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24 一夜明けて(1)

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 アルジャーノンは朝食の場で、兄夫婦から昨夜のデビュタント・ボールでは誰と踊ったか、というような話を振られた。
「ガラティーン嬢……ラトフォード伯のご令嬢と踊りました」
 アルジャーノンを細身にして年齢を重ねさせたような、面立ちはよく似たアルジャーノンの兄がうなずく。
「ラトフォード伯のご令嬢か。アルの上司のお嬢さんだね」
「そうですね」
 兄、クリスティアンの言葉にうなずくアルに、クリスティアンの妻のヘレンが続けて質問する。
「他の方は?」
「いや、彼女だけです」
「そうなの」
 彼らはアルジャーノンの結婚を急かしているわけでは「まだ」ない。一般的な話題として話を出した程度のようだった。踊った相手についてはそれ以上のことを突っ込んで聞いてこなかった二人に、アルの方から口を開くことにした。ガラティーンに求婚をするとなると、家長の父、ジェラルドの許可が必要になるのだ。自分の家に早く話を通して、ダニエルのところにももっていかなければならないのだ。
「その、ガラティーン嬢にですね、求婚をしたのです」
「……求婚?」
 その場にいた全員が目を丸くした。朝食の配膳を行っていた執事はさすがに動揺を見せはしなかったが、アルの家族はさすがに一瞬動きが止まった。
「ラトフォード伯を通して何回もお会いしたことがあって」
 ジェラルド達に、ゆっくりと言い訳をしていく。
「そうか」
 朝食のミートパイを切るのにいつもより手が震えているジェラルドが、一口ミートパイを食べる。ゆっくりと咀嚼して、飲み込んでから口を開く。
「ラトフォード伯なら、オルドウィッチ伯としては何も問題はないよ。まあ、お前が決めることにそうそう間違いがないのもわかっているけれどね、さすがに求婚については、私に先に相談してくれても良かったのではないかな」
「申し訳ありません」
「どんなご令嬢なの?」
 おっとりとした口調で、メアリが微笑みながらアルに話しかける。彼女が手にしていたティーカップを置くときにいつもよりも少しだけ大き目の音が立った。
「……活動的です」
 正確には、彼女が男装をしていたころは、とアルは言うべきだったが、さすがにそれは言いづらかった。
「活動的なのね。軍に入っているあなたとは気があいそうね」
 メアリは微笑みを崩さないが、自分と気が合うかどうかが心配になっているようだった。
「私だけでなく、みんなとうまくやってくれる人だと信じていますよ」
 メアリはその言葉にうなずきながら、一度置いたティーカップを再度持ち上げて、温かい紅茶で唇を湿らせる。
 アルから見るとメアリはとても保守的な女性で、ジェラルドは比較的進歩的な男性だ。ガラティーンは保守的だとか革新的だとかではなく、むしろ革命的な女性に思えている。実際は顔を合わせてもらってみないと何とも言えないだろうが、まずは現在の家長のジェラルドはガラティーンに求婚する――求婚したことについては許可が出た。
 アルジャーノンはあえてダニエルからの返事については触れず、デビュタント・ボール全体の雰囲気などの話にもっていった。そのことにジェラルドは気が付いたので、詳しい話はまた夕食後に、とアルジャーノンに声をかけた。



2021年3月1日追記:家族の名前など修正しました。
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