音よ届け

古明地 蓮

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いつも幸せは最後に訪れて

涙色のさよなら

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演奏が終わると、また諒一は観客の前に立っていた。
マイクを器用な手さばきで投げてから、またキャッチして話を始めた。

「聞いてくださりありがとうございました
 この曲も、ほとんど練習してなかったんですけど、今多分バンドの人はむっとしてますね
 だって、この曲にドラムは一切ないんですから、ずっと暇だったんでしょう
 多分、今勝手にこの曲を選んだ僕のことを怒ってると思いますよ」

というと、観客がどっと笑った。
そういわれてしまうと、僕はどういう表情をしたらいいのかわからなくなってしまった。
だから、ちょこっと山縣と視線を交わした後、上っ面だけ諒一を憎むような視線を送った。

今の諒一の話のおかげで、結構緊張がほぐれた気がする。
なんだか、肩の力が抜けてほっとした感じがある。
やっぱり諒一みたいに、あんまりいい意味ではなくても安定している奴がいるといいんだろうか。
安定している人の、安定している姿を見ると、安心するんだから、きっとそうなんだろう。

うまい感じに、観衆たちの笑いが収まるのを待ってから、諒一はまたマイクを握りしめて話し始めた。

「それでは、これが今日最後の曲となります
 本当なら、ここでこの曲について語りたいことがいっぱいあるんですけど、話はあとにしましょうか
 まずは演奏を聴いてください」

と言って、いったん話を切った。
聴衆たちはかたずをのんで見守っているようだった。
少しの間を持たせてから、諒一は叫ぶ一歩手前ぐらいの声で言った。

「それではお聞きください
 『涙色のさよなら』」

と、この曲の演奏を宣言した。
そうして、僕らの方を振り返ると、大きく笑って見せた。
やっぱり諒一らしい、あの茶目っ気と一切緊張を見せない様子が、このバンドの支えだ。
いつもは全然感じられないけど、こういう大切な時になって、やっと気が付く人の大切さなんだろうなぁ。

諒一がギターをもって、演奏できる姿勢になったのを確認した。
山縣もベースを抱えて、いつでも演奏を始められることを見た。
水上さんは、さっきと同じようにキーボードに手を置いて、演奏が始まるのを待っている。
僕は、全員の準備完了を見届けると、バチを大きく頭の上に持って、準備を終えた。

一旦深呼吸してから、大きくバチを四回、かなりのハイテンポでたたいた。
ちょっと速すぎた気もしたけど、これぐらいで演奏したほうが気持ちいだろう。
一切の震えの無い、真の通ったメープルの軽い音が観衆の間を潜り抜けた。
それを聞き届けると、僕はドラムをたたき始めた。

この曲は、本当にドラムが命のような曲だと思っている。
いや、この曲だと、すべての楽器がどれも大切で、一つでも書けたら成り立たないんだ。
だから、誰一人欠けられない、一人一人がいい演奏をしなきゃいけないから、難しい曲なんだ。
こういう曲こそ、ドラムがいいビートを刻まなきゃいけないんだ。

僕は、最初はあんまり強くなく、指のしなりを十分に利かせながらドラムをたたいた。
綺麗に響くから、やっぱり心地がいいけど、少し響きが悪いような気もする。
少し強く叩こうかと思ったけど、やっぱりやめておいた。
今強くしてしまうと、後々強弱が付けられなくなってしまいそうだから。

はじめは、いろんな考え事を抱えながら、前奏を終えた。
そして、いよいよ本番の一番に差し掛かろうとしている。
僕は、いつもとは全然違う息の使い方をして、肺に息をたくさん送り込んだ。
それから、忘れかけていらから、急いでマイクの位置を変えて、僕の声もドラムの音も通る位置に直した。

そうして、いつもは聞けないような歌の無いギターが響こうとしていた。
そこに、割って入るかのように、僕の裏声を重ねていく。
歌詞は、まだあんまりわかってないから、自信がない歌い方だけど、それでも精いっぱいうたった。
とにかく、この曲の歌手は自分なんだと主張した。

音楽世界の中で、僕は忙しく動き回っていた。
そして、あの水上さんの妹に巡り合うと、彼女の歌に耳を澄ましながら、自分の声を重ねていった。
彼女の歌を覚えているわけではないから、聞きよう聞き真似で歌った。
それで、ちょくちょく現実に戻ってきては、ちゃんと歌えているかを確認しながら、また音楽の世界で彼女の声の真似をした。

僕の声は、あんまりいうほど綺麗っていうわけではない。
どちらかと言えば、聞いててあんまり耳になじみの悪い声だと思っている。
ただ、それは地声だけの話なんだ。
僕の裏声は、誰にも負けない透明感とみずみずしさがあるんだ。
多分、このバンドの誰にも教えたことがない話だと思うけど、意外にも僕の裏声はきれいなんだ。

僕の裏声のきれいさは、多分だけど母親に似たんだと思う。
僕のお母さんも、かなり声がきれいだって話はかなり多く聞いていた。
それに、その声あってこそ、僕のお父さんと結婚したって話だし、音楽家を惚れさせるぐらいの切れ差だったんだと思う。
それを受け継いでいる僕の声だって、やっぱり綺麗なんだ。

僕の声は、お母さんの声とも少しだけ違うみたいだ。
お母さんの声は、すごい透明感にあふれていて、可憐さという感じがすごい⇂。
でも、僕の声は可憐というほどの弱弱しさはない。
僕の声を形容するなら、多分森林の下から点を見上げたような風景に近いだろうか。
みずみずしさがあって、透明感もあって、よくとおる声なんだ。

こんな考えを巡らせながらも、僕は音楽の世界と現実世界を全力で行ったり来たりしていた。
何せ、一回でも失敗したら、完全にくるってしまう。
だから、音楽の世界で水上さんの妹の声に全力で耳を澄ませて、声真似的に歌う。
大丈夫そうになったら、現実世界のドラムをしっかりと叩く。
これをずっと繰り返していたから、本当に頭がパンクするかと思った。

それでも、何とか一番のサビまで歌うことができた。
この歌い方というか、演奏方法をしていて思ったのは、演奏の感覚が自動的になっていることだ。
つまり、強弱の付け方とか、テンポの変化を身体が自動的にやってくれるから、一切自分でやらなくていいんだ。
身体が、曲を知っていたかのように、完璧な演奏をしてくれるのに身を任すままだった。

サビに入ってからは、少しだけ声を大きくして、もっときれいな声を出そうと頑張った。
でも、もうのどが限界になりそうだったし、あんまり大きい声にすると、透明感が消えそうだからやめておいた。
それ以上に、もっと声質を綺麗にしようと、頭から声が抜けるように歌った。
そのおかげでか、結構声の響きはよくなったけど、のどへの負担は避けられなかった。

何とか一番を歌いきった僕は、もう全身の力が抜けそうになっていた。
それでも、まだ二番があるからと、焦りながらも、少しだけ間奏で休憩した。
その間に、僕は周りのメンバーと視線を交わした。
山縣と諒一は、楽しそうで、僕の歌には問題なさそうにしていた。
水上さんだけは、なんでか首をかしげていたけど、僕と視線が合うとガッツポーズをしてくれた。

みんなと視線を交わして、少しだけ安心していると、二番が始まりそうになっていた。
だから、また急いで音楽の世界に身を投げた。
音楽の世界は、入るたびに僕に違う姿を見せてくれるから、これ以上面白い物はないと思う。
まあ、そうそう簡単には入れる場所でもないし、集中力が切れたらその瞬間に崩壊してしまうから、危ういけど。

ターコイズブルーに一番近いと思われる色で塗りたくられた、音楽の世界で、また僕は水上さんの妹に会った。
よく見ると、一番の時よりも少しだけ悲しそうな表情をしていた。
歌詞もよく聞いていると、悲しい雰囲気が漂っているし、展開が悲しいんだろう。
悲しい曲はあんまり好きじゃないけど、歌うしかないと思って、声を出した。

二番に入ってから、やっぱりのどの限界が近いのが良く分かった。
声がかすれそうになっているし、のどがカサカサになっているのが手に取るようにわかった。
それでも、唾をのんで、歌い続けなければいけないんだ。
水上さんのために、みんなのために、この曲を届けなくちゃいけないんだ。

そこから、二番の錆までは、本当に地獄の発声練習かと思うほどつらかった。
声がかすれないように、のどが乾燥しないようにしながら、歌い続ける。
それだけじゃなくて、強弱とかも考えながら、ドラムをたたかなくちゃいけない。
忙しすぎて、僕があともう一人ぐらいほしいところだ。
良く諒一が、ボーカルとギターってセットは、結構頭を使うから大変なんだよって言ってた理由が良く分かった。
それでも、僕は休めないで、歌いながらドラムをたたく。

ようやく二番のサビに入ると、少しだけ気が抜けた。
二番のサビっていうのは、最後のサビに向けての、少し休憩的な面があるんだ。
曲調も少し落ち着くから、あんまり大きな声を出さないで済むから、のどの方に注意しつつ、歌い続けた。
ドラムも、サビ前とあんまり変わらないぐらいの強さでたたいているから、あんまり盛り上がってはいない。
あんまりここは楽しくならない部分だけど、もうちょっと頑張ればたどり着く。

どうにかして、二番のサビもうたい終えられた。
ここは、一瞬のブレイクポイントだ。
三秒前後ぐらいだから、あんまり休めないけど、仕方ない。
曲のためにも、最後まで駆け抜けなくちゃいけないんだから、もう止まれやしない。

ラストのサビを歌い始めた瞬間、何かが変わった。
一気に盛り上げるために、ドラムの音も盛大に大きくした時だったから、一瞬気が付かなかった。
僕の声だけじゃない、誰かの声が混じっているような気がするんだ。
すごく僕の声に似ていて、それでも僕よりも透明感があって、優しい声音の誰か。
でも、僕の近くにいて歌える人なんて、りょういちしかいないけど、これは諒一の声音じゃない。
誰なんだろうか。

よく聞いてみても、音楽の世界の水上さんの妹の声でもなかった。
現実世界の誰かなんだろうけど、にくいほどきれいな声だった。
歌が終わるまで結局突き止められなかった。

最後のサビの終わりを、全力で余韻を残しながら歌を終えると、ドラムに一気に力を入れた。
ギターとキーボードの絶妙な掛け合いを、ドラムが仲裁するかのようにたたいた。
一気に盛り上がりを見せた後、最後にギターの和音が締めくくった。
最後のシンバルをたたき終わった瞬間、全身の力が一気に抜けて、倒れるかと思った。

それにしても、最後のサビを歌ったのは本当に誰なんだろうか。
あの声は、男声というより女声だった気もする。
でも、そんな声出せる人なんていただろうか。
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