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【OL梨紗】誰かに会いたい夜
しおりを挟む高杉 梨紗、25歳、OL。
紹介することはそれくらいしかない、面白みのない平凡な人生だ。
そんな人生でも、誇れることがたった1つだけあった。
中学2年の時に生まれて初めてできた彼氏と、10年以上付き合っていること。
恋愛のドキドキみたいなものは早いうちに消滅してしまったけど、一緒にいると安心する。
お互いがお互いを必要としていたし、もはや相棒と言えるくらいなくてはならない存在だ。
だから結婚するのが自然な流れだって、わたしも周りも思っていた。
思って、いたんだけど。
「別れよう。」
なんか変だと思っていたんだよね。
いつも予告なんかせず、わたしの家に来て夕飯を一緒に食べるのに。
前もって前日のうちからアポなんてとってくるからさ。
いつも会ったら「お疲れ~」ってヘラヘラしてるのに、目も合わせず他人行儀だからさ。
でも、気づかないフリしてたの。
そんなわけないって、わたしたちが別れるわけないって、思い込みたかったからかな。
「どうして?」
聞かずになんていられなかった。
理由なんか聞いたら傷つくってわかってるのに、知りたいという好奇心がわたしの背中を押した。
君ははぐらかしたよね。
でも最後に、こう言った。
「他に好きな人ができた。もっと色んな人と恋愛してみたいと思った。」
そんなこと言われて怒れるほど、『あなたがいい!』
って心に決め込んでいたわけじゃない。
そして泣きつくほど、プライドを捨てて縋ることもできない。
ただ1つできるのは、『いい女だったな』って思ってもらうために、笑顔で別れることだけだった。
別れた相手にいい女だと思われたって、何の意味もないのにね。
その日からわたしは、すっかり臆病物のふぬけになっていた。
半年も経ったというのに彼氏どころかいい感じの人も、新しい出会いすら一度もない。
でもわたしとしては、元彼を引きずっている気はない。
インスタはミュートしたから、今何しているかも知らないし。
復縁したいなんて思ってない。
周りの結婚していく同級生を見ていたら羨ましいって思うし、新しい恋もいいかなって思う。
思うんだけど…
恋人を失った時にだけ感じる、あの心にぽっかり穴が開いた感覚が怖い。
明日が来るのはわかっていても、いつもと違う明日が来ることが怖い。
そう思ってしまうのを、恐れている。
だって、ずっと1人でいたなら…そんな辛い思い、しなくて済むもんね。
なんて言いながら、家庭を持たず自分1人で生きていく覚悟もできない、半端ものだった。
「お先に失礼しまーす。」
金曜日の夜。
自分の仕事が終わったからと退社する私に、上司が言った。
「そんなおめかしして、彼氏と飲みに行くの~?」
親ほど年齢の離れているこの上司は、いつもこんな感じだ。
「別にいつも通りですよ~!彼氏いないですから!」
わたしは笑ってスルーをする。
するとそれを見ていたもう1人の上司が、
「今のご時世セクハラって言われるからな、それ。彼氏いたって俺たちみたいなおじさんにはわざわざ話さないって!」
と自虐気味に庇ってくれた。
「ヤベッ!ごめんごめん!お疲れ様!」
「大丈夫です、お疲れ様でーす。」
まぁ、金曜日の夜に定時で上がったって、本当に家に帰るだけなんですけど。
パーソナルカラーとやらをチェックして、自分に似合うアイシャドウを使って丁寧にメイク。
上司ウケも考えて無難かつ、気分の上がるオフィスカジュアル。
家に帰ったらちゃんと手洗いうがいをして、座る前にメイクを落とす。
スキンケアは念入りにして、脚のマッサージをしてむくみをとる。
こうやってわたしは、自分を綺麗にする。
彼氏なんかいなくても、誰のためでもなく、自分のために。
彼氏がいた頃は、思えば相手に合わせることが多かった。
毎日帰りが遅い相手に合わせて夕食を作り、夜更かしして。
スキンケアもそこそこに、毎日寝不足で出社して。
肌は今よりカサカサだったのに、それでもあの頃は…
あの頃は、自分を幸せだと思えていた。
今はこんなに自分を大切に扱っているのに、なんだか抜け殻みたいなんだよな…。
家に着くまでの帰り道には、たくさんの恋人同士がいた。
学生や、社会人同士や、子供連れの夫婦。
みんなそれぞれに悩みがあって、楽しいことばかりじゃあない。
隣の芝生は青く見えるんだから。
そう思っても、こんなににぎやかな夜は考えてしまう。
『誰かにとっての1番でいられることは、何より幸せなこと』だ。
寂しくて誰かに会いたい夜、わたしには誰もいないのだと突きつけられる現実。
用事もないのに動画をつけて、1人の寂しさを紛らわしたつもりでいた。
翌日の土曜日。
「彼氏に紹介できる人いないか聞いてみよっか?」
大学時代の友人、茜と前々から約束していたランチにきていた。
わたしの寂しい近況を聞いて、そんな提案をしてくれたのだ。
「え、いいよ。上手くいかなかった時に申し訳ないし!」
「別に気にしないと思うけどなぁ。」
わたしは気にしいな性格をしていることもあり、人からの紹介はイマイチ苦手。
「じゃあアプリは?いくつかやったから、オススメできるよ!」
茜は恋多き女って感じで、学生時代からアプリを上手く活用していた。
だから別に否定するつもりはないんだけど…
「うーーーん、続く自信ないんだよね、知らない人ってちょっと怖いし。」
気は進まない。
「そっか。無理にとは言わないけどさー。若い時代勿体ないって!アグレッシブにいかないと。結婚願望はあるんでしょ?」
全部ごもっともなので、言い返す言葉は1つもありません。
「そうだよね~…」
行動したい気持ちはあるつもりだけど、なかなか重い腰が上がらない。
10年以上同じ人といて、恋愛を始めるモチベーションとか忘れたというか、未経験に近いのかもしれない。
もう勝手に、出会いが降ってくればいいのにな。
そうこうしているうちに年末。
わたしは1年ぶりに実家に帰省した。
「お正月にお兄ちゃん家族が来て梨紗の部屋貸してあげたいから、少し荷物整理してくれる?」
お母さんにそう言われたので、引越しの時に出しっぱなしだった学生時代のあれこれを整理することに。
小学生の時の作文、中学の頃に使っていたノート、高校生の時の課題プリント…
よくもまぁこんなに残っているなってくらい、懐かしいもので溢れていた。
「わぁ…懐かしい。」
中でも気になったのは、小学校の卒業文集だった。
わたし何書いたっけ…?
見たいような、見たくないような…。
『20年後のわたしへ。』
そんな題名がつけられていて、当時のわたしが宛てた時期をいつの間にか過ぎていたことに気づく。
『どんなお仕事をしていますか?素敵な旦那さんがいますか?』
だんだん、夢いっぱいの、ワクワクした気持ちでこの作文を書いたのを思い出してきた。
20代も半ばになれば、みんな結婚しているものだと思っていたんだった。
当時の自分が思い描いていた未来とはかけ離れていることを、少し申し訳なく感じる。
自分相手に、だけど。
その作文には自分が好きなことや楽しいこと、未来への希望なんかがたっぷり書かれていて、すごく輝いて眩しかった。
わたしいつから、こんな風になっちゃったんだろう…。
今のわたしは過去のトラウマに囚われて、毎日をただ消費しているだけなのかもしれない。
自分のために使う時間だって本当は素晴らしいはじなのに、自分以外の誰かが見てくれないことを嘆いてばかり。
『ごめんね…』
気づいたら心の中で、自分自身に謝っていた。
そして1ページめくると、わたしの作文の続きがあった。
『最近読んだ本の中に、素敵な言葉があったから教えてあげます。
怖くて前に進めない時もある。そんな時は立ち止まってもいい。また自分の足で歩き始めればいいのだから。』
それはまるで、過去のわたしから未来のわたしへのプレゼントのようだった。
重たい荷物を持って、自分で立ち止まっているはずなのに。
そんな自分が情けなくて、どんどん前へ進むのが怖くなって。
歩き出す方法がわからなくなっていたんだ。
本当は、方法なんて何でも良かったのに。
わたしの足で、1歩進めればそれでいい。
年末年始の休みが明けて、仕事して、初めての金曜日。
わたしはまた、定時で上がって帰宅した。
手洗いうがいをして、メイク落としをして、お風呂に入って、スキンケアとマッサージをして…
コンビニで買ったチューハイを片手に、スマホを操作した。
「美容とお酒が大好きな25歳です、友達みたいに安心出来るパートナーを探してます、っと。」
茜にオススメされたアプリに、登録してみることにした。
初めてのことはいつだって怖いけど、ほんの少しの勇気を出せば1歩でも、半歩でも進むことができる。
それを教えてくれたのは、過去の自分。
未来に夢を見てキラキラしていた、あの頃の自分をがっかりさせたくないから。
そのためには、今の自分が頑張って、前に進むしかない。
誰かに会いたい夜、わたしは自分のために勇気を出した。
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