さよならを君に伝えたくて

古明地 蓮

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さよならを君に伝えたくて

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僕は今病院にいる。
腕には何本もの点滴の後があり、大量の機械に監視されている。
呼吸も上手く出来なくなり、体も思うように動かない。
こんな、命に関わるような病気に侵されている。
医師には、持ってあと数ヶ月だと言われた。
どんなに頑張っても桜は見れないらしい。
今は雪の降る冬。
元旦を過ぎて、少しづつ楽しい夢から覚める頃だ。
でも、体の感覚も消えうせて、寒さも感じなくなっている。
こんな状態で生きる意味はあるのかと何度も自問した。
でも、どこにも答えなんてなかった。
親も去年のクリスマスに死んでしまった。
僕の入院費と治療費を払うために働き詰めだった。
それでも、僕にクリスマスプレゼントを渡そうとした。
そして、買い物を終えて、車でここに来る途中に事故にあった。
雪が降っていて、滑りやすかった。
信号で止まっていたところ、後ろの車がブレーキで止まり切れず、追突されたのだ。
親にはなんの悪い点もなかった。
後ろの車も、かなり前からブレーキ痕があった。
だから、後ろの車のせいではないとわかっていた。
それでも、憎み恨んだ。
何度も謝罪しに来てくれて、少しだけだけど負の感情は消えたと思う。
でも、それ以来僕にはなんの希望もなくなった。
学校にも行けず、親も逢いに来てくれず、ただ暇持て余す。
それなのに、あと数ヶ月しか体は持たない。
そんな時だった。
医師からとある誘いを受けたのだ。
今から三か月間だけ自由に動かせるからだが手に入る。
今の体の動きを元通りにしてしまう薬の誘いだった。
ただ、効果が強く、1度飲んだら2回目は効かない。
しかも、無理に体を動かすので、3か月後には必ず死ぬ。
という事だった。
もちろん僕は引き受けた。
最初は断ろうと思ったが、このベッドの上でただ寝ているよりかはいい。
幸いにも僕はまだ高校二年生で、ちゃんと進級はできる見通しだった。
だから、学校の顔を出しても平気だろうし落ち込むことも無い。
しかも、死ぬ時がわかった状態で動くので、やりたいことを一つ一つ片付けられる。
これを飲むために、色んな手続を踏み、なんとか手に入った。
効果期間はきっちり3ヶ月で、飲むタイミングはいつでもいいと言われた。
だから、貰ったその日は、何をするかを考えて、次の日に飲んだ。
効果は抜群だった。
飲んで数時間もしないうちに体の痛みや疲れがなくなり、自由に動けるようになった。
その状態を医師に見せたら、すぐに退院出来た。
しかも、もう戻らなくていいと言われた。
僕はその時間までをちゃんと使って欲しいらしい。
だから、早速学校に向かった。
学校では、2年生がリーダーになり、3年は勉強していた。
おかげで、何事もなく昔みたいに登校出来た。
中学校みたいに、先生からとやかく言われることもなかった。
退院許可証さえあれば、高校の先生はなんにも言ってこなかった。
学校の授業は思った以上に平凡でつまらなかった為、ほとんど屋上ですごしていた。
もちろん弁当も屋上で食べた。
なんでそこまでしているかと言うと、クラスのみんなには入院していたとは言ってないからだ。
だから、この三か月間ぐらいについてしつこく聞かれるだろうと思ったから避けたのだ。
昼休みになり、屋上に来たやつがひとりいた。

「帰ってくるなりこんなところで、授業サボってるんですか?
   せっかく成績もいいんですし、真面目にやったらどうなんです?」

こいつは小学校からの幼なじみのやつで、生徒会副会長の神舞だ。
神舞は僕とは反対の性格のやつで、いつも僕にも自分にも厳しくしている。
お陰様で1度も赤点を採らず、提出物も遅れずに済んだのだが。

「教室に行ったら質問攻めにされるだろ
   あれが嫌なんだよ」

「それは、自分から何をしていたのか教えないのが悪いんですよ」

「誰が何していたって自由だと思うんなけどなぁ」

「あなたがそう言うならそれでいいと思いますが
   私には教えてくれてもいいんじゃないですか?」

「自分探しの旅だよ
   ちょっと遠くまで出かけていたのさ」

「あのですねぇ
   いくら私でも、今のあなたが嘘ついてることぐらいわかりますよ
   何年1緒にいると思っているんですか
   あなたのくせぐらい知ってるんですから」

「じゃあ、僕が何していたのか知ってるのか?」

「知っていたら聞きませんよ
   教える気がないなら、そういうことにしておきます」

「それで、何か用?」

「私としてはもうちょっとしっかりして欲しいんですけどね
   まあ、今は諦めますか
   それで、部活とかにはどうする気なんですか?」

「部活には出る予定だよ
   部活の人にも教える気は無いけど」

「そうだろうとは思っていましたが
   それよりも、あのことはどうするんですか?」

「あのこと?」

「告白の件ですよ
   部活の楓華さんにされていたじゃないですか」

忘れてた。
そういえば、入院の日の前日に告白されたんだっけ。
それで、返答をちょっと待ってもらおうと思ったら、こんなことになったんだった。
入院していた時は、もう出られないもんだと思ってたから、完璧に頭から抜けてた。

「その顔は忘れてたんですね
   それじゃあ、部活の時に顔合わせられるんですか?」

「きっとなるようになるさ」

「そうやって楓華さんの気持ちを踏みにじるんですか?」

「そういう訳じゃなくて」

「だったら、今のうちに話しといたらどうなんですか?
   もうちょっとだけ待って貰えないかって」

「それは申し訳ないんだよなぁ」

「全くもう  
   本当に優柔不断な人なんですから
   まあ、今日は私も部活に行くので、何とかしてあげますよ」

「ありがとな」

「そういえば、この数ヶ月間で、あなたはなにか分かりましたか?」

「特にないなぁ」

「本当にこの数ヶ月間何をしていたのやら
   それでは、私は午後の授業があるので」

「頑張れよ」

「本来ならあなたもなんですけどね
   それではまた後ほど」

そういって、神舞は屋上を後にした。
と思ったのだが

「もし何かあったら、私を頼ってくれてもいいんですよ
   なるべく手伝いますよ」

「ありがとう」

「まあ、結局頼ってくれないでしょうけど
   それでは部活で」

そうして、本当に彼女は帰っていった。
神舞は良い奴に違いない。
それは確かなんだけど、ちょっと真面目すぎるからあんまり頼らない。
あいつと話していると、疲れてしまう。
「さてやるか」

一応僕も勉強をしないと留年してしまう。
だから、今日は屋上で勉強することにした。
荷物とかも持ってきているので、なかなか快適な勉強空間だった。
ちゃんと、授業でどこをやっているのかは聞いておいたので、そこを勉強しておいた。
けど、かなりの間の知識が抜けてしまっているので、分からないところも多かった。
それでも、屋上での勉強は、クラスでの勉強より捗った。
今日の全ての授業の終わりを告げるチャイムが聞こえてから、屋上を後にした。

「さて行くか」

部活に向かうことにした。
それにしても気が重い。
楓華に会ったらなんて言われるのだろうか。
きっと、最初に僕が何をしていたのかを聞いて、その後に告白の返事を聞かれるのだろう。
結局告白の返事は決まらなかった。
楓華は非常に良い奴で、僕に優しくしてくれる。
ただ、神舞とかの関係が崩れてしまいそうで怖いのだ。
特に神舞は、昔からの仲があるので、縁が切れるのは惜しい。
それに、楓華には、僕のことで悲しんで欲しくない。
いまの、友人という関係なら、僕の死から立ち直れるかもしれない。
でも、恋仲になってしまったらそうもいかないだろう。
それに、僕も死にたくなくなってしまう。
だから、何とかならない物かな。
なんて考えながら歩いていると、部室の前に来てしまった。
この活動内容不詳の、五月雨部に。
何故か伝統があり、なかなか長いことで有名なのだが、一切活動内容を他者に漏らしていない。
それでも、部室もあり、ちゃんと部費も支給されるし、部員もちゃんといる。
2年生の部員は、僕と楓華と神舞だけだ。
3年生はもう居ないため、あとは1年生なのだが。

「失礼します」

と言って部屋に入ると、部室にひとりいた。

「久しぶりですね
   痩せました?」

こいつが1年生でただ1人の部員の霧雨だ。
僕と同じように、頭はかなりいいのだが、授業には出てこない。
授業の時間は、この部室に籠っているのだ。
その間ずっと、自分のしたい研究を進めているのだ。

「そんなに痩せてないと思うんだけどなぁ」

「見た目だけなんですかね
   ダイエットじゃないなら、今まで何してたんですか?」

「なんでダイエットだと思ったのやら
   まあ、色々とあって学校を休んでた」

「そうだったんですか
   でも、この時期に戻ってきたということは、あれをやりに来たんですよね」

「あれ?」

「五月雨部の活動として、全校生徒に知れ渡っている唯一の活動
   合宿ですよ」

「そう言えばそうだったな
   久しぶり過ぎて忘れてたよ」

五月雨部としての活動はほとんどない。
基本的に部員の自由に任されているのだ。
五月雨部には、美術部には入れないが、芸術を好きな人が集まってくる。
僕は小説家として、ネットに投稿している。
1年の霧雨は数学に興味がある。
神舞は俳句と短歌を読むのが得意だ。
楓華は僕と同じ小説家だ。
なぜ僕と楓華が文芸部に入らなかったかと言うと、文芸部の縛りに合わなかったからだ。
なんというか、文芸部は文学小説を求めているけど、僕らは人間を求めている。
楓華は、1度出版の話があがったほどの実力があるので、相当文芸部も欲しがっていたらしい。
それでも、自分の中で本を描きたいからと言って、文芸部には入らなかった。
そんな人達で、京都に合宿に行くのだ。
春休みに、3泊4日の予定だ。
ただ、巡る場所とかは一切決まっていないし、決まっているのは行きと帰りの電車と宿だけだ。
だから、毎年面白いことが起きている。
昔ながらに連歌をしてみたり、小説のネタを考えたり。
去年なんかはみんなで能をやらされた。
3年生に伝統舞踊を特技とする先輩がいたのだ。

「今年ももうそんな時期か」

いきなり扉が開いた。

「失礼します」

入ってきたのは神舞だった。

「あれ、まだ楓華さんは来ていないのね」

「そうだな」

「返答は決まったんですか?」

「いや、残念ながら」

「私は残念ではないですけど
   仕方ないですが、ここは自分で頑張ってください」

「分かったよ」

「霧雨さんは何かいい物見つかったかしら?」

「残念ながらまだですね
   まあ、合宿もありますし、合宿でなにか見つけられればいいかなぁと」

「なるほど
   霧雨さんは京都は初めて?」

「中学の時に行く予定だったんですけど、行けなかったんですよね」

「なるほど
   まあ、色々と面白いだろうから楽しみにしといてください」

「分かりました
   前回も悩んでいた時に合宿で面白いものを見つけて、何とかなったんですよね」

「前回は色々やりましたからね」

五月雨部の合宿は、春と秋の2回だ。
秋は北海道に行くのだが、まだ雪も降らないので微妙な時期だった。
ただ、北海道には色んな歴史があり、建物があり、見ていてとても面白かった。

「これで僕たちも最後の京都合宿だもんな」

「京都の方が時期的にも良くて私は好きですけどね」

「私は初めてなのでわからないんですが、京都は2回しか行かないんですか?」

「基本的に2回しか行けないかな
   3回目に行こうとしても、大学のこともあるし」

「そうですね
   まあ、秋のはもう1回行けるとは思いますけどね」

「去年の先輩はなんで秋には来なかったんですか?」

「受験勉強が忙しくなったんだよ」

「そうだったんですか
   でも、先輩たちも大変なんじゃないですか?」

「これでも私たち結構頭いいんですよ
   それに、この人には今度みっちり教えるつもりですし」

「そんな予定があったんですか
   やっぱり仲良いですね」

「いや僕は今聞かされたんだが」
「嬉しくないんですか?
   私に勉強を教えてもらうのは」

「いや、そんな訳じゃないよ」

なんて言い合っていると、

「失礼しまーす」

楓華が入ってきた。

「帰ってきてたんだ
   ちゃんと帰ってきたなら伝えてよね
   それで、この数ヶ月間何してたの?」

「ちょっと旅に出てたんだよ」

「楽しかった?」

「楽しかったよ
   一人ぼっちだったけど」

「言ってくれればついて行ったのに
   部活終わったらちゃんと聞かせてね
   楽しみにしてるから」

「わかった」

「なんの事かわからないのは私だけですか?」

「多分君だけだと思うよ」

「それより、今日ってなにかするの?」

「特に何も無いから、いつも通り自由かな」

「わかった」

一応言うと、楓華が五月雨部の部長で、神舞が副部長だ。
基本的な決定権は楓華が持っていて、神舞は補佐をしているような感じだ。
何故か僕にはなんの役職も与えられなかった。
そこはセンスの問題なのかもしれない。
みんなが各々自分のすることを始めたのをみて、

「それじゃあ行ってくる」

と言って、荷物を持って部室を出た。
本当なら部室に籠っていたいところだが、どうしても気まずくなりそうだったから抜け出してしまった。
まあ、どうせ何も無いなら、抜け出したって変わらない。
そして、結局もといた屋上に戻ってきた。
屋上からは色んな物が見える。
僕の描く小説は、恋物語が多かった。
そもそも、僕はとある人を尊敬して小説を書き始めたのだが、その人の作品が恋物語ばかりだった。
しかも、ドロドロしたような関係ではなく、純愛ものがほとんどだった。
その人間の美しさこそが、僕の描きたかったものだった。
ここに来れば、人も街も空も鳥も見れる。
僕の小説は、悲しい物語が多く、ほとんどはバッドエンドで幕を閉じる。
その際に、風景の描写を入れたいから、よく屋上に来ていた。
屋上に来ればいつだって空が見れるし、街の彩も見れる。
そういう部分をもっと上手くかけるようにしたかった。

「ふう」

と、軽く溜息をつき、小説を描き始めた。
今の世の中は便利になったもので、タブレットと、キーボードさえあればどこだって小説が描ける。
お陰様で、この屋上に持ってくるものも、それだけで済む。
やっぱり一人で小説を描くと、すごい筆が進む。
まあ、実際に筆ではなくて指な進むだけなのだが。
今は、長編小説を急いで書いている。
なぜ急いでいるかと言うと、今日の投稿に間に合わせるためだ。
なるべく1日1話の目標でかき進めていて、少しでもペースを崩したくないのだ。
だから、必死になって書いている。
一応今の目標は、ひとつでも小説を出版することだ。
そのために、まずは全体を書ききらなくてはいけない。
その次に、全体を再度読み直して、間違いを確認したり、表記を変えたりして、再投稿する。
僕は個人でやっているので、編集者や絵師さんはいない。
だから、最初の投稿の時には、大量の誤字脱字を毎回指摘される。
まあ、仕方ないかな。
なんて考えながら、自分で決めていた通りのストーリーに仕上がっていくのを楽しんでいた。
しかし、楽しい時間というのは、あっという間に過ぎてゆく。
まだ夕映えにさえなっていなかった陽も、気づけば沈んでいた。
闇に包まれるのも非常に気分がいいのだが、生憎と寒いのには非常に弱い。
だから、仕方なしに屋上を後にした。

「ただいま」

部室には、各々色んなところに人がいた。
窓を眺めている神舞
さっきの僕と同じように、キーボードを叩く楓華。
ひたすらに数学の研究を進めている霧雨。
ほんとに自由な部活だな。
僕は適当に置いてあった机と椅子で執筆を進めようとしたら
キーンコーンカーンコーン
チャイムがなってしまった。
チャイムがなったら部活動をやめて下校しなければいけない。
ほかの学校に聞くと、これはかなり緩いルールらしい。
ほかの所では、チャイムがなるまでに下校しなければいけないとか。
それに比べればかなり楽だと思う。

「それじゃあ、今日の活動は終わり
   せっかく彼が帰ってきたんだし、今度パーティでもするから、その時は連絡するね
   それじゃあ解散」

とりあえず身支度は済ませて、いつでも帰れるようにはした。
でも、まだ帰れない。
楓華への返事をしなければいけないからだ。
実際、できれば今のままの関係を保っていたい。
友達よりもちょっと仲がいいくらい。
きっと、優柔不断のままではいけないのかもしれない。
でも、どうしても、この告白を受ける訳にはいかないのだ。
もしも僕が告白を受けたら、3か月後に彼女を悲しませることになる。
もっと長生きできたら良かったのに。
なんて、そんな叶わない夢を願いたくないし、彼女に願わせたくない。
だから、どうしても彼女の告白は受けられないのだ。

「それじゃあ、屋上で待ってるから」

そういって、彼女は部室を後にした。

「着いて行かないんですか?」

「今どうしようか迷ってる」

「なんで決めておかないんですかね
   適当にフォロー必要ならしますから、言ってきちゃってください」

「それもそうか」

荷物を全部背負ったのを確認して、僕も部屋を出た。
屋上への道はそんなに長くはないので、あっという間に着いてしまった。

「それで、結局どっちなの?
   付き合うか、付き合わないのか」

「もう少しだけ待ってくれない?」

「はぁ~
   優柔不断な男は嫌われるよ
   まあ、私はずっと君のことが好きだけどね」

「合宿の終わりに言うから」

「それまで待ってるね
   それじゃあ、お先」

と言って、彼女は屋上を出ていった。
口ではあんなに気軽そうに言っていたが、帰り際に彼女は泣いていた。
「全く
   いつまでたっても優柔不断なのは治らないんですね」

「こればっかりはどうしようもなぁ」

「それでも、ちゃんと答えただけ偉いとは思いますが」

「それじゃあ、そろそろ帰るね」

「それではまた明日」

そして、屋上を後にした。
なんとか切り抜けられた。
それにしても、なんであんなにあっさりと受け入れてくれたのやら。
まあ、期間も空いて、少し気が楽になったのかもな。
程なくして家に着いて、

「ただいま」

「おかえり」
へ?
「なんでいるのさ」

先に帰ったはずの楓華の姿がそこにあった。
「ほら、私って君がいないあいだの家を頼まれてたじゃん」

「まあね」

「そんときに貰った合鍵で入ってたんだよ」

「明らかに不法侵入」

「今日の夕飯作っといたけどいらないんだね」

「すいませんでした」

「そんなに謝んなくっていいって
   それより、結局この数ヶ月間何してたの?」

「旅に出てたって言わなかったっけ」

「あれホントなの?」

「当たり前じゃん
   自分探しの旅に出てたんだよ」

「そうだったんだ
   それじゃあ、今度旅の話聞かせてよ」

「いいよ」

「それじゃあ、私はそろそろ帰るから」

「夕飯ありがとう」

「暇だったしいいよ
   それじゃあ、また明日」

「気をつけてね」

そうして、彼女は帰っていった。
彼女の置いていった料理はどれも美味しかった。
それじゃあ、寝るか。
自分のベットにはいるのも数ヶ月ぶりで、ちょっと新鮮だった。
さすがに今日は、色々とあったので、睡魔に任して寝てしまった。

それから、時は過ぎてゆく
入院していた時の比にならない速さで時間はすぎていった
その間には、僕の復帰パーティもした
その何日もの普通の日を、幸せをかみ締めながら過ごした
もう思い出せる殆どのことは、彼女らとの毎日に変わっていった
それでも、幸せだけが僕のそばにいるわけじゃない
だんだんと、人生の終わりの日が近づきつつあった
そして、だんだんと体に変化が訪れた
それは、体の限界を知らせる痛み
それでも、平然を装い続けた
この合宿のために

「やっと着いたね」

楓華は、新幹線の中でもずっと元気そうだった。
というか、もしかしてみんな酔わない人なのかな。

「よくみんな新幹線に酔わないよね」

「私はちょっとだけ酔っちゃいました」

「よかった
   僕の仲間がいた」

「どうしますか?
   とりあえず荷物だけ届けますか?」

「それが一番いいんじゃないかな」

「僕もそれがいいと思う」

「私もそれがいいと思います」

「それじゃあ、私に着いてきてね」

着いた旅館は、和風で、すごい綺麗だった。
みんなで、京都の街並みを散策したが、みんな色々と発想が面白い。
昼食の時は、1番早く和歌を読めた人から食べていくとかいう謎ルールだったし。
風呂に入る時は、連歌を繋げた順だったし。
さすがは五月雨部という感じだった。
風呂の後に、霧雨に声をかけられた。

「ちょっと先輩」

「なんかあった?」

「いや、ここんとこ先輩の調子が変だなぁと思いまして
   今日だって、ずっと半分足引きずってましたし」

霧雨はよく見てるなぁ
なんて感心してる場合じゃないか

「別に大丈夫だよ」

「それならいいんですけど
   でも、なんかあったら、ちゃんと周りの人に頼るんですよ」

「それは分かってるさ」

「なんて言っておいて、先輩頼ってくれなさそうですけどね
   ただそれだけです」

そういって、霧雨は帰っていった。
そんなに分かりやすかったかな。
霧雨が、よく観察してるだけなんだということにしておくか。
そのあとも、とにかく楽しかった。
五月雨部だからというのもあるが、それだけじゃないんだろう。
もう、僕にはこの合宿に来る理由もない。
なぜなら、ここでなにかのアイデアを見つけても、描くことは出来ないからだ。
だから、周りに比べて呑気に過ごせたのだろうか。
でも、だんだんと時間は過ぎていく。
気がつけば最終日になっていた。
ギリギリまで僕も迷ったが、いつもの場所で伝えるべきだろう。
だから、帰ってから告白の返事をすることにした。
最後にみんなで清水寺に行って、各々願掛けをした。
帰りの新幹線では、みんなで思い出語りをした。
とうとう終わってしまったな。
窓の風景を眺めながら僕は自分にしか聞こえない声で呟いた。
みんなが解散した後に、僕は楓華を呼んだ。
そこは、僕が一番好きだった草原。
夜になると、綺麗な星空を見ることが出来る場所。
そこで僕は彼女に伝えた。

「僕は君とは付き合えない」

楓華は、一切驚いた様子も、悲しんだ様子もなく、答えた。

「知ってたよ
   君が私を受けいれてくれないことは
   だって、君はもう少しの命なんでしょ」

「な、なんでそれを?」

「君が学校に帰ってきた日に、君の家で見たんだよ
   それで、全部を理解したんだ
   君が合宿まで返事を待たせた理由
   この前まで入院してたってこと
   そして、どうしても受け入れてくれないのだということも」

「そうだったんだ」

「だからさ、ほら」

そういって、彼女は地面に正座した。

「その様子だと、きっと体ももう限界なんでしょ
   手も足も震えてるよ
   だから、膝枕してあげる」

「ありがとう」

その時、もう僕にはほとんど力は残ってなかった。
立って話すだけでも限界だった。
足に力が入らず、頭もフラフラしていた。
だから、彼女の膝に身を委ねた。

「な~んで最後になるまで教えてくれないのかな~
   そんなに私って頼りない?」

「そうじゃないんだけど
   ごめんね」

「最後の最後に来てくれたからもういいよ
   それに、君はきっと、叶わない願いを願いたくもないし願わせたくないとか思ったんでしょ」

「なんで分かるの?」

「でも、私を悲しませたくないとか」

「なんで、僕の心がそんなに読まれてるの?」

「そりゃあ、君のこと好きだからね
   ずっと君のことが好きだった
   私の小説は、君との恋を夢想して書いたものだったんだよ
   私の中では、君は永遠のヒーローだから」

「ヒーローねぇ
   自分じゃそんな感じしないけどね」

「私にとっての話だから
   じゃあさ、もし君が病気じゃなかったら、私の告白になんて返事してた?」

「どうなんだろう
   僕は、楓華を悲しませたくないから、断ったしね
   もしも病気じゃなかったら、ギリギリまで迷った後に、OKしてたと思う」

「ギリギリまで迷うんだ」

「どうしても優柔不断なんで
   それに、神舞さんと話しにくくなるかもしんないし」

「やっぱり君は人のことしか考えてないよね
   そんなお人好しな君が大好きだよ」

こうやって話しているあいだ、彼女はずっと僕の頭を撫でてくれた。
その手は、優しく包み込んでくれているようで、母親を思い出した。
その間にも、だんだんと力が入らなくなる。
目に映る星の数は、さっきに比べ圧倒的に減っていた。
だんだんと意識も薄れゆく。

「だからね、最後に読んで欲しかったな
   向こうに行ってからでも読んでよね」

「わかった」

そして、僕は彼女の手を握った。

「みんなのことを頼んだよ
   特に神舞さんのことを
   僕にとっては大切な幼馴染のひとりだからね
   あと、ひとつだけ頼みをしてもいい?」

「勿論」

「僕が書いた小説を、出版申請してみて欲しいんだ
   きっと届かないけど、それでも、少しでも、知ってもらいたいから」

「任せて」

その言葉を聞いて、ほっとしたのか、力がさらに抜けていく。
手が落ちそうになる。
だんだんと視界もぼやけてくる。
そうして、なんとか最後の言葉を紡いだ。

「さよなら」

そして、僕は深い深い眠りについた。


彼の手が、自分の手からこぼれ落ちた。

「あぁ」

声にならない声が漏れる。
信じたくはなかったけど、きっとそうなのだろう。
もう一度握った彼の手は冷えきっていた。
彼の顔に、彼のものでは無い涙が滴った。

「約束果たすから
   だから、ずっと見守っててね」

と空に向かって言った。
それから、ずっと彼の骸をだいて泣いていた。
空は彼の心を表しているように
美しい夜空が、暖かく私を包み、満月が明るく周辺を照らしてくれた。
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