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【大学生なぎさ】友達のままで
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わたしには、好きな人がいる。
相手は大学1年の時に同じゼミだった男の子。
もう2年、『1番仲がいい異性の友達』をやっている。
「なぎさ、後でバイトのシフト表送ってくんない?」
「オッケー。」
3限で終わる水曜日。
わたしが女友達と帰ろうとしている所へ、登校して来たらしい渋谷が言った。
渋谷が水曜日4限スタートなのは、把握済みなのだ。
…と、お分かりの通りわたしは片思いの相手である渋谷と、大学も学部も一緒、おまけにバイトの居酒屋まで一緒。
バイトはお互い同じ時期に探していて、同じタイミングで面接に行ったから、一緒なのは当然なんだけど。
『シフト表どーぞ。』
その日バイト後、言われた通り渋谷にシフト表の写真を送った。
メッセージはすぐに既読になり、
『ありがと!
来週の金曜ラスト一緒じゃん、飲みに行かない?』
なんて返事が。
好きな人から誘われるなんて、内心嬉しい。
でも…
『やだよ、彼女持ちと飲みなんて!』
わたしはため息をつきながら、そう返した。
そう。
渋谷には、1年付き合っている彼女がいるのだ。
『そーいうの気にする子じゃないんだって!
なぎさなら安心だって言ってる。』
その言葉に、こっそり胸をえぐられる。
絶賛片思い中の1年前、1番仲の良い女子は自分だと思っていた。
周りの友達からも付き合ってると勘違いされるほどの仲良しだったから、わたしもすっかりその気で。
このままいれば付き合うのかな、なんて自惚れもいいとこだった。
高校時代の友達の紹介で出会った他校の子と付き合ったと聞いた時、信じられないくらい泣いた。
だけど彼女持ちを好きでい続けるなんて嫌だったし、この気持ちは忘れようと思ったのに。
こんなに近くにいて忘れられるわけもなければ、忘れるために距離を置く勇気もない。
ただ想いを心の奥底にしまい込んで、友達として側にいる。
何も言わないから。
振り向いて欲しいなんて思わないから。
だから近くにいることを、許してほしい。
…ってこんなに頑張って気持ちを押し殺しているというのに、
人の気も知らない渋谷はしっかりわたしのことを友達としか思っていないのだ。
まぁ、それでいいんだけど。
『彼女が良くても、わたしが嫌なの!』
わたしはそう返信をした。
って、このやりとり何回目だよ。
一度大学の飲み会に渋谷が彼女を連れてきたことがあって。
その時女友達として紹介され、なぜか懐かれてしまったから、彼女は安心だと言っているんだと思う。
本心なのか気を使ってくれているのか、わからないけど。
どちらにせよ、渋谷にも彼女にも、女として意識されていないことだけはわかる。
来週のバイト後の飲み会に関するやりとりは
『じゃあラストメンバーみんなで行こ!
駅前にできた海鮮居酒屋行ってみたい!』
とのことで、他の人もいるならと了承した。
渋谷がわたしを飲みに誘ってくるのは珍しいことではない。
彼女がいない頃から、男友達を誘うようなノリで声をかけてくれた。
そりゃあ彼女がいない頃は2人で行ったし、だからこそ両想いなんじゃないかって、勘違いしてたんだけど。
2人きりで出かけないことは、彼女持ちを好きでいる自分へのけじめみたいなものだった。
1週間後。
バイトをラストまで終え、終電を見送って海鮮居酒屋へ行った。
バイトメンバーは比較的仲が良くて、朝まで飲むことは割とある。
この日はわたしと渋谷、そして1つ上の男先輩が1人、1つ下の男の子と女の子が1人。
合計5人で飲みに行った。
そこで、わたしは思ってもいなかった言葉を耳にする。
「え、彼女と別れたんすか!?いつの間に!?」
後輩の美咲ちゃんと一緒にメニュー表に夢中になっていたわたしは、それまでの話を全然聞いていなかったんだけど…
後輩の悠斗くんのそんな声が聞こえたので、思わずそっちに神経を集中させてしまった。
「そー。一昨日ね。」
確かに、渋谷がそう答えたのだ。
想定外の出来事に、頭が真っ白になる。
「渋谷さん、彼女と長かったですよね?びっくり~…」
隣で美咲ちゃんがそう声をかけてきたけど、なんだか上手く答えられなかった。
「そうだね~…」
もちろんバイト先の人はわたしの想いを知らないから、同様しているのを悟られるわけにはいかない。
「じゃー今日は俺が朝まで付き合いますよ!じゃんじゃん飲んで忘れましょ!」
悠斗くんがそう言って、渋谷に乾杯を促す。
「ありがと!」
渋谷は笑顔で答えて、乾杯を交わしていた。
その後は恋愛話には触れず、いつもの飲み会のようにふざけて楽しい時間を過ごしたけど…
なんだかわたしは、ずっとそわそわ。
渋谷が彼女と別れることを、願ってきたつもりはなかった。
わたしの恋を叶えるために、2人の人が悲しむなんておこがましくて願うことすらできなかったのだ。
だけどやっぱり、片想いの相手から彼女がいなくなるっていうのは嬉しくなってしまうもので。
良くないとは思いながらも、だんだん舞い上がってしまう自分がいた。
わたしにも、可能性あるかな…?って。
2件目の居酒屋を出た時、時間は3時だった。
美咲ちゃんは近所に住んでいるらしいお兄さんの家に帰り、悠斗くんは酔いつぶれてしまったのでタクシーで帰宅。
残ったのは、先輩とわたしと渋谷の3人だった。
「俺、この後知り合いのバー行くから、ここで解散でもいい?」
「えっ。」
いつもなら、始発の時間までカラオケでのんびりすることが多い。
だから今日も3人でそうするのかと思っていたから、少し驚いてしまった。
でも…
「渋谷、ちゃんとなぎさのこと家まで送ってやれよ。」
なんて先輩が言うから、察してしまった。
先輩は、わたしに気を遣ってくれているのだ。
渋谷に彼女ができる前から、バイト先で唯一わたしの気持ちを知っている人だから。
「わかってますよー。お疲れ様です!」
渋谷がそう答えて、先輩と別れた。
急に2人きりになると、妙に緊張してしまう。
すると渋谷が、
「久々に歩くか!」
と言った。
わたしの家は今いる場所から近いとは言えないけど、歩いても1時間くらいで着く場所にある。
だから昔はたまに、飲み会の帰りに2人で歩いて帰っていたのだ。
渋谷の家は反対方向だから、『なんだかんだ送ってくれるんだ』って当時は嬉しかったけど…
その後に彼女ができたのを見て、あれは女の子扱いでも何でもなかったのだとショックを受けた。
それからは2人でこうして歩くなんてなかったから、1年以上ぶり。
お互い少し酔っ払っていたし、大した話はしなかった。
ただ何でもない話をして笑い、夜風が当たってすごく気持ちよかった。
何か特別なことはなくても、こうして2人で過ごせることが、何より幸せだと思ったんだ。
久々にそんな気持ちを味わうことができて、わたしは浮かれてしまったんだと思う。
わたしの暮らすアパートの前に着いた時、始発まで2時間弱。
つい言ってしまったのだ。
「うち入ってく?」
そんなこと、渋谷に彼女ができる前でも言ったことがなかったのに。
そして、わたしは言った数秒後には後悔をしていた。
彼女と別れたって聞いたばかりなのに、部屋に誘うなんて不謹慎だと思われたかな…?
そもそも自分から部屋に入れる女なんて軽いとか、思われたかな…?
でも今更訂正しても変だし、どうしよう。
断られたら今度こそ立ち直れなかったりして…。
わたしがそんなことを悶々と考えていると、渋谷はこう言った。
「…いいの?」
「!!!」
自分から言ったくせに、いざ好きな人を家に入れるとなるとドキドキしてしまう。
「…うん、狭い家だけど!」
わたしは緊張しているのを何とか隠しながら、渋谷を家に招き入れた。
緊張しているなんてバレたら、何か期待していると思われちゃいそうだし。
家に入り、渋谷にはソファに座ってもらった。
小さなワンルームだから座ろうと思うとかなり距離が近いな、なんて意識してしまう。
とりあえず麦茶をグラスに入れ、手渡した。
「ありがと。結構飲んだし歩いたから、喉乾いたよな。」
「そうだね!?」
至って普通の会話なのに、いつもより声が低く響いて聞こえる。
自分の家で渋谷の声を聞く日が来るなんて、思ってもいなかった。
ドキドキと高鳴る鼓動の音が、静かな家に響いて渋谷に伝わらないか心配だ。
すると渋谷が口を開いた。
「今日…」
ドキン ドキン。
次にどんな言葉が待ってるのか、無性にそわそわしてしまう。
「バイトのみんなと飲みに行けて、良かったわ。
彼女に振られたばっかりで、結構しんどかったから、正直。」
固まってしまった。
頭も、身体も、心も。
「振られてから色々後悔しても遅いって、他人のことなら思えるんだけどなー。なかなかそうはいかないもんだな。」
渋谷は困ったような顔で笑いながら、そう言った。
ああ、これは、『友達の顔』だ。
わたしは渋谷のことが男の子として好きで。
この時間に2人きりで歩くことにも、自分から家に誘ったのにも、そこに込められた想いがあった。
だけど渋谷にとっては、意味なんてなかったんだ。
そんなことわかりきっていたのに、馬鹿みたいに舞い上がって…
しかも渋谷は好きな人に振られて別れて、悲しい時なのに。
わたしは自分のことばかり考えていた。
最低だ……。
その日、飲み会の時は自分から発さなかった別れた彼女への想いを、渋谷は打ち明けてきた。
わたしは友達として、ただ聞くだけ。
でも
「情けない話、いっぱい聞いてくれてありがとうな。
元気出た。なぎさが友達で良かったよ!」
なんて言ってくれたんだ。
心の中では、別れたことを喜んでいる嫌なやつなのにね。
それから、その日は渋谷と同じベッドで寝た。
布団がそれしかなかったから、ただそれだけの理由。
いい年の男女が2人で寝たというのに、指1本も触れることなく時は過ぎていく。
何かに期待して、緊張していた自分が本当に恥ずかしかった。
何もあるわけないのに、…友達なんだから。
それからわたしは、相も変わらず女友達として渋谷の側にいた。
『もう彼女はいないんだから、チャンスだよ!』
ずっと応援してくれていた友達はそう言ってくれる。
でも、彼女がいようがいなかろうが、わたしにチャンスなんてないことはわたしがよくわかっている。
女として見られていないんだから、彼女になれるはずがないんだ。
それなら友達として側にいられれば…それが1番いい。
わたしのことを見てくれなかったとしても、渋谷が悲しい時に元気づけられる存在でいられるんだから。
わたしはそれでいいんだ。
そうして、今までと変わらない日常を、半年ほど過ごした。
わたしたちは大学4年になり、仲間うちがみんな就職内定したので、飲み会を開くことになった。
内定先に影響があるといけないから、ハメを外すのも今回が最後ってことで。
仲間うちの他にその友達とかも誘って、結構盛大にやることに。
当日は30人近い宴会になり、中には知らない人がたくさんいた。
「本当知らない人も多いね~、言っちゃ悪いけどチャラそうな人もいるな。」
女友達と一緒に、割と端の方に座ったわたし。
「そうだねー、ちょっと人見知りしちゃうかも。」
そんな話をしながら、ゆっくりお酒を飲んでいた。
飲み会も数時間が経って、2件目に移動しようという時。
「えっ、あの2人一緒に帰ったの!?持ち帰り成功じゃん!!」
そんな声が聞こえて、思わずそっちの方を見た。
「おい、その言い方!」
酔っ払って大きな声でとんでもないことを言っている人に、そう釘を刺したのは渋谷だ。
「だってそーじゃん。2人でこっそり抜けてんだからさぁ、お前だって男なんだからわかんだろ。」
そんなダル絡みをする男に、わたしは思わずムッとした。
チャラチャラした人と、渋谷を一緒にするな!!
渋谷は人懐っこくてみんなと仲が良いけど、意外と真面目なところがいいんだから。
わたしは2人きりになったら『何かあるんじゃない!?』なんて期待しちゃったけど、
渋谷は同じベッドに寝ても何もしない人なんだから。
男女が2人になったからって手を出すなんて発想は、渋谷にはないんだよー!
口には出さないけど、わたしは心の中で精一杯そう唱えていた。
でも…渋谷は意外な返事をしたのだ。
「わかるけどさぁ…」
その言葉は、聞き捨てならなかった。
え。
わかるの…?
「渋谷は可愛いと思う子いないの?今フリーなんだろ?持ち帰ればいーじゃん!」
「はいはい…お前酔いすぎ!帰れば?」
その後もそうやって、酔っ払いの相手をしている渋谷。
2件目に行くか行かないか迷ってたけど、とてもそんなことは考える余裕がなくなった。
もちろん、渋谷だって大人だし彼女がいたし、そういうことに興味がないなんて幻想は抱いていない。
でも、『男女、夜、2人きり』というシチュエーションで何もしてこなかったから。
付き合っていない人に手を出す発想自体がないのかと思っていたけど、どうやら違うみたいだ。
じゃあどうしてあの日、何もなかったのかって…
わたしに女としての魅力を感じていないから。
それだけのことだ。
今までだって十分なかった自信を、全て失ったような気持ちになった。
「なぎさちゃん結構お酒強いの?」
さっきまで一緒にいた女友達が帰ってしまい、流されるまま来た2件目。
わたしはたまたま隣に座った男の子と飲んでいた。
「弱くはないかな…。」
酔いつぶれるまで飲んだことはないけど。
でもなんだかもう、どうでもよくなってしまった。
「ねぇ、2人で抜け出さない?」
その言葉が、何を意味しているかくらいはわかる。
だけど拒否する理由を見失っていた。
好きな人に女として見て貰えないわたしには、何の価値もないのかもしれない。
そう思ってしまったから。
「いいよ。」
わたしはそう答えて、その男の子に手を引かれるまま宴会の部屋を出る。
こんな状況でも、癖で渋谷のことを探してしまう自分に嫌気がさす。
2件目には来てるはずだけど…どこに行ったんだろう。
そんなわたしの気持ちを置いて、引かれるがままに足は進む。
店の出口が見えて来た時、トイレから渋谷が出て来て。
「あれ?…なぎさ、帰るの?」
初対面の男に手を引かれている様子を、少し不思議そうに見ながら尋ねてきた。
軽い女って、思われるかな…。
嫌われちゃうかな…。
思いきれないわたしは、そんなことを考えてしまう。
でも…
どんなにわたしが渋谷に好かれたくったって、女として意識してもらえないんだ。
好きでいることに、意味なんてない。
わたしはそんな思いを断ち切るように、
「うん。じゃあね。」
と言った。
その後、渋谷の顔が見れなくて。
振り向かなかったけど、渋谷も追いかけて来たりはしなかった。
漫画やドラマなら追いかけてきて止めてくれたりするけど…
現実はそんなに上手くいかないよね。
「俺ん家隣の駅だから、タクシー乗ろっか。」
男の子はそう言って、少し先にあるタクシー乗り場へ歩を進める。
「うん…」
今更もう戻れないのに、だんだん心の中のもやもやが大きくなっていく。
わたし、本当にいいの?
後悔しない?
そんな言葉が、頭の中に生まれては弾けていく。
だって…
後悔も何も…頑張ったって意味がないんだよ…。
わたしの心の中には、絶望の湖ができたかのように、弱気な言葉が満ち溢れている。
だけどふと、一筋の光が差し込んだ。
頑張ったって…わたし何か頑張ったの?
一生懸命思い出そうとしてみたけど、その答えは浮かばない。
渋谷を好きになって、でも友達っていう現状に満足したつもりで行動しなかった。
そうしているうちに彼女ができちゃって、自分の気持ちを押し込めて納得させて。
別れてからも好かれる自信がないからって、また行動せずに逃げて…。
わたしは何一つ、この恋を叶えるために行動してこなかったんだ。
『友達だから』
『女として見られていないから』
自分の勇気が出ないのを、相手の気持ちのせいにしていた。
ポロ…
無意識に一筋、涙が流れてきた。
「俺らの番だよ。」
タクシーの順番が回ってきて、乗るように促される。
でも…
「ごめんなさい、やっぱり行けないです!」
自分の気持ちに気づいてしまったら、これ以上進むことはできなかった。
「えっ!」
男の子は驚いていたけど、走り出したわたしを追いかけては来ないみたいだ。
この後どうするとか、何を言うとか、何も考えていない。
だけど今、渋谷に会いたい。
その気持ちだけで、来た道を戻っていた。
少しだけ、わたしのこと探していてくれたりしないかな…なんて思ったけど。
さっき出た店に戻るまで、やっぱり渋谷の姿はない。
でも、もうそんなことは関係ないんだ。
好きと思われていなくても、友達でも、女の子として見られていなくても。
わたしは渋谷のことが好き、それは揺るぎない事実なのだから。
覚悟を決めて、店のドアに手をかけた時。
ガラッ
先に開いたので、びっくりして手を引っ込めた。
「なぎさ!?」
そこには、会いたかった渋谷がいた。
「渋谷…!帰るの…?」
渋谷と一緒に女の子がいたりしなくて良かった、と少し安心した。
「え、…うん、まぁ。」
珍しく歯切れの悪い返事をした渋谷と、一緒に外へ出た。
「なぎさは何してんの?帰るんじゃなかったの?…アイツと。」
少し言い出しにくそうに、尋ねてきた。
そりゃ気になるよね、まさに『お持ち帰り』されそうになってたんだから。
「うん…やめた。」
覚悟を決めて戻ってきたはずなのに、こんな返事しかできないわたし。
「そっか…。」
だめだ。
こんなんじゃわたし、何も変わってない。
怖いのは当たり前だ。
でももう、逃げないって決めたんだ!
「渋谷に…会いたくて、戻ってきたの。」
恥ずかしくて死にそうだったけど、ちゃんと目を見てそう言った。
「え、俺に?」
やっぱり驚いた顔をしている。
この先を伝えたら、どう思うのかな。
両想いになれなくっても、ほんの少しでも嬉しいと思ってくれたらいいな…。
「うん。
渋谷のこと、好きだから。
1年の時からずっと。」
もう逃げられない。
反応が怖くて、今度は硬く目を瞑ってそう言った。
でも
わたしが緊張しているからなのか、返事を怖がっているからなのか…
渋谷の反応がくるまでかなり長い時間に感じた。
沈黙に耐えきれず目を開けると、それと同時に反応が返ってきた。
「俺も…なぎさのこと追いかけようと思って、店出たんだ。
アイツと一緒に帰って欲しくなくて。」
予想外の返事に、わたしは驚きを隠せなかった。
「えっ!?そうなの?」
友達だから、心配してくれたんだ。
そうはわかっていても、やっぱり嬉しかった。
そしてまた少しの間の後、渋谷は言った。
「友達だと思われてると思ってたから、今すげー嬉しい。
…俺も、なぎさのこと好き。」
全く想定もしていなかった言葉が、キラキラと宙を舞う。
頭が処理するのにかなり時間がかかったけど、
目の前にいる渋谷が照れくさそうにしているのを見て現実だと思うことができた。
「えっ!?嘘!?
わたしこそ、友達だと思われてると思って…」
こんな幸せな瞬間があるなんて知らなかった。
また無意識に涙が流れていて、だけど心地いい。
「…嘘じゃないよ。
気づいたのは最近だけど、なぎさといると楽しくて、自然と元気もらえるんだ。」
わたしの今までしてきたことは、渋谷のためでもなんでもなく。
ただ臆病だからなだけだった。
今日勇気を出せたのも、本当に本当に遅かった。
だけど、こんな風に言ってもらえる日がくるのなら、臆病で良かったとすら思えてしまう。
でも
「俺と付き合って下さい。」
この幸せを現実にしたいなら、勇気を出して行動しないと始まらない。
もしあの時勇気を出して渋谷に会いに来なかったら、こんな瞬間は訪れていなかったと思うから。
「はいっ!」
相手は大学1年の時に同じゼミだった男の子。
もう2年、『1番仲がいい異性の友達』をやっている。
「なぎさ、後でバイトのシフト表送ってくんない?」
「オッケー。」
3限で終わる水曜日。
わたしが女友達と帰ろうとしている所へ、登校して来たらしい渋谷が言った。
渋谷が水曜日4限スタートなのは、把握済みなのだ。
…と、お分かりの通りわたしは片思いの相手である渋谷と、大学も学部も一緒、おまけにバイトの居酒屋まで一緒。
バイトはお互い同じ時期に探していて、同じタイミングで面接に行ったから、一緒なのは当然なんだけど。
『シフト表どーぞ。』
その日バイト後、言われた通り渋谷にシフト表の写真を送った。
メッセージはすぐに既読になり、
『ありがと!
来週の金曜ラスト一緒じゃん、飲みに行かない?』
なんて返事が。
好きな人から誘われるなんて、内心嬉しい。
でも…
『やだよ、彼女持ちと飲みなんて!』
わたしはため息をつきながら、そう返した。
そう。
渋谷には、1年付き合っている彼女がいるのだ。
『そーいうの気にする子じゃないんだって!
なぎさなら安心だって言ってる。』
その言葉に、こっそり胸をえぐられる。
絶賛片思い中の1年前、1番仲の良い女子は自分だと思っていた。
周りの友達からも付き合ってると勘違いされるほどの仲良しだったから、わたしもすっかりその気で。
このままいれば付き合うのかな、なんて自惚れもいいとこだった。
高校時代の友達の紹介で出会った他校の子と付き合ったと聞いた時、信じられないくらい泣いた。
だけど彼女持ちを好きでい続けるなんて嫌だったし、この気持ちは忘れようと思ったのに。
こんなに近くにいて忘れられるわけもなければ、忘れるために距離を置く勇気もない。
ただ想いを心の奥底にしまい込んで、友達として側にいる。
何も言わないから。
振り向いて欲しいなんて思わないから。
だから近くにいることを、許してほしい。
…ってこんなに頑張って気持ちを押し殺しているというのに、
人の気も知らない渋谷はしっかりわたしのことを友達としか思っていないのだ。
まぁ、それでいいんだけど。
『彼女が良くても、わたしが嫌なの!』
わたしはそう返信をした。
って、このやりとり何回目だよ。
一度大学の飲み会に渋谷が彼女を連れてきたことがあって。
その時女友達として紹介され、なぜか懐かれてしまったから、彼女は安心だと言っているんだと思う。
本心なのか気を使ってくれているのか、わからないけど。
どちらにせよ、渋谷にも彼女にも、女として意識されていないことだけはわかる。
来週のバイト後の飲み会に関するやりとりは
『じゃあラストメンバーみんなで行こ!
駅前にできた海鮮居酒屋行ってみたい!』
とのことで、他の人もいるならと了承した。
渋谷がわたしを飲みに誘ってくるのは珍しいことではない。
彼女がいない頃から、男友達を誘うようなノリで声をかけてくれた。
そりゃあ彼女がいない頃は2人で行ったし、だからこそ両想いなんじゃないかって、勘違いしてたんだけど。
2人きりで出かけないことは、彼女持ちを好きでいる自分へのけじめみたいなものだった。
1週間後。
バイトをラストまで終え、終電を見送って海鮮居酒屋へ行った。
バイトメンバーは比較的仲が良くて、朝まで飲むことは割とある。
この日はわたしと渋谷、そして1つ上の男先輩が1人、1つ下の男の子と女の子が1人。
合計5人で飲みに行った。
そこで、わたしは思ってもいなかった言葉を耳にする。
「え、彼女と別れたんすか!?いつの間に!?」
後輩の美咲ちゃんと一緒にメニュー表に夢中になっていたわたしは、それまでの話を全然聞いていなかったんだけど…
後輩の悠斗くんのそんな声が聞こえたので、思わずそっちに神経を集中させてしまった。
「そー。一昨日ね。」
確かに、渋谷がそう答えたのだ。
想定外の出来事に、頭が真っ白になる。
「渋谷さん、彼女と長かったですよね?びっくり~…」
隣で美咲ちゃんがそう声をかけてきたけど、なんだか上手く答えられなかった。
「そうだね~…」
もちろんバイト先の人はわたしの想いを知らないから、同様しているのを悟られるわけにはいかない。
「じゃー今日は俺が朝まで付き合いますよ!じゃんじゃん飲んで忘れましょ!」
悠斗くんがそう言って、渋谷に乾杯を促す。
「ありがと!」
渋谷は笑顔で答えて、乾杯を交わしていた。
その後は恋愛話には触れず、いつもの飲み会のようにふざけて楽しい時間を過ごしたけど…
なんだかわたしは、ずっとそわそわ。
渋谷が彼女と別れることを、願ってきたつもりはなかった。
わたしの恋を叶えるために、2人の人が悲しむなんておこがましくて願うことすらできなかったのだ。
だけどやっぱり、片想いの相手から彼女がいなくなるっていうのは嬉しくなってしまうもので。
良くないとは思いながらも、だんだん舞い上がってしまう自分がいた。
わたしにも、可能性あるかな…?って。
2件目の居酒屋を出た時、時間は3時だった。
美咲ちゃんは近所に住んでいるらしいお兄さんの家に帰り、悠斗くんは酔いつぶれてしまったのでタクシーで帰宅。
残ったのは、先輩とわたしと渋谷の3人だった。
「俺、この後知り合いのバー行くから、ここで解散でもいい?」
「えっ。」
いつもなら、始発の時間までカラオケでのんびりすることが多い。
だから今日も3人でそうするのかと思っていたから、少し驚いてしまった。
でも…
「渋谷、ちゃんとなぎさのこと家まで送ってやれよ。」
なんて先輩が言うから、察してしまった。
先輩は、わたしに気を遣ってくれているのだ。
渋谷に彼女ができる前から、バイト先で唯一わたしの気持ちを知っている人だから。
「わかってますよー。お疲れ様です!」
渋谷がそう答えて、先輩と別れた。
急に2人きりになると、妙に緊張してしまう。
すると渋谷が、
「久々に歩くか!」
と言った。
わたしの家は今いる場所から近いとは言えないけど、歩いても1時間くらいで着く場所にある。
だから昔はたまに、飲み会の帰りに2人で歩いて帰っていたのだ。
渋谷の家は反対方向だから、『なんだかんだ送ってくれるんだ』って当時は嬉しかったけど…
その後に彼女ができたのを見て、あれは女の子扱いでも何でもなかったのだとショックを受けた。
それからは2人でこうして歩くなんてなかったから、1年以上ぶり。
お互い少し酔っ払っていたし、大した話はしなかった。
ただ何でもない話をして笑い、夜風が当たってすごく気持ちよかった。
何か特別なことはなくても、こうして2人で過ごせることが、何より幸せだと思ったんだ。
久々にそんな気持ちを味わうことができて、わたしは浮かれてしまったんだと思う。
わたしの暮らすアパートの前に着いた時、始発まで2時間弱。
つい言ってしまったのだ。
「うち入ってく?」
そんなこと、渋谷に彼女ができる前でも言ったことがなかったのに。
そして、わたしは言った数秒後には後悔をしていた。
彼女と別れたって聞いたばかりなのに、部屋に誘うなんて不謹慎だと思われたかな…?
そもそも自分から部屋に入れる女なんて軽いとか、思われたかな…?
でも今更訂正しても変だし、どうしよう。
断られたら今度こそ立ち直れなかったりして…。
わたしがそんなことを悶々と考えていると、渋谷はこう言った。
「…いいの?」
「!!!」
自分から言ったくせに、いざ好きな人を家に入れるとなるとドキドキしてしまう。
「…うん、狭い家だけど!」
わたしは緊張しているのを何とか隠しながら、渋谷を家に招き入れた。
緊張しているなんてバレたら、何か期待していると思われちゃいそうだし。
家に入り、渋谷にはソファに座ってもらった。
小さなワンルームだから座ろうと思うとかなり距離が近いな、なんて意識してしまう。
とりあえず麦茶をグラスに入れ、手渡した。
「ありがと。結構飲んだし歩いたから、喉乾いたよな。」
「そうだね!?」
至って普通の会話なのに、いつもより声が低く響いて聞こえる。
自分の家で渋谷の声を聞く日が来るなんて、思ってもいなかった。
ドキドキと高鳴る鼓動の音が、静かな家に響いて渋谷に伝わらないか心配だ。
すると渋谷が口を開いた。
「今日…」
ドキン ドキン。
次にどんな言葉が待ってるのか、無性にそわそわしてしまう。
「バイトのみんなと飲みに行けて、良かったわ。
彼女に振られたばっかりで、結構しんどかったから、正直。」
固まってしまった。
頭も、身体も、心も。
「振られてから色々後悔しても遅いって、他人のことなら思えるんだけどなー。なかなかそうはいかないもんだな。」
渋谷は困ったような顔で笑いながら、そう言った。
ああ、これは、『友達の顔』だ。
わたしは渋谷のことが男の子として好きで。
この時間に2人きりで歩くことにも、自分から家に誘ったのにも、そこに込められた想いがあった。
だけど渋谷にとっては、意味なんてなかったんだ。
そんなことわかりきっていたのに、馬鹿みたいに舞い上がって…
しかも渋谷は好きな人に振られて別れて、悲しい時なのに。
わたしは自分のことばかり考えていた。
最低だ……。
その日、飲み会の時は自分から発さなかった別れた彼女への想いを、渋谷は打ち明けてきた。
わたしは友達として、ただ聞くだけ。
でも
「情けない話、いっぱい聞いてくれてありがとうな。
元気出た。なぎさが友達で良かったよ!」
なんて言ってくれたんだ。
心の中では、別れたことを喜んでいる嫌なやつなのにね。
それから、その日は渋谷と同じベッドで寝た。
布団がそれしかなかったから、ただそれだけの理由。
いい年の男女が2人で寝たというのに、指1本も触れることなく時は過ぎていく。
何かに期待して、緊張していた自分が本当に恥ずかしかった。
何もあるわけないのに、…友達なんだから。
それからわたしは、相も変わらず女友達として渋谷の側にいた。
『もう彼女はいないんだから、チャンスだよ!』
ずっと応援してくれていた友達はそう言ってくれる。
でも、彼女がいようがいなかろうが、わたしにチャンスなんてないことはわたしがよくわかっている。
女として見られていないんだから、彼女になれるはずがないんだ。
それなら友達として側にいられれば…それが1番いい。
わたしのことを見てくれなかったとしても、渋谷が悲しい時に元気づけられる存在でいられるんだから。
わたしはそれでいいんだ。
そうして、今までと変わらない日常を、半年ほど過ごした。
わたしたちは大学4年になり、仲間うちがみんな就職内定したので、飲み会を開くことになった。
内定先に影響があるといけないから、ハメを外すのも今回が最後ってことで。
仲間うちの他にその友達とかも誘って、結構盛大にやることに。
当日は30人近い宴会になり、中には知らない人がたくさんいた。
「本当知らない人も多いね~、言っちゃ悪いけどチャラそうな人もいるな。」
女友達と一緒に、割と端の方に座ったわたし。
「そうだねー、ちょっと人見知りしちゃうかも。」
そんな話をしながら、ゆっくりお酒を飲んでいた。
飲み会も数時間が経って、2件目に移動しようという時。
「えっ、あの2人一緒に帰ったの!?持ち帰り成功じゃん!!」
そんな声が聞こえて、思わずそっちの方を見た。
「おい、その言い方!」
酔っ払って大きな声でとんでもないことを言っている人に、そう釘を刺したのは渋谷だ。
「だってそーじゃん。2人でこっそり抜けてんだからさぁ、お前だって男なんだからわかんだろ。」
そんなダル絡みをする男に、わたしは思わずムッとした。
チャラチャラした人と、渋谷を一緒にするな!!
渋谷は人懐っこくてみんなと仲が良いけど、意外と真面目なところがいいんだから。
わたしは2人きりになったら『何かあるんじゃない!?』なんて期待しちゃったけど、
渋谷は同じベッドに寝ても何もしない人なんだから。
男女が2人になったからって手を出すなんて発想は、渋谷にはないんだよー!
口には出さないけど、わたしは心の中で精一杯そう唱えていた。
でも…渋谷は意外な返事をしたのだ。
「わかるけどさぁ…」
その言葉は、聞き捨てならなかった。
え。
わかるの…?
「渋谷は可愛いと思う子いないの?今フリーなんだろ?持ち帰ればいーじゃん!」
「はいはい…お前酔いすぎ!帰れば?」
その後もそうやって、酔っ払いの相手をしている渋谷。
2件目に行くか行かないか迷ってたけど、とてもそんなことは考える余裕がなくなった。
もちろん、渋谷だって大人だし彼女がいたし、そういうことに興味がないなんて幻想は抱いていない。
でも、『男女、夜、2人きり』というシチュエーションで何もしてこなかったから。
付き合っていない人に手を出す発想自体がないのかと思っていたけど、どうやら違うみたいだ。
じゃあどうしてあの日、何もなかったのかって…
わたしに女としての魅力を感じていないから。
それだけのことだ。
今までだって十分なかった自信を、全て失ったような気持ちになった。
「なぎさちゃん結構お酒強いの?」
さっきまで一緒にいた女友達が帰ってしまい、流されるまま来た2件目。
わたしはたまたま隣に座った男の子と飲んでいた。
「弱くはないかな…。」
酔いつぶれるまで飲んだことはないけど。
でもなんだかもう、どうでもよくなってしまった。
「ねぇ、2人で抜け出さない?」
その言葉が、何を意味しているかくらいはわかる。
だけど拒否する理由を見失っていた。
好きな人に女として見て貰えないわたしには、何の価値もないのかもしれない。
そう思ってしまったから。
「いいよ。」
わたしはそう答えて、その男の子に手を引かれるまま宴会の部屋を出る。
こんな状況でも、癖で渋谷のことを探してしまう自分に嫌気がさす。
2件目には来てるはずだけど…どこに行ったんだろう。
そんなわたしの気持ちを置いて、引かれるがままに足は進む。
店の出口が見えて来た時、トイレから渋谷が出て来て。
「あれ?…なぎさ、帰るの?」
初対面の男に手を引かれている様子を、少し不思議そうに見ながら尋ねてきた。
軽い女って、思われるかな…。
嫌われちゃうかな…。
思いきれないわたしは、そんなことを考えてしまう。
でも…
どんなにわたしが渋谷に好かれたくったって、女として意識してもらえないんだ。
好きでいることに、意味なんてない。
わたしはそんな思いを断ち切るように、
「うん。じゃあね。」
と言った。
その後、渋谷の顔が見れなくて。
振り向かなかったけど、渋谷も追いかけて来たりはしなかった。
漫画やドラマなら追いかけてきて止めてくれたりするけど…
現実はそんなに上手くいかないよね。
「俺ん家隣の駅だから、タクシー乗ろっか。」
男の子はそう言って、少し先にあるタクシー乗り場へ歩を進める。
「うん…」
今更もう戻れないのに、だんだん心の中のもやもやが大きくなっていく。
わたし、本当にいいの?
後悔しない?
そんな言葉が、頭の中に生まれては弾けていく。
だって…
後悔も何も…頑張ったって意味がないんだよ…。
わたしの心の中には、絶望の湖ができたかのように、弱気な言葉が満ち溢れている。
だけどふと、一筋の光が差し込んだ。
頑張ったって…わたし何か頑張ったの?
一生懸命思い出そうとしてみたけど、その答えは浮かばない。
渋谷を好きになって、でも友達っていう現状に満足したつもりで行動しなかった。
そうしているうちに彼女ができちゃって、自分の気持ちを押し込めて納得させて。
別れてからも好かれる自信がないからって、また行動せずに逃げて…。
わたしは何一つ、この恋を叶えるために行動してこなかったんだ。
『友達だから』
『女として見られていないから』
自分の勇気が出ないのを、相手の気持ちのせいにしていた。
ポロ…
無意識に一筋、涙が流れてきた。
「俺らの番だよ。」
タクシーの順番が回ってきて、乗るように促される。
でも…
「ごめんなさい、やっぱり行けないです!」
自分の気持ちに気づいてしまったら、これ以上進むことはできなかった。
「えっ!」
男の子は驚いていたけど、走り出したわたしを追いかけては来ないみたいだ。
この後どうするとか、何を言うとか、何も考えていない。
だけど今、渋谷に会いたい。
その気持ちだけで、来た道を戻っていた。
少しだけ、わたしのこと探していてくれたりしないかな…なんて思ったけど。
さっき出た店に戻るまで、やっぱり渋谷の姿はない。
でも、もうそんなことは関係ないんだ。
好きと思われていなくても、友達でも、女の子として見られていなくても。
わたしは渋谷のことが好き、それは揺るぎない事実なのだから。
覚悟を決めて、店のドアに手をかけた時。
ガラッ
先に開いたので、びっくりして手を引っ込めた。
「なぎさ!?」
そこには、会いたかった渋谷がいた。
「渋谷…!帰るの…?」
渋谷と一緒に女の子がいたりしなくて良かった、と少し安心した。
「え、…うん、まぁ。」
珍しく歯切れの悪い返事をした渋谷と、一緒に外へ出た。
「なぎさは何してんの?帰るんじゃなかったの?…アイツと。」
少し言い出しにくそうに、尋ねてきた。
そりゃ気になるよね、まさに『お持ち帰り』されそうになってたんだから。
「うん…やめた。」
覚悟を決めて戻ってきたはずなのに、こんな返事しかできないわたし。
「そっか…。」
だめだ。
こんなんじゃわたし、何も変わってない。
怖いのは当たり前だ。
でももう、逃げないって決めたんだ!
「渋谷に…会いたくて、戻ってきたの。」
恥ずかしくて死にそうだったけど、ちゃんと目を見てそう言った。
「え、俺に?」
やっぱり驚いた顔をしている。
この先を伝えたら、どう思うのかな。
両想いになれなくっても、ほんの少しでも嬉しいと思ってくれたらいいな…。
「うん。
渋谷のこと、好きだから。
1年の時からずっと。」
もう逃げられない。
反応が怖くて、今度は硬く目を瞑ってそう言った。
でも
わたしが緊張しているからなのか、返事を怖がっているからなのか…
渋谷の反応がくるまでかなり長い時間に感じた。
沈黙に耐えきれず目を開けると、それと同時に反応が返ってきた。
「俺も…なぎさのこと追いかけようと思って、店出たんだ。
アイツと一緒に帰って欲しくなくて。」
予想外の返事に、わたしは驚きを隠せなかった。
「えっ!?そうなの?」
友達だから、心配してくれたんだ。
そうはわかっていても、やっぱり嬉しかった。
そしてまた少しの間の後、渋谷は言った。
「友達だと思われてると思ってたから、今すげー嬉しい。
…俺も、なぎさのこと好き。」
全く想定もしていなかった言葉が、キラキラと宙を舞う。
頭が処理するのにかなり時間がかかったけど、
目の前にいる渋谷が照れくさそうにしているのを見て現実だと思うことができた。
「えっ!?嘘!?
わたしこそ、友達だと思われてると思って…」
こんな幸せな瞬間があるなんて知らなかった。
また無意識に涙が流れていて、だけど心地いい。
「…嘘じゃないよ。
気づいたのは最近だけど、なぎさといると楽しくて、自然と元気もらえるんだ。」
わたしの今までしてきたことは、渋谷のためでもなんでもなく。
ただ臆病だからなだけだった。
今日勇気を出せたのも、本当に本当に遅かった。
だけど、こんな風に言ってもらえる日がくるのなら、臆病で良かったとすら思えてしまう。
でも
「俺と付き合って下さい。」
この幸せを現実にしたいなら、勇気を出して行動しないと始まらない。
もしあの時勇気を出して渋谷に会いに来なかったら、こんな瞬間は訪れていなかったと思うから。
「はいっ!」
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