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第7章 ヘラルド、ユーマ、ライナ、ミリアナ

第34話 確認という名の発覚

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 ある平日の夕方。夕食までにはまだ時間があるなという頃。自宅のリビングで、美奈子と弟の拓也たくやでくつろいでいる。たまにはゲーム外でも拓也と一緒にいたいのだ。リアルのジンジャーエールも美味しいし。んまんま。

「なあ、美奈子みなこ姉さん、訊きたいことがあるんだけど」
「なに? あらたまって」
「姉さんって…『ミリアナ・レインフォール』でもあるのか?」

 ぶほあっ

 ジンジャーエール、豪快に吹き出しちゃったよ!

「す、すまん。そんなに驚くとは思わなかった」
「けほけほ…。驚くなっていう方が無理だよ!」
「じゃあ、やっぱり…なのか?」
「………………………うん」

 唐突にバレちゃったなー。しかも、一番隠したかった拓也くんに。あーあ。

「なんで、わかったの?」
「ああ、いやほら、以前、前島まえじまの野郎が弟やその友達を連れてウチに来ただろ? 余計な連中も引き連れて」
「う、うん」

 三人娘…いや、『新緑の騎士団』ギルメンに対してだな、拓也くんの評価は果てしなく悪いままのようだ。向こうはそうでもないんだけど。

「その時、あいつが言ったんだよ。『「ミナ」と「ミリアナ」って名前が似てる』って」
「はあ。…え、もしかして、それだけ?」
「それだけなんだ、実は。カマかけて悪かった」
「えええ…」

 本当に、えええ…だよ。私がミリアナってこと隠すの、どんだけ苦労したのかと。

「いや、マジでわからなかったからな。いくら『コナミ・サキ』と『ミリアナ・レインフォール』が一緒にいるとこ見たことなかったとしても」
「ああ、まあ、それもあるか」
「どっちもソロで有名だったし、そもそも、『ふたり』がなんらかの関わりがあることさえ、俺達のギルドしか知らなかったからな」

 ミリアナに直接的に関わりがあることさえヤバい…らしいので、拓也くんや前島さんも言いふらすことはしないでいてくれた。ギルメンにもかなり徹底していたようだ。

「そりゃあ、一所懸命、隠したもん。私のスキルを総動員して。偽装スキルだけじゃなく、装備の組合せやログインのタイミングも含めて」
「そこまでして、なんで…って、当然か。初めてのユニークウェポン保持者となった時点で相当なものだったもんな、『ファラウェイ・ワールド・オンライン』じゃ」
「そういうこと。でも…」
「でも?」
「そろそろ、話しておきたいなとは思ってたけどね。拓也くんにだけは」
「そっか…」
「でも、その、ええと…」
「ああ、うん…」

 言い出しにくかった理由は他にもあるし、むしろそれらの方がメインではあったのだが、拓也くんに限っては『アレ』がトドメを刺していた。

「その…。姉さんは、知っていたのか? 昔のこと。俺が、『ミリアナ』に言うまで」
「実は…知らなかった。あの時、ミリアナとして拓也くんに聞くまで」
「うわあああ」

 私は、誰なのか。

 戸籍や住民登録上は間違いなく『霧雨きりさめ美奈子みなこ』である私は、そのルーツについて誰も覚えていない。というか、誰も知らない。生まれた時のこと、赤ん坊として育った時のこと、保育園に通っていただろう時期のこと。記録だけが残っており、そして、誰も覚えていない。

 私は、本当の両親が事故で亡くなった直後に、拓也くんの姉として突然現れた。人々の証言を総合すると、そんな感じなのだ。ふたりともすぐに今の両親に引き取られ、今住んでいるこの街に越してきたから、そこでうまい具合にリセットがかかったような状況である。

「え、えっと、私は特に気にしてないよ? ユリシーズさんから確認のために尋ねられた時も、特にどうということはなかったし」
「ユリシーズさん? ユリシーズさんって、運営の?」
「ああ…。そっか、拓也くんにはいろいろと説明しないとね。私が『現界』能力を手に入れてから、何をしてきたか」

 いっぱいあるなあ。こうなったら、次の定例ミーティングに連れていって、ユリシーズさんやリナちゃんとあれこれ話した方が良さそうだ。あ、でも、ユリシーズさんはともかく、リナちゃんはまだ私の不可思議な素性を知らなかったっけ。まあいいか、いい機会だからリナちゃんにも話しておこう。

「いろいろ、あったみたいだな」
「まあね。それは、あとであらためてゆっくりと。で、でね、今、これだけは言っておきたいなって…」
「なんだ?」
「私は、私が誰であっても、拓也くんの姉だよ? ううん、姉じゃなくたって…」
「…ストップ」
「え?」
「い、いや、その先は、今は言わないでおいてくれるか?」
「………………………そ、そう、だね。その方が、いい、かも」
「あ、ああ…」

 ええと…私は今、拓也くんに何を言おうとしていた? なんか、当たり前のように、それを伝えようとしていて、それで…。

「…」
「…」

 …うん、拓也くんの言うとおり、は後にしよう。うん、そうそう。

「ただいまー」
「そこで母さんに会ってな…どうした?」
「…あ、お父さん、お母さん、おかえりなさい」
「…おかえり」
「「?」」

 ああ、両親にも言っておかないとね、私が『私達』のことを知ってるってこと。でも、私がミリアナってことは後でもいいかな。こっちの方がショック大きそうだし。少しずつ、少しずつ。

「前島の野郎はどうすっかな…。しゃくだけど、あいつの言葉がきっかけだったし、姉さんと学校が同じで知っといた方がいいのは確かだし」
「ああ、うん、そうだね。私から言っておくよ」
「んにゃ、俺も立ち会う。それは譲れん」
「そ、そう…」

 えっと、大丈夫だよね? 何もしないよね? 何が何とは言わないけど。うーん。
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