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第6章 並木リナ

第29話 家族の肖像

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 今通っている中学は、自宅のある学区を無視した少々遠い市にあるため、中学生ながら電車で長距離通学している。その市は自宅のある地域よりも人口がはるかに多く、史跡やらショッピングモールやらが充実している。実際の理由は違うのだが、そちらの中学の方が便利だからと、高額な交通費とそれなりの通学時間を承知で、数か月前に転校した。

 その日も、学校から自宅におよそ一時間ほどかけて帰宅する。宿題をして、少しだけVRゲームにログインすると、あっという間に夕食の時間である。

「え、それじゃあ美奈子さん、今日だけで2度も『出動』したの!?」
「そうなんだよ。ちょうど学校が休みだからって、そりゃあもう張り切って」
「うーん…。一部の運営の人のように、ワーカホリックのところがあるんじゃあ…」
「かもしれんなあ。霧雨さんは、使命感もとても強いしな」

 現在の『ファラウェイ・ワールド・オンライン』は、表向きはともかく、裏社会…いや、あまり知られていない側面として、とてもただのゲームではなくなっている。ある意味『ゲームを越えたゲーム』となったきっかけは、ふたつ。

「『NPC制御システム』は、美奈子さんのことをきちんと把握しているのでしょう? 肉体的な負担とか、精神的な心情とか」
「それは、これまでの『緊急クエスト』と同じだよ。彼女の『現界』した姿を見た現場の人々の心境の変化も含めてね」
「相変わらず、とんでもないよね。美奈子さんも、そして、『NPC制御システム』も」

 父から何度も聞かされた、私が小さい頃に起きた事件。その事件の収拾をつけるために導入された『NPC制御システム』が、その収拾だけでなく、それから起きた様々な事件の具体的な解決策を『緊急クエスト』として生成するようになった。今では、全世界のクリティカルな事件の大半を扱い、悲惨な結末を未然に防ぐようになっている。その成果は計り知れず、ここ数年のフォークロア・コーポレーションは、世界中で知る人ぞ知る救世主扱いである。その救世主たる会社の社長の娘の心境やいかに?

「『アバター同期率』の高いユーザは、生成される緊急クエストに特に適合しやすいからね。リナもそうだったのにはびっくりしたが」
「リナ、あなたは『出動』したことがあるの?」
「まだだよ、お母さん。でも、いつか私も活躍したいと思ってるよ。美奈子さんみたいに!」
「血は争えないわねえ。お父さんも、活躍したいと思っているのでしょう?」
「まあな。でも、私が『現界』したところでどうにもならん。『NPC制御システム』のお守りをするのが私の使命だよ」

 正直、私には関係ないことだと思っていた。私は別に、VRゲームの技術的な事柄に関心があるわけではなく、詳しいわけでもない。ましてや、『NPC制御システム』など私にとってはほとんど神様みたいな仕組みだ。何がどうしてそうなるか全くわからない。ただ、SF映画とかに出てくる『人類の敵』にはなり得ないだろうなとは思っていた。それだけ、生成される『緊急クエスト』は緻密で、かつ、人間の心情に細やかに配慮したものとなっている。いったい、どういう仕組みでなんて作れるんだろう?

「そういえば、霧雨さん、今日は本当に時間があるからって、『現界』スキル付与の魔石をまた大量に送ってきたよ。お代はいつでもいいと」
「お父さん…。いや、ユリシーズさんに言った方がいいのかな?」
「いやいや、彼女がいつの間にか作って、一方的に送ってきてるんだ。まさか『ミリアナ・レインフォール』のマイホーム空間だけを、運営としてどうにかするわけにはいかないだろう」

 『ゲームを越えたゲーム』となったきっかけ、その2。数か月前に起きた『現界』現象。VRゲームとしての稼働開始直前に『NPC制御システム』が生成して設定した最終クエスト、それを初クリアした『ミリアナ・レインフォール』というアバターが、フォークロア・コーポレーション主催の初クリア記念を想定して中継していた会場に突如として転移してきたのである。

 もう、わけがわからなかった。あの時、実は私もその会場にいた。ミリアナ…美奈子さんは、気づいてなかったけど。それだけ多くの人々が目撃したにも関わらず、あまりの非日常的現象に、夢を見ていたとしか思えなかった。もちろん、私もである。だが、当事者であり、『ミリアナ・レインフォール』の中の人である霧雨きりさめ美奈子みなこさんは、その日のうちに生成された『緊急クエスト』に現界能力を駆使して挑み、120%とも言うべき成果を残して解決した。

 それから、彼女が関わった他のユーザのアイテムにも『現界』スキルとして発現し、弟の霧雨拓也たくやくんやクラスメートの前島まえじま優希ゆうきさんといった仲間達と共に、これまでになく難解な『緊急クエスト』をあっさりと解決し続けている。リアルでは、自身が『ミリアナ・レインフォール』であることを隠しながら。

「わかった! ここは、美奈子さんがミリアナであることを知っている私がなんとかする!」
「なんとかって…どうするんだ?」
「直接、美奈子さんに話すよ。もうちょっと力を抜こうって」

 そう、私だって活躍したいのだ。そして、美奈子さんが楽になれば、せっかく進展している霧雨くんとの仲だってより深まるに違いない。まさに一石二鳥!

「なんか、ミイラ取りがミイラになりそうねえ」
「母さん、それはフラグでは…」

 ん?
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