上 下
3 / 3

イセゴブ(終)

しおりを挟む
「コッチだ!ドラゴンの向きを変えさせろ!ゴブリン姫様からドラゴンの注意をそらせ!」 

 ゴブリン姫は馬に乗ったまま剣でドラゴンを牽制していた。緑色のドラゴンの尻尾は何者かに切られており、その事で怒り狂って暴れていたのだ。

「誰がこんな事を…」

 ゴブリン姫はそう呟くと、ドラゴンは一度空を向き、腹に空気を溜め込み、下を向いて口を開いたと同時に炎を吐いた。ゴブリン兵達は一瞬で、地獄の業火で焼き尽くされた。

「ダメだ!ドラゴンの炎が強力すぎる!あれを何とかしないと」

「怯まないで!固まってはだめ!各々陣形を立て直しなさい!炎が届かない場所まで下がって弓を撃つのです!」

 ゴブリン姫は馬に乗り炎を抜けて、意気消沈しているゴブリン兵達の前に現れ、指揮を取った。

 振りかざされたドラゴンの爪はゴブリン姫の乗っていた馬めがけて振り下ろされ、その鋭利な爪が馬の首元に刺さり、ゴブリン姫は馬から落ちてしまった。

「くぅ!」

「ゴブリン姫様!」

 姫が地面に転がると、ドラゴンは続けて空を向き、腹に空気を溜め始めた。

「くぅ…ここまでか!!」

 その時、洞窟からラッパの音を出しながらこちらに近付いてくる物がいた。

 それはプロ野球の選手交代の時に使う可愛い野球のボールの形をした小さな車だった。

「おい!ジジイ!もっとマシな乗り物無かったのかよ!ジジイ!」

「うるさいのぉ!集中できないじゃろが!魔力を使うんじゃこれは」

「いや、ガソリンだろ使うのは!」

「…あれは……何かしら…」

 ボール型の車はゴブリン姫の目の前に綺麗に止まり、車から飛び出したハヤトは真っ赤な剣をドラゴンに向けて構えた。

ドラゴンは口を開け、地獄の炎を吐いたが、不思議な事にその剣は炎を全て吸収した。

「おおおおおおおおお!」

 それを見たゴブリン兵士達は一様に驚いた様子だった。しかしドラゴンの炎が無効化された事により士気も上がり、一斉に陣形を組み直した。

「いいわ!兵の士気が上がった。みんな!炎に強い風魔の陣形を組んで!」

「あなた誰か知らないけど、協力してくれるわね!?」

「当たり前だ!その為に来た」

 その時、ドラゴンの爪がハヤトめがけて振り下ろされたが、瞬時に剣を盾にして弾いた。しかしドラゴンの力は凄まじく、“ボキっ”と言う鈍い音と共に、ハヤトの腕は折れてしまった。

「ぐわあああ!痛ってーー!腕折れた!」

 ゴブリン姫は、のたうち回るハヤトを見て、兵士に向け叫んだ。

「ヒーラー(回復兵)!すぐに魔法でハヤトを治療して!」

「わかりました!」

 ヒーラーは薬草らしき草を口に含み、程よく噛んだ後、ゲル状の液体にして、ハヤトの折れた腕にタラタラ垂らした。

「ヒーラー…なんか思ってたのと違う…」

 ハヤトは文句を言いつつも、治った腕を確認するとドラゴンの首元に斬りかかった。運良く剣はドラゴンの首を切り落とし、その巨大は地に落ちた。

「やった!ドラゴンを討伐したわ!」
「おおおおおおおおおおおお!」

 ゴブリン姫と兵士達は勝鬨(かちどき)を上げ、勝利を喜んだ。

「良くやったわ!ニンゲン!」
「あ、ありがとうございます…」

 ハヤトは生まれて初めて褒められた感じがした。何かを全力でやり切ったと思えた。

「さぁ!勝利の歌を歌うわよ!」
「おー!!」

「ドンドンドン、ドンキー、ドンキーホーテー♪」

「嘘だろ…ドンキってすげぇわやっぱ」

 ハヤトもこの後、勝利の歌を一緒に歌って、ドラゴンの騒動は幕を閉じた…

 夜には宴が開かれ、ゴブリン達は沢山の酒を飲み、テレビの砂嵐画面を見て楽しみ、ハヤトは初めて皆に歓迎された。

 ひと段落してゴブリン姫がハヤトの所にやって来た。

「さっきはありがとう…ハヤト、お父様から話は聞いたわ…あなた違う世界から来たのね…」
「あ、ああ…そうだよ。日本って国から来た。」
「私も…あなたの世界が見てみたいわ」
「ははは…俺がもし日本に帰れたら、そん時は案内してあげるよ…」

 ゴブリン姫は頷くと、首から下げていた首飾りをハヤトに渡した。

「これは昔、ニンゲンがしていた首飾りよ、代々伝わるお守り…きっとこの先…あなたを守ってくれるわ」

 首飾りにはCHANELと書いてあった。

「あ、ありがとう…大事に…するよ」

 ハヤトが照れ臭そうに首飾りを見ていると、ゴブリン姫はハヤトの頬にキスした。その瞬間ハヤトの体に電流が走り、ハヤトは気絶してしまった。

 …俺はふと目を覚ますと汚いアパートの布団に下着姿で寝ていた。どうやら俺は現実世界に帰って来たみたいだ。

 頭がまだ混乱している中、俺はゆっくり布団から起きて歯を磨いた。鏡に映った自分を見ていると、姫からもらった首飾りをしていた。

「あの出来事、夢じゃ無かったのか…」

 俺は自転車で街に出て、外の空気を沢山吸った。空気はいつもと変わらず排気ガスの匂いがした。

「これよね。これこれ…これで良いのよ」

 自転車を止めて信号を待っていると、隣に綺麗な女性が並んだ。あまりの可愛さに俺は彼女からしばらく目が離せなかった。

 信号が青に変わり、皆が歩き出した時に微かに隣からそれは聞こえた。

「ドンドンドン、ドンキー…ふふっ」


終わり
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...