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5 友人たちと私

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紅茶を淹れていただいて、私はお菓子もいただいているのでお茶には砂糖を入れずにいただくことにしましたが、ジャーヴィス様は大きめのカップにではありますが角砂糖を3つ入れていらっしゃいました。
 ジャーヴィス様がそこまで甘党だったなんて、とちょっと衝撃です。体に良くないのではとも思えてきます。でもやっぱり私はジャーヴィス様のことを何も知らない。ジャーヴィス様は私のいろんなことを知っているのに――まあ魔術の力を借りてであって、私に直接聞いてきたことはあまりないですが――それでいいのでしょうか。
「私、ジャーヴィス様が甘党だったなんて気づいていませんでした。私、婚約者のあなたのことを全然知らない」
 なんとなく下を向いてしまいます。ジャーヴィス様の顔が見られません。
「でも、これから知ってくれるでしょ?」
「ええ、それはもちろん」
「それなら、それでいいじゃないか。そして僕のことを好きになってくれればなお嬉しい」
「私、ジャーヴィス様のことは好きですよ」
 私は、自然に彼に好きだと言えるようになったようです。体の距離と一緒に、心の距離も少しだけ近くなってきたのでしょうか。
「だあい好き」
 そう言っているうちに自分でも嬉しくなって、にこにこしてしまいました。
「えへへ」
 ジャーヴィス様がでれっとしています。こういう顔をするところがとても可愛らしくて私は好きなのです。でもそれを言うのはまた今度にしましょう。
「お茶とお菓子、ありがとうございました。そろそろパオリーノまで送っていただけますか?」
「もうそんな時間か……」
「ふふ、あと数日で、嫌でも毎日顔を見ることになるんですよ」
「嫌でもって!」
「お互い、嫌にならないといいなあって思ってます」
 私は、少しずつ思っていることをジャーヴィス様に言えるようになってきたような気がします。素直にならないと自分も疲れてしまいそうですが、今まで3年以上の間、この方に愛されているということに甘えてしまっていた。そんな、ずるい――汚い自分に気づいてしまいました。
 こんなにも素敵で、優しくて、仕事もできる人が好きになってくれた私…と、ジャーヴィス様に愛されていることに調子に乗っていたのです。私もジャーヴィス様のことが好きなのに。
 結婚を3年待たせたのは、そこなんでしょう。私はこんな素晴らしい人に好きになってもらい、そして国王や魔術師長といった人たちにまで自分の要求を呑んでもらうことで、自分も何か特別な人間になっていたような気がしていた。
 ああ、気付かなければ良かった。でも、気づいて良かった。
「ジャーヴィス様、よろしくお願いしますね」
「うん」
 ジャーヴィス様は、私がそう言ったのはパオリーノへ送ってくれることについてだと思ったようです。にこっと笑って、手を伸ばしてくれました。
「よろしくお願いします」
 私はジャーヴィス様の手を取ります。
「もちろんだよ」
 ジャーヴィス様は私の手をしっかり握ってくれます。この、温かい手の人の3年間を無駄にさせたなんて思わせないですむような家庭を築きたい。
「……入口までは一緒に行っていい?」
 ジャーヴィス様は大きな体を少し小さく縮めて首をかしげて、男子禁制のパーティの入口までは行きたいと甘えてきます。
「いいですよ。ジャーヴィス様はそうしたら安心なんですよね?」
「うん。……終わるまで待っていてもいい?」
「お仕事は大丈夫なんですか?」
「それを言われると…」
 はあ、大きなため息をつきながらとジャーヴィス様はもっと下を向いてしまいます。
「パーティが終わるまでに仕事にキリをつけられたら、ここで待ってるから」
「はい、お待ちしてますね」
 多分、ジャーヴィス様はパーティがお開きになったころにここに来て、私を家まで送ってまた仕事に戻るつもりなのでしょう。
 私の返事を聞いて安心したような顔をしたジャーヴィス様を見た次には、リストランテ・パオリーノの裏手についていました。
「いきなり店の前に行ったら、みんな驚いてしまうだろうから」
「そうですねえ。でもいつものみんなは、もう慣れているかも」
「そうかな?……そうだねえ、君の友達には、いろいろ迷惑をかけている、と、思う……」
 だんだんジャーヴィス様の声が小さくなっていきます。
「大丈夫ですよ、みんな面白がってくれていますから」
「そう?……そう?」
「そうですよ。私の友達はみんな、心が広いので」
「そうかあ、いい友達がいるんだね」
「はい。みんな、いい友達です」
 そうです。みんな、いい友達です。私が調子に乗っていてものろけを聞いてくれて、結婚祝いのパーティも開いてくれる。
「あ、ローズとジャーヴィス様が来たよ」
 ジャーヴィス様に髪をいきなり伸ばされたことがあるジャクリーン。
「あ、やっぱりついてきたんだ」
 二人で一緒に買い物に行く約束をしていたら、ジャーヴィス様が最初から最後までついてきたことが3回くらいあったケイト。
「ジャーヴィス様、今日は男子禁制ですよ」
 体は男に生まれてきてしまったけれども心は女性、というクリッシー。学生時代からの友達で、今は同僚でもある彼女とは一緒に仕事の帰りにカフェに寄っているところをジャーヴィス様に見られ、クリッシーも髪とヒゲを伸ばされたのです。その後、おかげで憧れだったロングヘアになれたとジャーヴィス様の手を取って感謝を伝えていたので、「君の友達は、髪を伸ばされると喜ぶ人が多いんだな」と不思議そうな顔をされました。
「君がそれを言うのか」
「言いますよ!」
細かいことはもっといろいろあったけれど、最初は引いていたみんなも今ではジャーヴィス様とすっかり仲が良いのです。
「じゃあ、ヘン・パーティを楽しんできてくれ」
 また少し寂しそうな顔をするジャーヴィス様に私はうなずきます。
「はい、じゃあまた」
 手を振ってくれるジャーヴィス様に背を向けて、パオリーノにみんなと入って行きます。
 おいしいものを食べて、楽しい話をして。今日のこともいい思い出にしたい。自分の中で何かが突然変わった気がします。ジャーヴィス様の口の中に出してしまった何かと一緒に、なにか自分の中に溜まっていた、ちょっとした淀みが出たような。そんな汚いものをジャーヴィス様が飲んでしまったと考えると、なんとも言い表せないような気持ちになるのですが…。
 しかし、私がされて気持ち良かったことはきっとジャーヴィス様にして差し上げてもきっと気持ちよいのでしょう。いつかお返ししなければ。
「ローズマリー、乾杯するよ~?」
「あー、ごめん、ちょっとぼーっとしてた」
「ジャーヴィス様の事考えてた?」
「やだ、バレてた」
「きゃー!」
 いけないいけない。目の前にいる友人たちを放っておいて考え事をするのは良くないですね。妄想はまた後で。
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