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第4章 ヘラルド・ミストライブラ

第30話 弟の友達

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「ただいまー。…拓也は、ログイン中かな」

 少し早めに帰宅した私は、玄関を入ってすぐ見えるリビングに拓也の気配を感じないことから、そんなことをつぶやく。玄関には靴があるし、出かけているわけではないと…って、あれ?

 ドドドドドドドドドドッ

「ね、姉ちゃん!? 今日は遅くなるんじゃなかったのか!?」
「え、あ、うん。ちょっと、予定を変えて」

 本当は、下校途中の駅で降りて、街の図書館に本を借りに行く予定だった。『本』というのは慣習的な表現で、実際は、VRの歴史や研究を記録したデータベースを参照するためだった。フルダイブ装置の『初期型』にちょっと興味が出て、最古の研究論文を読んでみようかなと思ったのだ。この頃のものはなぜかネットでは公開されておらず、図書館にひっそりと保管されているに過ぎない。

 が、前島さんの昨日の帰り道の件が、どうにも気になったのだ。図書館は後回しにして、市内にあるその公園を少し散策した。昨日の今日なので、木の上から落ちたっていう女の子が『聖盾アイスフィールド』の現界を見て、大人の家族とかを連れて調べようとしているかもしれないと思ったのだ。全くの杞憂だったけど。そもそも、誰もいなかった…。

「ねえ、もしかして、お友達連れてきているの? 玄関に、二人分の靴があったから…珍しいね」
「そ、そうだよ。…なんで、いまさら…」
「?」

 よくわからないが、いずれにしても、拓也が中学に上がってから、家に友達を呼んでいるところは全く見なかった。小学生の頃は結構あったんだけど。だから、VRゲームでの交流に切り替えていたのかと思っていたのだけれども。もしかして、私が帰りが遅い時に、友達とか結構家に呼んでたのかな?

「そんなに、慌てなくてもいいのに。女の子ってわけじゃないんでしょ?」
「クラスの女だったら、どんなに良かったか…!」
「??」

 ますます、わからない。
 あと、本人達が目の前にいないからって、『クラスの女』とか雑な言い方しないの。癖になって、いつか学校とかで言っちゃうかもよ? モテたいんでしょ。

 とたとたとた

「なあ、拓也、お姉さん、帰ってきたの…か…」
「なんだよ、…じゃない…か…」

 …
 ……
 ………

 あれ? お友達ふたりが動かなくなった。そして、その横で拓哉が、なんか複雑な顔をしている。なんというか、これまで見たことのなかった表情だ。

 え、なに、私、なんか変なカッコしてる? 髪は…うん、ボサボサとかじゃない。制服は…汚れもないよね。それとも、いつの間にか『ミリアナ・レインフォール』として現界していた? それはないか。

「あの…えっと、拓也の姉で、美奈子みなこです。拓也の3つ上で、高2だよ。ふたりは、拓也のクラスメートかな?」
「あ、はい。そう、です」
「初めまして、お姉さん」
「うん、初めまして。でも、たぶん、『ファラウェイ・ワールド・オンライン』で会ってるよね?」
「え!? あ、は、はい、そうです! ほとんど話はしていませんけど」
「ぼ、僕もです! …はー、本当に、リアルと同じだったんだなあ」

 ああ、そういうことかあ。私の交流用偽装アバター『コナミ・サキ』は、私のリアル容姿を徹底的に模倣したものだ。ゲームの中だけの存在と思っていたアバターの見た目が、現実世界でいきなりそのまま現れたらびっくりするか。いくら素体が女ドワーフの基本造形でも。

 そういえば、ゲームの中でクラスメートに初めて声をかけられる時も、なんかすごくびっくりしたような表情なんだよね。これは、今の拓也の友達の場合と逆のパターンだったのかな。

「リアルでも弟と仲良くしていてくれてありがとう。中学に入ってから、学校やクラスメートのことほとんど話してくれなかったから」
「そ、そんな心配しなくていいから、…」
「『姉さん』? どうしたの拓也、さっきまで『姉ちゃん』って…」
「わー、わーわー! と、とにかく、もう自室に戻ったら? つ、疲れてるだろ」
「…ほんとに、どうしたの? 普段と話し方が…」
「い、いいから!」

 ぐいっ

「あっ…ご、ごめん」
「え、何が? 背中、押されただけじゃない」
「そ、それは…」
「ほんと、変なの。それじゃあふたりとも、ごゆっくり」
「「はい!!」」
「…調子いいよな、お前達」

 とてとてとてとて
 ばたんっ
 どさっ

「ふう…。拓也、なんだったんだろうなあ。友達の前ではいつもと雰囲気が違うし、話し方も…。そりゃあ、もう中学だし、少しは外面ってものがあるだろうけど、でも、普通は逆じゃない?」

 なんか、妙に物腰が丁寧だった。それも、私に。友達には若干ぶっきらぼうな感じだったけど。…ねえ、やっぱり、普通は逆だよね?

 そういえば、拓也の友達…大人っぽかったなあ。私よりもずっと背が高かったし。そりゃあ、中学生と言われればその通りだし、前島さんや他のクラスメートと比べれば、まだまだ年下に見える。でも、拓也の友達といえば小学生の頃までしか知らなかったから、未だ妙な違和感がある。

 そしてそれは、さっきまでの拓也にも言える。家の中や、あと、前島さんとかの前でもあんな風に落ち着いてくれていたら、私もようなこと言わずに済むのに。中学に上がってから話す機会がめっきり減ったのに、たまに食事とかで話す時は昔ながらのやんちゃ(死語)ぶりを見てきた私には、未だしっくりこない。後で、お父さんやお母さんにも聞いてみようかな。

「しっくりこないし、それに、なんか寂しい…ような。ん? 私ってブラコンだったのかな?」

 ないない、拓也相手にそれはない。まあ、気持ちの問題なのだろう。弟が成長していて嫌などということはないし。よし、まだちょっとよくわからないけど、これを機会に、外面を内面にもしてもらおう。それが一番いいよね、うん。
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