二度目は清く、正しく

かなり柘榴

文字の大きさ
上 下
7 / 8

紅茶の香りは夕食時に

しおりを挟む
「王都の学院ですか?」

「そうだ。貴族の子息はいずれみんな通うことになる。王族と貴族だけのための名門だ。ちょうどエリオごろの年の子から入ることになる。」


拍子抜けだ。
わざわざ呼ばれたからどんな用事かと思いきやそう切羽詰まった内容でも驚きを誘う内容でもない。
この世界にも教育機関があるということぐらいは俺だって知っている。いつかは俺も通うことになるということも想像していた。
思っていたよりも早かったなというのが正直な所だが。


「学院では何が学べるのですか?」

「座学から実技まで幅広くはあるが、基本的には魔術を学ぶことになる。」

「歴史や政治学などは学ばないのですか?」


学院という名前の割にはそこまで勉強一辺倒というわけでもないようだ。
それにしても魔術か。
存在こそ知ってはいたが今までろくに教わってこなかった。
母も父も、使用人にも教えを乞うたのだが「まだ危ないから」と断られ続けてきたのだ。
なので俺にとっては完全に未知の世界となる。
これは踏み込まない手はない。
ただでさえ何もかもが成長期真っただ中なのだ。
若いうちにできることはなんにでも挑戦していきたいと思う。そんなことを考えてしまうのは前世のせいだろうか。


「父上、僕はぜひ通ってみたいと考えています。」


その答えを聞くと父は少しだけ口元を緩める。


「わかった。手配しておこう。さあ、そろそろ夕食の時間だ。先に行ってなさい。」


不安がないといえば嘘になる。当然のことだ。
愛しい一人息子を侯爵領から離れた王都の学院へ通わせることに不安を抱かないはずがない。

しかし、しょうがないことである。

この国での魔術教育というのは国の規定通りに特定の機関で行わなくてはならないのだ。

それ以外の学問の教育はそれぞれの家で行われ、そのためより高度な教育を行うことで他の貴族に力を見せつけるという使われ方もする。

だがそれとは異なり魔術はより優秀な人材を育成するために国が主導で専門教育を行うのだ。
そしてエリオもようやく教育対象となる年齢に達したのだ。

子供の成長というのは驚くほどに早いものだ。私が抱きかかえると泣き喚いていたこともつい昨日のように思い出せる。
しばらく息子の顔は見られないかもしれない。

そう考えると意思に反して目頭が熱を持つ。

いかん、いくらなんでも親バカが過ぎる。
そう思って平常心を保とうとしても抑えきれない感情にブルブルと震え続ける父親初心者な侯爵なのであった。


「「「いただきます。」」」


うちでは基本的に夕食を一緒に食べるのが日課である。
前世の感覚からするとそう珍しいことでもないのだが、この世界ではかなり珍しいことらしい。
なんでもたいていの貴族は父親が職務に追われてしまっているために決まった時間に休めず、母親も貴族同士の交流とやらで家を開けることが多いのだとか。
そんな中でもわざわざ時間を空けてくれるのはありがたい限りである。
孤独なグルメも悪くはないが、食事は誰かと食べるのが一番好きなのだ。


「エリノア、そういえば近いうちに茶会があると言っていたね。」

「ええ、マッキンベル公爵夫人が主催をなさるそうよ。」

「王妃もお越しになると聞いているが。」

「私もそう聞いているわ。」

「第一王子も来るのかね?」

「お越しになるというように聞いているわ。」


少し目を瞑って考え込むそぶりを見せる父。
この流れはあれだろう。おそらく俺も一緒についていかなければならないやつだ。
ならば先に手を打っておこう。


「第一王子はどのようなお方なのでしょう。一度お会いしてみたいです。」

「あら、エリオも行きたいの?」

「私からも頼む。エリオをその茶会に連れて行ってやってはくれないか。」

「私は構いませんが、先方がどうおっしゃるか…」

「いや、必ず許してくれるはずだよ。」

「…なるほど。わかりました。」


二人の間だけで伝わるやり取りが交わされていたような気がする。子供というのはこういうときに当事者であるはずなのに蚊帳の外だ。

少し気にかかることではあったが直接言わないということは話す気はないのだろう。
詮索しても仕方がない。そう考えた俺は夕食を食べ終わるとすぐに風呂に入って歯を磨き、布団に潜り込むのだった。
















「国王からの依頼ですか?」

「ああ。それと公爵家からの願いでもある。」

「どのような内容なのです?」

「第一王子の側近となりうるものを育て上げ、交流を持たせよとのことだ。」

「あら、国王はずいぶんと親バカなのね。」

「エレノア、エリオが巻き込まれて怒るのはわかるがうかつなことは言わないでくれ。」

「いいじゃないですかこのくらい。多少は部下の愚痴も許すのが優れた上司というものでしょう。だいたい~~~~」





この後もダリオは一時間ほど愚痴を垂れ流すエリノアに拘束され続けた。
しおりを挟む

処理中です...