーンにリンダは「そうですよ」と小さな声で返事をした。
「眠かったり疲れていたりすると悲観的になりますよ!」
リンダは少し声を張って、無理やりに笑顔を作ってガラティーンに声をかける。
「さあ、そろそろお休みになってください。明日、お嬢様のダンスのお話とダニエル様のダンスのお話もたっぷりみんなに聞かせていただかなくちゃ!」
「そうだね、みんなに報告しないとだね。……おやすみ、リンダ」
「おやすみなさいませ」
部屋で一人になったガラティーンはベッドにもぐりこみ、目を閉じた。
目を閉じても、デビュタント・ボールでの出来事が頭の中にくるくると蘇ってきて、なかなか寝付けない。
――ダンスの申し込みと間違えて求婚をしてきたアル、自分のことを好きだと言ってくれたアル、他の奴からの求婚は断ってくれと言ったアル。
アルのことを考える合間にコーネリアとダニエルのダンスのことや、今回初めて顔を合わせた紳士淑女たちの顔も浮かんでくる。しかしそれでも次々に浮かんでくるのはアルのことだった。
「これが恋なのかなあ」
唇の動きだけで、声を出さずにつぶやいたガラティーンは、その言葉が自分の胸にしみていくような気がした。
そして、その言葉と一緒に自分も眠りに、夢の中に落ちていった。
もうアルでいいですよ、いいじゃないですか、ねえと言いつのるガラティーンに、ダニエルとマデリーンはなぜそんなにアルジャーノンがいいのかと問い詰める。
「もう少し考えてもいいんじゃないか。お前、前だってそんなにアルと仲が良かったわけでもないだろう」
「まあそうなんですけど」
仲が良かったのは確かに別の仲間たちだった。
「でも、アルは私がトラウザーズはいていても気にしないって」
「そこなの!?」
「そこです」
ダニエルとマデリーンは顔を見合わせた。
「ホルボーン子爵ねえ…オルドウィッチ伯爵家と縁づいて悪いことはないでしょうけど」
「まあでも、もっといい相手がいるかもしれないから」
「アルじゃダメですか?」
「ダメじゃないんだが」
ガラティーンは、ダニエルならむしろ副官についているアルジャーノンを薦めてくれるかと期待していたのだ。
「ただ、もう少し考えてもいいんじゃないかと」
「ふふ。ダニエル殿も花嫁の父の顔だわねえ」
マデリーンはダニエルを見て苦笑する。
「まあ今日の明日で決めなくてもいいと思うわ。正式にお話いただけるのなら、そこまで待てばいいのではないかしら」
マデリーンの言葉に、ダニエルもガラティーンもうなずく。それは否定はしない。
ガラティーンは少なからず、いままで男――少年として暮らしてきたところでいきなり求婚をされて、高揚をしていたようだった。しかし、よくよく考えてみたらアルジャーノン本人が良くても、彼の兄のオルドウィッチ伯がどう思うかもまだわからないのだ。
ガラティーンの人生は今まで「やりたくないこと」からなるべく逃げ続けてきたものだった。そのことにふと気が付き、今後、自分はどうしていくことになるのかと、うっすらとした不安が彼女の頭の中に、霧のように漂ってきた。
ダニエルとガラティーンは自宅に戻り、マデリーンはケンジントン侯爵家へと戻った。
自宅に戻った二人を家令と使用人たちが迎える。
「おかえりなさいませ」
「遅くまですまなかったな」
「ありがとうね」
にこにこしているガラティーンを見て、家令たちは一安心をする。彼女のデビューは上手くいったようだった。
二人はお互いの部屋に戻り、就寝の準備に入る。
「ああ、案外楽しかった!」
ガラティーンは、侍女のリンダに朗らかに報告をする。
「それは何よりです」
「ずっと踊ってきたからね、いい運動になったよ」
ガラティーンのドレスを脱がせているリンダは思わず吹き出してしまう。
「運動ですか!」
「運動だねえ」
ガラティーンは嬉しそうに笑っている。
「父上もね、コーネリアと普通に踊っていたんだよ」
「普通に踊る」
リンダは驚いて、鸚鵡返しにこたえる。
「びっくりだろう?」
「ええ、ええ、本当に」
「詳しくは明日、みんなに報告するからね」
「お待ちしてますわ!」
リンダは力強く返事をする。あのダニエルが身内や付き合いの長い使用人以外の女性と普通に踊っていたなんて聞いたら、家令は泣いて喜んだりしそうなくらいだ。
「お嬢様自身はいかがでした?」
「ふふふ」
よくぞ聞いてくれた、というような笑い方をするので、リンダも嬉しくなる。
「良いことありましたね?」
「ああ。求婚された!」
リンダは一瞬動きが止まる。そして自分の耳を疑う。
「求婚」
またリンダは鸚鵡返しをする。
「うん、求婚」
リンダは求婚をされて喜ぶガラティーンを見て、自分はガラティーンが求婚をされて喜ぶとは思っていなかったんだな、ということに気が付いた。
「お嬢様が喜んでいるのは、私もとても嬉しいです」
「リンダが喜んでくれるなら、私も嬉しいよ」
「ちなみにお相手は?」
「父上の副官の、アル。アルジャーノン・ラッセル。ホルボーン子爵で、オルドウィッチ伯爵家の」
ああ、とリンダはうなずく。
「ダニエル様を訪問されたこともある方ですわね。お名前に聞き覚えがあります」
「そうなんだ。知らなかったなあ」
「ダニエル様のお仕事のことでいらっしゃったりしていたら、お嬢様は知らないこともあるでしょうね」
「そうだね」
自分が「顔を出せ」と言っても来なかったのに仕事だとやはり違うのだな、とガラティーンは少しもやっとした。そのことに気が付いたガラティーンは少し眉を寄せる。そしてそれを見たリンダが、ガラティーンの胸の内に気づく。
「妬いていらっしゃる?」
「いや、仕事だと顔を出すんだなと」
「まあ、仕事ですからねえ」
リンダは苦笑した。話ながらもドレスを片づける手を止めないリンダの後ろ姿を見ながら、ガラティーンはとりとめもなくデビュタント・ガラでの話をし続ける。
「お嬢様が楽しんで帰ってきたようで、本当に何よりです」
リンダの心の底からその言葉が出る。
「湯の準備もできていますよ」
「ありがとう」
その間もずっとガラティーンは話を続ける。アルジャーノンに求婚をされたこと、ダニエルとコーネリアのダンスのこと、アルジャーノンとのダンスのこと、トミーとのダンスのこと、そしてまたアルジャーノンに求婚をされたこと。一つの話が終わるとまたアルジャーノンの話に戻る。そしてまた別の話に移り、そしてまたアルジャーノンの話に戻る。結局ガラティーンは、湯あみをしている間中ずっとリンダに話しかけていたのだ。
「お嬢様は、ホルボーン子爵のことを好きになったんですねえ」
しみじみとした口調でリンダがこぼした言葉に、ガラティーンは話をぴたりと止める。
「好きになった?」
「ように思えますけど」
「……今は、アルのことで頭がいっぱいになってる」
「そういうのは、恋に落ちたっていうことなんじゃないかなあと思いますよ」
「求婚されて、浮かれているだけかと思っていた」
「浮かれるくらいには好きっていうことじゃないですか」
そうなのか?と納得がいかないような顔つきのガラティーンを見て、リンダは楽しそうに笑う。
「ガラティーン様は、ご令嬢たちのほうが好きなのかと思っていました」
「うん、まあ、女の子は好きだけど」
コーネリアや、彼女を通じて知り合った令嬢たちの顔を思い浮かべる。
「女の子はキラキラしていて好きだけど……」
「今のお嬢様もキラキラしていますよ」
「本当!?」
声を上げたガラティーンの頬が紅潮している。
「ふふ、頬が赤くなってますよ」
リンダが軽くガラティーンの頬をつつく。
「今回ね、私にも女の子らしいところはあったんだなと思って、少し嬉しかったんだ」
ガラティーンはようやく、彼女が本当に話したかったと思われる、彼女の心の奥の奥にある言葉を紡ぎだした。
「やっぱりレースとか、長いドレスとかは得意じゃない。大柄だから似合う気もしない。だけど自分の姿を見て喜んでくれる人がいると、こういう恰好をしても大丈夫なんだってちょっと安心するし……そういう恰好をしたかいもあるなあと」
リンダはぽつぽつと語るガラティーンの髪を梳るのを一度止める。
「やっぱり、みんなみたいな女の子にはなれないと思う。だけどたまには、許されるならだけど、綺麗な恰好をするのも悪くないなって思ったんだ。おいしいとこ取りだけしようとしていることはわかっているんだけれど」
だけど、アルは私がトラウザーズを履いていてもいいって言ってくれたんだ、と小さく付け加える。
「……それが許されるなら、そうしていいんですよ、お嬢様」
リンダはガラティーンの髪を撫でる。
「私には、お嬢様が綺麗になることを怖がるのとかはよくわかりません。だけど、たまにはいいかなって思ってくれただけでも、嬉しい」
そうかな、と下を向いて、小さい声でつぶやくガラティーンにリンダは「そうですよ」と小さな声で返事をした。
「眠かったり疲れていたりすると悲観的になりますよ!」
リンダは少し声を張って、無理やりに笑顔を作ってガラティーンに声をかける。
「さあ、そろそろお休みになってください。明日、お嬢様のダンスのお話とダニエル様のダンスのお話もたっぷりみんなに聞かせていただかなくちゃ!」
「そうだね、みんなに報告しないとだね。……おやすみ、リンダ」
「おやすみなさいませ」
部屋で一人になったガラティーンはベッドにもぐりこみ、目を閉じた。
目を閉じても、デビュタント・ボールでの出来事が頭の中にくるくると蘇ってきて、なかなか寝付けない。
――ダンスの申し込みと間違えて求婚をしてきたアル、自分のことを好きだと言ってくれたアル、他の奴からの求婚は断ってくれと言ったアル。
アルのことを考える合間にコーネリアとダニエルのダンスのことや、今回初めて顔を合わせた紳士淑女たちの顔も浮かんでくる。しかしそれでも次々に浮かんでくるのはアルのことだった。
「これが恋なのかなあ」
唇の動きだけで、声を出さずにつぶやいたガラティーンは、その言葉が自分の胸にしみていくような気がした。
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