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第12話 握った拳
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「高遠が浮気?」
「いや、正確には私が浮気相手?いや、違うか?うーん、この場合どうなるんだ?」
美月は複雑そうな顔で首を傾げる。
「何それ?」
麻耶は怪訝そうに顔をしかめる。
「どうもアイツには忘れられない人がいるっぽいのよ」
美月は夫が出張中という麻耶の家に来ていた。そして今まで遭ったことを全て話した。
本当は自分自身で処理しようと思っていたのだが、どうにもキャパオーバーを起こしてしまった。そういうときに頼るのは麻耶だった。今までも大概のことは自分の中だけで処理していたのだが、どうしようも無いときには麻耶に話してきた。
「……恋愛小説に写真ねえ……意味深すぎだわ」
麻耶は美月の話を聞いて大きく息を吐いた。目の前に座っている美月は何とも言えない複雑な表情をしている。
「でしょ?それに元カノが言ってたんだけど……一馬には愛する人がいて決して手に入らない人で、元カノはその人の身代わりだったって言われたらしいし……」
「身代わりっ!?アイツ何考えてんのっ!?」
麻耶はティーカップを乱暴に置いた。その眉間には思いっきり深い皺が刻まれている。
「……てか、決して手に入らないって時点で美月じゃないわね」
「元カノも言ってた」
「その美月に似てるっていう写真の彼女?」
「……でしょうね」
美月は何だか苦い顔をしている。というより辛そうな感じだ。
そんな美月を見て、麻耶は小さく息を吐いた。
「……確認なんだけどね……」
麻耶は真っ直ぐに美月の目を見る。その視線が美月には睨んでいるように見えて思わずたじろぐ。
「美月、高遠のこと、好きじゃないんだよね?」
「……え?何、急に?」
美月は目を瞠る。
「……だってさ、美月」
「すごく悲壮な顔してる」
「……え?」
「好きなんだよ、高遠のこと」
麻耶の言葉は美月を貫いた。
好き?誰が?私が?
目を瞠って麻耶の顔を見れば、冗談を言っている顔ではない。
それ以上に悲壮な顔をしているとは?確かにショックではあるけれど……。
「な、なに言ってんの? 何の冗談……」
引きつった笑みでそう言うも、麻耶の表情は変わらない。長年の親友である麻耶の顔を見ればわかる。麻耶は決して冗談なんか言っていない。
麻耶はほとんど表情を崩さす美月を見ている。
「多分高遠は中学の頃、美月のことが好きだったと思う」
「はいっ!?」
毎日のように悪戯をされ、嫌がらせも受けた。そこまでするヤツが実はいじめている相手が好きでした、などということを信じられるはずがない。
「子供にはよくあるじゃん?好きな子ほどいじめるってヤツ?」
それは清水にも言われたが……。本当にそういうことがあるのだろうか。
「でも麻耶、そんなこと一度も言ってなかったじゃん!?」
「私だって半信半疑だったんだよ。でもここまで執拗にいじめるってよぽっど嫌いかよっぽど好きなんじゃないかって。アンタはそういうの疎いし、言ったら混乱するだろうと思ってさ」
恋愛事には疎い美月のことだ。余計なことを言ったら空回りしておかしいことになってしまうと、あの当時の友人たちは皆言っていた。
「……でも、よっぽど嫌いの方なんじゃないの?」
どうしても認めたくないのだろうか。『よっぽど好き』の方には至らないらしい。そんな美月に麻耶はわざとらしいくらいに大きな溜息を吐いた。
「そんなの高遠に聞かなきゃわかんないよ。でもあの頃まわりはそう思ってたよ。だから高遠派が過剰に反応してたのよ」
「そうなのっ!?」
全く気が付いていなかったのだろう。大袈裟とも取れる驚き方だが美月は至って真面目だということは麻耶にはわかっている。麻耶は今日何度目かの溜息を吐いた。
「アンタの存在が脅威だったわけよ。私、高遠派が話してるの聞いたことあるもん。『あんな暴力女、どこがいいんだ』って」
「……暴力女……」
「反応そこっ!? てかさ、わかる人にはわかったのよ、高遠の気持ち」
どうしてこんなにも美月にばかり悪戯をしたり嫌がらせをしたりするのだろうか。怪訝に思っている人たちもたくさんいた。実際にそんなことを話しているところを見たことがあった。それほど一馬のいじめは度を越えていた。
「私はさ、何でアイツはここまで執拗にアンタをいじめるんだろうって思って見てたのよ。何か弱点あったら弱み握れるなってのもあったけど」
「……アンタも相当だな」
だけど美月は相手にしていなかったし、そんな美月に一馬は余計に苛立ったのかも知れない。こっちを見ろと。
「それでさ、いつも嫌がらせをした後に顔を歪めるんだよ。美月の反応が薄いから苦々しく思ってんのかな?って思ったんだけど、ありゃ自己嫌悪だね」
「……自己嫌悪?」
「ああ、またやっちまったって感じ?」
あの表情はまだ中学生であったと言えどもわかるほどに後悔の色を滲ませていた。多分自分でも制御が利かなくなっているのでは?とさえ思うほどに。
今の今まで言うつもりはなかった。しかし、目の前の親友とかつての天敵でありながら今は親友の伴侶となった男が出口の見えない迷路を彷徨っている。ここで言わなくていつ言うのだ。
「一度さ、ちゃんと話してみたら?」
「……もしさ、身代わりだって言われたら?」
美月の反応は意外にもそこだった。
身代わりと言われることを危惧している。やはり美月の気持ちは一馬に向いている。きっと自覚は薄いだろうけれど。
麻耶はまるで迷子のような親友に向かって言った。
「そのときのアンタの気持ちに従いなさい」
そのまま受け入れるか。それとも別れるか。
それはそのときの美月の気持ち次第だと思いながら、麻耶は冷めた紅茶を一口飲んだ。
(一馬が私のことが好きだった?
あんなに執拗にいじめてたのに?
それが愛情の裏返し?)
「……わかんない」
とぼとぼと歩く。何だか家に帰るのが憂鬱だ。
正直混乱している。
いじめられていて大嫌いだと思っていた人間に実は好意を向けられていたなんて、どうして信じられるのだろう。
それを聞かされた今、一馬にどう接していいのかわからない。
でも写真のあの人。決して手に入らない、本当に愛している人。
今はそんな人がいるのに……。
そんなことを考えながら歩いていたからだろう。
美月はその足音に気が付かなかった。
それは突然だった。背後から太い腕が伸びてきた。そしてその腕は美月を羽交い絞めにし、口を塞いだ。
(っ!?)
逃れようともがいても、その力は強い。
耳元で荒い息遣い。頬に男の髭が当たって気持ちが悪い。
襲われるっ!!
(ヤダッ!! 助けてっ一馬っ!!)
男は人気のない空き地に美月を引き摺り込もうとしたそのとき、
「おいっ!! 何してるんだっ!?」
突然、声がした。
そちらを見ると暗がりの中、男が全力で走ってくる。
(っ!?)
だんだんはっきりするその姿は今一番来て欲しいと願っていたその人。
「っ!? 美月っ!?」
一馬は美月の姿は確認すると、目を瞠り、
「テメーッ!!」
拳を振り上げ、男の頬に叩き付けた。
男の身体は大きく飛ばされる。
「美月っ!!」
震える美月の腕を引き、自らの腕に閉じ込めた。
「大丈夫かっ!?」
美月の身体は震えている。一馬の服をギュッと握り、嗚咽を漏らしている。
「もう大丈夫だ……」
美月は一馬の優しい声を聞いて、その胸元で小さく頷いた。
男は逃げ出そうとしたが、騒ぎを聞きつけて出てきた近隣住民によって取り押さえられ、そのまま警察に引き渡された。
一馬と美月も警察で事情聴取されることになったが、美月のショックも大きいことから後日ということになった。
「あの近辺では変質者の目撃情報がありまして。余罪もあるようです」
駆けつけた警察官がそう言っていた。
自宅まですぐではあったがパトカーで自宅まで送って貰った。
病院へ行くことを勧められたが、特に怪我もないこともあり、美月自身が断った。それよりも早く帰宅したかった。
パトカーの中で美月はずっと震えていた。その身体を抱き寄せ、一馬は男に対する憎しみと美月を危険にさらしてしまったという悔しさが入り混じった表情で正面を見ていた。
一馬が会社から帰宅したとき、美月はまだ帰っていなかった。
美月は今朝拒否していたが、もう遅い時間でもあるし駅まで迎えに行こうと思った。
そしてあの場面に遭遇した。
(俺がもっと早くに出ていればっ……)
あの勝気な美月が震えている。泣いている。
守ろうと思ったのに、守れなかった―。
悔しくて、あの男が憎くて、殺してやりたいと思った。
家に着くと、美月は風呂に入りたいと言った。
あの男の感触が残っているのだろう。
一馬はすぐに湯を張ってやり、湯が溜まる間、ずっと美月の傍にいた。
美月は心ここにあらずといった風で、その瞳には何も映していない。
一馬がその手に触れるとビクッと身体が震えた。
「……大丈夫だ」
一馬が優しくそう言うと、美月はコクンと頷き涙を流した。
一馬は美月を抱き寄せる。すると美月は一馬の胸に顔を埋め、嗚咽を漏らした。
湯が溜まったことを知らせる音が鳴った。
一馬は美月を支え、バスルームに連れて行く。ドアが閉まった途端、一馬は拳を握った。
あの男を全力で殴った。でも殴り足りない。殺してやりたい。
でも一番のバカは俺だ。
握った拳は血が滲んでいた。
バスルームで裸になり、鏡に自身を映す、後ろからいろんなところを掴まれたのだろう。腕や二の腕、首筋にも痣が出来ていた。
ゾッとした。
顔に当たった男の荒い息。
髭の感触。男の身体。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い―。
美月は何度も何度も、その感触を忘れるために身体を洗った。
擦っても擦っても消えない。
美月は声を殺して泣いた。
「いや、正確には私が浮気相手?いや、違うか?うーん、この場合どうなるんだ?」
美月は複雑そうな顔で首を傾げる。
「何それ?」
麻耶は怪訝そうに顔をしかめる。
「どうもアイツには忘れられない人がいるっぽいのよ」
美月は夫が出張中という麻耶の家に来ていた。そして今まで遭ったことを全て話した。
本当は自分自身で処理しようと思っていたのだが、どうにもキャパオーバーを起こしてしまった。そういうときに頼るのは麻耶だった。今までも大概のことは自分の中だけで処理していたのだが、どうしようも無いときには麻耶に話してきた。
「……恋愛小説に写真ねえ……意味深すぎだわ」
麻耶は美月の話を聞いて大きく息を吐いた。目の前に座っている美月は何とも言えない複雑な表情をしている。
「でしょ?それに元カノが言ってたんだけど……一馬には愛する人がいて決して手に入らない人で、元カノはその人の身代わりだったって言われたらしいし……」
「身代わりっ!?アイツ何考えてんのっ!?」
麻耶はティーカップを乱暴に置いた。その眉間には思いっきり深い皺が刻まれている。
「……てか、決して手に入らないって時点で美月じゃないわね」
「元カノも言ってた」
「その美月に似てるっていう写真の彼女?」
「……でしょうね」
美月は何だか苦い顔をしている。というより辛そうな感じだ。
そんな美月を見て、麻耶は小さく息を吐いた。
「……確認なんだけどね……」
麻耶は真っ直ぐに美月の目を見る。その視線が美月には睨んでいるように見えて思わずたじろぐ。
「美月、高遠のこと、好きじゃないんだよね?」
「……え?何、急に?」
美月は目を瞠る。
「……だってさ、美月」
「すごく悲壮な顔してる」
「……え?」
「好きなんだよ、高遠のこと」
麻耶の言葉は美月を貫いた。
好き?誰が?私が?
目を瞠って麻耶の顔を見れば、冗談を言っている顔ではない。
それ以上に悲壮な顔をしているとは?確かにショックではあるけれど……。
「な、なに言ってんの? 何の冗談……」
引きつった笑みでそう言うも、麻耶の表情は変わらない。長年の親友である麻耶の顔を見ればわかる。麻耶は決して冗談なんか言っていない。
麻耶はほとんど表情を崩さす美月を見ている。
「多分高遠は中学の頃、美月のことが好きだったと思う」
「はいっ!?」
毎日のように悪戯をされ、嫌がらせも受けた。そこまでするヤツが実はいじめている相手が好きでした、などということを信じられるはずがない。
「子供にはよくあるじゃん?好きな子ほどいじめるってヤツ?」
それは清水にも言われたが……。本当にそういうことがあるのだろうか。
「でも麻耶、そんなこと一度も言ってなかったじゃん!?」
「私だって半信半疑だったんだよ。でもここまで執拗にいじめるってよぽっど嫌いかよっぽど好きなんじゃないかって。アンタはそういうの疎いし、言ったら混乱するだろうと思ってさ」
恋愛事には疎い美月のことだ。余計なことを言ったら空回りしておかしいことになってしまうと、あの当時の友人たちは皆言っていた。
「……でも、よっぽど嫌いの方なんじゃないの?」
どうしても認めたくないのだろうか。『よっぽど好き』の方には至らないらしい。そんな美月に麻耶はわざとらしいくらいに大きな溜息を吐いた。
「そんなの高遠に聞かなきゃわかんないよ。でもあの頃まわりはそう思ってたよ。だから高遠派が過剰に反応してたのよ」
「そうなのっ!?」
全く気が付いていなかったのだろう。大袈裟とも取れる驚き方だが美月は至って真面目だということは麻耶にはわかっている。麻耶は今日何度目かの溜息を吐いた。
「アンタの存在が脅威だったわけよ。私、高遠派が話してるの聞いたことあるもん。『あんな暴力女、どこがいいんだ』って」
「……暴力女……」
「反応そこっ!? てかさ、わかる人にはわかったのよ、高遠の気持ち」
どうしてこんなにも美月にばかり悪戯をしたり嫌がらせをしたりするのだろうか。怪訝に思っている人たちもたくさんいた。実際にそんなことを話しているところを見たことがあった。それほど一馬のいじめは度を越えていた。
「私はさ、何でアイツはここまで執拗にアンタをいじめるんだろうって思って見てたのよ。何か弱点あったら弱み握れるなってのもあったけど」
「……アンタも相当だな」
だけど美月は相手にしていなかったし、そんな美月に一馬は余計に苛立ったのかも知れない。こっちを見ろと。
「それでさ、いつも嫌がらせをした後に顔を歪めるんだよ。美月の反応が薄いから苦々しく思ってんのかな?って思ったんだけど、ありゃ自己嫌悪だね」
「……自己嫌悪?」
「ああ、またやっちまったって感じ?」
あの表情はまだ中学生であったと言えどもわかるほどに後悔の色を滲ませていた。多分自分でも制御が利かなくなっているのでは?とさえ思うほどに。
今の今まで言うつもりはなかった。しかし、目の前の親友とかつての天敵でありながら今は親友の伴侶となった男が出口の見えない迷路を彷徨っている。ここで言わなくていつ言うのだ。
「一度さ、ちゃんと話してみたら?」
「……もしさ、身代わりだって言われたら?」
美月の反応は意外にもそこだった。
身代わりと言われることを危惧している。やはり美月の気持ちは一馬に向いている。きっと自覚は薄いだろうけれど。
麻耶はまるで迷子のような親友に向かって言った。
「そのときのアンタの気持ちに従いなさい」
そのまま受け入れるか。それとも別れるか。
それはそのときの美月の気持ち次第だと思いながら、麻耶は冷めた紅茶を一口飲んだ。
(一馬が私のことが好きだった?
あんなに執拗にいじめてたのに?
それが愛情の裏返し?)
「……わかんない」
とぼとぼと歩く。何だか家に帰るのが憂鬱だ。
正直混乱している。
いじめられていて大嫌いだと思っていた人間に実は好意を向けられていたなんて、どうして信じられるのだろう。
それを聞かされた今、一馬にどう接していいのかわからない。
でも写真のあの人。決して手に入らない、本当に愛している人。
今はそんな人がいるのに……。
そんなことを考えながら歩いていたからだろう。
美月はその足音に気が付かなかった。
それは突然だった。背後から太い腕が伸びてきた。そしてその腕は美月を羽交い絞めにし、口を塞いだ。
(っ!?)
逃れようともがいても、その力は強い。
耳元で荒い息遣い。頬に男の髭が当たって気持ちが悪い。
襲われるっ!!
(ヤダッ!! 助けてっ一馬っ!!)
男は人気のない空き地に美月を引き摺り込もうとしたそのとき、
「おいっ!! 何してるんだっ!?」
突然、声がした。
そちらを見ると暗がりの中、男が全力で走ってくる。
(っ!?)
だんだんはっきりするその姿は今一番来て欲しいと願っていたその人。
「っ!? 美月っ!?」
一馬は美月の姿は確認すると、目を瞠り、
「テメーッ!!」
拳を振り上げ、男の頬に叩き付けた。
男の身体は大きく飛ばされる。
「美月っ!!」
震える美月の腕を引き、自らの腕に閉じ込めた。
「大丈夫かっ!?」
美月の身体は震えている。一馬の服をギュッと握り、嗚咽を漏らしている。
「もう大丈夫だ……」
美月は一馬の優しい声を聞いて、その胸元で小さく頷いた。
男は逃げ出そうとしたが、騒ぎを聞きつけて出てきた近隣住民によって取り押さえられ、そのまま警察に引き渡された。
一馬と美月も警察で事情聴取されることになったが、美月のショックも大きいことから後日ということになった。
「あの近辺では変質者の目撃情報がありまして。余罪もあるようです」
駆けつけた警察官がそう言っていた。
自宅まですぐではあったがパトカーで自宅まで送って貰った。
病院へ行くことを勧められたが、特に怪我もないこともあり、美月自身が断った。それよりも早く帰宅したかった。
パトカーの中で美月はずっと震えていた。その身体を抱き寄せ、一馬は男に対する憎しみと美月を危険にさらしてしまったという悔しさが入り混じった表情で正面を見ていた。
一馬が会社から帰宅したとき、美月はまだ帰っていなかった。
美月は今朝拒否していたが、もう遅い時間でもあるし駅まで迎えに行こうと思った。
そしてあの場面に遭遇した。
(俺がもっと早くに出ていればっ……)
あの勝気な美月が震えている。泣いている。
守ろうと思ったのに、守れなかった―。
悔しくて、あの男が憎くて、殺してやりたいと思った。
家に着くと、美月は風呂に入りたいと言った。
あの男の感触が残っているのだろう。
一馬はすぐに湯を張ってやり、湯が溜まる間、ずっと美月の傍にいた。
美月は心ここにあらずといった風で、その瞳には何も映していない。
一馬がその手に触れるとビクッと身体が震えた。
「……大丈夫だ」
一馬が優しくそう言うと、美月はコクンと頷き涙を流した。
一馬は美月を抱き寄せる。すると美月は一馬の胸に顔を埋め、嗚咽を漏らした。
湯が溜まったことを知らせる音が鳴った。
一馬は美月を支え、バスルームに連れて行く。ドアが閉まった途端、一馬は拳を握った。
あの男を全力で殴った。でも殴り足りない。殺してやりたい。
でも一番のバカは俺だ。
握った拳は血が滲んでいた。
バスルームで裸になり、鏡に自身を映す、後ろからいろんなところを掴まれたのだろう。腕や二の腕、首筋にも痣が出来ていた。
ゾッとした。
顔に当たった男の荒い息。
髭の感触。男の身体。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い―。
美月は何度も何度も、その感触を忘れるために身体を洗った。
擦っても擦っても消えない。
美月は声を殺して泣いた。
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