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99 ジルさんの正体
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「え?」
私は思わず間抜けな声を出してしまった。
「あちゃあ、見込み違いだったか」
「あたしは安心した…、あ、いやいや」
「これはがっかりですね」
「…しかし、これはなかなかですね」
しばらく二人の戦いを見ていたフレアが言う。以前、アルスとザクルの戦いでも二人が踊っているように見えたが、今回はそれ以上だ。アルスの動きは剣舞のようだが、ジルさんの動きは踊りそのものにしか見えない。
「…あたしにもアルスの違和感が分かったよ」
「本当に?」
「ああ」
イルダには、私には見えないものが見えるらしい。
アルスが息を吐くと、その姿がぶれる。瞬間二人のアルスが左右同時にジルさんを襲うが、ジルさんは両手の剣で、それぞれを受けた。一瞬後、アルスは一人になる。
「さすがだな」
「いえ、あなたは本気ではなかったでしょう?」
「それはあんたもだろう。あんたは、いやジルさんは、本気を出せないんだろう?」
「気付かれましたか」
「ああ、その、俺たちは魔将と戦ったりしているので、細かいことも気になってな。話してくれるんだろう?」
「ええ、あなたたちにはどのみち話すつもりでしたから」
「…それなら良いよ。その時に一緒に聞く」
私たちはこそこそと後退して、その場を離れた。
「あ、ああ、早かったわね。お話は終わった?」
「荷物の整理はすぐ終わったよ。…あははは」
「はい、ドラちゃんをお返しします」
わ、わざとらしくはないわよね。
「?じゃあ、行こうか」
森の中では、皆無言だった。道をしばらく行くと、3体の魔物と動物が道の真ん中に立って待っていた。私達は足を止め、ジルさんだけが進む。3体はシロオオカミとキラーハーピー、ラミアだ。魔物たちはジルさんに恭しく膝まづいて頭を下げると、ドラゴンの子供を受け取った。そしてもう一度頭を下げると、森の中に消えていった。
「依頼完了ですね」
ジルさんがこちらを振り返って言う。
「…そのまま森の奥まで行くのかと思ったけどな」
「…いえ、私の家は反対側の森の方にあると言いましたよね?」
「なるほどねえ。こちらの森には白いドラゴンが、あちらの森には黒いドラゴンがいるという話だったかな」
「ええ、こちらの森にいるのはホワイトドラゴンのガルグイユ。今ちょっと調子が悪くて動けないのです。あの子供は二百年ぶりに誕生したのですよ。…さて、その言い方だと、私のことも大体見当が付いたようですね?アルスさんが最初に感じた違和感についてお聞きしても良いですか?」
そうそう、イルダも分かったみたいだけど、私には分からない。
「ジルさんから感じる強さと、双剣で戦うジルさんの強さが何ていうか合わないんだよ。本来は剣なんかを使って戦うんじゃないんだろ?いや、剣にしろ何にしろ、手に何か持って戦うのは本来の戦い方じゃないんだろ?」
ああ、ザクルと戦った時そんな意味のことを言っていた。あれだけ剣の戦いに慣れているのなら、魔物だとしても人型だろうとか。そうするとジルさんは…。
「あたしも、違和感には気付いてた。と言っても気付いたのはついさっきだし、『人型』じゃないのかな、と思ったぐらいだ。今やっと、正体の予想が付いたところだよ」
イルダが言う。
アルスさんの私への興味が、戦い方の違和感だけだったのは少々残念ですが…まあそういうことです」
ジルさんは、悪戯っぽく微笑んで見せた。ああ、変な勘違いをさせたのは私の…じゃなくて、スピカのせいよね。そう思っていたら、ポンという音と共にスピカが姿を現した。
「あたしがちょっと変なことを言ったからね。色々と疑っていたから隠れていたけど、最後だから挨拶させてもらうわ。スピカよ」
「ああ、何か憑いていると思っていましたが、妖精さんですか。やはり、今の人間は昔よりも善に近いのですね」
「お別れの前に一つ聞かせてください。過去にドラゴンは魔将の一員で人間と戦った事もあるはずですが、今はどうなのです?」
「過去には因縁もありましたし、魔将の六位七位に数えられたこともありましたが、今はそんなつもりはありませんよ?ガルグも同じでしょう」
フレアの問いに、ジルさんは笑って答える。
「今回の事件が、新しい因縁にならなくて良かったですね」
私は、ちょっと皮肉っぽく言った。さっき、ジルさんには今の人間は善に近いといってもらったが、あの商人のような連中も多いのだ。
「本当に。あなた達とドリュアスには感謝しなければいけませんね。…ユーカさん、あなたが女神として覚醒することがあったら、味方になりますよ。今回のお礼です」
それじゃあ、と言って歩いていくジルさんを、私達は黙って見送った。…そうだ、もう一つ聞くことがあった。
「ジルさん、あなたの本当の名前は?」
「…ジルニトラ」
ジルさん、いやジルニトラは、立ち止まって振り返らずに答えた。次の瞬間その姿がぼやけて黒い影のようになり、勢いよく空に飛び上がった。その影から翼が伸び、巨大な姿を現す。そして私達の方に急降下してくると、頭上をかすめ、反対方向に飛び去って行った。すれ違う瞬間、ギャオォと声を上げて。
高く舞い上がり、みるみる小さくなっていくその姿を、私達は黙って見つめていた。
「…これで、完全に依頼終了ね」
私の言葉に、皆が頷いた。
「本当に世話になったね」
次の日の朝、出発する私達を、アレッタさんは門まで見送りに来てくれた。
「ここは、景色も空気も良いところだし、また来ますよ」
「歓迎するよ。特にしばらくは観光客も減るだろうからねえ。まあ、ここ何日かはちょっと町も潤いそうだけどね」
そう、国に依頼した騎士や兵士がやっと派遣されてきたのだ。もう全て終わったけど。知った顔もいたので聞いてみると、数日は滞在するとのこと。
「それじゃあ…」
「大変です!」
私達に別れの挨拶をしようとしたアレッタさんに、ギルドの職員が駆け寄ってくる。
「また何かあったのかい」
アレッタさんが、うんざりした顔で聞いた。
「昨夜護送された例の商人たちが、護送の馬車から逃げ出したと」
「何だって!どこでだい」
「王都に護送される途中ですから、こちらの森に逃げ込んだらしく」
今回の騒ぎのあったのと反対の森を指さす。
「護送の馬車に乗っていた兵士が捜索中です。今朝派遣されてきた騎士の方も手伝うと」
大変じゃないの。兵士は何をやっていたのかしら。
「私達も…」
「いや、あんたたちの依頼は終わったし、これ以上は良いよ。派遣されて来たけどやることがない兵士や騎士がいるしね。ここは田舎町だからあたしが色々やってるが、元々冒険者に頼む話じゃない」
アレッタさんは、何故かあまり焦ってない様子だ。
「本当に馬鹿な連中さ…。ああ、最後までバタバタして悪かったね。じゃあまた。きっとまた来てくれよ」
「ええ」
「必ず」
皆で頭を下げて、待ってくれている馬車に向かう。ちょっと心残りが出来てしまったけど、それなりに楽しい依頼だったわね。
**********
「早くしろ!気付かれないうちに距離を稼ぐぞ」
「分かってるよ、兄貴。でも森の中は危険だろ。なるべく早く街道に…」
「大丈夫だ。この森でも滅多に魔物が人を襲うことはないんだよ」
「そうなのかい?」
「ああ、しかも、向こうの森とは別の縄張りがあって、俺たちを恨んでいるような魔物や動物はこっちにはいないって訳だ」
悠歌達が出発する数時間前、真夜中に商人たちは護送される馬車から抜け出していた。
「そういえば、こっちの狼は黒いって聞いたな。黒くて美しい毛皮が取れるらしい」
「毛皮って言えば今回は儲けそこなったな」
「今まで何回も魔物や動物を狩って大丈夫だったのにな」
「なあに、命あっての物種って奴さ。ほとぼりが冷めたら今度こそドラゴンの子供を手に入れようぜ」
暗い森の中の道を、月明かりを頼りに懸命に逃げる。
「月の環が明るくて助かるぜ」
「でも、俺たちを逃がす手引きをしてくれたあの女は何者なんだろう?」
「分からないか?依頼主の貴族の関係だよ」
「というと?」
「俺たちがしゃべると、自分の身が危ないだろ?」
「なるほどなあ、でもあの女変なこと言ってなかったか?『人の裁きを逃れるなら覚悟しなさい』とか何とか」
「逃がしてやるから、依頼主の貴族の事は黙ってろ、さもないと、ってことだろ…そろそろ街道に出ても良いかな…この辺に道が…おかしいな」
商人の一人が首を傾げる。道が木の枝に塞がれたように途切れており、少し変な方向に曲がっているようだ。
「森の中の道はいずれはみんな街道に繋がっているんだ。心配するな」
「あ、ああ、そうだな」
「そろそろ木を戻しても良いかしら…ねん」
「森を荒らす者は許されない…わん」
「…誰も聞いていないのだから、この口調で話す必要はないのではないかしら」
「…そういえばそうね」
「やっぱりおかしい、森の中の道はこんなだったか?」
「どんどん森の奥に来ているような気がするぞ」
「じゃあ引き返して…兄貴、後ろに道がねえ!」
「そんな馬鹿な!」
焦る商人たちの目の前の視界が急に開けた。森の中の不自然な空間。何故ぽっかりと木の生えていないような場所があるのか。
呆然と立ち尽くす商人たちの目に、木々の間から唸り声を上げながら迫ってくる黒い狼の姿が映った。
「な、何故クロオオカミが…」
「だ、大丈夫だ、ゆっくり下がれば…」
「駄目だ!周りを囲まれている!」
クロオオカミの間からシロオオカミが姿を現した。ハーピーやラミア、見たことのない魔物や動物もいる。そしてその後ろから、女が現れた。先ほど護送の馬車から逃げ出す手引きをしてくれた女だ。
「こ、これは…」
「だ、騙したな、女!」
「あら、私は『人の裁きを逃れるなら覚悟しなさい』と、ちゃんと警告しましたが」
「お、お前何なんだよ!」
女は溜息を吐いた。
「ちょっと見かけを変えると分かりませんか。…ではこれなら?」
女が少し髪をかき上げた。
「お、お前は俺の首に傷を付けた…!」
「何だよう、冒険者のくせに人間じゃなくて魔物の味方をするのかよ!」
「人間の冒険者を馬鹿にして欲しくないですね。素敵な殿方もいらっしゃいましたよ。…良い人間がいることも分かりました。でもあなた方のような悪い人間もいることも分かりました」
魔物達がじりじりと迫って来た。
「ま、待ってくれ!シロオオカミの子供もドラゴンの子供も無事だったじゃないか!」
「そ、そうだ!そんなに悪い事はしていない!」
「それは今回たまたま良い人間が協力してくれた結果でしょう?私達も調べました。悪い人間のあなた達はこれまでも、たくさんの罪のない魔物や動物を殺めています。そしてこれからもそうするでしょう」
「人の裁きを大人しく受けるのなら、私達も我慢するつもりでした。…しかし、それから逃がれようとするのなら、…魔物と動物、そして森の裁きを」
翌日、モンターニャの冒険ギルドに、ギルドマスターのアレッタ宛の差出人不明の荷物が届いた。そこには商人達の捜索はもう不要であることと、捜索の手間を掛けさせてしまった事へのお詫びの手紙とともに、ドラゴンのものと思われる黒い鱗が添えられていたという。
**********
私は思わず間抜けな声を出してしまった。
「あちゃあ、見込み違いだったか」
「あたしは安心した…、あ、いやいや」
「これはがっかりですね」
「…しかし、これはなかなかですね」
しばらく二人の戦いを見ていたフレアが言う。以前、アルスとザクルの戦いでも二人が踊っているように見えたが、今回はそれ以上だ。アルスの動きは剣舞のようだが、ジルさんの動きは踊りそのものにしか見えない。
「…あたしにもアルスの違和感が分かったよ」
「本当に?」
「ああ」
イルダには、私には見えないものが見えるらしい。
アルスが息を吐くと、その姿がぶれる。瞬間二人のアルスが左右同時にジルさんを襲うが、ジルさんは両手の剣で、それぞれを受けた。一瞬後、アルスは一人になる。
「さすがだな」
「いえ、あなたは本気ではなかったでしょう?」
「それはあんたもだろう。あんたは、いやジルさんは、本気を出せないんだろう?」
「気付かれましたか」
「ああ、その、俺たちは魔将と戦ったりしているので、細かいことも気になってな。話してくれるんだろう?」
「ええ、あなたたちにはどのみち話すつもりでしたから」
「…それなら良いよ。その時に一緒に聞く」
私たちはこそこそと後退して、その場を離れた。
「あ、ああ、早かったわね。お話は終わった?」
「荷物の整理はすぐ終わったよ。…あははは」
「はい、ドラちゃんをお返しします」
わ、わざとらしくはないわよね。
「?じゃあ、行こうか」
森の中では、皆無言だった。道をしばらく行くと、3体の魔物と動物が道の真ん中に立って待っていた。私達は足を止め、ジルさんだけが進む。3体はシロオオカミとキラーハーピー、ラミアだ。魔物たちはジルさんに恭しく膝まづいて頭を下げると、ドラゴンの子供を受け取った。そしてもう一度頭を下げると、森の中に消えていった。
「依頼完了ですね」
ジルさんがこちらを振り返って言う。
「…そのまま森の奥まで行くのかと思ったけどな」
「…いえ、私の家は反対側の森の方にあると言いましたよね?」
「なるほどねえ。こちらの森には白いドラゴンが、あちらの森には黒いドラゴンがいるという話だったかな」
「ええ、こちらの森にいるのはホワイトドラゴンのガルグイユ。今ちょっと調子が悪くて動けないのです。あの子供は二百年ぶりに誕生したのですよ。…さて、その言い方だと、私のことも大体見当が付いたようですね?アルスさんが最初に感じた違和感についてお聞きしても良いですか?」
そうそう、イルダも分かったみたいだけど、私には分からない。
「ジルさんから感じる強さと、双剣で戦うジルさんの強さが何ていうか合わないんだよ。本来は剣なんかを使って戦うんじゃないんだろ?いや、剣にしろ何にしろ、手に何か持って戦うのは本来の戦い方じゃないんだろ?」
ああ、ザクルと戦った時そんな意味のことを言っていた。あれだけ剣の戦いに慣れているのなら、魔物だとしても人型だろうとか。そうするとジルさんは…。
「あたしも、違和感には気付いてた。と言っても気付いたのはついさっきだし、『人型』じゃないのかな、と思ったぐらいだ。今やっと、正体の予想が付いたところだよ」
イルダが言う。
アルスさんの私への興味が、戦い方の違和感だけだったのは少々残念ですが…まあそういうことです」
ジルさんは、悪戯っぽく微笑んで見せた。ああ、変な勘違いをさせたのは私の…じゃなくて、スピカのせいよね。そう思っていたら、ポンという音と共にスピカが姿を現した。
「あたしがちょっと変なことを言ったからね。色々と疑っていたから隠れていたけど、最後だから挨拶させてもらうわ。スピカよ」
「ああ、何か憑いていると思っていましたが、妖精さんですか。やはり、今の人間は昔よりも善に近いのですね」
「お別れの前に一つ聞かせてください。過去にドラゴンは魔将の一員で人間と戦った事もあるはずですが、今はどうなのです?」
「過去には因縁もありましたし、魔将の六位七位に数えられたこともありましたが、今はそんなつもりはありませんよ?ガルグも同じでしょう」
フレアの問いに、ジルさんは笑って答える。
「今回の事件が、新しい因縁にならなくて良かったですね」
私は、ちょっと皮肉っぽく言った。さっき、ジルさんには今の人間は善に近いといってもらったが、あの商人のような連中も多いのだ。
「本当に。あなた達とドリュアスには感謝しなければいけませんね。…ユーカさん、あなたが女神として覚醒することがあったら、味方になりますよ。今回のお礼です」
それじゃあ、と言って歩いていくジルさんを、私達は黙って見送った。…そうだ、もう一つ聞くことがあった。
「ジルさん、あなたの本当の名前は?」
「…ジルニトラ」
ジルさん、いやジルニトラは、立ち止まって振り返らずに答えた。次の瞬間その姿がぼやけて黒い影のようになり、勢いよく空に飛び上がった。その影から翼が伸び、巨大な姿を現す。そして私達の方に急降下してくると、頭上をかすめ、反対方向に飛び去って行った。すれ違う瞬間、ギャオォと声を上げて。
高く舞い上がり、みるみる小さくなっていくその姿を、私達は黙って見つめていた。
「…これで、完全に依頼終了ね」
私の言葉に、皆が頷いた。
「本当に世話になったね」
次の日の朝、出発する私達を、アレッタさんは門まで見送りに来てくれた。
「ここは、景色も空気も良いところだし、また来ますよ」
「歓迎するよ。特にしばらくは観光客も減るだろうからねえ。まあ、ここ何日かはちょっと町も潤いそうだけどね」
そう、国に依頼した騎士や兵士がやっと派遣されてきたのだ。もう全て終わったけど。知った顔もいたので聞いてみると、数日は滞在するとのこと。
「それじゃあ…」
「大変です!」
私達に別れの挨拶をしようとしたアレッタさんに、ギルドの職員が駆け寄ってくる。
「また何かあったのかい」
アレッタさんが、うんざりした顔で聞いた。
「昨夜護送された例の商人たちが、護送の馬車から逃げ出したと」
「何だって!どこでだい」
「王都に護送される途中ですから、こちらの森に逃げ込んだらしく」
今回の騒ぎのあったのと反対の森を指さす。
「護送の馬車に乗っていた兵士が捜索中です。今朝派遣されてきた騎士の方も手伝うと」
大変じゃないの。兵士は何をやっていたのかしら。
「私達も…」
「いや、あんたたちの依頼は終わったし、これ以上は良いよ。派遣されて来たけどやることがない兵士や騎士がいるしね。ここは田舎町だからあたしが色々やってるが、元々冒険者に頼む話じゃない」
アレッタさんは、何故かあまり焦ってない様子だ。
「本当に馬鹿な連中さ…。ああ、最後までバタバタして悪かったね。じゃあまた。きっとまた来てくれよ」
「ええ」
「必ず」
皆で頭を下げて、待ってくれている馬車に向かう。ちょっと心残りが出来てしまったけど、それなりに楽しい依頼だったわね。
**********
「早くしろ!気付かれないうちに距離を稼ぐぞ」
「分かってるよ、兄貴。でも森の中は危険だろ。なるべく早く街道に…」
「大丈夫だ。この森でも滅多に魔物が人を襲うことはないんだよ」
「そうなのかい?」
「ああ、しかも、向こうの森とは別の縄張りがあって、俺たちを恨んでいるような魔物や動物はこっちにはいないって訳だ」
悠歌達が出発する数時間前、真夜中に商人たちは護送される馬車から抜け出していた。
「そういえば、こっちの狼は黒いって聞いたな。黒くて美しい毛皮が取れるらしい」
「毛皮って言えば今回は儲けそこなったな」
「今まで何回も魔物や動物を狩って大丈夫だったのにな」
「なあに、命あっての物種って奴さ。ほとぼりが冷めたら今度こそドラゴンの子供を手に入れようぜ」
暗い森の中の道を、月明かりを頼りに懸命に逃げる。
「月の環が明るくて助かるぜ」
「でも、俺たちを逃がす手引きをしてくれたあの女は何者なんだろう?」
「分からないか?依頼主の貴族の関係だよ」
「というと?」
「俺たちがしゃべると、自分の身が危ないだろ?」
「なるほどなあ、でもあの女変なこと言ってなかったか?『人の裁きを逃れるなら覚悟しなさい』とか何とか」
「逃がしてやるから、依頼主の貴族の事は黙ってろ、さもないと、ってことだろ…そろそろ街道に出ても良いかな…この辺に道が…おかしいな」
商人の一人が首を傾げる。道が木の枝に塞がれたように途切れており、少し変な方向に曲がっているようだ。
「森の中の道はいずれはみんな街道に繋がっているんだ。心配するな」
「あ、ああ、そうだな」
「そろそろ木を戻しても良いかしら…ねん」
「森を荒らす者は許されない…わん」
「…誰も聞いていないのだから、この口調で話す必要はないのではないかしら」
「…そういえばそうね」
「やっぱりおかしい、森の中の道はこんなだったか?」
「どんどん森の奥に来ているような気がするぞ」
「じゃあ引き返して…兄貴、後ろに道がねえ!」
「そんな馬鹿な!」
焦る商人たちの目の前の視界が急に開けた。森の中の不自然な空間。何故ぽっかりと木の生えていないような場所があるのか。
呆然と立ち尽くす商人たちの目に、木々の間から唸り声を上げながら迫ってくる黒い狼の姿が映った。
「な、何故クロオオカミが…」
「だ、大丈夫だ、ゆっくり下がれば…」
「駄目だ!周りを囲まれている!」
クロオオカミの間からシロオオカミが姿を現した。ハーピーやラミア、見たことのない魔物や動物もいる。そしてその後ろから、女が現れた。先ほど護送の馬車から逃げ出す手引きをしてくれた女だ。
「こ、これは…」
「だ、騙したな、女!」
「あら、私は『人の裁きを逃れるなら覚悟しなさい』と、ちゃんと警告しましたが」
「お、お前何なんだよ!」
女は溜息を吐いた。
「ちょっと見かけを変えると分かりませんか。…ではこれなら?」
女が少し髪をかき上げた。
「お、お前は俺の首に傷を付けた…!」
「何だよう、冒険者のくせに人間じゃなくて魔物の味方をするのかよ!」
「人間の冒険者を馬鹿にして欲しくないですね。素敵な殿方もいらっしゃいましたよ。…良い人間がいることも分かりました。でもあなた方のような悪い人間もいることも分かりました」
魔物達がじりじりと迫って来た。
「ま、待ってくれ!シロオオカミの子供もドラゴンの子供も無事だったじゃないか!」
「そ、そうだ!そんなに悪い事はしていない!」
「それは今回たまたま良い人間が協力してくれた結果でしょう?私達も調べました。悪い人間のあなた達はこれまでも、たくさんの罪のない魔物や動物を殺めています。そしてこれからもそうするでしょう」
「人の裁きを大人しく受けるのなら、私達も我慢するつもりでした。…しかし、それから逃がれようとするのなら、…魔物と動物、そして森の裁きを」
翌日、モンターニャの冒険ギルドに、ギルドマスターのアレッタ宛の差出人不明の荷物が届いた。そこには商人達の捜索はもう不要であることと、捜索の手間を掛けさせてしまった事へのお詫びの手紙とともに、ドラゴンのものと思われる黒い鱗が添えられていたという。
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