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25 一夜明けて(2)
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デビュタント・ボールの翌朝、アルジャーノンは出勤してまずダニエルを捕まえた。
「よろしくお願いします」
「何をだ」
ダニエルはまずはしらばっくれるところから始めた。アルジャーノンは大体予想をしていたことだったので、改めて続ける。
「昨夜、ガラティーン嬢に結婚を申し込んだことです。正式に申し込みいたしますのでよろしくお願いいたします、お義父さん」
「……まだ早い」
ダニエルは眉間にしわを寄せて、普段はろくに見もしない手紙類を見るふりをする。
「まだ早いということは、おいおい結婚を許していただけるということですねお義父さん!」
「お義父さん、はやめろ!」
「でも、そういうことでしょう」
アルはけろりとしている。ダニエルは、昨日までの挙動不審なアルは何だったんだ、と嘆息する。
「お前はいいとしても、お前の家の方はどうなんだ」
「今朝、兄夫婦には許可を得てきましたよ」
「……仕事早いなお前」
「それは、猛将ラトフォード伯の副官ですから」
「俺が仕事遅そうに言わないでくれるか」
「それはお義父さんの思い過ごしですよ」
「だからそれをやめろ」
ダニエルは苦笑して、胸を張るアルジャーノンの肩を軽くたたき、ぽつりとこぼす。
「あんなにきれいな娘に、ずっと男の恰好をさせていたかと思うと、な」
確かに娘時代の、軽やかで華やかな姿をもっと見ていたいという気持ちもアルジャーノンにはわかる。
「そうですね」
しんみりした空気が流れるが、それをアルジャーノンはぶち壊しにする。
「婚約期間は長くとりますから」
しつこいまでに押しまくるアルジャーノンはどれだけガラティーンに執着しているのかとダニエルは不思議になる。
「……ガラティーンが嫌がらなければ。あと、お前が戦場で死んだりしなければな。ガラの父はケープで戦死したんだよ」
つまりはダニエルの兄はケープで戦死した、ということをダニエルはつぶやく。アルは、そのことについては茶化したりせずに黙ってうなずく。ダニエルは、アルのその切り替えについては評価をしている。
「俺はな、お前のこともかっているんだ。お前はいい結婚相手になるだろうし、悪い遊びも止めろって言ったら止めてくれるだろうしな」
「……それは、もちろん。っていうか、もう落ち着いてますよ」
ダニエルには、アルジャーノンに馴染みの娼婦がいたことも知られているのは失敗したな、とアルジャーノンは心の中で汗をかく。
「同じ部隊っていうのがなあ…」
ダニエルは黙ってしまった。よほど、ガラティーンを一人にしてしまうかもしれないことが嫌だと思っているということが伝わってくる。
「まあ、お前でもかまわんのだがな。ただ、正式な申し込みはもう少しだけ待ってくれ」
俺の心の準備ができていないんだと言いながら、と花嫁の父――叔父のダニエルは窓の外を見た。
二人がそんな話をしているのを、部屋のすぐ外でハリーがニヤニヤしながら立ち聞きをしている。そこに通りかかる者たちもなんとなく感づいて、同じく影から聞き耳を立てている。ダニエルとアルは声を落とさずに話をしていたので、話を聞こうとしなくても聞こえてきてしまっていたのだ。
なんとなく二人の話が落ち着いたところで、みんなが知らぬふりをしてその場から離れていく。
「トミーはちょっとかわいそうかな」
ハリーとジョニーは笑いを噛み殺しながらダニエルとアル、そしてガラについて小声で話をする。
「お前はどうだったのさ」
「デビュタント・ボールでのアル達を見ているから、まあ無駄な戦いは挑みませんよっと」
「そんなだったのか」
ジョニーはニヤニヤしながら頷く。
「トミーは見ていなかったんだけどな。アルのやつ、ダンスを申し込みに行ったと思ったら求婚してたんだ」
ハリーは目を丸くする。
「それは」
「言い間違いらしいんだけどな、でもあれは本気の言い間違いだったね」
ジョニーが笑いを噛み殺しながらハリーに伝える。
「おい、今夜クラブでしっかり教えてくれよ、その話」
「もちろんだよ」
二人は小声で会話をしながら業務に戻っていく。途中でハリーは「アルのことはトミーには黙っておいてやってくれよ」とジョニーに伝える。
「……バーティが先に言ってなければな」
「バーティも見てたのか」
「ガラにダンスの申し込みしようと思って、まあ割と近くにいたからな。結構うちの部隊の奴らは見ていたんじゃないか」
「逆に、なんでトミーがそこに居合わせなかったのかって気になるな」
ハリーは首をかしげる。
「あいつはそういうところの運がないんだよな」
「そうなのか」
そんな話をしながら二人は業務に戻る。そして夜にはクラブに集まり、ハリーは詳しい話をジョニーから聞き出した。その感想は、ことのほか嬉しそうだったというガラの姿もだが、「そんなことをやらかしたアルを見てみたかった」だった。
「よろしくお願いします」
「何をだ」
ダニエルはまずはしらばっくれるところから始めた。アルジャーノンは大体予想をしていたことだったので、改めて続ける。
「昨夜、ガラティーン嬢に結婚を申し込んだことです。正式に申し込みいたしますのでよろしくお願いいたします、お義父さん」
「……まだ早い」
ダニエルは眉間にしわを寄せて、普段はろくに見もしない手紙類を見るふりをする。
「まだ早いということは、おいおい結婚を許していただけるということですねお義父さん!」
「お義父さん、はやめろ!」
「でも、そういうことでしょう」
アルはけろりとしている。ダニエルは、昨日までの挙動不審なアルは何だったんだ、と嘆息する。
「お前はいいとしても、お前の家の方はどうなんだ」
「今朝、兄夫婦には許可を得てきましたよ」
「……仕事早いなお前」
「それは、猛将ラトフォード伯の副官ですから」
「俺が仕事遅そうに言わないでくれるか」
「それはお義父さんの思い過ごしですよ」
「だからそれをやめろ」
ダニエルは苦笑して、胸を張るアルジャーノンの肩を軽くたたき、ぽつりとこぼす。
「あんなにきれいな娘に、ずっと男の恰好をさせていたかと思うと、な」
確かに娘時代の、軽やかで華やかな姿をもっと見ていたいという気持ちもアルジャーノンにはわかる。
「そうですね」
しんみりした空気が流れるが、それをアルジャーノンはぶち壊しにする。
「婚約期間は長くとりますから」
しつこいまでに押しまくるアルジャーノンはどれだけガラティーンに執着しているのかとダニエルは不思議になる。
「……ガラティーンが嫌がらなければ。あと、お前が戦場で死んだりしなければな。ガラの父はケープで戦死したんだよ」
つまりはダニエルの兄はケープで戦死した、ということをダニエルはつぶやく。アルは、そのことについては茶化したりせずに黙ってうなずく。ダニエルは、アルのその切り替えについては評価をしている。
「俺はな、お前のこともかっているんだ。お前はいい結婚相手になるだろうし、悪い遊びも止めろって言ったら止めてくれるだろうしな」
「……それは、もちろん。っていうか、もう落ち着いてますよ」
ダニエルには、アルジャーノンに馴染みの娼婦がいたことも知られているのは失敗したな、とアルジャーノンは心の中で汗をかく。
「同じ部隊っていうのがなあ…」
ダニエルは黙ってしまった。よほど、ガラティーンを一人にしてしまうかもしれないことが嫌だと思っているということが伝わってくる。
「まあ、お前でもかまわんのだがな。ただ、正式な申し込みはもう少しだけ待ってくれ」
俺の心の準備ができていないんだと言いながら、と花嫁の父――叔父のダニエルは窓の外を見た。
二人がそんな話をしているのを、部屋のすぐ外でハリーがニヤニヤしながら立ち聞きをしている。そこに通りかかる者たちもなんとなく感づいて、同じく影から聞き耳を立てている。ダニエルとアルは声を落とさずに話をしていたので、話を聞こうとしなくても聞こえてきてしまっていたのだ。
なんとなく二人の話が落ち着いたところで、みんなが知らぬふりをしてその場から離れていく。
「トミーはちょっとかわいそうかな」
ハリーとジョニーは笑いを噛み殺しながらダニエルとアル、そしてガラについて小声で話をする。
「お前はどうだったのさ」
「デビュタント・ボールでのアル達を見ているから、まあ無駄な戦いは挑みませんよっと」
「そんなだったのか」
ジョニーはニヤニヤしながら頷く。
「トミーは見ていなかったんだけどな。アルのやつ、ダンスを申し込みに行ったと思ったら求婚してたんだ」
ハリーは目を丸くする。
「それは」
「言い間違いらしいんだけどな、でもあれは本気の言い間違いだったね」
ジョニーが笑いを噛み殺しながらハリーに伝える。
「おい、今夜クラブでしっかり教えてくれよ、その話」
「もちろんだよ」
二人は小声で会話をしながら業務に戻っていく。途中でハリーは「アルのことはトミーには黙っておいてやってくれよ」とジョニーに伝える。
「……バーティが先に言ってなければな」
「バーティも見てたのか」
「ガラにダンスの申し込みしようと思って、まあ割と近くにいたからな。結構うちの部隊の奴らは見ていたんじゃないか」
「逆に、なんでトミーがそこに居合わせなかったのかって気になるな」
ハリーは首をかしげる。
「あいつはそういうところの運がないんだよな」
「そうなのか」
そんな話をしながら二人は業務に戻る。そして夜にはクラブに集まり、ハリーは詳しい話をジョニーから聞き出した。その感想は、ことのほか嬉しそうだったというガラの姿もだが、「そんなことをやらかしたアルを見てみたかった」だった。
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