300万で何が買えるだろうか

古明地 蓮

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第四章 人生とは欲求である

第一話 安定を求めて

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 食事を終え、片づけを二人に任せて僕はお風呂に向かった。端的な言葉には表せないほど様々なことがあったけど、僕の今後の方針も決まったし、ようやくひと段落した。あとは僕が黙ってさえいれば落ち着いた日々が遅れる。そう信じている。

お風呂に入るとようやく心を落ち着けることができた。椿姫か小百合さんがいるだけで失言してしまうのではと思って不安になるから、一人になれるタイミングだけが安心できる。

 とはいえ、長い間お風呂に入っていると心臓にあまりいい影響はないので早めに上がるしかない。椿姫にだけはばれないようにと心に誓ってお風呂を上がった。

 リビングを見ると、片づけは終わっていて椿姫は二階に行ってしまっているようだった。棒も勉強しようと二階の自分の部屋に向かうことにした。小百合さんはテレビを見ながらうとうとしていた。

 自分の部屋に向かう途中に椿姫の部屋を少しだけのぞいてみた。椿姫はちゃんと勉強机に向かっているようなので、僕も彼女を見習わないとと思い、自分の部屋に向かった。ちらと見えた椿姫の顔はとても楽しそうに見えた。

 自分の部屋に戻ると、僕は勉強計画帳を開いた。今日の予定は午前中でほとんどが終わるように準備されていたから、本当は今日はもう勉強しなくてもいい。それでも、いつも通りに生きたいから、無理やり勉強計画を増やした。

 これがいつも通りの日常なんだと思いながら、勉強を始める。ペンを片手に、ノートに数式を書き込む。この雑念を消して計算だけに向き合うこの瞬間が唯一自分が許せる場所のような気がする。

 僕が勉強し始めてから、しばらくして僕の背後に誰かの気配を感じた。僕が振り返るよりも前に

「ちょっと来てください」

 という、椿姫の声がした。いつもならもっと張りのあるツンとした声なのに、今日の声はやけに柔らかい声だったので、逆に不安になりながら、僕は椿姫を追いかけた。

 椿姫の部屋に入ると、いつものようにローテーブルの前に座るように促された。しかも、今日は紅茶が先に準備されていた。用意周到だなと思いながら、椿姫と対面して座った。

 何を聞かれるのかひやひやしていると、椿姫がふいに口を開いた。

「お母さんはいますが、とりあえず今日の話をしませんか?」

 もうちょっと落ち着いてから話をしよう、と言いかけた。しかし、今から準備する必要もないような気がして、飲み込んだ。代わりに僕は言う。

「それなら、先に椿姫から話をしてほしいな。僕の話は長くなりそうだからさ」

 そういうと、椿姫は一瞬驚いた様子を見せながらも、いつもの様子で答えた。

「そうですね。わたしのほうが収穫も少ないでしょうし、話しますか」

 そういうと、椿姫は僕から視線を離して遠くを見つめるように話し始めた。

「といっても、わたしは特に明確な目的があってあなたの家に行ったわけではありません。ただ、あなたに同行しただけですが、少しだけあなたのことを知ることができました。あとは、少しだけうれしい事実を知ることができました。」

 その言葉通り、椿姫は少しうっとりしたような表情をしていた。僕はその言葉の続きを待っていた。しかし、その続きが離されることはなかった。代わりに、椿姫は急に焦点を僕に合わせていった。

「次はあなたの晩ですよ。翔さん」

 椿姫の話の続きを聞こうと思ったけれど、聞いても教えてくれなさそうだなと思った。仕方なく、あの話し以外の僕の収穫を離すことにした。

「僕が分かったことは、まずあの家にはまだ住人がいるってことかな。昨日言った時点で多少の見当はついていたけれど、あの家の様子からするにあいつがまだあの家にいるってことがわかった。まあ、前からあいつは家に帰ってくることは少なかったし、今もほとんど使っていないんだろうけどさ。」

 一呼吸おいて、次の話題を探した。椿姫の話をのぞいて、あの家にまつわる話題を必死に探して、見つかったことを片っ端から話していく。

「あとは、僕の部屋とかはあまり手を付けられていないことだね。僕があいつに頼んで取ってもらったもの以外は何一つ動かされていなかった。それに、お母さんの布団は放置されていたかな。めんどくさがり屋のあいつらしいよな。それと...」

 これほどまでにない無駄な時間稼ぎみたいなことを行った。もう話せることがすべてなくなってしまったので、僕はそこで話を止めた。

「僕が分かったことはその程度かな。結局あの家はあいつが管理していて、ほとんどのものは僕が出ていかされた時から変わっていなかったね」

 そこまで話し終えると、椿姫はあきれたような顔をしていた。僕が話を終わらせてから、少し間をおいて椿姫はため息交じりに言った。

「翔さんは疑問に思わなかったんですか。なんで自分が追い出されたんのか、そして嘘をついてまであの家をそのままにしておいた理由を探さなかったんですか?」

 ぐうの音も出ない的を射ている質問だった。僕は調べるべきものを調べることを忘れていたのかもしれない。それ以上に椿姫のことが僕の興味を奪ってしまったせいで、椿姫の純粋な疑問を忘れてしまっていた。僕は観念したように返した。

「あの家があのまんまなことに驚きすぎて、そのことまで調べられなかったんだ。」

 僕の言葉に椿姫は反応しなかった。しばらくしてから、椿姫はいたずらっぽく言った。

「私が思うに、別に家を売るか売らないか、整理するかしないかはどうでもよかったんですよ。それよりも、翔さん、あなたが帰ってくることのほうが問題だったんですよ」

「それはどういう意味?」

 気が付けば僕は質問していた。しかし、その質問に答えが返ってくることはなかった。代わりに、僕に渡されたのは一冊のノートだった。

「今日はもう勉強もないんでしょう?私の勉強の手伝いをしてくださいよ。今日は翔さんのために時間を使ってしまったんですから」

 どうやら僕に選択肢も悩む時間もないらしい。渡されたノートを開くと、以前にも増して手稲に似解かれた問題の答えがたくさん書かれたいた。僕は一緒に渡された問題集の答えと、赤ペンで〇付けとアドバイスを書き込んだ。

 昨日からたった一日しかたっていないのに、かなり多くの問題を解いた跡があった、それも、これまで以上に正答率も上がっているし、丁寧な回答までの家庭の記述がある。人が変わったように得意になったみたいだった。

 僕が驚きながら〇付けをしている間、椿姫はずっと机に向かって勉強しているようだった。僕以上に頑張りやな椿姫を見ていると、尊敬の念を覚えた。どこからそんなにモチベーションが持ってこれるんだろう。

 一通り〇付けが終わると、僕は椿姫を呼んだ。

「一通り〇付け終わったよ」

 すると、椿姫は器用に振り返りながらローテーブルの前に座った。僕からノートを受け取ると、僕が書いたアドバイスを一つ一つ読んでは、何かを考えているようだった。それかr、いつも通りに一つ一つの問題について質問したり、もっといい解き方を聞かれたりした。

 いつもどおりの僕らの勉強が終わると、時計を確認する。いつもならもうすでに十二時を回っていてもおかしくないけれど、今日はまだ十時半ぐらいだった。椿姫も同じことに気が付いたようだ。

「今日はずいぶんと早くにやるべきことが終わってしまいましたね。まだ寝るには早いですし、どうしましょうか」

 僕は特にやることが思いつかず、少し悩んだ、しかし、椿姫は僕が何かを思いつくより先に、提案を出した。

「せっかくなので、今日は少し遊びませんか?」

 まじめな椿姫らしくない提案に驚いた。それでも、僕が何かを言う前に、椿姫は少し古いゲーム機の用意をした。てっきり最新版のゲーム機が出てくると思っていた。

「よくこんな古いハードを持ってるね」

 僕の質問に、椿姫は少しうれしそうに言った。

「とある人がくれたんですよ。私はゲーム機を買うようなお金の余裕はないので、ずっと買い替えてないんです。」

 その言葉通り、ずっと遊んでいるんだろうなぁと感じさせるほどに、椿姫の手つき離れていた。二人分のコントローラーを用意すると、僕にその片方を渡してきた。どうやら僕は子プレイヤーらしい。

 どこに座ろうか、僕が困っていると、椿姫はローテーブルを扉のほうに押して、空いたところに座った。隣をポンポンたたくので、その横に僕も座った。

 いつ以来にこんなハードのゲームをやるだろうか。少なくとも入院している間はやってなかったし、お母さんと何回か遊んだことはあったけど、それも中学以前の話だ。多分、五六年ぶりだろうな。

 ちょうどこのハードを遊んでいた僕にとっては懐かしい起動画面を見た。昔ながらのロゴの表示と注意表示がたくさん書かれている。少し読もうとしたら、椿姫にスキップされてしまった。

 そういえばどんなゲームを遊ぶんだろうか。なんとなくワクワクすることだから、あえて椿姫には効かないで表示されるのを待っていた。まあ、椿姫がやるようなゲームだから、女の子らしいゲームだろう。そう思っていたのだが

「あいにく、私はこれしかゲームを持ってないんですけどいいですか?」

 画面に映し出されたのは、僕も何回も遊んだことのある有名なレースゲームだった。ゲーム画面に驚いてしまったせいで、椿姫への反応が遅れた。

「全然いいよ。僕も結構やってたからね。ちょっと椿姫らしくないゲームな気がするけどね。」

 僕の言葉に、少し怒ったように答えた。

「これしか持ってないんですから。まあでも、私のほうが現役なので負けませんけどね」

 そういうと、いつの間にか四レース戦の合計順位勝負のモードが選択されていた。そして、椿姫はこのゲームで使う人が二番目に多いカスタムを選んだ。これは、真剣勝負だなと思い、僕はこのゲームで最強のカスタムを選択した。

 お互いに洗濯したカスタムを見て、いつにないにらみ合いが起きた。たかがゲーム、されどゲームなのだ。お互い負けず嫌いなのだろう。

「コース選択はどうしますか?」

 僕のほうを横目に見ながら、椿姫は訪ねてきた。僕は強者の余裕をかぶって答える。

「君の自由に選んでいいよ」

 じゃあこれですね、というとあるコースセットの一番目のコースが選択された。多分このコースセットで四戦勝負だ。多分椿姫が得意なコースを選んだんだろうけど、僕にとっても好都合だった。何せこのコースは僕の得意コースでもあるんだ。

 ゲーム画面が始まると、一気に緊張感が高まった。僕はレースが始まるまでの間に軽く操作確認をすると、スタートダッシュを決めるためにこまめに時間を確認した。

 それでも、僕はスタートダッシュに失敗した。早く押しすぎてしまったらしく、エンジンが爆発した演出がして、集団からおいていかれてしまった。その様子を見て、椿姫はくすっと笑った。この勝負は絶対に負けないと心に誓った。

 一応このレースは二人っきりではなく、10人のCPUが入っている。僕はスタートしてからマップを見ないで、どんどんコースを攻めていくことで少しずつCPUを追い越した。この調子なら椿姫に追いつけるだろうと思っていた。しかし、二位担ったときにマップを確認すると、椿姫との距離は最初からほとんど変わっていなかった。

 それから、二週目に突入しても、椿姫との差が変わることはなかった。何回か一位限定の妨害が発動していたはずなのに、それでも椿姫は対策を用意していたのか、一切遅れることなく二週目まで走り切ってしまった。椿姫から約五秒遅れて僕も三週目に入った。

 このままじゃ絶対に勝ち目はないと踏んだ僕は、あまり好きな作戦ではないけれど、運転技術ではなく妨害要素で椿姫を足止めすることにした。妨害アイテムを皇族には使わずにすべて前方にだけ投げた。しかし、かなりの距離が開いているので、なかなか妨害は成功しない。

 僕の妨害のうちのいくつかが椿姫を妨害した結果、ようやく椿姫の背中をとらえることができた。あともう数メートルまで差し迫ったものの、もうすぐゴールしてしまう。焦った僕は、最後のコーナーで勝負に出ることにした。

 最後のコーナーは右方向に曲がりながら下降する坂だ。この部分をコース通りに走るのではなく、あえて坂から離れる事で多少の時間短縮ができる。この距離ならこれで追いつけると踏んだ僕は、コーナー手前で強くハンドルを右に切った。

 決まった。

 手の感触と映像はそう知らせていた。しかしh、椿姫は僕よりも一枚上手だった。僕が空中からコースに戻る瞬間、椿姫のバイクが僕のバイクに体当たりした。普通ならぎりぎり持ちこたえるはずなのに、僕のバイクはコース外に落とされてしまった。

 僕がコースに復帰するまでの時間の間に、椿姫はゴールまで走り切ってしまった。僕は肩を落としながら、さっき起こったことを考えた。多分普通の体当たりではなく、ドリフトからの加速で体当たりをしてきたのだろう。失敗すれば自分がコース外に落ちる危険な妨害だから、うまい人のプレイ動画でしか見たことのないような高等テクニックだ。

 僕は後続に追いつかれないように安全に捜査して、ゴールテープを切ったものの、がっくりと肩を落とした。その横で、椿姫は満面の笑みで僕を見ながらいった。

「私最初に言ったじゃないですか。現役なんだって」

 僕はその言葉に返さずに、演出をスキップして次のレースに遷移させた。僕のいじけた様子を椿姫は面白そうに見ながら次のレースの準備を始めた。

 結局残り三レースとも僕は椿姫に勝つことはできなかった。スタートダッシュでは差がつかなくても、目の前で妨害をしてきたり僕のショートカットを妨害したりして、一位の座を譲ってくれることはなかった。一位のトロフィーが渡される演出を見終えると、椿姫は僕に行った。

「もう一試合やりますか?」

 僕は無言でうなずいた。やりこんだゲームで負けるのはさすがに認めたくなかったんだ。

 それから結局七試合勝負して一生もできなかった。どのコースでも僕以上に熟知していて完璧に僕の技は対策されてしまっていた。全試合が終わって勝ち誇った表情の椿姫に、僕は聞いた。

「僕もそれなりにやりこんでいたと思ったけど、一勝もできないとは思わなかったよ。どこでこんなにうまくなったんだい?」

 僕の質問に、ご機嫌な様子で答えた。

「すっとここで練習してたんですよ。このゲーム以外にないですからね」

 どれくらい練習したんだろうな、とふと考える。ちらと見えた時計はすでに十一時を回っていた。これ以上遊ぶのは明日に響くだろうと思い、椿姫に声をかけた。

「もう今日は終わりにしよっか。久しぶりに楽しかったよ。ありがとう」

 と僕が言うと、いたずらっ子のようなしぐさで椿姫は謎の紙を僕に渡してきた。そこに書かれていたのは

「一度だけどんな命令でも聞く」

 と書かれていた。まさか負けた人に罰ゲームがあるなんて知らなかったけど、無言で受け取った。椿姫は僕のコントローラーも含めて片付け終えると、つかつかと僕に歩み寄ってきた。少し僕がたじろぐと

「そのままにしててください」

 と言って、僕のすぐそばまで近づいてきた。鼻腔を抜ける椿姫の髪の香りが脳を刺激する。罪悪感から一歩退こうとしたが、それより早く椿姫が僕に飛び込んできた。それにこたえるように、無意識に僕も椿姫を抱きしめていた。

 柔らかい頬。華奢な体つき。僕より幾分細い肩。僕の体に回されるか弱い両腕。そして甘い椿姫の香りと声。

「ありがとうございます」

 五感に刻み込まれた椿姫という存在。僕は無意識のうちにその存在をより脳裏に焼き付けようとしていた。僕より先に腕を離していた椿姫は、するりと僕の腕から離れると、頬を赤らめながら言った。

「これは命令じゃないですからね」

 僕が呆然としていると、いつの間にか椿姫はベッドにもぐりこんでいた。いつものように頭をなでろと言われなかったが、さっきので満足したのだろう。

 自分の手を見返す。さっきまで椿姫のことを抱きしめていた手を見て、取り返しのつかないことをしたという罪悪感と、刻み込まれた椿姫という存在が重なる。耐えかねた僕は、椿姫の部屋を後にして、自分の部屋に戻った。

 すべてを忘れて勉強しよう。そう思ったとき、僕の部屋の戸がノックされた。
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