悪役令嬢に転生したけど、推しが中の人だった件について

佐伯すみれ

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神楽坂蓮の疑念

神楽坂蓮の疑念

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ヴァイオレットが串焼きを頬張り、炭火を自在に操り、家庭菜園を楽しげに手伝う姿。
その一つ一つの行動は、公爵令嬢としてはあまりにも庶民的で自然すぎた。

ルシアンは彼女を見つめながら、心の奥で疑念を抱いた。

 
(……ヴァイオレット。君は本当に令嬢なのか? それとも、別の顔を隠しているのか?)

 
彼は柔らかな笑みを浮かべながらも、内心では

 「彼女には秘密がある」

 という仮説を立て始めていた。
 
――華やかな令嬢でありながら、庶民の暮らしを知り尽くしている。そんな二重の存在なのではないか、と。

一方その頃、遠く離れた場所で神楽坂蓮もまた、ヴァイオレットの姿を目にしていた。
ヴァイオレットにとっては神楽坂蓮は『推し』である。
 同担拒否の彼女はファンクラブには入っておらず、
 もちろん面識もない。
 ただの画面を挟んでの2人だった。
 
だが、彼女の行動の数々に違和感を覚えずにはいられなかった。

「……まるで、庶民の生活を経験してきたみたいだ」

 
蓮はそう呟き、ひとつの仮説を胸に抱いた。
(彼女は、表の顔と裏の顔を持っているのではないか? 令嬢としての華やかさと、庶民としての素朴さ。その両方を生きているのでは)

二人の視線は交わらない。
ルシアンは近くで、蓮は遠くで――それぞれがヴァイオレットの行動に疑念を抱き、同じような仮説に辿り着いていた。

だが、しおりの存在を知る者は誰もいない。
二人はただ、令嬢と友人、推しとファンという立場のまま、彼女の秘密を探ろうとする。

ヴァイオレットの笑顔の裏にあるものは何か。
その答えを求めて、二人の心には静かな火花が灯り始めていた。

 
  ルシアンは、ヴァイオレットを見つめながら胸の奥に小さな違和感を抱いていた。
公爵令嬢としての彼女は完璧だ。立ち居振る舞いも、言葉遣いも、誰もが憧れる気品を備えている。
だが、時折ふとした瞬間に見せる庶民的な仕草――炭火を扱う手際、串焼きを頬張る笑顔、家庭菜園で泥に触れる楽しげな姿。
それらは令嬢の仮面からはみ出すように、自然で、あまりにも人間らしかった。

(……ヴァイオレット。君は本当に令嬢なのか? その奥に、別の誰かがいるように見える)

疑念は確かにあった。だが同時に、彼女の中に潜む“何か”に心を惹かれていく自分に気づく。
それは、ヴァイオレットの奥にいる“しおり”という存在。
名前も知らず、姿も見えない。けれど、彼女の庶民的な温かさや素直な笑顔は、まるで別の人格がそこに息づいているようだった。

ルシアン――いや、神楽坂蓮としての彼は、その感覚を否定できなかった。

 
「君の中には、もう一人の君がいるのかもしれないな」

 
そう呟いた声は、疑念と好意が入り混じった複雑な響きを帯びていた。

ヴァイオレットを通して見える“しおり”の存在。
それは謎であり、秘密であり、けれど彼にとっては心を温める光でもあった。

蓮は気づいてしまった。
――自分はヴァイオレットに疑念を抱きながらも、その中にいる“しおり”に好感を抱いているのだ、と。


夕暮れの街道を馬車はゆっくりと進んでいた。
窓の外に広がる橙色の空を眺めながら、蓮――ルシアンは深く息を吐いた。

「……俺は、確かに惹かれている」
その言葉は心の奥から自然に漏れた。

ヴァイオレットの気品ある姿に惹かれているのは間違いない。
だが、彼女の中に潜んでいるであろう“別の人格”
――庶民的で素直な温かさを持つ存在にも、同じように心を奪われていることを自覚してしまった。

 
(ヴァイオレットか、それとも……その奥にいる誰かか。どちらにせよ、俺はもう目を逸らせない)

 
馬車の揺れに合わせて、彼の思考はゲームのストーリーへと飛んでいく。
かつて自分が演じたルート。
プレイヤーが選択肢を重ね、信頼を積み重ね、やがて心を開いていく物語。

 
「……攻略ルート、か」

 
ルシアンは苦笑した。

 
(もし彼女がゲームのヒロインなら、俺はどう誘い込むべきだ? どんな選択肢を提示すれば、彼女は俺のルートに入ってくれる?)

 
思案は尽きない。
庶民的な一面を見せる彼女に寄り添うか、令嬢としての誇りを尊重するか。
どちらを選んでも、彼女の心を掴むには誠実さが必要だと分かっていた。

 
「……俺が惹かれているのは、ヴァイオレットだけじゃない。彼女の中にいる“誰か”もだ。だからこそ、俺のルートに誘い込むには、両方を受け入れるしかない」

 
馬車は屋敷へと近づいていく。
夕闇の中、ルシアンの胸には疑念と好意が入り混じり、そして新たな決意が芽生えていた。

――彼女を、自分の物語へと導くために。

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