悪役令嬢に転生したけど、推しが中の人だった件について

佐伯すみれ

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ルシアンとヴァイオレット

ルシアンとヴァイオレット

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   医務室の空気はまだ張り詰めていた。
氷の公爵ルシアン様の瞳は、私を逃さぬように鋭く見据えている。
 

「……君は、ずるい……だから、わたしは君に執着し始めたのかも、いや……だいぶ前から執着していたんだろう。ヴァイオレットと、その奥の‪”‬君‪”‬に……」


その言葉に、心臓が跳ねる。
――やばい!これ完全に執着ルート突入じゃん!攻略サイトなら「公爵様の執着イベント」って赤字で出るやつ!

ルシアン様はさらに一歩近づき、私の手を強く取った。
氷の公爵の瞳は冷徹でありながら、執着の熱を宿していた。
令嬢らしい微笑みを浮かべる私の心臓は、キャピキャピと暴れ出す。
――これ、完全にイベントCG発生じゃん!背景に薔薇が舞ってるやつ!

私は令嬢らしい微笑を崩さず、静かに言葉を返す。
「公爵様……その執着、わたくしを縛る鎖になるかもしれませんわ」

だが、彼は揺るがない。
「鎖でも構わない。君を逃がすくらいなら、縛り続ける」

その執着の熱に、医務室の空気はさらに張り詰めていった。
 

 「それはヴァイオレット嬢攻略宣言かな?」

 
横からレオン様が割って入った。

 
「なら、その勝負!俺も乗るぜ!
婚約者なんか知ったこっちゃねー!
下級貴族でも俺は騎士の家系だ。普通の貴族とは違う。
ヴァイオレット嬢は渡さねーな。背中を預けられる女はそうはいねー!」

 
そう宣言すると、レオン様はベッドの端から飛び降り、堂々と立ち上がった。

 
「同感です」

 
ノエル様が静かに言葉を重ねる。

 
「『氷の薔薇』と名高かったヴァイオレット嬢の見せるいくつもの顔は、僕の想像力を高め、研究意識を高めます。
その勝負、僕も出ましょう」
 

彼は忙しなく水晶版に何かを書きつけ、大文字で『ヴァイオレット嬢争奪』と掲げた。
室内にざわめきが走る。

 
「はー……」

 
大きなため息が響いた。ユリウス様だ。
彼は私の前に出て、庇うように立ち塞がる。

 
「私はローゼン家の一員です。
皆さんがヴァイオレットをどこまで受け入れられるのか……恐らく幼少から育った私だけでしょう。
可愛い従妹を他の方に譲る気はありません。もちろん、親同士が決めた婚約者でも」
 

普段穏やかなユリウス様の瞳が鋭く光り、室内の男性陣を射抜いた。
その眼差しに、レオン様は苦笑し、ノエル様は興奮を隠せず、ルシアン様はただ静かに私を見据えていた。
ルシアン様の声が低く響く。

 
「翻弄されたことを認めよう。だが、それでもなお……私は君を手放さない。
ヴァイオレット嬢の奥に潜む“君”も、ヴァイオレットも……そのすべてを私のものにする」
 

氷の公爵の執着の熱が、医務室の空気をさらに張り詰めさせる。
レオン様は剣を抜くような気迫で立ち、ノエル様は水晶版を掲げ、ユリウス様は庇護の意思を強める。

――医務室は、まるで戦場の前夜のような緊張に包まれていた。
そしてその中心にいるのは、氷の薔薇ヴァイオレット=しおり。

「きゃー!医務室での出来事、お芝居みたいでしたね!」
アメリアは私の自室に駆け込むと、恍惚とした表情で語り始めた。

「ヴァイオレット様を巡って、四人の男性が争うなんて……まるで舞台みたい!」

彼女は頬を紅潮させ、夢見るように笑っている。
私はその様子を見ながら、心の中で冷静に突っ込んでいた。
(――いや、そもそもお芝居でもやって欲しいイベントザクザクだったんですけど。これ乙女ゲーのなかだし)

アメリアのはしゃぎ声が部屋に響く中、場面は切り替わる。

    夜の静けさに包まれた書斎。
氷の公爵ルシアンは窓辺に立ち、月明かりを見つめながら自問自答していた。

「なぜ、私はヴァイオレットに固執するのだろう……」

彼の瞳には、医務室での光景が焼き付いていた。
氷の薔薇を咲かせ、周囲を翻弄するヴァイオレット。
その姿は冷徹でありながら、儚く、抗えぬ魅力を放っていた。

「彼女はただの令嬢ではない。
氷の微笑の奥に、別の存在――“誰か”が潜んでいる。
その二重性が、私を惹きつけてやまないのか……」

彼は拳を握りしめる。
「翻弄されるたびに、私は彼女を求める。
彼女が私を試しているのなら、それに応えたい。
だが、もし本当に別の存在がいるのなら……私はそのすべてを知りたい。
ヴァイオレットも、‪”‬彼女‪”‬も――その両方を」

氷の公爵の声は低く、執着の熱を帯びていた。
「私が固執するのは、彼女がただ美しいからではない。
彼女の中にある矛盾と秘密が、私を狂わせる。
氷の薔薇の棘に傷つけられても、なお触れたいと思ってしまう……」

月明かりが窓を照らし、彼の独白は静かに夜へと溶けていった。

……違和感がある。
氷の公爵ルシアンとして振る舞うたびに、胸の奥で神楽坂蓮としての自分が囁いている。

「これは本当に俺の世界なのか?」

ヴァイオレット、いや彼女もまた、ただのキャラクターではない。
演じられた存在のはずなのに、彼女の笑みや涙はあまりにも人間的で、錯覚では済まされないほどのリアリティを帯びている。

レオン、ノエル、ユリウス……彼らも同じだ。
同僚声優、先輩声優として共に舞台を作り上げてきたはずの仲間が、今は自らの意思で動いている。
台本を超え、キャラクターが人間のように息づいている。

「俺はルシアンであり、神楽坂蓮でもある。
この二重性が、俺を狂わせる」

葛藤が胸を締め付ける。
もしこの世界がゲームであるならば、物語は必ず完結しなければならない。
だが、完結を迎えなければ……俺は元の世界に戻れないのではないか。

「ヴァイオレット……君も気づいているのか?」
彼女の氷の微笑の奥に、別の存在――“誰か”が潜んでいる。
それは役を超えた魂のように、俺を惹きつけてやまない。

俺は自問する。
「なぜ、俺はヴァイオレットに固執するのか?」

それは執着ではなく、使命なのかもしれない。
彼女と共に物語を完結させること――それが、この世界から解放される唯一の道。

やがて、結論に至る。
「俺はヴァイオレットを手放さない。
彼女と共に、この物語を終わらせる。
氷の薔薇の物語を完結させなければ、俺たちは帰れない。
だからこそ、俺は彼女に固執する」

月明かりが窓を照らす中、氷の公爵ルシアンの冷徹さと、神楽坂蓮の覚悟が重なり合う。
物語を終わらせるための執着――それが、俺の決意だった。

……やっぱり、違和感がある。
私はヴァイオレット・ローゼン。そう、この世界では確かにそういう存在だ。
けれど、どこかで‪”‬わたしがヴァイオレット‪を演じている‪”‬というか、‪『動かしている』という感覚が拭えない。

女性声優には詳しくないけれど、私の声をあてているのは新進気鋭の新人声優だった気がする。
それでも、依然として私は“ヴァイオレット”であり、彼女の声は私の声として響いている。

『氷の薔薇』の力――怒りや感情の昂りで発動するチート。
それは確かに特別な力だが、それ以外はまったくの“自分”である。
まぁ、令嬢としての立場やチートは別として。

だが、分からないことがある。
何をしても好感度が上がっていくのだ。
危ない橋を渡ってきたはずなのに、今のところアメリアが言う通り、まるでハーレム無双。
好感度ゲージが勝手に跳ね上がるような感覚に、私は冷静に突っ込まずにはいられない。

そして、もっと奇妙なのは――隠しルート。
本来なら一度きりのはずなのに、何度も何度も発生している。
まるで物語そのものが、私を中心に分岐を繰り返しているようだ。

……気になるのはルシアン。

彼の瞳の奥に、私は“神楽坂蓮”の存在を感じてならない。
氷の公爵としての冷徹さの奥に、役を演じる声優としての意識が滲んでいる。
彼もまた、この世界に違和感を覚えているのではないか。

「もしかして……このゲームを終わらせるのは彼が鍵なのかもしれない」

そう思い立った瞬間、胸の奥で何かが震えた。
私と彼――ヴァイオレットとルシアン、しおりと神楽坂蓮。
二人が物語を完結させなければ、この世界は終わらない。
そして、私たちは元の世界に戻れない。

氷の微笑を浮かべながらも、心臓は跳ね続けていた。
――この物語を終わらせるために、彼と向き合わなければならない。





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