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暖かい食事
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飴屋に言われた通り僕は二、三日何もせずダラダラと過ごした。彼の電話番号は知らなかったがカクリヨに行けば会えるだろうと思い四日経ったので電車に乗ってカクリヨへと向かう事にした。
案の定いつもの場所に飴屋は座っていてこちらを見るとグラスを掲げて来た。
今日はレモンサワーを飲みたい気分だったので仙人のようなマスターにフライドポテトと一緒に注文をした、時刻は9時になろうとしている所だった。
「この前はお疲れ様でした、玲さんのお陰で何とか依頼を片付けることが出来ました。お給料もキチンとお支払いしますので困った事があれば何でも相談してください。」
コースターに置かれたレモンサワーのグラスを取り僕達は乾杯をした。
「それで呪いの事なんだけど。」
それに対する答えを前もって準備していたらしく飴屋は丁寧に教えてくれた。
「はい。ではまず玲さんの纏っている呪いについてなのですがそれは他者の呪いを喰らう種類の呪いだと分かりました、それに気づいたのは玲さんが人形を斃している時の事です。
呪いには色々な種類があるのですがそれは災厄に近い物でとてもたちが悪い。
玲さんの中にどんどんと穢れ、所謂負の感情が溜まっていく、そしてそれが他の呪いよりも恐ろしく速く強大なのです。私が見誤ったというのはその事でした。」
フライドポテトをレモンサワーで流し込む。どこか他人事のように聞こえていたからかも知れない。
「私にはその呪いを解く事は出来ません。そして家族を助け出す方法も今の所どうすればいいのか…でも私は玲さんを必ず救うと決めていますのでそれは安心してもらっていいですよ。何の手も打たずこの三日を過ごしていた訳ではないのです。」
「なんでそんなに俺の事を考えてくれるんだ?」
真っ直ぐ僕の顔を見つめ不敵な笑みを浮かべた飴屋が言った。
「ふふ、それは私は玲さんの事が好きだからですよ。」
急に心臓を掴まれたような気がした。
「ああ勘違いしないでください、人としてという意味です。」
僕はよくわからない心持ちになりレモンサワーを一気に飲み干す。
それでですね、と飴屋が前置きをして言った。
「とても力の有る霊媒師の御婦人がいらっしゃるのですがそちらへ一緒に行ってみませんか?人の未来が見えたり除霊が出来る方でその方なら私とは違う視点で助言をいただけるかと思うのですが。」
それは良い提案だと思った。
飴屋は僕の中に溜まっていく穢れ、この呪われた手で霊を消滅させた時に押しつけられる負の感情、を完全に取り去る事は出来ないと言った。
するとどうなるか、呪いは少しずつ僕の内側を侵食し、時が来れば僕の自我を完全に消してしまうだろう。
テセウスの船のようにいつの間にか呪いその物へと僕は変わってしまう、そうなれば僕を僕足らしめる物は外見だけしかない。
この呪いの解き方が分からなければ早晩、僕は消滅する。
時間の余裕は余り無いと飴屋も思っているだろう。
どんな情報であれ後悔しないように集めておきたかった。
「すぐにでも行きたい、ただそれだけ力のある人なら予約とか無いと会えないんじゃないの?」
飴屋が笑みを浮かべて言う。
「お任せください、そのご婦人とは昔からの腐れ縁でして。ああそうだ、夜ご飯はもう食べられましたか?」
不意に脈絡も無くお腹の心配をされたので不思議に思った、僕は食べていないと答えた。
洋子と綾が死んでから食に興味が無くなった。妻と娘を殺した犯人を殺す為、それを遂げる為ただ生き永らえるだけの食事、砂を噛むような味。
思い詰めた顔をしている僕に気付いたのか
「お気持ちは分かりますがそんな顔をしていると呪いの進行が早まりますよ、リラックスしてください。」
と言うと僕の右手を両手で包み込んだ。
––分かち合えぬもの、道理の行かぬものそして荒ぶる霊、諸病内から出て住処を転じよ
飴屋が呪を唱えると右手に軽く痛みが走り、その後少し気分が軽くなった。
「蓄積された穢れを頂きました。これで楽になったはずです。それでは参りましょうか。少し遠い場所にあるので車を使います。」
飴屋は車というより馬車の方が似合いそうだ、と思った。
「じゃあ行こうか、呪いを解く方法を探しに。」
「行きましょう、ご婦人に会いに。」
*
カクリヨの狭い通りを抜け大通りに辿り着くと高級車が止まっていた。
こちらに向かって運転手がお辞儀をするのが見える。
「車にあまり詳しくないんだけど凄く良い車じゃないか、運転手さんもいるし飴屋、君は一体何者なんだ?」
車内に入るとネクタイをほんの少しだけ緩めて飴屋が
「こういうお仕事をしていると色々な縁が巡ってくるものですので、まあ詳しい話は追々と言うことで。」
と言った。
完全にはぐらかされたと思ったが余り深追いすると危険だと僕は判断した。
一時間程の道中、車内では色々な話をした。人形屋敷で怖かった事や今までに体験した心霊体験、好きな酒の話など僕が喋ると飴屋は楽しそうにうんうんと頷いてくれる、自分の話は余りしないがとても聞き上手なのだろう。
彼の今までの人生の話も聞いてみたいと思ったがそれは自ら話してくれるのを待とうと思う。
僕は彼の事をもっと知りたかった。
*
車が旅先へ着岸したクルーズ客船のように丁寧に止まった。
運転手の染野さんがドアを開けてくれ、落ち着いた声でいってらっしゃいませと送り出してくれた。飴屋が左手を上げる、僕は染野さんに礼を言って飴屋の後を追いかけた。
ここはお寺や神社が立ち並ぶ区画のようで辺りに線香の匂いが漂っている。
浮かぶように歩く飴屋の隣に猫背の僕、少しだけ秋の気配がする。
幾つかの神社仏閣を通り過ぎた後、一軒のお好み焼き屋の前で彼は立ち止まった。
時間は夜中の11時を過ぎた辺りでのれんはすでに店内に仕舞ってある。
「どうしたんだよ飴屋、腹でも減ったのか?でももうここは閉まっているしどうする?コンビニでも…」
「いえいえ、私達が目指して来たのはこのお店です。ここに先のご婦人がいらっしゃいます。」
首を傾げながら僕は言った。
「でもここってただのお好み焼き屋さんじゃないか?本当に合ってる?」
「はい。」と軽やかに飴屋が言い、そのまま中へと入って行く。
キツネに摘まれた気分のまま僕も続けて入ろうとした途端
「あんた、凄い臭いするから入って来んといて!」
としわがれた険のある声が聞こえた。
金縛りに遭ったように軒先から動けなくなる。どうしたものか、外で待つべきか?と考えていると。
ノウマクサンマンダバザラ…と言う真言を唱える声が聞こえて来た。
引き戸から覗くと小柄な女性が不動明王の像に向かって手を合わせている。
十分程それが続いた後タバコに火をつけ煙を吹き出した婦人がくわえタバコのまま僕に向かい手招きをする。
「もうええから入って来い、変な動きしたら叩き出すから覚悟しいや。」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔で僕はいそいそと店内へ入った。
人形屋敷とは違う緊張感で両手に汗をかいている事に気付く。
「お久しぶりですミノリさん、お元気そうで何よりです。」
白髪頭の中年女性はミノリと言うらしい、意思の強そうな瞳に気圧される。関西の方だろうか?
「何やあんたも!全然顔出さへんくせにこういう時だけはへらへらと来おってからに、ワタシも忙しいねん。お好みも焼かなあかんし早よ座ってや!」
奥にある小上がりに急かすように座らされた僕と飴屋、僕は状況が飲み込めずにいた。
「ここは良くある霊視とは違いミノリさんはお好み焼き屋さんです。
ここを"知っている"お客さんがメニューを注文すると大抵の困り事なら解決してくれるとても力のある霊媒師なのです。」
だから僕の腹具合を聞いて来たのかと腑に落ちた。何品か注文をした後瓶ビールを頼みグラスを三つ用意してもらった。
手際良くタネを混ぜ豚バラを鉄板の上で焼き始めるミノリさんが僕の方を繁々と見つめて言った。
「あんた、相当恨み持ってるやろ。その怨嗟があんた自身も焼き尽くそうとしてるわ。飴屋、この兄ちゃんこのままやとあんまり長くないで。どうすんねん?こんなん連れて来て。」
言い方はキツイがミノリさんは僕を心配してくれているようだ。
帽子を取り正座をした飴屋が言う。
「この、玲さんの事でどうしてもミノリさんに御助力を仰ぎたく参った次第です。」
ミノリさんはアルミの灰皿に煙草を押し付け次の煙草に火をつけた。
「そんな事やろうとは思ったけどな、出来ん事は無いけど大仕事になんで。
まずは兄ちゃん、玲ちゃんでええんやな?ワタシの事はミノリ婆とでも読んでくれ。」
僕がミノリ婆よろしくお願いします、と言うと誰がババアやねん!!と言ってから、冗談やと笑った。
関西人特有のノリに戸惑う。
「玲ちゃん、その呪いを持つまでにあんたが今まで何を考え、何をしたのかを今から書いてもらうわ。出来るだけの感情を包み隠さず書くんやで。」
そう言うとミノリ婆は半紙と小さな筆そして墨の入った硯を用意してくれた。筆を触るのは中学生以来だろうか。
最初は墨の扱いに苦労したが徐々に慣れ、ゆっくりと思い出しながら半紙にそれを書いていく。
飴屋が綺麗に両手でコテを使いお好み焼きをひっくり返した。
そして美味そうにビールを飲んでいる。
僕は宿題を忘れた小学生の放課後のような気持ちになった。
気を取り直し感情に筆を揺らさないように書いたつもりだったがやはりあの日の事を思い出すと字がめちゃくちゃになってしまった。
「わかった、玲ちゃんもうええで、良く頑張ったな。まあビールでも飲んで美味しいお好み焼きでも食べて待っててや。」
そう言うとミノリ婆は僕たちに背を向けた。
壁の棚に備え付けてある不動明王に先程と同じように手を合わせ真言を唱えながら5枚ほどになった半紙を破り、焚き上げるように炎の中へ焼べていく。
酷く汗をかきながら真言を唱える中、お好み焼きを食べてビールを飲む、異様過ぎて美味しいのか美味しくないのか分からなかった。
真言が止み畳に寝そべるミノリ婆、声をかけようとすると飴屋に止められた。
「不動明王にお伺いを立てている所ですので見守りましょう。」
ミノリ婆は不動明王の化身で物事を解決すると飴屋は教えてくれた。
ムクリと起き上がったミノリ婆は目を閉じたまま僕らの方を向き低い声で語り出した。
「お前の中の呪い、死んだ家族も囚われている。救う方法は、殺した者を赦す事。それだけでは足りない、魂と癒着している呪い、とお前の心、溢れ出すちょうど均衡の時、楔を打ち込み、別れよ、分けよ。
零れ出すと終わり、その前に分けよ。」
暫しの沈黙の後、ゆっくりミノリ婆が目を開けた。
「大体の事は分かったな?不動さんはお前を助けたがってたで、あの方は全てを救う為に頑張ってくれてはるからなあ、良かったなあ。
でさっき不動さんが言ってはった楔やねんけどこれの事やねん。」
不動明王の立像が持っている剣を見せて言う。
「倶利伽羅剣言うてな、これは貸されへんけどこのレプリカ貸してあげるから呪いが溢れ出す瞬間に心臓に一刺しすると呪いが解けまっせいう事やわ。」
情報量が多い、挙動不審になりながらミノリ婆に聞く。
「レプリカで大丈夫なんですか!?それも心臓に突き刺したら僕死んでしまうのでは?…」
ミノリ婆がカラカラと笑う。
「せやな、呪い解く為に死んでもうたら洒落にならんわな!でもおもろいやん、一回死んでみーや。」
とんでもない事を言っている。
たじろいでいる僕を見た後コホンと咳払いをしてミノリ婆が言った。
「まあ大丈夫や、そうやっても玲ちゃんは死なへんわ、ただちゃんと自我と呪いの境界を測らな危険な事に変わりないから飴屋と一緒に頑張るんやで。」
「レプリカ言うてもちゃんと不動さんの力込められてるから大丈夫や、本物持っていかれたらワシの商売上がったりやからな。
まあ道筋は見えたやろ?玲ちゃんの家族をちゃんと成仏させてあげるには玲ちゃん自身の呪いを解かなあかん、それて解く方法は自分と呪いの均衡する境界点で心臓に倶利伽羅剣を突き刺す、ミスったら永遠の0になってまうから気をつけるんやで。永遠の0や、しっとるか?」
「そんでな、右手そのままやったらどんどん呪い呼び込んで来てしまうからおばちゃんがそれ抑える布巻いたるわ。」
どうやら僕はミノリ婆に気に入られたらしく数珠だの御守りだのを沢山ポケットに詰め込まれた。
包帯のような物を右手に巻いてもらうと確かにいつもあるジクジクとした痛みがかなり減った気がした。
何の気なしに僕は聞いた。
「ミノリ婆、楽になりましたありがとうございます。これは特別な包帯なんですか?」
ニヤリとミノリ婆が待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべて言った。
「忌呪帯包や。」
「巻き方忘れるやつ!?」
「嘘やで。」
それを聞いた飴屋が後ろで咽せていた。
しょうもない事を言いながら気の良いミノリ婆は笑った。
「冷めてまうからお好み食べてまいやー!次は焼きそばも焼いたるからな。」
三人で鉄板を囲みながらゆっくりと食事をして酒を飲んだ。久しぶりにご飯が美味しいと思い、図らずも涙が一筋溢れる。
ここに来て良かったと僕は思った。
案の定いつもの場所に飴屋は座っていてこちらを見るとグラスを掲げて来た。
今日はレモンサワーを飲みたい気分だったので仙人のようなマスターにフライドポテトと一緒に注文をした、時刻は9時になろうとしている所だった。
「この前はお疲れ様でした、玲さんのお陰で何とか依頼を片付けることが出来ました。お給料もキチンとお支払いしますので困った事があれば何でも相談してください。」
コースターに置かれたレモンサワーのグラスを取り僕達は乾杯をした。
「それで呪いの事なんだけど。」
それに対する答えを前もって準備していたらしく飴屋は丁寧に教えてくれた。
「はい。ではまず玲さんの纏っている呪いについてなのですがそれは他者の呪いを喰らう種類の呪いだと分かりました、それに気づいたのは玲さんが人形を斃している時の事です。
呪いには色々な種類があるのですがそれは災厄に近い物でとてもたちが悪い。
玲さんの中にどんどんと穢れ、所謂負の感情が溜まっていく、そしてそれが他の呪いよりも恐ろしく速く強大なのです。私が見誤ったというのはその事でした。」
フライドポテトをレモンサワーで流し込む。どこか他人事のように聞こえていたからかも知れない。
「私にはその呪いを解く事は出来ません。そして家族を助け出す方法も今の所どうすればいいのか…でも私は玲さんを必ず救うと決めていますのでそれは安心してもらっていいですよ。何の手も打たずこの三日を過ごしていた訳ではないのです。」
「なんでそんなに俺の事を考えてくれるんだ?」
真っ直ぐ僕の顔を見つめ不敵な笑みを浮かべた飴屋が言った。
「ふふ、それは私は玲さんの事が好きだからですよ。」
急に心臓を掴まれたような気がした。
「ああ勘違いしないでください、人としてという意味です。」
僕はよくわからない心持ちになりレモンサワーを一気に飲み干す。
それでですね、と飴屋が前置きをして言った。
「とても力の有る霊媒師の御婦人がいらっしゃるのですがそちらへ一緒に行ってみませんか?人の未来が見えたり除霊が出来る方でその方なら私とは違う視点で助言をいただけるかと思うのですが。」
それは良い提案だと思った。
飴屋は僕の中に溜まっていく穢れ、この呪われた手で霊を消滅させた時に押しつけられる負の感情、を完全に取り去る事は出来ないと言った。
するとどうなるか、呪いは少しずつ僕の内側を侵食し、時が来れば僕の自我を完全に消してしまうだろう。
テセウスの船のようにいつの間にか呪いその物へと僕は変わってしまう、そうなれば僕を僕足らしめる物は外見だけしかない。
この呪いの解き方が分からなければ早晩、僕は消滅する。
時間の余裕は余り無いと飴屋も思っているだろう。
どんな情報であれ後悔しないように集めておきたかった。
「すぐにでも行きたい、ただそれだけ力のある人なら予約とか無いと会えないんじゃないの?」
飴屋が笑みを浮かべて言う。
「お任せください、そのご婦人とは昔からの腐れ縁でして。ああそうだ、夜ご飯はもう食べられましたか?」
不意に脈絡も無くお腹の心配をされたので不思議に思った、僕は食べていないと答えた。
洋子と綾が死んでから食に興味が無くなった。妻と娘を殺した犯人を殺す為、それを遂げる為ただ生き永らえるだけの食事、砂を噛むような味。
思い詰めた顔をしている僕に気付いたのか
「お気持ちは分かりますがそんな顔をしていると呪いの進行が早まりますよ、リラックスしてください。」
と言うと僕の右手を両手で包み込んだ。
––分かち合えぬもの、道理の行かぬものそして荒ぶる霊、諸病内から出て住処を転じよ
飴屋が呪を唱えると右手に軽く痛みが走り、その後少し気分が軽くなった。
「蓄積された穢れを頂きました。これで楽になったはずです。それでは参りましょうか。少し遠い場所にあるので車を使います。」
飴屋は車というより馬車の方が似合いそうだ、と思った。
「じゃあ行こうか、呪いを解く方法を探しに。」
「行きましょう、ご婦人に会いに。」
*
カクリヨの狭い通りを抜け大通りに辿り着くと高級車が止まっていた。
こちらに向かって運転手がお辞儀をするのが見える。
「車にあまり詳しくないんだけど凄く良い車じゃないか、運転手さんもいるし飴屋、君は一体何者なんだ?」
車内に入るとネクタイをほんの少しだけ緩めて飴屋が
「こういうお仕事をしていると色々な縁が巡ってくるものですので、まあ詳しい話は追々と言うことで。」
と言った。
完全にはぐらかされたと思ったが余り深追いすると危険だと僕は判断した。
一時間程の道中、車内では色々な話をした。人形屋敷で怖かった事や今までに体験した心霊体験、好きな酒の話など僕が喋ると飴屋は楽しそうにうんうんと頷いてくれる、自分の話は余りしないがとても聞き上手なのだろう。
彼の今までの人生の話も聞いてみたいと思ったがそれは自ら話してくれるのを待とうと思う。
僕は彼の事をもっと知りたかった。
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車が旅先へ着岸したクルーズ客船のように丁寧に止まった。
運転手の染野さんがドアを開けてくれ、落ち着いた声でいってらっしゃいませと送り出してくれた。飴屋が左手を上げる、僕は染野さんに礼を言って飴屋の後を追いかけた。
ここはお寺や神社が立ち並ぶ区画のようで辺りに線香の匂いが漂っている。
浮かぶように歩く飴屋の隣に猫背の僕、少しだけ秋の気配がする。
幾つかの神社仏閣を通り過ぎた後、一軒のお好み焼き屋の前で彼は立ち止まった。
時間は夜中の11時を過ぎた辺りでのれんはすでに店内に仕舞ってある。
「どうしたんだよ飴屋、腹でも減ったのか?でももうここは閉まっているしどうする?コンビニでも…」
「いえいえ、私達が目指して来たのはこのお店です。ここに先のご婦人がいらっしゃいます。」
首を傾げながら僕は言った。
「でもここってただのお好み焼き屋さんじゃないか?本当に合ってる?」
「はい。」と軽やかに飴屋が言い、そのまま中へと入って行く。
キツネに摘まれた気分のまま僕も続けて入ろうとした途端
「あんた、凄い臭いするから入って来んといて!」
としわがれた険のある声が聞こえた。
金縛りに遭ったように軒先から動けなくなる。どうしたものか、外で待つべきか?と考えていると。
ノウマクサンマンダバザラ…と言う真言を唱える声が聞こえて来た。
引き戸から覗くと小柄な女性が不動明王の像に向かって手を合わせている。
十分程それが続いた後タバコに火をつけ煙を吹き出した婦人がくわえタバコのまま僕に向かい手招きをする。
「もうええから入って来い、変な動きしたら叩き出すから覚悟しいや。」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔で僕はいそいそと店内へ入った。
人形屋敷とは違う緊張感で両手に汗をかいている事に気付く。
「お久しぶりですミノリさん、お元気そうで何よりです。」
白髪頭の中年女性はミノリと言うらしい、意思の強そうな瞳に気圧される。関西の方だろうか?
「何やあんたも!全然顔出さへんくせにこういう時だけはへらへらと来おってからに、ワタシも忙しいねん。お好みも焼かなあかんし早よ座ってや!」
奥にある小上がりに急かすように座らされた僕と飴屋、僕は状況が飲み込めずにいた。
「ここは良くある霊視とは違いミノリさんはお好み焼き屋さんです。
ここを"知っている"お客さんがメニューを注文すると大抵の困り事なら解決してくれるとても力のある霊媒師なのです。」
だから僕の腹具合を聞いて来たのかと腑に落ちた。何品か注文をした後瓶ビールを頼みグラスを三つ用意してもらった。
手際良くタネを混ぜ豚バラを鉄板の上で焼き始めるミノリさんが僕の方を繁々と見つめて言った。
「あんた、相当恨み持ってるやろ。その怨嗟があんた自身も焼き尽くそうとしてるわ。飴屋、この兄ちゃんこのままやとあんまり長くないで。どうすんねん?こんなん連れて来て。」
言い方はキツイがミノリさんは僕を心配してくれているようだ。
帽子を取り正座をした飴屋が言う。
「この、玲さんの事でどうしてもミノリさんに御助力を仰ぎたく参った次第です。」
ミノリさんはアルミの灰皿に煙草を押し付け次の煙草に火をつけた。
「そんな事やろうとは思ったけどな、出来ん事は無いけど大仕事になんで。
まずは兄ちゃん、玲ちゃんでええんやな?ワタシの事はミノリ婆とでも読んでくれ。」
僕がミノリ婆よろしくお願いします、と言うと誰がババアやねん!!と言ってから、冗談やと笑った。
関西人特有のノリに戸惑う。
「玲ちゃん、その呪いを持つまでにあんたが今まで何を考え、何をしたのかを今から書いてもらうわ。出来るだけの感情を包み隠さず書くんやで。」
そう言うとミノリ婆は半紙と小さな筆そして墨の入った硯を用意してくれた。筆を触るのは中学生以来だろうか。
最初は墨の扱いに苦労したが徐々に慣れ、ゆっくりと思い出しながら半紙にそれを書いていく。
飴屋が綺麗に両手でコテを使いお好み焼きをひっくり返した。
そして美味そうにビールを飲んでいる。
僕は宿題を忘れた小学生の放課後のような気持ちになった。
気を取り直し感情に筆を揺らさないように書いたつもりだったがやはりあの日の事を思い出すと字がめちゃくちゃになってしまった。
「わかった、玲ちゃんもうええで、良く頑張ったな。まあビールでも飲んで美味しいお好み焼きでも食べて待っててや。」
そう言うとミノリ婆は僕たちに背を向けた。
壁の棚に備え付けてある不動明王に先程と同じように手を合わせ真言を唱えながら5枚ほどになった半紙を破り、焚き上げるように炎の中へ焼べていく。
酷く汗をかきながら真言を唱える中、お好み焼きを食べてビールを飲む、異様過ぎて美味しいのか美味しくないのか分からなかった。
真言が止み畳に寝そべるミノリ婆、声をかけようとすると飴屋に止められた。
「不動明王にお伺いを立てている所ですので見守りましょう。」
ミノリ婆は不動明王の化身で物事を解決すると飴屋は教えてくれた。
ムクリと起き上がったミノリ婆は目を閉じたまま僕らの方を向き低い声で語り出した。
「お前の中の呪い、死んだ家族も囚われている。救う方法は、殺した者を赦す事。それだけでは足りない、魂と癒着している呪い、とお前の心、溢れ出すちょうど均衡の時、楔を打ち込み、別れよ、分けよ。
零れ出すと終わり、その前に分けよ。」
暫しの沈黙の後、ゆっくりミノリ婆が目を開けた。
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でさっき不動さんが言ってはった楔やねんけどこれの事やねん。」
不動明王の立像が持っている剣を見せて言う。
「倶利伽羅剣言うてな、これは貸されへんけどこのレプリカ貸してあげるから呪いが溢れ出す瞬間に心臓に一刺しすると呪いが解けまっせいう事やわ。」
情報量が多い、挙動不審になりながらミノリ婆に聞く。
「レプリカで大丈夫なんですか!?それも心臓に突き刺したら僕死んでしまうのでは?…」
ミノリ婆がカラカラと笑う。
「せやな、呪い解く為に死んでもうたら洒落にならんわな!でもおもろいやん、一回死んでみーや。」
とんでもない事を言っている。
たじろいでいる僕を見た後コホンと咳払いをしてミノリ婆が言った。
「まあ大丈夫や、そうやっても玲ちゃんは死なへんわ、ただちゃんと自我と呪いの境界を測らな危険な事に変わりないから飴屋と一緒に頑張るんやで。」
「レプリカ言うてもちゃんと不動さんの力込められてるから大丈夫や、本物持っていかれたらワシの商売上がったりやからな。
まあ道筋は見えたやろ?玲ちゃんの家族をちゃんと成仏させてあげるには玲ちゃん自身の呪いを解かなあかん、それて解く方法は自分と呪いの均衡する境界点で心臓に倶利伽羅剣を突き刺す、ミスったら永遠の0になってまうから気をつけるんやで。永遠の0や、しっとるか?」
「そんでな、右手そのままやったらどんどん呪い呼び込んで来てしまうからおばちゃんがそれ抑える布巻いたるわ。」
どうやら僕はミノリ婆に気に入られたらしく数珠だの御守りだのを沢山ポケットに詰め込まれた。
包帯のような物を右手に巻いてもらうと確かにいつもあるジクジクとした痛みがかなり減った気がした。
何の気なしに僕は聞いた。
「ミノリ婆、楽になりましたありがとうございます。これは特別な包帯なんですか?」
ニヤリとミノリ婆が待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべて言った。
「忌呪帯包や。」
「巻き方忘れるやつ!?」
「嘘やで。」
それを聞いた飴屋が後ろで咽せていた。
しょうもない事を言いながら気の良いミノリ婆は笑った。
「冷めてまうからお好み食べてまいやー!次は焼きそばも焼いたるからな。」
三人で鉄板を囲みながらゆっくりと食事をして酒を飲んだ。久しぶりにご飯が美味しいと思い、図らずも涙が一筋溢れる。
ここに来て良かったと僕は思った。
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――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
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