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35 告白

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 ガラティーンとアルジャーノンは身を清めた後に、ガラティーンの寝台に上がっていた。
 髪をおろしたガラティーンはリンダに無理やりフリルとレースのついたナイトドレスを着せられて機嫌が悪い。インドのクルタ風のパジャマを着て横になっているアルジャーノンの隣でぶつぶつと文句を言っている。
「いつもはこんなの着てないのに。インド風のパジャマの方が楽なのに」
「……色気がないなあ」
 ガラティーンは苦笑するアルジャーノンを見てはっとした。
「ああ、そういうことか!脱げば一緒だと思っていたけれど」
「君ねえ……」
 アルジャーノンは体を起こし、ガラティーンの腰の上に乗りあげる。
「脱がせる楽しみもあるんだよ」
「楽しみ?」
「そう」
 ガラティーンは、自分の真上から近寄ってくるアルジャーノンの顔を見つめて、この時に初めて「怖い」と思った。それはアルジャーノンが怖いのではなくて、未知の経験をすることについての恐怖だった。
「アル」
「怖い?」
「うん」
 アルジャーノンの鼻が自分の鼻につくくらいの距離で見つめあうことしばし、ガラティーンは頭を少し持ち上げて自分から唇を合わせに行く。
「……少し、話をしたい」
「構わないよ」
 唇を離した後に、またアルジャーノンはガラティーンの横に転がる。
「どんな話?」
 アルジャーノンに勧められて、ガラティーンはゆっくりと話だす。
「……私は、まあたまにはパーティでドレスを着るのも嫌いじゃない。でも、やっぱり男の恰好をしているほうが自然に思える。馬にだってまたがって乗りたい。夜着だって、パジャマがいい。本当は君みたいに髪も切ってしまいたいくらい」
「君の長い髪は美しいから、切るのはもったいないと思うけど」
 アルジャーノンはガラティーンの髪をひと房手に取り、髪に口づけする。
「でも君がそうしたいなら、君の思うままにしたらいい」
 アルジャーノンは微笑んで、たっぷりとしたガラティーンの髪を撫でる。
「君が、君らしくいるのを見るのが好きだから」
 ガラティーンは言葉を失う。
「私は、自分のことしか考えられない人間だ」
「そうでもないと思うけど」
 ガラティーンは下を向いて首を振る。金の髪がゆるやかに揺れる。
「私は、やりたくないことはやりたくないと思ってきた。『父上と同じがいい』と言い張って、あの父上が喜ぶのにつけこんで、淑女らしい身だしなみをすることから逃げて来た」
「でも、刺繍だってピアノだってできるんだろう?」
「そういうことをすること自体は嫌いじゃなかったから」
 ガラティーンは、唇の片側だけを持ち上げるような笑いを見せる。
「私は割と器用だったみたいで、まあそういうことは嫌いじゃなかった。勉強も好きで、さすがにパブリックスクールには通えなかったけれども、君たちと話をできるくらいの知識は持っている。それだから余計にね、自分がやりたくないことはとことんやらないで逃げてきている」
 まだぶつぶつと言いながら下を向いているガラティーンの白い頬に、アルジャーノンは指を伸ばす。
「いざとなったらやらなければいけないこともあるかもしれないけど、それは俺がなるべく背負うから」
「……君は、私を甘やかしすぎじゃない?」
「こっちが甘やかしているときには、素直に甘えておくのがいい」
 アルジャーノンはガラティーンの頭をかき抱き寄せて、少し強引に口づける。アルジャーノンはガラティーンの口腔内を好き勝手に犯したあと、お互いの唇がうっすらつくところまでだけ離す。
「どんな君でも、君らしくいてほしいと思ってるんだ、ガラティーン」
 ガラティーンはその時のアルジャーノンの、熱を帯びた顔とその言葉に体の芯のどこかが熱くなって、震えが来たのを感じた。そしてその言葉を返す代わりに、彼女からアルジャーノンに口づけた。
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