12 / 19
ヴァイオレットとしおり
ヴァイオレットとしおり
しおりを挟む
「お嬢様!ローゼン家として、そのお振る舞いはいかがかと」
昔、家庭教師に叱られた言葉が胸に去来する。
それは私が十歳の頃、メイドたちと鬼ごっこをしていた時の記憶だった。
――公爵令嬢として、奔放でいることは許されない。
「ヴァイオレット。お前の婚約者ルシアンが、我が国最年少で公爵位を賜った。
お前は嫁ぎ先に恥じぬ女性にならねばならぬ。付き合う相手もよくよく考えて交流しなさい」
まだ会ったこともない婚約者の存在を告げられたあの日。
愛してくれるかも分からない不安な約束。
それは幼い私の心に重くのしかかった。
初めて会ったルシアン様は、氷の公爵に相応しい冷たい眼差しで私を見据えた。
よそよそしい態度、名目だけの面会が月に一度か二度。
「この人は私に好意を持つことがあるのだろうか?」
そんな疑問がいつも胸に浮かんだ。
だが、貴族社会では家格で結婚が決まる。
そこに愛は必要なのか?
小さい頃は奔放でいられた。社交界デビューを果たす十二歳までは。
だが、許嫁として公にされた瞬間から、冷たい眼差しが私を縛りつけた。
この先に幸せはあるのだろうか。
いや、幸せの代わりに贅と特別階級位を得ている。
おとぎ話のような結末は訪れない。
歳を重ねるごとに、人生は辛く暗いものになっていった。
――だからこそ。
私はそんなヴァイオレットを変えるために転生したのかもしれない。
彼女の孤独とプレッシャーを理解し、仮面の裏に隠された本当の心を救うために。
しおりとしての私と、ヴァイオレットとしての彼女。
二つの存在が胸の奥で重なり合い、葛藤と悩みを織り成していた。
「この世界で、彼女を変えられるのなら……それが私の役目なのだ」
私は心の中で強く宣言した。
――私は『氷の微笑』のヴァイオレット・ド・ローゼンから変わって見せる。
冷たい仮面に守られてきた過去を脱ぎ捨て、今度は誰かを守るために歩むのだ。
その決意を胸に、私は足を速めた。
向かう先は、アメリアがいる医務室。
彼女を傷つけた出来事を、ただ見過ごすわけにはいかない。
廊下を進む私の背中に、静かな視線が注がれていることに気づいた。
振り返らなくても分かる。――ルシアン様だ。
彼は何も言わず、ただ私の背を見守っていた。
氷の公爵と呼ばれるその人が、冷たい眼差しの奥に何を抱えているのか。
それはまだ分からない。
けれど、確かにその視線には、私の決意を見届けようとする温度が宿っていた。
私は胸を張り、医務室の扉へと手を伸ばす。
「私は変わって見せる!今は選ばれる側かもしれないけど、きっと選ぶ側に立ってみせる!」
(だって、ここは乙女ゲームの世界だもん!誰を攻略するか決めるのは主人公だけど、私もアメリア同様選ぶ側に立って見せる!)
「アメリア!? 大丈夫?」
慌てて医務室に駆け込むと、制服に着替えたアメリアがブラウスの上から氷嚢を肩に当てていた。
「ヴァイオレット様! 心配して来てくれたんですか!?」
驚いたように目を丸くする彼女に、私は当然のように答える。
「当たり前じゃない! 私たちお友達でしょう?」
その言葉に、アメリアは感激したように口を開いた。
「やっぱりヴァイオレット様はお優しい方ですね! 怪我は幸い軽い火傷程度で、少し冷やせば大丈夫だそうです。私、庶民なのでやけどなんて慣れてるんで、これくらいなんでもないですよ!」
そう強がって笑うアメリアは、いじらしくて胸が締め付けられる。
だが、私の心は怒りで滾っていた。
(にしても腹が立つな! ロゼッタ・バーミリオン男爵令嬢!)
拳を握りしめ、胸の奥で誓う。
――いつか必ず仕返ししてやる。悪役令嬢を舐めるなよ、格下令嬢め!
そんな私とは対照的に、アメリアは健気に微笑んでみせた。
「本当に大丈夫ですから……心配しないでくださいね」
その笑顔は、痛みに耐えながらも周囲を安心させようとする主人公のものだった。
くぅー! ライバルだけど、やっぱり主人公だけあってかわいいわ!アメリアちゃん!
私は心の中で叫びながら、彼女の笑顔を守るために、さらに強く決意を固めた。
医務室の静けさを破るように、扉がノックされた。
「失礼する」
低い声と共に現れたのはルシアン様だった。
「模擬店はもうすぐ終わりの時間だ。……君たちの様子を見に来た」
氷の公爵らしい冷静な口調。けれど、その瞳にはわずかな柔らかさが宿っていた。
「ルシアン様……」
私は思わず立ち上がり、執事姿のまま一礼する。
「ご心配いただきありがとうございます。アメリアは軽い火傷程度で、もう大丈夫ですわ」
アメリアも氷嚢を肩に当てながら、慌てて笑顔を見せた。
「はい! ヴァイオレット様が心配してくださって……もう平気です。庶民なので、こういうのは慣れてますから!」
その強がりに、ルシアン様は小さく息を吐いた。
「慣れているからといって、軽んじていいものではない。……君は特待生として、この場にいる。だからこそ、守られるべきだ」
アメリアは目を丸くし、少し頬を赤らめた。
「ルシアン様……ありがとうございます」
私はそのやり取りを見つめながら、胸の奥が熱くなるのを感じた。
氷の公爵と呼ばれる彼が、こうしてアメリアを気遣う姿。
それは冷たい仮面の奥に隠された、人としての温かさだった。
「ヴァイオレット」
ルシアン様が私に視線を向ける。
「君もよくやった。……だが、あまり無茶はするな」
私は氷の微笑を浮かべ、けれど心の奥では素直に頷いてい
た。
「承知いたしましたわ。ですが、友を守るためなら、多少の無茶も厭いませんわ」
ルシアン様は一瞬だけ目を細め、何かを言いかけてから黙り込んだ。
その沈黙が、彼の心の揺らぎを物語っていた。
模擬店の終わりを告げる声と共に、医務室には静かな余韻が残った。
――氷の公爵と、悪役令嬢。
その間に確かに芽生え始めたものがあった。
昔、家庭教師に叱られた言葉が胸に去来する。
それは私が十歳の頃、メイドたちと鬼ごっこをしていた時の記憶だった。
――公爵令嬢として、奔放でいることは許されない。
「ヴァイオレット。お前の婚約者ルシアンが、我が国最年少で公爵位を賜った。
お前は嫁ぎ先に恥じぬ女性にならねばならぬ。付き合う相手もよくよく考えて交流しなさい」
まだ会ったこともない婚約者の存在を告げられたあの日。
愛してくれるかも分からない不安な約束。
それは幼い私の心に重くのしかかった。
初めて会ったルシアン様は、氷の公爵に相応しい冷たい眼差しで私を見据えた。
よそよそしい態度、名目だけの面会が月に一度か二度。
「この人は私に好意を持つことがあるのだろうか?」
そんな疑問がいつも胸に浮かんだ。
だが、貴族社会では家格で結婚が決まる。
そこに愛は必要なのか?
小さい頃は奔放でいられた。社交界デビューを果たす十二歳までは。
だが、許嫁として公にされた瞬間から、冷たい眼差しが私を縛りつけた。
この先に幸せはあるのだろうか。
いや、幸せの代わりに贅と特別階級位を得ている。
おとぎ話のような結末は訪れない。
歳を重ねるごとに、人生は辛く暗いものになっていった。
――だからこそ。
私はそんなヴァイオレットを変えるために転生したのかもしれない。
彼女の孤独とプレッシャーを理解し、仮面の裏に隠された本当の心を救うために。
しおりとしての私と、ヴァイオレットとしての彼女。
二つの存在が胸の奥で重なり合い、葛藤と悩みを織り成していた。
「この世界で、彼女を変えられるのなら……それが私の役目なのだ」
私は心の中で強く宣言した。
――私は『氷の微笑』のヴァイオレット・ド・ローゼンから変わって見せる。
冷たい仮面に守られてきた過去を脱ぎ捨て、今度は誰かを守るために歩むのだ。
その決意を胸に、私は足を速めた。
向かう先は、アメリアがいる医務室。
彼女を傷つけた出来事を、ただ見過ごすわけにはいかない。
廊下を進む私の背中に、静かな視線が注がれていることに気づいた。
振り返らなくても分かる。――ルシアン様だ。
彼は何も言わず、ただ私の背を見守っていた。
氷の公爵と呼ばれるその人が、冷たい眼差しの奥に何を抱えているのか。
それはまだ分からない。
けれど、確かにその視線には、私の決意を見届けようとする温度が宿っていた。
私は胸を張り、医務室の扉へと手を伸ばす。
「私は変わって見せる!今は選ばれる側かもしれないけど、きっと選ぶ側に立ってみせる!」
(だって、ここは乙女ゲームの世界だもん!誰を攻略するか決めるのは主人公だけど、私もアメリア同様選ぶ側に立って見せる!)
「アメリア!? 大丈夫?」
慌てて医務室に駆け込むと、制服に着替えたアメリアがブラウスの上から氷嚢を肩に当てていた。
「ヴァイオレット様! 心配して来てくれたんですか!?」
驚いたように目を丸くする彼女に、私は当然のように答える。
「当たり前じゃない! 私たちお友達でしょう?」
その言葉に、アメリアは感激したように口を開いた。
「やっぱりヴァイオレット様はお優しい方ですね! 怪我は幸い軽い火傷程度で、少し冷やせば大丈夫だそうです。私、庶民なのでやけどなんて慣れてるんで、これくらいなんでもないですよ!」
そう強がって笑うアメリアは、いじらしくて胸が締め付けられる。
だが、私の心は怒りで滾っていた。
(にしても腹が立つな! ロゼッタ・バーミリオン男爵令嬢!)
拳を握りしめ、胸の奥で誓う。
――いつか必ず仕返ししてやる。悪役令嬢を舐めるなよ、格下令嬢め!
そんな私とは対照的に、アメリアは健気に微笑んでみせた。
「本当に大丈夫ですから……心配しないでくださいね」
その笑顔は、痛みに耐えながらも周囲を安心させようとする主人公のものだった。
くぅー! ライバルだけど、やっぱり主人公だけあってかわいいわ!アメリアちゃん!
私は心の中で叫びながら、彼女の笑顔を守るために、さらに強く決意を固めた。
医務室の静けさを破るように、扉がノックされた。
「失礼する」
低い声と共に現れたのはルシアン様だった。
「模擬店はもうすぐ終わりの時間だ。……君たちの様子を見に来た」
氷の公爵らしい冷静な口調。けれど、その瞳にはわずかな柔らかさが宿っていた。
「ルシアン様……」
私は思わず立ち上がり、執事姿のまま一礼する。
「ご心配いただきありがとうございます。アメリアは軽い火傷程度で、もう大丈夫ですわ」
アメリアも氷嚢を肩に当てながら、慌てて笑顔を見せた。
「はい! ヴァイオレット様が心配してくださって……もう平気です。庶民なので、こういうのは慣れてますから!」
その強がりに、ルシアン様は小さく息を吐いた。
「慣れているからといって、軽んじていいものではない。……君は特待生として、この場にいる。だからこそ、守られるべきだ」
アメリアは目を丸くし、少し頬を赤らめた。
「ルシアン様……ありがとうございます」
私はそのやり取りを見つめながら、胸の奥が熱くなるのを感じた。
氷の公爵と呼ばれる彼が、こうしてアメリアを気遣う姿。
それは冷たい仮面の奥に隠された、人としての温かさだった。
「ヴァイオレット」
ルシアン様が私に視線を向ける。
「君もよくやった。……だが、あまり無茶はするな」
私は氷の微笑を浮かべ、けれど心の奥では素直に頷いてい
た。
「承知いたしましたわ。ですが、友を守るためなら、多少の無茶も厭いませんわ」
ルシアン様は一瞬だけ目を細め、何かを言いかけてから黙り込んだ。
その沈黙が、彼の心の揺らぎを物語っていた。
模擬店の終わりを告げる声と共に、医務室には静かな余韻が残った。
――氷の公爵と、悪役令嬢。
その間に確かに芽生え始めたものがあった。
0
あなたにおすすめの小説
突然伯爵令嬢になってお姉様が出来ました!え、家の義父もお姉様の婚約者もクズしかいなくない??
シャチ
ファンタジー
母の再婚で伯爵令嬢になってしまったアリアは、とっても素敵なお姉様が出来たのに、実の母も含めて、家族がクズ過ぎるし、素敵なお姉様の婚約者すらとんでもない人物。
何とかお姉様を救わなくては!
日曜学校で文字書き計算を習っていたアリアは、お仕事を手伝いながらお姉様を何とか手助けする!
小説家になろうで日間総合1位を取れました~
転載防止のためにこちらでも投稿します。
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
【読切短編】処刑前夜、地下牢に現れた王女は言った。「お前でなければ駄目なんだ」滅びの未来を覆す、騎士との契約
Lihito
ファンタジー
王国騎士団の副長ヴェルドは、無実の罪で投獄され、明日処刑される運命にあった。
腐敗した国に絶望し、静かに死を待つ夜。
地下牢に現れたのは、実権を持たない「傀儡」と噂されるイゾルデ王女。
彼女はヴェルドに仮死毒を渡し、こう告げた。
「死んで、私の影になれ」
彼女は知っていた。
この国が三年後に滅ぶこと。誰が裏切り者か。
そして——ヴェルドこそが、国を救うための唯一の「切り札」であることを。
これは、滅びの未来を知る孤独な王女と、一度死んで生まれ変わった騎士が、裏から国を救う「共犯」の物語。
夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。
だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。
失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。
どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。
「悪女に、遠慮はいらない」
そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。
「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。
王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」
愛も、誇りも奪われたなら──
今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。
裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス!
⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。
妹に幸せになって欲しくて結婚相手を譲りました。
しあ
恋愛
「貴女は、真心からこの男子を夫とすることを願いますか」
神父様の問いに、新婦はハッキリと答える。
「いいえ、願いません!私は彼と妹が結婚することを望みます!」
妹と婚約者が恋仲だと気付いたので、妹大好きな姉は婚約者を結婚式で譲ることに!
100%善意の行動だが、妹と婚約者の反応はーーー。
転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?
朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!
「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」
王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。
不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。
もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた?
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)
原産地が同じでも結果が違ったお話
よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。
視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。
【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています
きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる