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愛くるしい頬、窓辺に寄せる

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 とある日、ピアノの音色に耳を澄ませる。
 窓辺に寄せて、花瓶に刺さる菊の花。
 彼岸に差し込む幻想の、奏でるように時が、一抹の不安と焦燥を置いてある、置物、兎のぬいぐるみと、人形の女の子、寄り添うように、真ん中に白い指輪。
 恋よりも、大事なものは、何もないと、歌うカナリアのように、声が、震える、鳥かごの巣で、枯れている、草花、死相の見える青白い顔で、鏡を覗き込む、手に持った取っ手には、刻まれる若草模様のような記号の希望、明日が呼んでる、まだ生きたいと願うなら、傷心の枯葉にしっとりと、うちつける雨音、雨戸の隙間から、灰色の雲が、折れるような腕をのばして、未来を信じていく、一瞬走った光が、消える前に、生きることをやめたくないなら、大事な兎のぬいぐるみを抱きしめる、すると、昨日の涙が、つっと忘れた頃に、頬を伝うなら、カーペットにポタッと落ちて、まるで、菊の花びらが、茎から折れて、狂おしいくらいにしびれる、頭からつま先に、走っていく、抱擁を解く戯れの白き菊。
 死ぬには早い季節に、追いかける幻に、影が映り込む、水たまり、雨は上がらない、しかし、いつかは差す光はきっと信じることができる、まるで、太陽に、背を向けるヒマワリ、ライブナ、永遠のブナ、どうか、人間でいることを、誇りより埃を吸い込む鼻と口の中に、器官を通る道筋、水で調和する、光の波長が、羽をもった小鳥のように、カナリアのような鳴き声で、独りきりなら、そっと僕の声に、合わせて、歩調を合わせて、通り過ぎようか。
 生きてきた道が、先まで、永遠にあるということは、僕にはわからない。
 君たちを励ますことは僕にはできないけれど、暗い小道で、明かりを探すなら、道ずれになって欲しいから、どうかそばに居て、叶わないジレンマに過ぎ去りし日々の夢が、閉ざされた扉の向こうから、微かに空いた隙間に、指を入れて、こじ開ける、苦しみとか憎しみとか、絶望とか偏見とか、一杯あるけれど、君の髪を結いたい、まだ明け染めぬ時間に、乙女になるように、手を差し出してくれたら、僕は、手をはねるかあるいはつかむか。
 翼が、生える前に、窓辺に寄って、愛くるしいその頬を、リンゴのように染める、君たちの時間が、もうないなら、理由は訊かない。
 早朝、君たちの肉体が、添え物のような冷たい風に、触れるなら、僕は、隙間の空いた窓を閉ざして、光の入らない、世界を憎む、君たちだったら一緒に憎むことができる。
 僕の気持ちは一つ。
 ただ重なりあった苦悩を二倍にしても、重なる重さに、夢が、なくなっても。
 君の髪をとかす、そんな朝に、鏡台から反射する朝日に、閉じ忘れたもう一つの窓。
 南の窓から、差し込む、朝日に、挨拶を。
 そして、もう生きられないというのなら、何も言わないで、そばに居ることはできないけれど、あの風に、少し、窓辺に置き忘れた本のページを揺らす、パラパラと音がする。
 静かな時に、もう、何も聞こえない。
 聴こえるとしたら、君の苦しい呟き。
 何度泣いても、何度泣いても、その声が、枯れたら、変われる。
 訪れる希望こそ、官能の喘ぎ、生きているという実感は、永遠なんかよりも触れられる林檎に歯を立てるように、かじって、その酸っぱさに、頬が染まるなら、君たちは、永遠よりも生き続けることを、選ぶことができる。
 口説き文句なんかよりも、失意の時は、そっと、手の平を見つめて。
 皺と傷と色が、君の生きてきた時間を信じてくれる。
 だから、じっとして、苦悩に染まるのなら、自分の体を愛してください。
 そしたら、心が、触れるまで、息をしているという瞬間に、死にたくないという気持ちが起こるから、何もない日に、心に火を灯す、まるで、赤いドレスを脱いだ淑女、今を生きるヴァンパイアのように。
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