物語喫茶

古明地 蓮

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人肌の 触れ合う心地 消え失せて

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 一人でいると、こんなに寂しいものなんだなぁ。たった一時間ぐらいの帰り道でも、一人ぼっちになったとたんに、寒さとかが敏感に感じるようになる。いつもは気にも留めないような、看板の傾きとか、取り込まれていない洗濯物とかにも、視線が行ってしまう。隣に人がいてくれることが、どんなにありがたくて、暖かいことなのかを知った。こんな時には、少しより道でもするに限る。

 ということで、うつむきながらにいつも通っている喫茶店に入ってみた。
はずだったんだけど

「いらっしゃいませ」

 と、聞きなれないお兄さんの声がした。ここの店員さんは全員女性だったはずで、こんな男性の店員さんがいるなんて聞いたことがない。しかも、よくよく見ると、内装も変わっているようで、見慣れない本棚に古びた本がたくさん飾ってあった。どこかで間違えたんだろうと思って、店を出て周りを確かめてみる。でも、どこもいつもの店と変わっているところは見当たらない。

 ただ一つだけ、いつもと違うところがあることに気が付いた。それは、看板とメニューが変わっていることだった。看板には「物語喫茶」と、なんだか木が勝手にその形にでもなったかのような文字で書かれていた。メニューには、「コーヒー一杯一語り その他特別なお話に限ります」と、街でよく見かける黒板式のメニューが書かれている立て看板に書かれていた。
 
 その看板とメニューを見て、僕は入るか否かで迷ってしまった。折角来たんだから、いっぱいぐらい飲もうかと思ったんだけれども、メニューに書かれている「一語り」というのが引っかかってる。僕には、人並みぐらいにしか話術も使えないんだから、自分のことを語るなんてできもしないと思う。だから、そもそもコーヒーを飲むことさえ難しいのかもしれない。

 一瞬そんな考えに至ったけど、気が付いたら体は店内にいた。それだけコーヒーが飲みたかったのと、店内の幻想的な雰囲気が、心の穴を埋めてくれるような気がして、まるで磁石のように惹きつけられたんだ。もう一度はいると、さっきと変わらない様子であの男性の店員さんが

「いらっしゃいませ」

 と言って、一人用のテーブル席に案内してくれた。心が追いつかないまま、体が勝手に店員の指示に従って、席に座ってしまった。入ってきてしまったものの、注文をどうしたらいいのかわからなくて、戸惑っていると、店員さんが僕の様子を察知して、いろいろ教えてくれた。

「ここは物語喫茶
 お客様の口から、最近会った人生の物語を語っていただいて、それの対価として最適なコーヒーをお出ししています。見た目から推測すると、高校生ぐらいでしょうから、きっと何かいいお話を持っていると思います。何かお聞かせ願えるいいお話はありませんでしょうか?」

 と、僕の席の横にかがんで教えてくれた。それを聞いて、僕はどの話をしようかと考えた。正直に言うと、僕の人生なんて薄っぺらいもので、気が付いたら生まれてきて、気が付いたら成長してしまったような人間だった。だから、こういう風に言われて、相手に話せるようないい話なんて......

 いや、一つだけある。内容が暗い話だし、あんまり話したくないよぅなことだけど、人生の一つのエピソードとしてはちょうどいい物なんじゃないだろうか。この喫茶店が何のために客から話を聞いているかわからないけれど、多分こんなのがちょうどいいんだろう。そう思って、横にいた店員さんに視線を合わせないように語り始めた。

「今の僕が持っている話の中じゃ、多分一番人間らしい話だと思うけど、代わりに暗い話だから先に謝っておくね。これは、僕の最近あった一番悲しくて、どうしたらいいのかわからないことなんだけどね」

という枕詞を置いた。できれば、この時に店員さんの顔色を窺おうと思ったからだ。そうして、店員さんが考えているようなお話じゃなさそうだと思ったら、すぐさまやめようと思ったんだけど、どうやらその必要はなさそうだった。店員さんは目を輝かせるように、僕の方を向いて、話の続きを待っていたからだ。こうされてしまっては、話をしないわけにもいかなくなってしまった。

「これは、僕がまだ高校に上がる前の話なんだけどさ。中学三年生に上がって間もなくのころ、僕はこの辺に越してきたんだ。親の事情が重なって、どうしても引っ越さなくてはいけなくなってしまったから、昔の友達とかを置いてここに来たんだ。まあ、昔の学校には、仲のいい友達とか一切いなかったから、縁が切れていいぐらいに思ったよ。

 それで、こっちのほうに越してきてから、少しだけ変な女の子がいたんだ。すごい容姿がきれいで、ひとめぼれしかけたんだ。でも、おかしかったのはそこじゃないんだよ。その子はなんでか、クラスで嫌われ者のようで、軽いいじめを受けていたんだ。なんであんなに可愛い子がいじめを受けているのか、内心疑問だらけだったよ。

 それからの一年間は、精神的にはあんまりよくない一年だったよ。自分の片想いに近い想い人が、いじめを受けていて、しかも転校してきたばかりの自分にはそれを止められるだけの影響力がなかったからさ。極力いじめには参加しないようにしながら、ただひたすらに目をつむることしかできなかったんだ。クラスの隅にいるときに、彼女が送ってくるSOSの視線を無視し続けるのは、心苦しかったよ。それでも、僕には助けようと心で思っていても、行動に移すことができなかったんだ。本当に未熟というか、情けなくて、自信もなくなってたね。

 それでも、受験期に入ってしまえば、そのいじめもほとんど風前の灯火だったよ。ほとんどの人が受験の風に押し流されて、推薦のような方法で受検する特定の人たちしか暇な人がいなかったからね。そういう人たちも、少人数になるとやけにいじめをしたがらないんだって、初めて気が付いたよ。いじめって、弱い人間がするものなんだなって教えてくれたんだ。そのこともあってか、少しだけ僕も自分に対しての自信みたいなものが持てたよ。

 気が付いたら、受検も終わっていて、中学生活も終わりが目前に迫ってきていたんだ。そのころになると、今度はみんな別れを惜しんで遊んだり話したりするもんだから、あの子に構う時間は一瞬たりともなかったみたいだったよ。教室の隅から、図書館に本を読みに行く彼女の姿を何度も見ていたよ。追いかけようかと思ったけど、どうしてもその前のころの負い目があったせいでできなかったんだけどね。あの頃に話しかけてあげられたら、どれだけよかったことやら分かんないよ。

 やっと中学生活にも終わりが来て、高校生になった最初の日。彼女と僕が同じ高校だって知ったんだ。たまたま同じクラスだったから、教室に入ってお互い顔を見合わせたんだ。それで、その日はクラスで自己紹介があったんだけど、分け合ってその教室から抜け出しちゃったんだよね。どうしてかわからなかったんだけど、あの教室にはいられなかったんだ。見知らぬ人が雑多にかき混ぜられた、異様な空気が僕を押し出したんだ。そうして、学校の並木の間にあるベンチに座っていたんだ。誰ともわからない誰かを待つように。

 そこに、どこからか枯葉を踏む音がやってきたんだ。だんだんとこっちに近付いてくる気がしたよ。最初は先生かと思って、その場を逃げ出そうと思ったんだけど、地面が枯葉だらけだから、どうせ逃げようもないと思って、動かないでその主がやってくるのを待ったんだ。そうしたら、予想だにしなかった彼女だったんだ。あの時ばかりは驚きで声が出せなくなったよ。
 
 彼女に、何しにここへ来たのか聞いたらさ、僕に言いたいことがあるっていうんだ。だから、緊張しながら、二人でベンチに隣り合って座りながら、情けないぐらい上ずって、かすれて震えている声、彼女にその話をしてくれるように頼んだんだ。あれ帆と威厳がないというか、格好良さがない自分がいないんじゃないかって思ってしまうぐらいにひどかったよ、せっかく思い人を前にしているんだから、少しは格好つければよかったのに。

 そこでさ、彼女から急に告白をされたんだよ。その最中に風が負h知恵、桜が舞い散ったときの薄紅色は本当に綺麗で、見惚れてしまったんだったね。もちろん、僕はその告白を受けさせてもらったよ。自分なりに全力で格好つけて、少しでも自分をよく見せようとしてみたよ。まあ、それ以上に緊張していたから、変な方向性に行ってしまっていたかもしれないんだけど。

 それから、楽しい毎日が待っていると思っていたんだ。少なくともその翌日ぐらいまではね。でも、入学式の翌日から、彼女は一向に学校に来てくれなかったんだ。彼女が中学の頃に孤立していたことや、僕が中学の頃の日との連絡を断っていたから、なかなか連絡が取れなかったんだけど、どうにかして彼女の居場所を突き止めたんだ。そしたら、そこがかなり大きな病院だったから、それを知った翌日に彼女に会いに行ったんだ。

 彼女がいるであろう病室に行くと、その間の数週間でやせ細ったあの子が待っていたんだ。可憐だった彼女が、華奢に変わっていたんだよ。それで、彼女から告げられたのは、彼女がAIDSを患っているっていうことだったんだ。そして、それはすでに発症してしまっているということもだった。それがどういうことを意味しているのか、高校生になっていた僕には、分からないはずもなかったよ。そして、ようやく一つつじつまが合ったんだ。彼女がいじめを受けていた理由がさ。

 もちろん、AIDS患者を差別することは法律で禁じられてはいるよ。でも、実際にはそんなものを守ろうとする人の方が珍しいくらいに、AIDS患者は不潔とかそういう印象を持たれてしまっているのが現状でね。いつごろから、そのことがばれてしまって、いじめにあってしまったんだって話してくれたんだ。それが、僕にはとてつもないほどの無力感と絶望を与えたんだ。自分の手で治すこともできなければ、もう彼女は死んでしまうんじゃないかって思えてさ。だから、それからほぼ毎日彼女の病室に通うって決めたんだ。彼女の残り時間を楽しくさせたいし、自分も彼女といるときが一番楽しいからね。

 それで、今からちょうど一か月前ぐらいかな。いちょうから銀杏の実が降り始めるぐらいのころだった。彼女にいつものように会いに行ったら、その途中で医者に呼び止められたんだ。彼女のことで話があるって。そこで聞かされた話は、あまりにもショックだったし、つらかったけど、受け止めざるをえない話だったんだ。彼女はもう三日も生きられるかわからないってさ。あまりにも唐突な話で、一瞬放心したよ。

 もともと、彼女がAIDSを発症したのは、最近の事ではなかったらしいんだ。かなり前から発症していたけど、薬を飲んだり、なるべくマスクを付けたりして、日和見感染を予防していたんだ。それでも、AIDS本来の脳症が起こったり、防ぎきれない病原体に侵されてしまって、結局入院せざるをなくなったらしい。それは、高校に入学する前からだったらしいけど、どうしてもということで入学式だけ参加したってことも聞かされたよ。秋風が、冷たくなった僕の心をより一層冷たくするようだった。

 それから、彼女に会いに行くと、話すのも精いっぱいな彼女が、無理をして声を出そうとしている姿が、見ていて胸を苦しくさせたよ。それでも、どうしても僕に伝えたいからっていうから、涙をこらえながら、無理に笑みを浮かべながら彼女の話を聞いたんだ。愛してるよって、ごめんねって何度も繰り返していんだ。それを聞いて、僕は思わず彼女を無言でやさしく抱きしめて、彼女の肩にたくさんの雫をこぼしたよ。思いがあふれちゃって、言葉も出なくなってしまったんだ。

 本当に一瞬のことだったよ、彼女のバイタルが0を示したのは。ピーっと流れ続ける電子音を聞こえないふりして、彼女に何度も呼び掛けたよ。ありがとう、大好きだよってね。最後の最後まで、どうにも格好というか、男らしさが出せなかった僕らしく、そんな言葉を彼女の胸にぶつけたんだ。もちろん反響はしなかったけど。

 彼女がいなくなってから、いろんな行事というか、葬儀が重なってしまって、なかなか一息付けなかったんだ。そうして、今日ようやくひと段落着いたから、この喫茶店に寄り道したんだ。会いに行く人もいないで、一人で歩く道は寂しいものだね」

 と言って、僕は話を終えた。それから、どうなるんだろうと気になって辺りを見回すと、いつの間にか店員さんはいなくなってしまっていた。それに気が付いて、肩透かしでも食らったかのような気分に陥りそうになっていた時、店員さんの声が僕の後ろ側から聞こえてきた。

「お客様のためのコーヒーをお持ちしました。どうぞ冷めないうちにお飲みください」

 と言われて、コーヒーカップがテーブルの上に乗せられた。僕はそれを手に取ると、少し香りをかいでみた。コーヒーにしては、さっぱりとしていて、飲みやすそうな匂いだった。確認を終えると、僕は一気にコーヒーを飲み干した。そのコーヒーは、酸味も苦みもそこまで強くなく、飲んだ瞬間に香りも抜けていって、すっきりとした後味のコーヒーだった。今、彼女のことを少し整理したいと思っていた僕には、本当に最適なコーヒーだった。

 僕は、飲み終えたコーヒーをカウンター席の隣のレジまで運ぶと、コーヒーを淹れてくれたであろうマスターらしい店員さんが会計をしてくれた。と言っても、お金を払うわけでもなく、ただコーヒーカップを手渡して

「ありがとうございました」

 というだけだった。すると、マスターさんが一言

「お客さん、何か落としましたよ」

 と言って、僕の足元の方に視線を送った。それを聞いて、僕も足元を見ると、何やらキーホルダーらしきものが落ちていた。拾い上げると、それは

「なくしたと思っていた彼女と分けたキーホルダーだ!!」

それを拾うと、僕はちらちらと降り始めていた雪の中を翔けだした。店員さんたちの声が聞こえて、振り返ってみると、素kには物語喫茶はなくなっていて、いつもの喫茶店に変わっていた。
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