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「そらっ!お前の仕事だよ!!明日の朝までに終わらせるんだね!!じゃないとお前の居場所はないよ!」
山ほどの洗濯物を押し付けられてカレンは泣きそうになった。
働かざる者食うべからず…は百も承知であったが、カレンはまだ6歳だったし、その日は夕食抜きにされていた。なぜ罰を与えられたかはどうでもいい、よくあることだったし、理由など彼らにとってはどうでもよいことだった。
食事を抜かれることも、寒い中冷たい川で洗濯をしなくてはならないことも、カレンにとっては辛いことだったが、何よりも辛いのは、
「ほらご覧、アレン。お前のお姉さんは何させてもだめなんだから。物の覚えの悪さはやはり取り換え子だからかねえ?」
そういいながら叔母が笑い、アレンが
「あんなのお姉ちゃんじゃないよ」
と叔母が言い聞かせたとおりに弟が言うことだった。
父が行商に出た先で事故で亡くなってから、叔父夫婦がこの家にやってきた。
それから母が急に体調を崩し亡くなった。
今、叔父夫婦は弟の後見人として家に滞在しているが…。
カレンは洗濯物の入った盥を持ち直した。
二人は今、弟は大事にしているようだった。
それは、二人の息子が赤ちゃんの頃に亡くなったことと関係しているのかもしれない。叔母はとかくアレンを猫かわいがりしていた。それは母が存命の頃からだった。
そして、一年前神隠しにあい、ひと月経っていつの間にか元に戻ってきたカレンを「取り替え子」と呼んで嫌っていた。
(…さむい…おなかがすいた…)
カレンは身震いした。あかぎれだらけの手が痛い。空腹は痛いほどだったが、二人の言いつけに背けばどんな罰があるか分からない。いまよりひどい目に遭いたくなければ、従うしかなかった。
「あらまあ、小さな子供が」
水場まで歩いていると、ふいに頭上から声が降ってきて、カレンは思わず見上げた。いつの間にか目の前に真っ黒な服を着た女の人が立っている。漆黒の長い髪に、抜けるような白い肌、真っ赤な瞳と唇。
「こんなに小さい子が、こんな時間に洗濯物をもってどこにいくのかしら?」
歌うように女は言う。女は白い布を抱えており、それに向かって話しかけているようだった。
「小さいし、骨と皮ねえ…あなたのおうちはどこかしら?」
カレンは応えず、一歩後ずさった。こんな時間にこんな女が、川への一本道にいるのはおかしい。昔話に出てくる、魔女や魔物かもしれなかった。
ふいに女の手が伸びて、片手でカレンを抱き上げた。カレンは思わず洗濯物を落としてしまった。細い腕なのに、軽々とカレンを抱えると、布の塊がカレンの目の前に現れた。布の塊は、カレンにもぞもぞとカレンに近づくと、首の周りをくんくん嗅ぐように蠢いていた。カレンはただならぬものを感じてじっとしていた。下手に動けば、恐ろしいことが起こる…という気がした。布の塊はかなり長時間カレンのにおいを嗅いでいた。
「あら…そういうこともあるのね…」
女は意外そうにつぶやくと、カレンを下した。そしてカレンの目の前に手を差し出した。その手には金貨が乗っていた。
「お嬢ちゃん、わたしは一晩泊まる宿を探しているのよ。夜露が凌げればいいの。あなたのおうちに泊まらせてくれたら、ご両親はきっと喜ぶわ」
「私の家にお父さんとお母さんはいません。叔父さんと叔母さんがいます」
「ああそう…、なんにせよ、彼らは私の訪問に喜ぶでしょう。金貨に喜ばない人がいる?」
叔父夫婦は喜ぶだろうな、とカレンは思った。だから女を連れていくことにした。お腹がすいていたし、寒いし、疲れていた。
「洗濯物は明日取りにくればいいわよ。それより、こちらを持ってくれる?お駄賃をあげるから」
女はそう言って、カレンに布の塊をもたせた。ずっしり重たく、生暖かい。布の中にいるのは猫だろうとカレンは考えた。違うかもしれないが、そうであってほしい。その塊は、カレンが持ち運んでいる間、ずっとカレンのにおいを嗅いでいるようだった。
山ほどの洗濯物を押し付けられてカレンは泣きそうになった。
働かざる者食うべからず…は百も承知であったが、カレンはまだ6歳だったし、その日は夕食抜きにされていた。なぜ罰を与えられたかはどうでもいい、よくあることだったし、理由など彼らにとってはどうでもよいことだった。
食事を抜かれることも、寒い中冷たい川で洗濯をしなくてはならないことも、カレンにとっては辛いことだったが、何よりも辛いのは、
「ほらご覧、アレン。お前のお姉さんは何させてもだめなんだから。物の覚えの悪さはやはり取り換え子だからかねえ?」
そういいながら叔母が笑い、アレンが
「あんなのお姉ちゃんじゃないよ」
と叔母が言い聞かせたとおりに弟が言うことだった。
父が行商に出た先で事故で亡くなってから、叔父夫婦がこの家にやってきた。
それから母が急に体調を崩し亡くなった。
今、叔父夫婦は弟の後見人として家に滞在しているが…。
カレンは洗濯物の入った盥を持ち直した。
二人は今、弟は大事にしているようだった。
それは、二人の息子が赤ちゃんの頃に亡くなったことと関係しているのかもしれない。叔母はとかくアレンを猫かわいがりしていた。それは母が存命の頃からだった。
そして、一年前神隠しにあい、ひと月経っていつの間にか元に戻ってきたカレンを「取り替え子」と呼んで嫌っていた。
(…さむい…おなかがすいた…)
カレンは身震いした。あかぎれだらけの手が痛い。空腹は痛いほどだったが、二人の言いつけに背けばどんな罰があるか分からない。いまよりひどい目に遭いたくなければ、従うしかなかった。
「あらまあ、小さな子供が」
水場まで歩いていると、ふいに頭上から声が降ってきて、カレンは思わず見上げた。いつの間にか目の前に真っ黒な服を着た女の人が立っている。漆黒の長い髪に、抜けるような白い肌、真っ赤な瞳と唇。
「こんなに小さい子が、こんな時間に洗濯物をもってどこにいくのかしら?」
歌うように女は言う。女は白い布を抱えており、それに向かって話しかけているようだった。
「小さいし、骨と皮ねえ…あなたのおうちはどこかしら?」
カレンは応えず、一歩後ずさった。こんな時間にこんな女が、川への一本道にいるのはおかしい。昔話に出てくる、魔女や魔物かもしれなかった。
ふいに女の手が伸びて、片手でカレンを抱き上げた。カレンは思わず洗濯物を落としてしまった。細い腕なのに、軽々とカレンを抱えると、布の塊がカレンの目の前に現れた。布の塊は、カレンにもぞもぞとカレンに近づくと、首の周りをくんくん嗅ぐように蠢いていた。カレンはただならぬものを感じてじっとしていた。下手に動けば、恐ろしいことが起こる…という気がした。布の塊はかなり長時間カレンのにおいを嗅いでいた。
「あら…そういうこともあるのね…」
女は意外そうにつぶやくと、カレンを下した。そしてカレンの目の前に手を差し出した。その手には金貨が乗っていた。
「お嬢ちゃん、わたしは一晩泊まる宿を探しているのよ。夜露が凌げればいいの。あなたのおうちに泊まらせてくれたら、ご両親はきっと喜ぶわ」
「私の家にお父さんとお母さんはいません。叔父さんと叔母さんがいます」
「ああそう…、なんにせよ、彼らは私の訪問に喜ぶでしょう。金貨に喜ばない人がいる?」
叔父夫婦は喜ぶだろうな、とカレンは思った。だから女を連れていくことにした。お腹がすいていたし、寒いし、疲れていた。
「洗濯物は明日取りにくればいいわよ。それより、こちらを持ってくれる?お駄賃をあげるから」
女はそう言って、カレンに布の塊をもたせた。ずっしり重たく、生暖かい。布の中にいるのは猫だろうとカレンは考えた。違うかもしれないが、そうであってほしい。その塊は、カレンが持ち運んでいる間、ずっとカレンのにおいを嗅いでいるようだった。
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