彼がスーツに着替えたら

森野きの子

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後悔先に立たず3

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 さすがに空腹を覚え、鍋に希釈した麺つゆを沸騰させ、冷凍のうどんを入れた。ひと煮立ちさせ、火を止めて水溶き片栗粉を回し入れ、溶き卵も入れる。もう一度、とろ火にかけて卵が固まったところで器に移し入れ、野菜室の中でかろうじて息をしていたであろう三葉をのせ、お気に入りのハチミツ南高梅の種を剥いて、肉厚な梅肉を落とした。

 本当はちゃんと出汁をとった方がいいんだろうけど、そんな余裕ないし。と、誰にともなく言い訳をする。ローテーブルに移動し、座って手を合わせる。

「いただきます」

 麺を箸で持ち上げると、カーテンから差し込む朝日に湯気が揺れた。ふうふうと息をふきかけ、啜る。麺つゆの出汁の味と卵のまろやかさ、そして爽やかな酸味のあまじょっぱい梅の味が広がる。肉厚な梅肉に何故かキスを思い出した。いや、おかしいでしょ、と脳内でツッコミを入れる。が、ふいに浮かんだのは、事に及ぶ直前の亮だ。

 あんな目をして、私を見たくせに。

 女を騙すために好きだなんて言うな。


 涙が溢れ、危うく噎せるところだった。


 いや、ダメだ。だめだ。あれは最低のゲスだ。あんなまだ幼い声の娘を置いて……、うわ。とんでもない。

 知らなかったとはいえ、不倫でしょ。慰謝料って数百万だよね。貯金でなんとかなるだろうけど、お金の問題だけじゃない。人間性が疑われちゃう。知らなかったなんて言われても、奥さんだって知らないって話だよ。せっかくいい会社に入れて自立できたのに。不倫してたなんて知られたら、どんな顔して日常生活を送ったらいいの。怖い。どうしよう。まともな人の枠から外れちゃった。


 喉が締まって苦しくなる。食欲も失せ、箸を置く。項垂れると、恐怖と罪悪感と孤独感がさらに重みを増した。


 恋なんかしなけりゃよかった。もう仕事しか信じない。生きていくのに本当に必要なことだけして過ごそう。


 リオちゃん、ごめんなさい。私が言うなって話だけど、もう二度とあなたのパパには会いません。

 奥様、ごめんなさい。知らなかったんです。この最低で馬鹿な女は卑怯ですが、このままフェードアウトさせてください。


 ひとしきりぐずぐず泣いて、冷めたうどんを啜り、顔を水で洗って、ベッドに潜り込む。明日の出勤がこんなに待ち遠しいのは初めてだった。


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