飴屋あやかし噺

神楽 羊

文字の大きさ
6 / 17

人形屋敷ノ事(三)

しおりを挟む
 屋敷の中は今まで居た蒸し暑い外とは違い、あり得ない程寒々としていた。彷徨う魂の様なランタンの灯りだけが辺りを照らしている。

みしりみしりと床が音を立て屋敷の刻み込まれた歴史を物語っている。
 静かな行列が一つずつ丁寧に部屋を廻る、まるで失われた宗教儀式のように。
 三人の家族がどのような暮らしをして、どのような後悔や悲しみを辿ったのか理解させようとしているかのように家具や物が静謐の中に佇んでいた。
 想像していた心霊スポットのような荒らされた形跡はあまり確認出来ない、何かがおかしいと僕は思った。

 ここを訪れた人間達はすべからく好奇心が旺盛で霊など信じていないからこそ無邪気に、無遠慮に足を踏み入れたはずだ。
 自分の蛮勇を誇示する為に何かを壊したり持って帰ったりしてもおかしくない。二人から離れないように部屋の中の手がかりを探しながらそんな事を考えていた。

 そういえば、と順子が思い出したように言う。

「私達が一階を歩いている時二階で音がしたんです。音というか何かの鳴き声というかそんな音がしたので二階に向かう事にしたんです。階段を上がると段々その音の輪郭がハッキリとして来てそっちの方へ向かうと人形の部屋があったんです。」

「それは誘われていたのでしょうね、訪問者を"部屋"へと招き入れる為に。こんな屋敷の中で怪しげな音が鳴ればそれを確かめるか逃げ帰るかを大半の人間は選ぶでしょうし。ここに巣食っているものは中々人間を扱うのに慣れているみたいです。」

 飴屋がテーブルの上の燭台を調べながら感慨深げに言った。その時僕の右手におかしな感覚が走る。シャツをめくると痣になっている部分が熱い、それを飴屋に伝える。

「ふむ、どうやら気付かれたようです。順子さんこの燭台を持っていて下さい。これは銀で出来ているので魔を寄せ付けない効果があります、ただこれだけ色々なものが集まっていると御守り程度の効果しかありませんが無いよりはマシだと思います。」
 そう言うと彼は残っている三又の蝋燭にジッポライターで火を付けた。頼りない火が揺れる。

 その時天井の方から足音が聞こえた、誰かが歩いている。それも複数の小刻みな音がコトコトとする。僕と順子は飴屋を見た。

「ここからが本番です。何を見ても絶対に叫んだり大きな声を上げないで下さいね。」

 そう言うと飴屋はフツフツと何かを唱えながら空中に記号めいた物を書く、まじないなのだろうか。
 それからゆっくりと飴屋が階段の方へと歩き出す。僕の心臓がドクリと鳴った。こんなに恐怖を覚えたのはいつ以来だろう。部屋を出て広間から二階へ繋がる階段を僕達は昇っていく。声が聞こえた。

「こっち…」

 無機質な声だった。順子が僕の方を振り返る、どうやら彼女にも聞こえたようだ。燭台の炎が揺れる。
 階段を昇り、突き当たりの部屋の扉を開ける。部屋の中央に大きな机が置いてありそれに背を向ける様に五体男の子を模した人形がこちらを見て立っていた。

 ここが人形の部屋と呼ばれる場所だった。

 目を凝らすと灯りに照らされた人形達が蠢いている。
 背中を氷で刺し貫かれた様な寒気がした。

「ここ…ここ…やっと来た、やっと来た」

 人形達が口々に無機質な声を出す。感情の無い硝子を擦る様な声

「気をつけて下さい、来ます。順子さんは燭台を離さない様に隅で身を守っていて下さい。」

 そう言うと飴屋はランタンを床に置き、先程とは違う長い呪文の様な物を唱える。
 カチカチと人形達が歯を鳴らし出した、苦しんでいる様にも怒っている様にも見える。ダメ…ダメ…ダメ…と彼等は言った。

 飴屋は左手の人差し指と中指を伸ばし規則的に中空を切り差し示した一番大きな人形が動かなくなった。

 しかし残りの四体は狼狽る事もなく僕と飴屋の方へ距離を詰めてくる。

 カラダチョウダイ…カラダチョウダイ…

 光の無い目が僕を見つめる。異形に対面した僕は金縛りに遭った様に体が動かない。目の前に人形がいる、殺される。

 その時飴屋が今まで聞いた事のない程の真剣な声で言った。

「玲さん右手の甲で人形を触れて下さい。」

 その声に我に帰る、恐怖に駆られた心を奮い立たせ僕は右手を必死に伸ばした、人形の右頬に手が触れる。

 ギャッというおぞましい断末魔の叫びを挙げ人形が糸を切られた様に地面に倒れた。

 右手に痛みが走ると僕の中に人を呪いたい殺したいという"それ"のイメージが浮かんだ。これは?何が起きたのか分からず僕は混乱し飴屋に視線を向ける。

「説明は後で、私が彼等をしゅで縛るので同じように右手で人形を触って下さい。」

 呪の力でゆっくりとしか動けなくなった人形達に手の甲を押し付けていく、その度に痛みが走る。 
 苦しい、殺したい、人間を殺せば報われる、報われる。
 彼等の邪悪な思念がおりの様に溜まっていく、とても痛い。

 僕は無我夢中で人形を"殺"した。

 倒れていく人形と脳内に流れ込む感情のようなもの。
 ああ、こいつらは人では無いのだ、三体目の人形を斃した後僕はもっと彼等をぐちゃぐちゃにしたいと思った。

「殺す、潰す、殺す」

 無意識の内にブツブツと呟きながら手の甲を押し付ける。獣の臭いが纏わり付く。右手の熱が上がる、痛みが酷い、そしてただ心地良い。もっと、もっと。


 気がつくと全ての人形は地面にバラバラになって崩れていて肩で息をする我に帰った僕が立ち尽くしていた。どうやら右手で触った後倒れ込んだ人形を執拗に踏み潰していたらしい、あまり記憶がない。

 順子が怯えながらこちらを見ている、飴屋は顎に手を当てて思慮深げに考え事をしていた。

 力が抜けた様に僕は跪く、とても気分が悪い。倒したはずの彼等がまだすぐ側にいる様な気がした。
 
「玲さん、まだ終わりじゃありません。この人形達に憑いていたのはここの主に魅せられて寄って来ただけの者達。守って来た息子の人形を破壊され大人しく帰してくれる訳がありません。」

 すまない、と言葉にならない声で飴屋に言った。途中から自分でも分からない程の衝動に駆られてしまった自分を恥じた。こんなの僕の方が悪者みたいじゃないか。

 その時部屋の奥の扉が開いた。
 順子がそちらを見て声を上げる。鬼の様な形相をした老爺がこちらを見ていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

私たちの離婚幸福論

桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...