連鎖

蛇ノ眼

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夕貴

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 親友だった綾乃が死んだ。

 自殺だった。

 同棲していた恋人に別れ話を切り出されたのがきっかけだったようだ。

 綾乃は恋人をメッタ刺しにした後、自分の命を絶ったらしい。

 遺体は綾乃のアパートから見つかった。

 二人の遺体は、押入れの中で見つかったそうだ。


 
 綾乃が死ぬ1週間前に会った。
 いつもの喫茶店で待ち合わせた。
 久しぶりに会った彼女は、少し痩せた印象も持ったが、普段通りだったと思う。
 彼に対して一つのグチも溢してはいなかった。

 ただ……今思うと、死ぬ覚悟をしていたのではないか?
 そう思う言葉を口にしていた。

 
「運命って、どんなに頑張っても変えられないものね」

 
 頬杖を突きながらどこか遠くを見て綾乃は言った。

 運命……

 彼女は子どもの頃からその言葉をよく使った。

 彼女が他の人とは少し違う。
 そう初めて感じたのは二人が小学校6年生の時だ。卒業を数日後に控えた時だった。


 私と綾乃はそれぞれの宝物を用意し、未来への自分に手紙を書いた。
 そして、それをそれぞれの箱に入れて校舎裏にある山に埋める。いわゆるタイムカプセルと言うやつだ。
 二人がお母さんになったら取り出してお互いのを見せ合いっこしようと決めた。
 
 目印は、ちょっと変わった曲がり方をして伸びた木。
 その木の下に穴を掘り、箱を入れて上から土をかぶせる。
 その時に綾乃は言った。

 
「ねぇ?夕貴ちゃんは運命って信じる?」


 唐突な質問に私は返答に困ったのを覚えている。
 そんな私を見て綾乃は笑いながら言った。

 
「私はね、信じてないよ」


 私はしばらく考えて言った。

 
「私も信じないよ!」

 
 難しく考えての返答じゃ無かった。
 ただ、大好きな綾乃が信じないのなら自分も!ってそういう子ども心だった。
 私の返答に綾乃は嬉しそうに笑った。


 


 この電車に乗るのは何年ぶりだろう。
 私も綾乃も大学入学と同時に家を出た。
 その後両親も都心のマンションに移り住み、私がこの線を利用する事は無くなった。

 
 私は綾乃と埋めた箱を掘りに向かっている。
 私はまだお母さんにはなっていない。
 だけど、綾乃は死んでしまったし、それに……自分のお腹を優しくさする。
 少しだけフライングしても綾乃も怒らないだろう。
 あの箱の中には綾乃の思い出が入っている。それを彼女のお墓に持って行ってあげたい。


 久しぶりの駅はほんの少し改装されて綺麗になっていた。
 駅からしばらく歩くとその先の景色はさほど変化していなかった。
 小学校が近くなるにつれて下校途中の子ども達とすれ違う。
 私は懐かしい校舎を横目に裏山へと足を向けた。


 裏山は昔と同じようにそこにあった。
 箱を埋めた場所、それが解るだろうか?
 私のそんな不安はスグに消える。
 曲がった木が目に入った。木は私の記憶の中とほとんど変わっていなかった。


 私は木の根元にしゃがみ込む。
 そして、持って来ていたスコップで土を掘った。
 腰を曲げる体制が、お腹の赤ちゃんに悪いのではないか?と不安だったが、思うほどはお腹に苦しさを感じなかった。

 しばらく穴を掘る、がソコから何か出てくる気配はない。
 曲がった木が他にもあったのだろうか?それとも、誰かに見つかってしまったのか?
 
 そんな事を考え出した頃、スコップが何かにあたる感触。
 土を横に払うように掘る。
 ほどなくして、銀色の箱の一部が覗いた。
 子どもにしては、結構深く掘ったものだ。

 二人で埋めたその箱は二つ並んでその場所にちゃんと埋まっていた。
 ブリキで出来た箱は、少し錆びている。
 中身はどうだろう?自分の箱の蓋を開けてみる。
 錆び付いているせいで少し開け難い。箱を回しながら四隅に少しずつ力を加える。


 ほどなくして蓋が外れる感覚がした。
 ソッと蓋を外し中を見る。
 中には小さなウサギの人形と髪留め。そして封筒が入っていた。
 このウサギの人形と髪留めは本来引っ付いていた。
 私は当初それがお気に入りだったが、ある日うさぎの人形部分が髪留めから外れてしまったのだ。
 それ以来髪に付ける事が少なくなって、そしてこの箱に入れた。
 
 あの時、何を入れるか考えて「本当に大事な物」は入れれなかった。大事な物を手放すのは嫌だったのだ。
 でも、タイムカプセルには大事な物を入れなくてはいけない。そう考えて、壊れてしまった大事な物を入れたのだ。
 子どもらしい行動だな……と振り返る。

 封筒を手に取るとそれは見ないで鞄にしまう。
 これはお母さんになった日に自分に見せようと思った。

 悩んだが綾乃の箱を開けてみる事にした。
 同じように錆付いていたが、コチラもほどなくして蓋は開いた。

 中にはノートが一冊入っていた。


 

 帰りの電車に揺られながら綾乃のノートを開く。
 ノートには最初のページから字が綴られていた。
 小学生の女の子の字。
 私はページの字に目を走らせる。



 ――――――――――
 △月△日
 
 今日は夕貴ちゃんと学校の裏山にタイムカプセルを埋めた。

 私はカプセルの中にはこの「日記」を入れた。
 ――――――――――


 最初のページはそれだけが記されていた。

 私は奇妙な事に気が付いた。
 この日記は土の中に埋められた日の事を書いている。
 だけど、ノートのページはまだまだ続くのだ。

 白紙なのだろうか?
 と思い、ページを捲る……

 
「なに……これ……」

 


 思わずノートを手から落としそうになった。
 ノートの2ページ目以降……そこにはビッシリと文字が書かれていた。
 最初のページと同じ字……間違いなく同じ小学生が書いた字だ……
 私は2ページ目に書かれた内容に目を走らせる。
 
 ――――――――――
 △月△日

 卒業式の練習中、ミカちゃんが体調を悪くして倒れてしまった。
 ミカちゃんが倒れたのはこれで3度目だ。
 ――――――――――
 △月△日

 今日は卒業式。
 あの意地悪な林くんが泣いた、意外だった。
 ――――――――――
 △月△日

 夕貴ちゃんと夕貴ちゃんのお家で遊んだ。
 クッキーを焼いたけど焦げてしまった。
 落ち込む私達に、夕貴ちゃんのお母さんがケーキを買って来てくれた。
 ――――――――――


「なんで……」

 私はノートに視線を落としながら呟く。
 
 最初は綾乃の妄想なのかと思った。
 卒業式の前日や、当日に綾乃が書いている事が本当にあった事実なのか?私は覚えていないからだ。

 だけど……このクッキーの日の事は私もよく覚えている。
 この日以来、私はお菓子作りに苦手意識を持っているのだ。

 もしかして、綾乃は二人で箱を埋めた後掘り起こし、そしてこのノートを書いていたのだろうか?

 私は先ほど土を掘った時の事を思い出す。
 土の上には雑草が生え、掘り起こされたようには見えなかった。

 この日記は綾乃の妄想なのか?
 それとも、本当に起こった事が綴られているのか?

 そして、この日記が一体いつまで書かれているのか?
 私はソレが気になり無心で読み進める。

 ――――――――――
 △月△日

 夕貴が一緒にブラスバンド部に入部しようと言ってきた。
 私も他に気になる部も無かったからブラスバンド部に入った。
 ――――――――――
 △月△日

 中間テストの結果が散々だった。
 頑張らないとS高に行けないかもって先生に言われてしまった。
 最悪。
 ――――――――――
 △月△日

 なんと私達の部が全国大会で優勝した!
 3年間がんばったかいがあった
 ――――――――――
 △月△日

 下校途中の道で、夕貴が告白された。
 K高の男子だ。
 夕貴はその場で断った。
 ――――――――――
 △月△日

 P大学から合格通知が来た。
 これで私も春から大学生、1人暮らしだ。
 ――――――――――

 
 電車が駅に到着する。

 私はノートを手にしたまま改札を出る。
 目に入ったタクシーを捕まえ乗り込んだ。
 私は自宅に向かうタクシーの中でもノートを捲る。
 
 ここに書かれている事。
 私が知っている内容はすべて現実にあった事だ。きっと綾乃個人の出来事もそうなのだろう。

 だとすると?どういう事なのだろうか?
 綾乃は、その後定期的にノートを掘り出しては日記をつけていたというのだろうか?

 一体なんのために?
 ノートのページは残り少ない。

 綾乃は死んだ。
 まさか……その死の前日までこのノートは書かれているというのだろうか?

 ノートを読み進める。

 ――――――――――
 △月△日
 
 就職が決まった。
 小さな会社だけどやりたかった仕事だ。
 ――――――――――
 △月△日 ***
 ――――――――――
 △月△日
 
 Aさんに食事に誘われた!楽しみすぎ!
 ――――――――――
 △月△日 ***
 ――――――――――
 △月△日
 
 Aさんに食事を作ってあげた。
 リクエストはカレーライス。
 とても美味しいと喜んでくれた。
 ――――――――――
 △月△日
 
 夕貴と食事をした。
 夕貴にも彼氏が出来たそうだ!
 すでに結婚の予定も進んでいるらしい。
 今度Wデートしようと盛り上がった。
 ――――――――――
 △月△日 ***
 ――――――――――
 △月△日
 
 夕貴からのメール。
 なんと妊娠したらしい!
 新米ママに向けてブログをはじめたと言う事だ。
 さっそく見に行く。幸せそうで羨ましい。
 ――――――――――
 △月△日 ***
 ――――――――――
 △月△日
 
 Aさんの様子がおかしい。
 好物のカレーライスを作ってあげても、何も言ってくれない。
 ――――――――――
 △月△日 ***
 ――――――――――
 △月△日
 
 Aさんは今日も朝帰りだった。
 遅くなる時は連絡だけでもして欲しいと伝えたが顔すら見てくれなかった。
 ――――――――――
 △月△日
 
 夕貴に相談したくてランチに誘った。場所はいつもの喫茶店。
 お互い忙しくてなかなか会えなかったけど、半年振りに会う夕貴は幸せそうだった。
 だけど、変だと思う事があった。
 結局私の相談は出来なかった。
 ――――――――――
 △月△日
 
 夕貴のブログを久しぶりに見た。
 なんであんなウソを書いているのだろう……
 本人に聞いてみた方がいいのだろうか……
 ――――――――――
 △月△日 ***
 ――――――――――
 △月△日 ***
 ――――――――――
 △月△日
 
 Aさんが一週間帰ってこない。
 ――――――――――
 △月△日
 
 Aさんからメール。
 明日荷物を取りにくると言うことだ。
 カレーライス食べてくれるといいのだけど……
 ――――――――――


 
「お客さん、着きましたよ」

 運転手の声で顔を上げる。
 私の表情を見て運転手は怪訝な顔を見せた。

 
 私はおつりも受け取らずタクシーを降りる。

 マンションキーをセキュリティー部分に当てる。
 手が震えている。
 自動ドアが開くスピードが今日ほど遅く感じた事は無い。


 怖かった。
 後ろを振り向けば何か得たいの知れない者が付いて来ていそうで……
 振り向けない。
 エレベーターに乗るのが怖くて、8階まで階段を駆け上がる。

 
 ノートの先を見るのはやめよう。
 見てしまうととても恐ろしい事が書かれているような気がした。
 ノートは燃やしてしまって、そして忘れてしまおう。


 今は一刻も早く部屋に帰りたい。
 早く彼の顔を見たい。
 笑顔でおかえりと言ってもらったら、この恐怖は消えるに違いない。


「あ……」
 
「え?……」

 
 階段を8階に上った所に彼がいた。
 彼も丁度帰宅した所のようで廊下で鉢合わせする。

 
「なんで……お前」

 
 彼は驚きの表情を見せて呟く、そして足早に私に向かってくる。
 その顔は怒っている。

 そうだ……私は今、彼の子どもをお腹に宿しているのだ。
 それなのに、階段を全速力で駆け上がってしまった。
 彼が怒るのも当然。

 目の前に彼が立つ。

 
「ごめん!ごめんね……でも……私、こわく……」

 
 彼の手が勢いよく私に伸びた。抱きしめられるのだと思った……

(ドッ!)


 
「え?……仁志くん?」

 
 私の体は強い衝撃と共にフワッと浮いた。

 彼の顔が遠ざかっていく。

 とても怖い顔……

 なんで?

 私は……

 あなたに早く会いたかっただけなのに……

 会いたかっただけなのに……

 私はあなたに……
 私はあなたに……
 私はあなたに……
 私はあなたに……
 私はあなたに……
 私はあなたに……
 私のあなたに……
 私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私の

 あなた

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