コロニー

神楽 羊

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第六話 儀式

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 クリーチは兵士達の奮闘により先程より減ってきているようだ。

 ジンを助けなければ。銃弾も尽き果てた私は護り手達の方へ行き救いを求め声を上げた。
 ヨコを含めた護り手達がニエに駆け寄り安全な奥まった民家へと運んでいく、ニエの変わり果てた姿に泣いている者もいる。
 護り手達が神妙な面持ちで話し込み少しの間を置いてから示し合わせた様に私の方を向く。
「分かった、護り手をそのジンの元へ向かわせる。だから君はこちらに来てくれ。」
 護り手の一人が私に声をかける。
 ニエが担ぎ込まれた民家の方へと私は駆け寄って行く。
 閉ざされた家の中には五人の護り手が居た。薪の明かりがそこにある全てを照らしている。

 私はその時の選択を、いや選択ですら無いものを一生懸けて後悔しなければならなくなった。

 外からはクリーチの咆哮が聞こえる。そして怒声が飛ぶ、クリーチは全て殺せ!皆殺しにしろと怒号が鳴り響く。




 雨は強さを増していた。

 
***

 
 そこにいる者達にとってニエの命がもう持たないという事は誰の目にも明白であった。
 ニエは【約束】を果たさなければというその一心だけで絶命する最期の時を遅らせているた。
 雨が降り終わるまでに継がせる事が出来るだろうかとニエは思った。思えば継手となってから張り詰めていた心の糸はすでに切れている。自分の命が終わろうとしているのに少なからず安堵している事にニエは戸惑ったがすぐにそんな気持ちは消えてしまった。
 私が死んだとしてもヨコが全て上手くやってくれるだろう。
 ありがたいなとニエは思った。
 ニエはヨコと護り手達に深く感謝をした。

***


 ヨコという男がいた。ヨコはいつもニエの隣に居た。それが全てだった。
 コロニーにいる長い時を経ていつの頃からかその男には信仰だけが残った。死ねない、そして死ぬ訳にはいかないという責任、見届けるという義務その他には全てを無くした。
 それ以外の物は削ぎ落とされ人としての形を保つだけの存在になっていた。そうする事でいつか来るその日を耐えようとしたのだ。
 齢は三十になろうとする頃だろうか。二十を超えてからは数えることを止めた。

 意味がなくなったからだ。

 護り手としてニエの隣で人生を全うする。それ以外に生きる意味を持ってはいなかった。そして【儀式】を執り行なうのはヨコにしか許されない。
 心は冷えきり、ニエ以外に対しての思いやりや労りを考える余裕ももうないのだろう。
 そのニエもヨコは決して救う事が出来ない。 
 あの夜の雨が今もずっと降り続いている。
 その雨はずっと耳鳴りの様に頭の中で鳴っていてそれは今日の雨と似ていた。




 小屋の中

 その時が来たのだとヨコは理解した。
 ヨコの中でニエはずっと親友のリンネのままだ。そのニエの命はもう消えようとしている、取り囲んでいる護り手もそれは理解していた。
 ヨコは血が流れる程唇を噛んだ。
 随分と長い間ニエの隣にいた気がする。
 コロニーに連れ去られて来てから、リンネがニエと呼ばれる様になりヨコが護り手に選ばれるまでの長い間まるで兄弟の様に寄り添い生きてきたのだ。
 だがそれももう終わってしまう、走馬灯の様に思い出が蘇る。 


 ヨコは感傷に浸っていた。


 だがヨコにそれはもう許されなかった。今日ほど自分の人生を呪う事は無かった。
 
 
  



 儀式








 部屋の中には護り手達と私しかいない。息を引き取ろうとしているニエを取り囲み護り手は今から起きる事を待っていた。懐から黒曜石で出来たナイフを取り出しヨコはニエの隣に跪くとゆっくりと目を閉じた。

「我らを産み育てし大いなる神よ、継手ニエの御魂を今返さん、無限なる宇宙に共に存り貴方の子らの行末を照らし給え。」

 ヨコの声は震えている。その時ニエが最期の力を振り絞りヨコの顔を引き寄せた。耳元で何かを囁きそのまま首を切り裂かれたニエは絶命した。

 ヨコの瞳から涙が溢れる。

 ニエが纏っていた先《さき》の戦闘でボロボロになった服を剥がしヨコは胸部を鋭い黒曜石の刃で切り開いて行った。

 部屋の中の空気は張り詰め、血の匂いが充満しく。
 私は何をしているのか分からず直視する事が出来なかった、ただ吐き気がする。
 ヨコは開いた胸から震える手で心臓を切り取ると懐から見た事もない様な綺麗な布を取り出し床に敷いて心臓をその上に載せた。
 私はそれを当たり前の様に受け入れている護り手達を恐ろしいと思った。
 叫び声をあげようにも声は出ず、逃げようにも体は動かない。

「大いなる神、現世の霊よ、次なる器に移り給え。なにとぞお気に召しますよう、お気に召しますよう。」

 ヨコはそう唱えながらニエの心臓を切り開く。その時周りに居た護り手達が全員で私の身体を床に押さえつけヨコが唱えた言葉を繰り返し始めた。

「大いなる神、現世の霊よ、次なる器に移り給え。なにとぞお気に召しますよう、なにとぞお気に召しますよう、なにとぞお気に召しますよう、なにとぞお気に召しますよう…」

 私の目の前にあるニエの開かれた心臓その中に何かが蠢いている。蟲の様な、形容し難い何か悪臭を帯びぬるぬるとした崩れそうな胴体に無数の足、触手がうねっている。醜い身体には数え切れないほどの眼が付いていた。ヨコはそれを両手で大切そうに掴むと私の方を見てこう言った。
「大いなる神は継手を待っておられる。貴方がニエを継ぐのだ。」
 私は顔を横に振る、こいつらは狂っている。押さえつけられたまま声にならない叫び声をあげる。
「神の継手になる事、人の世に置いてこれより名誉などないのだ、ないのだよ。その為にお前達は産まれて来たのだ。拒む道理などあるはずもない。」
 そういうとヨコと護り手達は無理やり私の口をこじ開けおぞましい生物を入れると鼻と口を押さえた。私は息が出来ず口の中にあるものを飲み込む。食道をぬめぬめと這いずられる感覚がし続けている。
 飲んだ事を見届けると私は狂信者達から身体を解放された。
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